第26話 普通に放つのは、好きじゃない
「その部屋、他には何かありました? 通路の構造は?」
「床や壁に細い溝があって、そこを光が走ってました。あと、台座みたいな装置が一つ。通路は……落ちた先だったんで、そこから先までは確認してません」
簡単に答えると、ネリオラは何度か頷いた。まだ何か聞きたそうな顔をしていたが、ひとまずそこで区切りがついたらしい。
「あの、そういえば、こっちがちゃんと名乗ってませんでした。尚木です。こっちはミグレナさんです」
「よろしくお願いします~」
のんびりとした声だった。額をキューブへ当てていたさっきまでの真剣さとは、また少し違う空気を纏っている。
「Cランクの魔法使いさんですよ」
受付が横から付け加えた。柔和な物腰からは、正直ランクの高さがあまり実感できなかった。
「……また、C?」
最近、周りのCランク率がおかしい気がする。ミグレナは特に驚いた様子もなく、さっきの光の操作を見て、もう納得しているらしい表情だった。
「あの光の動かし方、見れば分かる」
「見れば分かるものなんですか?」
「見れば分かる」
「そうですか……」
剣士としての勘なのか、それとも別の何かなのか、聞いてもどうせ同じ答えしか返ってこない気がした。
「あのキューブ、もう少し見てもいいですか?」
ネリオラがそう言って、再びキューブへ手をかざす。手のひらに残っていた魔力の粒の一つが軌道を変え、表面を探るようにゆっくりと動き始めた。
「……魔力の反応は、ある。でも普通の魔道具とは、流れ方が違いますねぇ」
「違うって、どんな風にです?」
「上手く言えないんですけど……読み取ろうとすると、するりと逃げる感じです」
しばらく粒を動かし続けていたが、やがて小さく首を振った。
「これ以上は、私にも分かりません」
曖昧なまま、キューブはまたインベントリへ戻した。
ふと思い出し、残しておいた魔力結晶から、大きさの近い小さな欠片を四つ取り出す。手元に残った分の、ほんの一部だ。
「これって、何か面白い使い方できます?」
「魔力を通すと、少し性質が変わるんですよ」
「どう変わるんです?」
「この純度の物は触ったことがないので、流す魔力次第じゃないでしょうか」
彼女が指先へ薄い光をまとわせる。
「試してもらってもいいです?」
「いいですよ~」
「また始まったな」
ミグレナの声が、半分呆れていた。
「ここで試すのはまずいですよね」
結晶片を摘まんで聞くと、受付が奥を指した。
「簡単な魔法の確認でしたら、裏の訓練場を使ってください」
俺たちは揃って訓練場の一角へ移動した。的当て用らしい丸太や、砂袋が隅に積まれている。一つ目の欠片へ、ネリオラが軽く魔力を流す。表面が、わずかに滑らかな艶を帯びた。
「これ、加工しやすくなったんですかね?」
「そこまでは分かりません。見た目だけでは」
見た目だけでは、硬さまで変わったのかは分からない。実際に道具を当てて確かめないことには、確信は持てそうになかった。
「じゃあ、半分の魔力量だとどうなります?」
「……半分、ですか?」
ネリオラが、少し意外そうな顔をした。
「普通、そこは聞かれないんですよねぇ」
「気になるので」
「面白い人ですねぇ」
二つ目の欠片へ、今度はさっきの半分ほどの魔力を流してもらう。変化は、さっきよりわずかに控えめだった。
「今度は、端っこだけ、とかできます?」
「……できますけど」
ネリオラの眉が、わずかに動いた。今の質問が、また少し意外だったらしい。
三つ目は、端だけに細く絞った魔力を当ててもらう。狙った部分だけが、綺麗に艶を帯びた。
「おお」
「そんな使い方をお願いされたのは、初めてです」
最後の一つには、さっきより強い魔力を流してもらった。
パキ、と小さく欠けた。
「……あ」
「強ければいいわけじゃないみたいですねぇ」
「弱く一定に流せば、狙った場所だけ状態を変えられるってことか」
強ければいいってものじゃない。量、場所、それに時間も関係しているのかもしれない。頭の中で、条件を一つずつ並べ直す。
欠片を眺める。艶を帯びた場所が、本当に加工しやすくなっているのかは、まだ確かめようがない。道具を揃えて、実際に削るなり打つなりしてみないと分からなかった。
「ちゃんと道具を揃えて、今度試してみたいな」
「このくらいの細さなら、しばらく維持できますよ」
「俺一人じゃ無理ですね、これ」
「そうですね。加減、結構繊細なので。それにしても、面白い組み合わせ方をしますねぇ、ナオキさん」
「気になりますからね」
今のところ、正解は分からない。分かるのは、目の前の結果だけだった。
まだ何かの形になったわけじゃない。だが、加工につながりそうな手がかりが得られただけでも、十分な収穫だった。
「これだけ繊細な魔力操作ができるなら、普段はどこかのパーティーに?」
「今は固定では組んでませんよ~」
「意外ですね」
「前のパーティーだと、もっと大きい魔法を撃ってほしいって言われてたので」
「細かい制御より、火力の方が求められた、と」
「そうなんですよねぇ。まとめて焼いてくれれば早いのに、って。気持ちは分かるんですけど」
「喧嘩したわけじゃないんです。向こうが悪い人たちだったわけでもないですよ~」
「なるほど?」
「ただ、大きい魔法を普通に放つだけって、あんまり好きじゃないんですよねぇ。細かく調整したり、ちょっと違う使い方を考える方が好きで」
「向こうが欲しかった魔法使いと、私のやりたいことが、ちょっと違っただけです」
軽い口調だったが、少しだけ本音も滲んでいる気がした。
(普通に使えばいいって言われてきた人に、もっと細かくって頼む俺も、大概おかしいのかもな)
そう思うと、少しだけおかしくなった。
「似たようなのが増えたな」
ミグレナがぽつりと言う。
「誰と誰がです?」
「お前たちだ」
「そう……ですかね?」
「否定はしないんだな」
言われて、返す言葉に詰まる。否定できないのが、なおさら悔しかった。
結晶片をしまい、俺たちは再びギルドのホールへ戻った。
「ネリオラさんは、このあと何か予定あるんですか?」
「特にはないですよ~。せっかくギルドまで来たので、何か一つ受けて帰ろうかなと」
「俺たちも、次の依頼見ていきますか」
「そうだな」
そのまま三人で依頼掲示板へ向かう。
「これ、少し面白そうですねぇ」
覗き込むと、魔力反応のある植物の生態調査という依頼だった。地味な内容だが、専門知識がなければ判別が難しい素材らしい。魔物避けの警戒も要るし、採取そのものにも慣れが要る。
「魔力反応のある植物……俺も気になります」
「……二人とも、同じ顔をしてるぞ」
「どんな顔です?」
「余計なことを始める時の、まさにお前の今の顔だ」
ミグレナに即答され、反論の余地がなかった。それでも、依頼票を見比べる二人の顔は、どちらも隠しきれないくらい興味津々だった。
「それ、ネリオラさん一人で受けるんです?」
「そのつもりでしたけど~」
「だったら、俺たちも受けてみようと思うんですけど……よかったら一緒に行きます?」
「いいんですか?」
「構わない」
ミグレナも短く頷いた。
そのまま依頼票を受付へ持っていき、三人で共同受注の手続きを済ませる。集合は明日の朝、ギルド前。それだけ決めて、その日は解散することになった。
「では、明日はよろしくお願いします」
ネリオラが軽く手を振って去っていく。
「……変わった人でしたね」
「お前が言うな」
「俺、あそこまで変じゃないですよね?」
ミグレナは、何も答えなかった。




