第24話 欲しい道具は、もう決まっている
カチ、という音の直後、部屋の空気が変わった。静かだった空間に、かすかな振動が走る。
床に刻まれていた細い溝へ、淡い光が走る。
石の擦れ合う低い音とともに、部屋の一角に積まれていた瓦礫のような岩塊が、ゆっくりと人型に近い輪郭を結んでいく。両腕、胴、頭部らしき膨らみ。どこか継ぎ接ぎのような、それでいて精巧な造形だった。
(……ゴーレム、か?)
「魔物、ですか?」
「分からない。少なくとも、知っている魔物の動きじゃない」
台座の周りにも、同じ光が巡り始めている。石造りの巨躯が、軋むような音を立てながら、ゆっくりとこちらへ向き直った。
「下がっていろ」
ミグレナが前へ出る。逃げ場を探す暇はなさそうだった。
俺もランプをインベントリへ戻し、両手を空ける。床や壁を走る淡い光だけでも、部屋の中は見渡せた。
最初の一撃は、あっさり決まった。石の腕を弾き、胴を大きく斬り割る。崩れ落ちる破片――決着したかに見えた。
「終わった、か?」
ミグレナ自身、半信半疑という声だった。
だが、床の溝に光が走ると、散らばった破片がふわりと引き寄せられ、再び組み上がっていく。腕が、肩が、胴が、何事もなかったように元の位置へ収まっていく。
「……なに?」
「終わらないぞ、これ」
ミグレナの声にも、わずかに困惑が滲んでいた。ゴーレムが体勢を立て直し、再びこちらへ向き直る。
その時、床を走った淡い光が目に入った。
さっきゴーレムが組み上がった時も、同じ光が走っていなかったか。
(……待て。こいつ自身じゃなくて、何か別の仕組みがある?)
「少し時間をください!」
「どれくらいだ」
「分かりません!」
「早くしろ」
言ってる間にも、ミグレナは何度もゴーレムを斬り崩していた。腕を落とし、胴を砕き、こちらへ近づくたびに押し返す。それでも、床に光が走ればまた組み上がる。
このままでは、いくら斬っても消耗戦にしかならない。ミグレナの体力にも限りがある。
今度は意識して、再生のたびに走る光を目で追う。
台座の脇に、古びた制御装置があった。上部に一つの印が浮かび、そのすぐ下に、手のひら二つ分ほどの青白い光の枠がある。
(本体を斬っても駄目なら、あっちか)
浮かんでいるのは、炎を模したような印だった。
装置の前に立つ。青白い光の枠には、物を置けそうな窪みも台もない。
(……ここに何かを近づけるのか?)
仮説半分で、インベントリからランプを取り出す。火はまだ灯ったままだった。それを光の枠へ近づけてみる。
光が一瞬強く輝き、カチッと硬い音が響いた。炎の印が、すっと消える。
(……物をかざせばいいのか)
ここまでは、多少手間取っても待ってくれていたらしい。だが、成功した瞬間から様子が変わった。
ほとんど間を置かず、次の印が浮かぶ。雫のような形。同時に、光の枠の輝きがじわじわと薄れ始めた。
(雫……水? いや、液体なら――)
煎じ薬を思いつく。だが、インベントリを開いて一覧から探し始めたところで、失敗音。
印が全部戻ってきた。最初からやり直しらしい。
「まだか!?」
「もう少し……!」
二回目。炎はすぐランプで通す。次、葉。
(葉……薬草か?)
探そうとして、また時間切れ。
三回目。今度は最初から葉が出た。薬草をあらかじめ意識していたおかげで、迷わず通る。次に出たのは岩。
(石……投擲石か)
試してみると、これも通った。だが次の雫で、また間に合わなかった。
四回目でようやく、雫には煎じ薬が通ることを確かめる。
炎ならランプ。雫なら煎じ薬。葉なら薬草。岩なら投擲石。四つの対応は、もう分かった。
(……順番、毎回違うな)
覚えても意味がない。次に何が来るかは、出てみるまで分からなかった。
(四つとも出しておけば――)
一瞬考える。だが、火の灯ったランプと液体入りの瓶だけでも両手はふさがる。そこへ薬草と石まで抱えて、次の印を見てから正しい一つだけを瞬時に選び出すのは、どう考えても無理があった。
(……無理だな)
(床に並べておく?)
これも、すぐに打ち消す。認証の枠は胸の高さにある。次の印が出てから足元を見て、拾って、持ち上げていたのでは、間に合うはずがない。
背後ではミグレナがゴーレムと斬り結んでいて、激しい戦闘の余波がこちらまで届いている。物を整然と並べておける状況でもなかった。
「キリがないぞ!!」
「今やっています……!」
ミグレナの声に押されながら、必死に考えを組み立てる。
(炎ならランプ。雫なら煎じ薬。葉なら薬草。岩なら石。使う物は、もう決まってる)
(分からないのは、次にどれが来るかだけだ)
(なのに、必要になってから全部の中を探してる。四つとも分かってるのに、取り出すのが間に合わない)
(この四つだけ、すぐ選べたら――)
《条件を満たしました》
《未解放機能を解放します》
【???】 → 【クイックスロット】
《新たな未解放機能が追加されました》
【???】
「……今!? しかも増えた!?」
戦闘の真っ最中に出す通知としては、あまりにも間が悪い。だが、頭の中で形になった考えと、目の前の表示が、ぴたりと重なった。
【クイックスロット】
【登録可能:4】
迷っている暇はない。ランプ、煎じ薬、薬草、投擲石。今使うと決めている四つを、そのまま登録する。ちょうど四枠が埋まった。
「あと少し耐えてください!!」
「今度こそ頼むぞ」
ミグレナが再び前へ出て、ゴーレムの注意を引きつける。
息を整える暇もなかったはずなのに、ミグレナの構えに乱れはなかった。
装置の前に立ち直す。今度は岩から。
(石)
クイックスロットから投擲石を選ぶ。一覧を探す必要はない。手元へ取り出し、光の枠へかざす。消えた。
直後、次の印が浮かぶ。葉。
(薬草)
投擲石を収納。空いた同じ手へ薬草を取り出し、そのままかざす。消える。
次は雫。
(煎じ薬)
薬草を収納。同じ手へ煎じ薬。瓶を差し出す。また消えた。
間を置かず、最後の印が浮かぶ。炎。
(ランプ)
瓶を収納。同じ手へランプを取り出す。火を光の枠へ近づける。
四つ目の印が、静かに消えた。
装置の奥で、重い作動音が響いた。床を流れていた光が、一気に引いていく。ゴーレムの動きが目に見えて鈍り――そのまま、石の腕が途中で止まった。
「今だ!」
止まった瞬間を狙って、ミグレナが踏み込む。一閃が、動きを止めたゴーレムを真っ二つに斬り伏せた。今度は、崩れた破片が二度と組み上がることはなかった。
「……終わった、みたいですね」
「ああ、今度は戻らないようだ」
しばらく待っても、床に光が走ることはなかった。ミグレナがようやく剣を下ろし、小さく息を吐く。
「よくやった、ナオキ」
「ミグレナさんこそ」
ミグレナはそれ以上何も言わなかった。でも、前より少しだけ、ちゃんとパーティーらしくなってきた気がする。
静まり返った部屋で、俺はクイックスロットに意識を向けて、ランプを選ぶ。インベントリの一覧を開くこともなく、すぐに手元へ取り出せた。
「……これは便利だな」
やること自体は何も変わっていない。何を使うか決めるのも、取り出した後に扱うのも俺だ。
ただ、欲しい物を探す手間だけがなくなった。さっきみたいな場面じゃ、その差はかなり大きい。
確認を終えて、ランプをインベントリへ戻す。
「四つか……」
ついでに能力表示へ意識を向ける。
【インベントリ】
【クラフト】
【クイックスロット】
【???】
「……そういえばなんか増えてたな」
クイックスロットが開いたと思ったら、今度は新しい謎が一つ増えていた。まあ、今考えても仕方がない。
今はたまたま、ちょうど四つで足りた。だが冒険を続けていけば、常に手元へ置いておきたい物は、きっともっと増えていく。何を入れておくかは、これから自分で考える余地がありそうだった。
台座へ目を戻すと、キューブを固定していた留め具が、静かに引っ込んでいくところだった。
「……取れそうです」
慎重に手を伸ばす。触れた瞬間、抵抗はなかった。インベントリへ収納を試す。すっと消える。
「入った……」
思っていたより呆気なかった。守護機構そのものが役目を終えたことを示しているようだった。
「これも持っていけ」
ミグレナが指したのは、ゴーレムの残骸に混じっていた、光沢のある結晶片だった。名前も価値も分からないが、無視するには惜しい輝きをしている。周囲を見回すと、似たような破片が他にもいくつか転がっていた。全て拾い、インベントリへしまった。
「売れるといいですね」
「そうだな」
こんなダンジョンの浅層で、珍しそうなものを拾えるとは思わなかった。もっとも、値がつくかどうかは分からないが。
脱出は、慎重に進めた。崩落で露出した岩の凹凸を頼りに、ミグレナが先に自力で登っていく。危なげのない動きだった。上に着くと、頑丈そうな岩へ補強ロープを何重かに巻き付け、強く引いて固定を確かめる。
「体重を預けても平気そうか?」
「今のところは」
全部を委ねる気にはまだなれない。俺は壁の凹凸にも足を掛けながら、ロープを補助として使って登った。
「ロープ、ちゃんと役に立ちましたね」
「持ってきた甲斐があったな」
上の通路へ戻ると、インベントリからランプを取り出す。見慣れた岩肌が灯りの中へ戻ってきた。肩はまだ少し痛んだが、我慢できないほどではない。
通路には、うっすらと臭い玉の名残が漂っていたが、もうドラグリザードの気配はなかった。臭いに耐えられず、どこかへ移動したのかもしれない。
右側に続くマーキング杭を辿りながら、一つずつ回収して戻る。
入口をくぐり、外へ出た瞬間、日差しと風が全身を包んだ。土と埃の匂いしかなかった肺に、地上の空気が染み渡る。
「……俺たち、光ゴケ採りに来ただけでしたよね?」
「ああ」
「だいぶ予定と違いません?」
ミグレナは、特に答えなかった。ただ、口の端がわずかに緩んでいる気がした。俺もきっと、似たような顔をしているんだろう。
あの立方体が何なのかは、まだ分からない。
ギルドへ持ち帰れば、何か分かるだろうか。




