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第29話 削る前に、集めてみる

「じゃあ、道具を買ってから戻りましょうか」


 そう言って、俺たちはギルドを出た。


 目当ては、細工用のヤスリと、結晶を固定しておける小さな万力のような道具だ。道具屋を何軒か覗き、それらしい品を見繕う。


 目の細かさが違うヤスリが何本か並んでいたが、店主に相談して、最も目の細かいものを選んだ。固定具も、結晶の大きさに合わせて調整できる小型のものにする。


「これとこれで……」


 店主に値段を聞くと、合わせて1,500リル。


「思ったより安いですね」


「専門の職人向けだともっと高い。これは素人向けの一般品だ」


 ミグレナの解説に、なるほど、と頷く。


 当たり前のことだが、道具一つとっても、元の世界と同様に、この世界にもちゃんと相場と序列があるらしい。


【所持金】200,700リル


 今日見つけた、結晶化しかけの粒のことが、俺の頭からもまだ離れていない。あれが本当に魔力結晶になる途中なのかは分からない。それでも、あの場所で見た光景が、頭の隅にずっと引っかかっていた。




 道具を提げてギルドへ戻り、受付に声をかける。


「すみません、また訓練場、借りられますか?」


「魔法の確認でしたら大丈夫ですよ」


 裏手へ移動し、前と同じ一角へ陣取る。的当て用の丸太は、今日も隅に積まれたままだった。日はまだ高く、他に使っている者もいない。


「今日は削るところまで行けるといいですね」


「行けるかどうかは、やってみないと分からない」


 ミグレナの返しはいつも通り素っ気なかったが、腕を組んで見守る姿勢には、ちゃんと付き合ってくれる気配があった。


「じゃあ、まず前回の続きから」


 残しておいた魔力結晶を取り出す。共同の資産だ。勝手に使い切るわけにはいかない。


「壊し切るなよ」


 ミグレナの一言に、素直に頷く。


 前回、ネリオラに局所的な魔力を流してもらった箇所――あの時は見た目の変化しか確かめていなかった。固定具へ結晶を挟み、慎重にヤスリを当ててみる。


「……お、削れる」


 力を込めなくても、ヤスリが引っかからずに滑っていく。


 何もしていない部分に軽く試してみると、そちらは明らかに硬く、ヤスリが表面を滑って、ほとんど削れない。同じ結晶の中で、これだけはっきり差が出るとは思わなかった。


「本当に削りやすくなってたんですね」


「見た目だけの変化じゃなかった、と」


 これで、ようやく前回の宿題の答えが出た。普通に流せば表面に艶が出て、量を半分にすれば変化も弱くなり、端だけに絞ればその部分だけが変わった。強く流せば欠けた。


 今の結果は、その延長線上にある。少なくとも、加工のしやすさに関係する何かが、確かに変わっているらしい。


(見た目の変化と、削りやすさが結びついてる。なら、他の条件でも試せるはずだ)


 一つ裏付けが取れただけで、次に何を試すべきかが、頭の中で少しずつ形になっていく。




「今日見た場所、地下のいろんな方向から魔力が集まってましたよね」


「ああ」


「あの粒と関係あるかは分からないですけど、ちょっと真似してみたいんです」


 断定できることは何もない。それでも、あの光景を見てから、頭の中でずっと考えていた。


「まずは、時間をかけて流したらどうなるか、試してもいいです?」


「いいですよ~」


 今度は、まだ魔力を流していない部分を使う。ネリオラに、弱い魔力を長めに維持してもらう。


 数十秒、光が結晶の同じ場所へ触れ続けた。結晶にヤスリを当ててみるが、さっきとほとんど変わらない。


「……大きな変化なし、か」


「時間をかけても駄目でした?」


「駄目、というか……前と同じくらいですね」


「時間だけじゃ足りないってことですか」


「そうみたいです」


(……長さじゃない。集まり方か?)


 時間をかけるだけでは、何も変わらなかった。だとすれば、あの場所で見たのは、単に長く流れていたことじゃなく、複数の方向から一点へ集まっていたことの方だったんじゃないか。


「じゃあ、今度は方向を分けてみたいんですけど」


「一本を複数に分けるってことですか~?」


「はい。ただ、そのまま増やすと量の問題になっちゃうんで。全部合わせた量は、さっきと同じくらいにできます?」


「できますよ~。加減、少し大変ですけど」


「じゃあ、量は増やさずに、何本かに分けて一点へ集めてください」


 総量は変えない。流し方だけを変える。強さの結果じゃなく、集まり方の結果かどうかを見たかった。




 今度は、同じ結晶片のまだ魔力を流していない部分を上へ向ける。


 ネリオラの手のひらから、細い光が三本、別々の角度から結晶の一点へ向かって伸びていく。一本ずつは、さっきの半分より細い。三本の光が、狙った一点でゆっくりと重なった。


「……これでどうです?」


 ヤスリを当てる。


「――お」


 さっきよりも、さらに通りが良くなっている。ヤスリを動かすたび、抵抗がほとんど感じられない。同じ総量のはずなのに、結果は違った。


「少なくとも、量だけの問題じゃなさそうですね」


「集め方も関係してそうですねぇ」


 結晶の内部に、薄い光の筋のような反応が走る。ヤスリを当てると、明らかに削りやすい。今までとは明らかに違う手応えが返ってきた。


 だが、そのまま同じ一点へ魔力を集め続けていると――


「ピシッ」


「「あっ」」


 光を集めていた一点から、小さな亀裂が走った。


「壊すなと言った」


「……同じところに集めっぱなしは、まずかったみたいですねぇ」


「ごめんなさい……」


(集めるのは合ってる。でも、同じ場所に集め続けると負荷がかかりすぎる?)


 仮説を立て直す。今の結果だけなら、集め方は加工のしやすさに関係していそうだ。だが、一点に留め続けると亀裂が入った。


 集中させ続けたことが原因なのか、それとも別の条件が重なったのかはまだ分からない。


「収束させる場所、少しずつ動かせます?」


「動かしながら、ってことですか?」


「ヤスリを当てる位置に合わせて、ちょっとずつずらしてほしいんです」


「やってみますねぇ」


 さらに別の、まだ処理していない部分を使う。


 ネリオラが光の集まる点を、ヤスリの動きに合わせてゆっくりずらしていく。俺はその位置を追いながらヤスリを当てる。欠けさせないよう、力加減にも気を配った。


 二人の動きが、少しずつ揃っていく。


 初めて、欠けさせずに狙った位置を削れた。ほんの一辺だけだが、歪んでいた縁が思った通りの線まで整っている。


「……できました~」


「やっぱりネリオラさん、こういう細かい制御、本当にすごいですね」


 ネリオラが一瞬、きょとんとした顔をする。


「……そういうところを褒められるの、あまりないんですよねぇ」


 整えた縁を光に透かしてみる。透明度の高い結晶ではあるが、一辺を整えただけだ。これだけで武器にも魔道具にもなるわけじゃない。


 それでも、前の実験では形にするところまで進めなかったことを思えば、確かな一歩だった。


「これ、何に使えるんでしょう」


「私は、魔力を集めたところで何が起きてるのかの方が気になりますねぇ」


 同じ結晶を見ているのに、興味の向きが微妙にずれている。それが、なんだかおかしかった。俺は使い道を、ネリオラは仕組みを追いかける。方向は違っても、面白がっている場所は同じだった。


 新しいレシピが登録された通知はない。そもそも、まだ何かを完成させたわけでもない。ネリオラの精密な制御があって、ようやく一辺を整えられただけだ。それでも、十分な収穫だった。


「お前たちは何と戦ってるんだ」


「石です」


「石ですねぇ」


「そうか」




 夕方、訓練場の端で少し休む。日が傾いていくのを眺めていた。


「今日は調査して、帰ってきて、また実験して……結局一日これですね」


「私は楽しいですよ~」


「こいつも楽しそうだ」


「ミグレナさんも、なんだかんだ言いながら付き合ってくれてますよね?」


「共同の石だからな」


「そうでした……」


 それだけとは思えない口調だったが、指摘するのはやめておいた。日が傾いて、訓練場の壁が赤く染まっている。


「ナオキさんたちって、普段からこういうことしてるんです?」


「毎回じゃないですけど、分からないことがあったら、多分」


「魔物も?」


 ネリオラがミグレナを見る。


「見る」


「素材も?」


「分からなければ、そうですね」


 ネリオラが小さく笑った。何かを確かめるような、それでいて安心したような笑い方だった。


「面白いですね、このパーティー」


「変なだけだと思いますけど」


「変なのが、面白いんですよ~」


 普段通りの、緩い口調だった。それでも、今はその言葉が、少しだけ違う重みを持っているように聞こえた。




「……あの~」


「はい?」


 ネリオラが、珍しく言葉を選ぶような間を置いた。


「次から、臨時じゃなくてもいいですか?」


 一瞬、意味が分からず瞬きをした。隣を見る。ミグレナも、ネリオラを見ていた。


「それって――」

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