第17話 一度の成功が、次も正解とは限らない
翌朝、300リルで朝食を済ませてギルドへ向かう。
【所持金】650リル
『タスクボア討伐』
昨日見た依頼票が、まだ残っていた。
『……明日、まだ残ってたら』
そう言って帰った、あの言葉が頭をよぎる。
しばらく依頼票を見つめる。逃げようと思えば、まだ逃げられる。だが、俺は自分でそれを剥がした。
「受けます」
隣に来ていたミグレナが、こちらを見る。
「本当にいいのか」
「怖いですけどね。でも、一昨日より準備はしてますから」
受付へ持っていくと、あっさり受理された。ミグレナとの共同受注として記録される。
一昨日は襲われて仕方なく戦った。今日は、自分から選んで戦いに行く。同じ「戦う」でも、中身がまるで違う気がした。
現場へ向かう道すがら、インベントリから投擲石を一つ取り出して確かめる。手のひらに収まる感触を確かめながら歩く。同じ大きさ、同じ重さ、同じ握り心地。
(これで当たるようになるわけじゃないけどな)
実戦で使うのは、これが初めてだった。石をしまい、そのまま先を急ぐ。
依頼票にあった出没区域で、一頭のタスクボアを見つけた。体格も毛並みの色合いも、一昨日の個体とは少し違う。よく見なければ気づかない程度の差だが、間違いなく別の個体だった。肩の傷がじくりと疼き、一昨日の恐怖が蘇る。
(一昨日のやり方が、こいつにも通じるとは限らない)
だが、まず確認する価値はある。短槍をインベントリへ入れ、右手に投擲石を一つ持ち、一昨日と同じ「投げる動き」を見せる。
無反応だった。
そのまま突進してくる。地面を蹴る音が、予想より近い。
「うわっ――」
慌てて回避する。肩を地面にぶつけ、まだ治っていない傷に痛みが走る。
「なんで効かないんだよ! 一昨日はいけただろ!」
「一昨日と同じ個体ではないからな」
ミグレナが淡々と言う。
「……ですよね」
頭では分かっていたつもりで、体は一昨日の成功にすがっていた。
(違う。タスクボアが石を嫌うんじゃない。一昨日のあいつが、俺が石を投げるって覚えたんじゃないか?)
少なくとも、あの個体は戦っている途中から石を警戒するようになった。種族全体に通用する攻略法だったわけじゃない。
自分で見つけた法則すら、簡単に一般化してはいけない。苦い教訓だった。
仕切り直して、投擲石を一つ握る。握った瞬間の違和感はない。一昨日みたいに、石ごとに感覚が違うということはなかった。
(握りやすい。これは、悪くない)
狙いを定め、投げる。
外れた。タスクボアの横を通り過ぎ、地面に転がる。動いている相手を狙うことが、こんなにも難しいとは思わなかった。
(……普通に外れた)
「……どこを狙った?」
「今のは忘れてください」
恥ずかしさで顔が熱くなる。もう一度、狙いを絞って試してみる。今度は近くまでは飛んだが、それでもタスクボアの横をあっさり逸れていった。
(……駄目だ)
当然だ。クラフトが揃えてくれたのは、道具の形までだった。狙い、力加減、タイミング――そのあたりは、自分でどうにかするしかない。石の形を揃えたところで、投げる腕までコピーされるわけじゃない。
のんびり投げ続けられる余裕はなかった。タスクボアがすぐに距離を詰めてくる。回避に専念せざるを得ない。
いったん距離を取り、考え直す。同じことを繰り返しても、結果は変わらない。何を使うかより先に、どういう状況を作るかだ。インベントリの中身を思い浮かべる。
臭い玉に目を止める。
取り出し、タスクボア本体ではなく、左側の地面へ投げる。
パキッ、と殻が割れ、閉じ込めていた強烈な臭いが一気に広がった。風に乗って漂う臭いに、タスクボアが露骨に嫌そうな顔をして、左側を避けるように体を右へ傾ける。
「ミグレナさん、右側に回れます?」
「逃げ道を絞るのか」
「そのつもりです」
「分かった」
余計なことは聞かず、すぐに動いてくれる。
ミグレナが素早く位置を変える。二人で挟むような形になった。
左は臭い、右はミグレナ。完全に動きを封じたわけじゃないが、自由に動かれるよりは狙いやすい。
(これなら、さっきよりは狙いやすいか?)
もう一度、投擲石を構える。狙うのは大きな胴体。
一投。肩付近を掠める。まだ決定打じゃないが、さっきよりは近い。石そのものが急に当たりやすくなったわけじゃない。動ける範囲を狭めたぶん、狙いやすくなっただけだ。
タスクボアが苛立ったように、こちらへ突進しようとする。
もう一投。狙いは胴体だったのに、力が入りすぎたのか軌道が逸れ、たまたま目元へぶつかった。
タスクボアが激しく頭を振って怯む。
(当たった? ……いや、違う。当てたんじゃない。たまたま当たっただけだ)
弱点を狙ったわけでもない。狙って当てたわけじゃない、ただの偶然だった。
だが、その偶然が生まれる状況を作ったのは、自分たちだ。
タスクボアが怯んだ。
(――今だ)
投げ終えた手を空け、インベントリから短槍を引き出す。柄を握り、もう片方の手を添え、両手で構え直す。武器が勝手に手へ収まってくれるわけじゃない。ほんの短い動作なのに、やけに長く感じた。
怯んで体勢を崩している今なら、踏み込める。
足を踏み出し、胸元へ短槍を突き込んだ。
狙い澄ました一撃、というほど綺麗ではない。だが、隙を見て迷わず動けたのは、自分の判断だった。
タスクボアが短く鳴き、数歩よろめいたあと、その場へ崩れ落ちる。
「……やっぱりこえええ!」
膝が笑っている。息も整わないまま、しばらくその場にへたり込んだ。倒しても、怖さは消えてくれないらしい。
「……今の、どうでした?」
「何がだ」
「石とか……」
「最後のは偶然だな」
「くっ……冷たい!」
あっさり切り捨てられて、少しだけ笑いそうになった。
「だが、怯んだ瞬間に動けたのは悪くない」
思っていたより、まともな評価だった。ミグレナは短く笑ったような顔をした。
倒れたタスクボアをインベントリへ収納する。勝てた。それでも、最後の石が偶然当たっただけだということは、自分でも分かっていた。
帰り道、頭の中で今日の戦いを分解する。
機能したもの。臭い玉。左側を嫌がらせて、右をミグレナに任せたこと。怯んだ瞬間を見逃さず、槍へ切り替えた判断。
意味はあったが、まだ技術不足なもの。投擲石。毎回同じ握り心地で扱えるのは確かに楽だった。だが、それと命中させる腕は別問題だった。
(同じ石を作れるのと、同じ場所に投げられるのは、別か)
目元への命中は、完全な偶然。混同してはいけない。
(でも、毎回違う石を投げるよりは、練習しやすいかもしれない)
全部が偶然だったわけじゃない。臭い玉の使い方も、ミグレナとの位置取りも、自分で考えた結果だ。ただ、勝てた理由の半分くらいは、運が味方しただけだった。次も同じようにいくとは、とても思えない。
ギルドへ戻り、人目の少ない場所でタスクボアの死体を取り出して報告する。受付の女性が記録を確認しながら言う。
「確認しました、ナオキさん」
Eランクになって初めて、自分から受けた正式な討伐依頼だった。達成感はあるが、英雄扱いされるほどのことでもない。
依頼報酬6,000リルはミグレナと折半して3,000リル。加えて、俺が倒したタスクボアの素材代800リル。合わせて3,800リルを受け取った。
【所持金】4,450リル
夕食と宿代を払うと、
【所持金】1,350リル
昨日よりは増えたが、貧乏なことには変わりない。
「次は、槍も少し使えるようになった方がいい」
「……槍ですか」
「ああ」
「ですよねぇ……」
道具を作るだけじゃ足りない。使えるようにならなければ、意味がない。
「……その、槍も見てもらえます?」
「構わない」
あっさりとした返事だった。断られる想像すらしていなかったが、拍子抜けするほど簡単に頷かれると、それはそれで少し照れくさい。
一度うまくいったからって、それをそのまま正解だと思ってはいけない。同じ道具を作れても、同じ結果まで作れるわけじゃない。だが、失敗したら条件を変えればいい。使う物を変える。組み合わせを変える。次の手は、まだ残っている。
だが、ちゃんと帰ってこられた。今日のところは、それで十分だった。




