第21話 準備にも、金と根気が要るらしい
ギルドを出たところで、さっそく指を折りながら数え始める。
「灯り、水、食料、採取用の袋、縄……」
罠解除の道具や鍵開けの道具まで頭に浮かぶが、どれも持っていないし、使い方も知らない。考えるほど、便利そうな物ばかり浮かんでくる。
「あと、回復手段も……」
言いかけて、視線がインベントリの端に浮かぶ表示へ落ちる。
【所持金】750リル
今夜の宿代と飯代、明日の朝食まで考えると、この数字は心もとない。
「俺、ダンジョン以前に、今日の生活費で詰みそうなんですけど」
「気づくのが早くて何よりだ」
嫌味には聞こえなかった。
準備費を稼ぐため、短時間の運搬依頼を一件受けることにした。ミグレナは装備を見ておきたいというので、別行動になる。
掲示板に、やや量の多い市内の在庫移送依頼が出ていた。急ぎだからか、報酬もいつもより高い。
依頼主の店へ向かうと、店主が積まれた木箱の山を前に困った顔をしていた。
「今日中に街の反対側にある倉庫へ移したいんだが、うちの人手だけじゃ日が暮れちまう」
「大丈夫です、任せてください」
こういう仕事は、収納持ちにとって願ってもない相性の良さだった。
木箱を片っ端からインベントリへしまっていく。荷台が見る間に空になる様子に、店主が口をあんぐりと開けた。
「もう終わりか?」
「はい」
倉庫まで歩き、取り出した木箱を並べていく。積み下ろし自体は、ものの数分で終わった。店主は最後まで釈然としない顔をしていたが、確認のサインだけはきっちりくれた。
報酬は3,500リル。
【所持金】4,250リル
昼食は450リル。飯を削らない方針は、崩さない。
【所持金】3,800リル
その後、ミグレナと合流して道具屋を回り、携行ランプを300リルで買う。暗闇の中で手探りすることになるのはごめんだ。
「水と食料は?」
「最低限、二日分は持て」
「予備の武器は必要ですか?」
「短槍が折れたらどうする」
「……石、投げます」
「そうか」
褒められているのか呆れられているのか、判断がつかない。とりあえず頷いておく。
水、二日分の保存食、採取用の小袋、布、それに小さな空き瓶を何本か買い足していくと、合わせて500リルほど飛んでいった。一つ一つは大した額じゃなくても、積み重なると馬鹿にならない。
【所持金】3,000リル
「薬草も買っておいた方がいいかな……いや、待てよ。あれ、生えてる場所知ってるな」
「採りに行くのか」
「買う金がもったいないですし。場所も分かってますから」
街道沿いの見覚えのある斜面まで足を延ばす。見分け方はとっくに体で覚えていた。
薬草と、以前使った獣避けの草、それに臭い玉の殻に使った木の実もできるだけ集める。
宿へ戻り、今日の宿代1,700リルを払う。
【所持金】1,300リル
部屋へ戻ると、拾い集めた材料を並べた。
(マーキング杭、あった方がいいよな)
ゲームならマップが自動で表示されることも多い。だが、ここは現実だ。分岐や似た通路で迷う可能性を考え、木片を短く削り、先端を地面に刺しやすい形に整えて、目立つ布を結び付けた。
《新しいレシピを登録しました》
【簡易マーキング杭】
クラフトで作れば、数秒で同じ規格の杭がもう一本できる。必要そうな数だけ作っておいた。
次に気になったのはロープだった。【植物繊維ロープ(簡易)】というレシピはあるが、あの時の職人にもらった植物繊維は、もう残っていない。
マーキング杭に使った布の残りへ目が留まる。
(……この布、細く裂けば代わりになるか?)
布を細長く裂いてみる。元の植物繊維とはまるで違う見た目だが、撚り合わせる材料にはできそうだった。
(これでも素材として認識されるか?)
裂いた布を素材にしてクラフトすると、数秒後、あっさり一本のロープが完成した。
以前の植物繊維で作った物とは手触りが少し違うが、新しいレシピの表示は出ない。既存のレシピが、似た性質の素材でも通ったらしい。
どこまで代用が利くのかは分からないが、覚えておく価値はありそうだった。
同じように二本作り、三本を並べる。
(これ、さらにまとめたら、もっと丈夫にできないか?)
今度は自分の手で撚り合わせていく。締め方が偏り、途中で捻じれる。一部だけ太くなる。力を入れると緩んでしまう。
何度かやり直し、力が均等に掛かるよう編み方を調整して、ようやく一本だった時より明らかに太く、前よりも頑丈なロープに仕上がった。
《新しいレシピを登録しました》
【補強ロープ】
(同じレシピで作った物をまとめて、別のレシピにできるのか)
同じロープを三本まとめただけでも、別の完成品として登録されるらしい。
(こういう強化の仕方もあるのか)
どこまでの荷重に耐えるかは分からない。だが、前よりは信用できそうだった。
投擲石も補充する。拾った石を使えば、数秒で角の取れた握りやすい一つが仕上がる。もう一個、さらにもう一個。同じ作業を繰り返していく。
出来上がった物は、どれも同じ大きさ、同じ重さ、同じ形をしていた。同じ規格の物は一つの項目にまとまってくれるので、数を増やしても一覧は散らからない。
臭い玉は残り一個だったので、二個作り足す。栓に使っていた植物繊維の代わりには、余った布の切れ端が使えた。これで三個。
薬草の軟膏も、殻の底にまだ少し残っている。
「そういえば、回復手段って軟膏だけなんですよね」
「戦闘中に塗るのか」
「無理ですね……」
「その薬草なら、煎じて飲み薬にする使い方もあるぞ」
ミグレナの一言に、少し目を見開く。ゲーム知識だけで適当に飲む気はなかったが、根拠があるなら話は別だった。
頭の中で、ゲームの回復薬がちらつく。薬草と水を組み合わせれば、それらしい物ができるんじゃないか。
薬草を水にそのまま沈めてみる。浮いているだけだった。レシピ登録の表示もない。
次に、潰して水に混ぜてみる。青臭い匂いが強くなり、水の色も少し変わった。それらしくなってきた気はするが、判断がつかない。
「これ、どうです?」
「薄い」
ミグレナの反応は素っ気ないが、的確だった。まだ何かが足りない。これも登録はされなかった。
「戦場で応急に飲ませる薬は、しっかり煮出すと聞いたことがある」
宿の厨房を借り、刻んだ薬草を鍋の湯で煮る。しばらく煮出したあと、布で濾し、冷ました液体を瓶へ移す。
《新しいレシピを登録しました》
【薬草の煎じ薬(簡易)】
「……お、できた」
瓶を軽く振ってみる。色は薄い緑がかった茶色。お世辞にも美味そうには見えない。
鍋に少し残った分を器へ取って飲んでみる。苦い。ただ苦いだけだ。
「くそまずい……ポーションっていうより、めちゃくちゃ苦いお茶ですね」
「薬だからな」
劇的に傷が塞がる感覚はないが、体の芯がわずかに軽くなる気がした。
(レシピになったからって、効果まで保証されてるわけじゃないよな)
だが、瓶ごと持ち歩けて、とっさに飲める。三本ほど作って、インベントリへしまった。
インベントリを開いてみる。短槍、木製短槍、投擲石、臭い玉、マーキング杭、補強ロープ、ランプ、水、食料、採取袋、薬草の軟膏、煎じ薬。手に入れた順にずらりと並び、目当ての物を探すだけでも、以前よりずっと時間がかかるようになっていた。今のところ、検索や並べ替えのやり方も分からない。上から順に、一つずつ目で追っていく。
(増えるのは頼もしいけど、これはこれで面倒だな……)
拾い集めていた頃とは、明らかに中身が変わっている。頼もしい気もするが、同時に、これだけあってもどれを使うべきか一瞬迷う場面が増えそうな予感もあった。
夕食を済ませる。600リルほど。今日も、朝、昼、夜とちゃんと三食食べられた。
【所持金】700リル
翌朝。朝食を済ませてから、俺たちは街を出た。
【所持金】400リル
「また財布が心もとなくなってきたな……」
だが、腹を満たさない選択肢はもう取らない。飯を削るんじゃなく、必要な分だけ稼ぐ。それが今の方針だった。
街の外れ、岩肌の割れ目のような入口の前に立つ。案内板には「ハルム東ダンジョン」とだけ記されている。装備を整えた冒険者らしき数人の姿もあった。荷馬車も何台か停まっており、ここが決して珍しい場所ではないことが、その光景だけで分かる。
中から吹き出す風は、思ったよりひんやりしていた。湿った土と、かすかに鉱物めいた匂いが混じっている。地上とは明らかに違う空気だった。
「……さて」
ゲームなら、ここでロード画面の一つも挟まりそうなものだ。
「ゲームみたいにいくかどうかは、まあ、分からないですけど」
「ゲーム?」
「こっちの話です」
準備はした。金も使ったし、道具も増えた。あとは、それが本当に役に立つかどうかだ。
俺たちは、ひんやりとした風の吹き出す入口へ足を踏み入れた。




