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第27話 一人増えると、見えるものも増える

 翌朝、ギルド前で落ち合うと、ネリオラはすでに待っていた。


「おはようございます~」


 のんびりした声は、朝から変わらない。


「今日の依頼、確認だけしていきますか」


 昨日決めた通り、ハルム近郊の森で確認された、魔力反応を示す植物の生態調査。討伐は含まれない。発見、生育場所の記録、必要なら少量の採取まで。


「脈光草、でしたっけ?」


「はい。名前だけは聞いたことがありますよ~」


 依頼票にはそう書かれていたが、詳しい生態までは載っていない。三人で森へ向かう。


 街道は見覚えのある道だった。何度か通ったことのある森の一帯で、今日はいつもより奥まで入ることになる。森へ入るにつれ、空気が湿り気を帯びていく。街道沿いよりも、人の気配が薄い。


 木漏れ日の下、下草がやけに青々としていた。時折、名も知らない鳥の声が響く。


「油断するなよ」


 ミグレナの声には、いつもの緊張感があった。魔物避けの気配りだけは、誰といても変わらないらしい。




「魔力反応があるなら、ネリオラさんならすぐ見つけられます?」


 ネリオラが手のひらに小さな光の粒をいくつか浮かべ、周囲の地面や草の間へ散らしていく。


「反応が弱すぎますねぇ」


 思ったような手応えは返ってこない。森の中は、地面も木々も、そこかしこが薄く魔力に反応しているらしい。


「じゃあ、粒を増やしてみます」


 光の粒が増えると、今度は逆に、周囲のあちこちが一斉に反応した。


「……増えました?」


「多分、他の植物とか、地面の魔力反応にも釣られてるんですよねぇ」


「探せば探すほど分からなくなるやつですか、これ」


「そういうことになりますねぇ」


 ネリオラは特に焦る様子もなく、むしろ少し楽しそうにしていた。予想が外れること自体を面白がっているようだった。最初の仮説は、あっさり外れた。魔力で探せば見つかる、というほど単純ではないらしい。




「これは……虫が食った跡だな」


 しばらく歩いていたミグレナがしゃがみ込み、低い位置の葉を指した。


「葉の縁が不規則に削れてる。下にも細かい食い滓が落ちている」


「脈光草を食べる虫、ですか?」


「飛行性の草食虫だな。種類までは分からない」


「そこ、魔力反応が少し違いますねぇ」


 ネリオラが指した場所は、ミグレナの見ていた痕跡のすぐ近くだった。齧られた葉の周辺だけ、魔力の揺らぎがわずかに強い。


(魔力の違いと、虫食い跡が重なってる。植物だけを探すんじゃなく、周りの生き物との関係を追った方が早いのか)


 魔力だけでも、生き物の痕跡だけでも、たどり着けなかった場所だ。三人の視点が、初めて自然に噛み合った。




 茂みの奥で、ネリオラが足を止めた。葉の中央を走る細い筋だけが、ほんの一瞬、淡く光った。


 次の瞬間、羽音が響いた。


「リーフイーターか。群れで来る虫だ。強い光を嫌う」


「こんな数、普通ですか?」


「……いや、この密度は珍しいな」


「私が前へ出る」


「足止めします」


 ミグレナが一匹を斬り伏せる間に、ネリオラが小さな光を数個放ち、残りの進路を塞ごうとする。左右へ独立して動く光が、虫の群れをじわじわと追い詰めていく。派手な一撃で薙ぎ払うのではなく、逃げ場を丁寧に潰していくやり方だった。


 だが、ミグレナは別の一匹を、逆方向へ追い込んで仕留めるつもりだった。


「――そっちじゃない!」


「すみません、止める方が早いかと!」


 一瞬、虫の群れが乱れ、俺の方へ二匹が抜ける。


(ミグレナならこう動く――いや、ネリオラさんの魔法もそこにある)


 考えが、いつもの二人組の感覚のままだった。探索前にクイックスロットへ登録しておいた短槍を取り出し、迫ってきた一匹を弾く。


 探す手間はなかったが、取り出した後の動き自体は、結局いつも通り自分の体で追いつくしかない。もう一匹は、体を横へひねって避けた。


「先に言ってください、次から!」


「すみません、了解です」


 声を掛け合ってからは早かった。


 ネリオラが右側の光だけを退かせる。一本だけ空いた逃げ道へ虫が流れ、待っていたミグレナが一匹を斬り伏せた。


 その形が分かれば、あとは合わせられる。ミグレナが追い込む方向だけを空け、ネリオラがそれ以外の逃げ道を塞ぐ。残りの虫も、あっという間に片付いた。


「思ったより手こずったな」


「手こずったってほどでは……いや、手こずりましたね」


 誰も大きな怪我はしていない。それでも、初めての三人戦闘は、決して綺麗な連携とは言えなかった。




 脈光草を確認すると、一株だけ、葉脈の光る間隔が明らかに短かった。葉の縁に小さな齧り跡も残っている。


「これ、他のと違いますね」


 俺が一株を指す。


「虫に齧られた分、反応が強くなってるのかもしれませんねぇ」


「それとも、個体差か」


「傷ついた分だけ魔力が漏れ出してる、って可能性もありますねぇ」


 三者三様の見方が並ぶ。答えはまだ出ない。だが、記録には十分な発見だった。必要な分だけ丁寧に採取し、群生地の位置も控えた。




 帰り道、二人のCランクを見ながら考える。


(強い人間が一人増えれば、それだけ楽になる。そう単純な話でもないらしい)


 実際、今日も一度、互いの判断が噛み合わなかった。ミグレナと二人だけの時なら、目配せ一つで済んでいたことも、今日は言葉にしないと伝わらなかった。


 だが、それだけでもない。


(一人増えた分、見えなかったものが見えるようにはなった)


 魔力だけでは分からず、痕跡だけでも分からなかった場所に、三人揃って初めて辿り着けた。




 そのまま三人でギルドへ戻り、採取した脈光草と調査内容を受付へ提出した。


「調査依頼の報酬は6,000リルです。今回は三名参加ですので、お一人2,000リルですね」


 報酬を受け取ったあと、森で起こったことを報告する。齧られた株だけ魔力反応が強かったこと。近くにリーフイーターが群れていたこと。傷が原因なのか、それとも個体差なのかまでは分からなかったこと。


 ひと通り説明を終え、机の上に並べた脈光草を片付けようとした時だった。


「……あれ?」


 ネリオラが、一株へ顔を近づける。


「これ、まだ反応してますねぇ」


 葉の中央を走る細い筋が、淡く光っては消えている。隣の株を並べてみると、少し遅れて二株目も光った。


「……今の、似た間隔じゃなかったです?」


「近いですねぇ」


 ミグレナも並んだ葉を覗き込む。


「偏りがあるな」


 三人で改めて葉を見る。三株とも、片側の葉脈からしか光が走っていない。


「……向きを揃えて、一株だけ反対にしてみません?」


 三株を同じ向きに並べる。しばらく待つと、どれも同じ側の葉脈が淡く光った。


 そのうち一株だけをくるりと反対へ向ける。


「回しても同じ方角が光るなら、葉そのものじゃなくて、外の何かに反応してるってことですよね」


「なるほど」


 少し待つ。淡い光が走った。今度は、さっきとは反対側の葉脈だ。


 葉を回したのに、光が示す方角は変わっていない。


「……葉の傷だけが原因じゃないな」


 ミグレナがしばらくその方向を見比べていたが、やがて短く言った。


「……そっちは、今日入った森の奥側だな」


「森の奥……」


「……何かに反応してるってことですかね」


 何が起きているのかまでは、まだ誰にも分からない。


「可能性はありますねぇ」


 ネリオラの声が、少しだけ弾む。


「また面白そうな顔してますよ」


「ナオキさんもですよ~」


「……似たようなのが増えたな」


 横からミグレナが呟いた。




「今日はありがとうございました」


「こちらこそ。面白かったです~」


 ネリオラが軽く手を振って去っていく。


「……今日、微妙にズレましたね、俺たち」


「初日だ」


「それだけ?」


「それで十分だ」


 ミグレナの返事は短かった。


 脈光草は、依頼品として納めた分とは別に、異常反応が出た数株を調査資料としてギルドが保管することになった。


 机の上に残された脈光草を見る。


 細い葉脈には、今も時折、淡い光が走っていた。


(……森の奥に、何があるんだ?)

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