第28話 場所は合っているのに、何もない
翌朝、ギルドへ顔を出すと、昨日の脈光草はまだ光っていた。
「保管場所を変えてみたんですが、それでも反応が続いているんです」
受付が、奥に置かれた鉢へ視線を向ける。
「追加調査として、もう少し詳しく調べてもらえませんか?」
「分かりました」
ネリオラも今日、同行してくれることになった。
ギルド前、広場、東門と、街の三地点を移動しながら、鉢を置いて葉脈の光る方向を確かめる。専門的な測量じゃない。あくまで大体だ。
「……北を指してるわけじゃないな」
場所が変わるたび、光る方向もわずかにずれる。固定方角なら、どこで見ても同じ向きのはずだった。
「動かない何かを、それぞれの場所から指してる、ってことですよね」
「森の奥、ですねぇ」
「そんな大雑把でいいのか?」
「厳密にやろうにも、道具がないですからね。ずれてても、方向くらいは絞れます」
地図に大まかな線を引いてみる。三本の線は、森のかなり奥、まだ足を踏み入れていない一帯でざっくりと重なった。誤差はあるだろうが、目安にはなりそうだった。
「森の奥、か……」
ミグレナが、地図を見ながら少しだけ眉を寄せた。
「以前のグレイファングを思い出すな」
「街道近くに出てきてた、あれですか」
「二頭とも痩せていた。普段はもっと奥にいる個体だ」
「……関係あります?」
「分からない。餌が動けば魔物も動く。縄張りの変化でも同じことは起こる」
断定はしない。それでも、頭の隅に引っかかるものはあった。
(偶然かもしれない。でも、無視するのもなんか違う気がする)
「地図の場所、あの時のとだいたい同じ方向ですよね」
「……確かにな」
ミグレナも、しばらく地図から目を離さなかった。
昨日通った道は迷わず進めた。群生地を過ぎ、そこから先――まだ足を踏み入れていない、森のさらに奥へ入っていく。木々が密になり、下草も深くなっていった。空気もひんやりと湿り、木漏れ日の量も少しずつ減っていく。
地点へ着くと、何もなかった。
遺跡も、光る地面も、目立つ岩も、魔力泉らしきものもない。ただの下草と木々が広がっているだけだった。風の音と、遠い鳥の声が聞こえるくらいだ。
「……ここ?」
「表面だけ見る限り、特別濃いってほどでもないですねぇ」
ネリオラが目を閉じ、しばらく手をかざしていたが、やがて小さく首を振った。手のひらの光の粒も、いつもより動きが鈍い。
(場所は合ってるはずなんだよな)
外れたなら外れたで、それも気になる。がっかりするより先に、興味の方が勝ってしまう自分がいた。
「拍子抜けですね」
「まだ何も分かっていない。抜けるのは早い」
「分かってますよ。でも、拍子抜けなのは拍子抜けなので」
ミグレナが周囲をゆっくり見て回る。木の根元、地面の湿り方、下草の倒れ方。一つ一つ確かめるように視線を這わせていた。
「……何か変だな」
「何がです?」
「魔物の足跡が薄い。この辺りなら、もう少し通り道があってもおかしくない」
「避けられてる、ってことですか?」
「そこまでは分からない。ただ、生き物の気配が妙に偏ってる」
「他にも何かあります?」
「餌になる草の生え方も、少し偏りがある。リーフイーターの数も、思ったより少ない」
「地面の湿り方も、あっちとこっちで違う気がしますねぇ」
ネリオラも指を差しながら付け加える。脈光草の株の並び方も、少し離れた場所と比べて密度が違う気がした。理由までは分からない。それでも、何かがおかしいという感覚だけは、三人とも共有していた。
「一つ一つは小さな違いですけど、こう違和感を並べてみると……」
「無視できる数じゃないな」
ミグレナが短く同意する。何が原因かは分からなくても、違和感の正体を言葉にできたことで、少しだけ足取りが軽くなった気がした。
俺はギルドから借りてきた脈光草の鉢を地面へ置く。地点の真上に置いて終わりにはしない。
北、南、東、西。数十メートルずつ位置を変えながら、そのたびに光る方向を確かめていく。地面の傾斜や木の根に足を取られながら、ひたすら往復した。
どの地点からでも、ほぼ同じ方角――さっきの地点へ向かって反応する。真上に近づくほど、逆に方向が曖昧になっていく。何度か往復して確かめ直しても、結果は同じだった。
「植物側の癖じゃなくて、ここに何かがあるってことだよな、これ」
「そう見えますねぇ」
「じゃあ、地表じゃなくて、地下だけ分けて見られます?」
地表を漠然と探るのではなく、地下だけを狙った注文だった。ネリオラが目を閉じ、指先を地面へ近づける。
しばらく沈黙が続く。
「……細い流れが、何本かありますねぇ。数が多くて、判別しにくいですけど」
位置を変えながら、何度か確かめ直す。手のひらの光の粒が、地面すれすれをゆっくり這うように動いていった。
「地下の複数方向から、ごく薄い魔力の流れが、この辺りへ集まってます」
「噴き出してはいない?」
「はい。外へは出てきてないです」
「溜まってるだけ、ってことですか」
「溜まってる、というよりは……流れ込み続けてる感じですねぇ。止まってはいないです」
「……じゃあ、集まった分はどこへ行ってるんです?」
誰も、すぐには答えられなかった。
ミグレナが脈光草の根元を見比べながら、少しずつ位置を変える。しゃがみ込み、土の色や湿り具合まで確かめるように指先を沈める。
「……ここだな」
示された場所は、群生の中心にある、拳二つ分ほどの空白だった。表土を慎重にどけると、土と岩の間に、指先ほどの半透明な粒が覗いていた。角張りきっておらず、育ちきる前の氷のようにも見える。触れると、ひんやりとした感触の奥に、かすかな脈動のようなものがあった。
「……これ、結晶になる途中、かもしれません」
ネリオラの声が、いつもより少し上ずっている。粒の周りへ、手のひらの光を慎重に近づけていた。
「ナオキさんが持ってる結晶と、似た反応はありますねぇ」
断定できる段階じゃない。それでも、地下に集まった魔力が、何らかの形でここに絡んでいる可能性は見えてきた。
「これが、グレイファングを追い出したんですかね」
「分からない」
ミグレナが即座に止める。
「餌の移動、縄張り争い、季節、魔力環境。理由はいくらでも考えられる」
「……ですよね」
簡単に一つの答えへまとめてしまうのは、危ない気がした。せっかく積み上げてきた観察が、それで台無しになる。
齧られた株を、改めて無傷の株と見比べる。
「傷ついた方が、反応が強いのは変わらないですねぇ」
「理由までは分からない、ってことで」
「そうですね」
回復のためか、傷口から魔力が入りやすいのか、単なる個体差か。今はまだ、どれとも決められない。
ギルドへ戻り、分かった範囲だけを報告する。方角ではなく特定地点へ向いていたこと、周辺の生態に偏りがあったこと、地下に魔力が集まっていたこと、結晶化しかけた粒を見つけたこと。断定はどこにもしなかった。
受付は何度か確認するように聞き返しながら、丁寧に記録を取っていった。通常の生態調査を大きく超えた内容だと、その反応だけで分かった。
追加報酬は15,000リルを三人で均等割り、一人5,000リル。
夕食と宿代、朝食を差し引いた分から今日の取り分を足すと、
【所持金】202,200リル
「前に試した結晶、続きやるなら手伝います~」
「……覚えてたんですね」
「今日みたいなの見たら、余計に気になります」
「また始まるのか」
ミグレナが小さく息を吐く。それでも、止める素振りは少しもなかった。
(前に魔力を流した結晶は、見た目が変わった。なら、入れ方次第で加工のしやすさまで変わるんじゃないか?)
前は見た目を比べただけで終わった。次は、実際に道具を当てて確かめればいい。
新しい疑問が、また一つ増えていた。今日だけでは、答えの半分にも届いていない。それでも、次に何を試すべきかは、前よりはっきりしていた。




