↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/36

第17話 一度の成功が、次も正解とは限らない

 翌朝、300リルで朝食を済ませてギルドへ向かう。


【所持金】650リル


『タスクボア討伐』


 昨日見た依頼票が、まだ残っていた。


『……明日、まだ残ってたら』


 そう言って帰った、あの言葉が頭をよぎる。


 しばらく依頼票を見つめる。逃げようと思えば、まだ逃げられる。だが、俺は自分でそれを剥がした。


「受けます」


 隣に来ていたミグレナが、こちらを見る。


「本当にいいのか」


「怖いですけどね。でも、一昨日より準備はしてますから」


 受付へ持っていくと、あっさり受理された。ミグレナとの共同受注として記録される。


 一昨日は襲われて仕方なく戦った。今日は、自分から選んで戦いに行く。同じ「戦う」でも、中身がまるで違う気がした。




 現場へ向かう道すがら、インベントリから投擲石を一つ取り出して確かめる。手のひらに収まる感触を確かめながら歩く。同じ大きさ、同じ重さ、同じ握り心地。


(これで当たるようになるわけじゃないけどな)


 実戦で使うのは、これが初めてだった。石をしまい、そのまま先を急ぐ。




 依頼票にあった出没区域で、一頭のタスクボアを見つけた。体格も毛並みの色合いも、一昨日の個体とは少し違う。よく見なければ気づかない程度の差だが、間違いなく別の個体だった。肩の傷がじくりと疼き、一昨日の恐怖が蘇る。


(一昨日のやり方が、こいつにも通じるとは限らない)


 だが、まず確認する価値はある。短槍をインベントリへ入れ、右手に投擲石を一つ持ち、一昨日と同じ「投げる動き」を見せる。


 無反応だった。


 そのまま突進してくる。地面を蹴る音が、予想より近い。


「うわっ――」


 慌てて回避する。肩を地面にぶつけ、まだ治っていない傷に痛みが走る。


「なんで効かないんだよ! 一昨日はいけただろ!」


「一昨日と同じ個体ではないからな」


 ミグレナが淡々と言う。


「……ですよね」


 頭では分かっていたつもりで、体は一昨日の成功にすがっていた。


(違う。タスクボアが石を嫌うんじゃない。一昨日のあいつが、俺が石を投げるって覚えたんじゃないか?)


 少なくとも、あの個体は戦っている途中から石を警戒するようになった。種族全体に通用する攻略法だったわけじゃない。


 自分で見つけた法則すら、簡単に一般化してはいけない。苦い教訓だった。




 仕切り直して、投擲石を一つ握る。握った瞬間の違和感はない。一昨日みたいに、石ごとに感覚が違うということはなかった。


(握りやすい。これは、悪くない)


 狙いを定め、投げる。


 外れた。タスクボアの横を通り過ぎ、地面に転がる。動いている相手を狙うことが、こんなにも難しいとは思わなかった。


(……普通に外れた)


「……どこを狙った?」


「今のは忘れてください」


 恥ずかしさで顔が熱くなる。もう一度、狙いを絞って試してみる。今度は近くまでは飛んだが、それでもタスクボアの横をあっさり逸れていった。


(……駄目だ)


 当然だ。クラフトが揃えてくれたのは、道具の形までだった。狙い、力加減、タイミング――そのあたりは、自分でどうにかするしかない。石の形を揃えたところで、投げる腕までコピーされるわけじゃない。


 のんびり投げ続けられる余裕はなかった。タスクボアがすぐに距離を詰めてくる。回避に専念せざるを得ない。




 いったん距離を取り、考え直す。同じことを繰り返しても、結果は変わらない。何を使うかより先に、どういう状況を作るかだ。インベントリの中身を思い浮かべる。


 臭い玉に目を止める。


 取り出し、タスクボア本体ではなく、左側の地面へ投げる。


 パキッ、と殻が割れ、閉じ込めていた強烈な臭いが一気に広がった。風に乗って漂う臭いに、タスクボアが露骨に嫌そうな顔をして、左側を避けるように体を右へ傾ける。


「ミグレナさん、右側に回れます?」


「逃げ道を絞るのか」


「そのつもりです」


「分かった」


 余計なことは聞かず、すぐに動いてくれる。


 ミグレナが素早く位置を変える。二人で挟むような形になった。


 左は臭い、右はミグレナ。完全に動きを封じたわけじゃないが、自由に動かれるよりは狙いやすい。


(これなら、さっきよりは狙いやすいか?)




 もう一度、投擲石を構える。狙うのは大きな胴体。


 一投。肩付近を掠める。まだ決定打じゃないが、さっきよりは近い。石そのものが急に当たりやすくなったわけじゃない。動ける範囲を狭めたぶん、狙いやすくなっただけだ。


 タスクボアが苛立ったように、こちらへ突進しようとする。


 もう一投。狙いは胴体だったのに、力が入りすぎたのか軌道が逸れ、たまたま目元へぶつかった。


 タスクボアが激しく頭を振って怯む。


(当たった? ……いや、違う。当てたんじゃない。たまたま当たっただけだ)


 弱点を狙ったわけでもない。狙って当てたわけじゃない、ただの偶然だった。


 だが、その偶然が生まれる状況を作ったのは、自分たちだ。




 タスクボアが怯んだ。


(――今だ)


 投げ終えた手を空け、インベントリから短槍を引き出す。柄を握り、もう片方の手を添え、両手で構え直す。武器が勝手に手へ収まってくれるわけじゃない。ほんの短い動作なのに、やけに長く感じた。


 怯んで体勢を崩している今なら、踏み込める。


 足を踏み出し、胸元へ短槍を突き込んだ。


 狙い澄ました一撃、というほど綺麗ではない。だが、隙を見て迷わず動けたのは、自分の判断だった。


 タスクボアが短く鳴き、数歩よろめいたあと、その場へ崩れ落ちる。


「……やっぱりこえええ!」


 膝が笑っている。息も整わないまま、しばらくその場にへたり込んだ。倒しても、怖さは消えてくれないらしい。




「……今の、どうでした?」


「何がだ」


「石とか……」


「最後のは偶然だな」


「くっ……冷たい!」


 あっさり切り捨てられて、少しだけ笑いそうになった。


「だが、怯んだ瞬間に動けたのは悪くない」


 思っていたより、まともな評価だった。ミグレナは短く笑ったような顔をした。


 倒れたタスクボアをインベントリへ収納する。勝てた。それでも、最後の石が偶然当たっただけだということは、自分でも分かっていた。




 帰り道、頭の中で今日の戦いを分解する。


 機能したもの。臭い玉。左側を嫌がらせて、右をミグレナに任せたこと。怯んだ瞬間を見逃さず、槍へ切り替えた判断。


 意味はあったが、まだ技術不足なもの。投擲石。毎回同じ握り心地で扱えるのは確かに楽だった。だが、それと命中させる腕は別問題だった。


(同じ石を作れるのと、同じ場所に投げられるのは、別か)


 目元への命中は、完全な偶然。混同してはいけない。


(でも、毎回違う石を投げるよりは、練習しやすいかもしれない)


 全部が偶然だったわけじゃない。臭い玉の使い方も、ミグレナとの位置取りも、自分で考えた結果だ。ただ、勝てた理由の半分くらいは、運が味方しただけだった。次も同じようにいくとは、とても思えない。




 ギルドへ戻り、人目の少ない場所でタスクボアの死体を取り出して報告する。受付の女性が記録を確認しながら言う。


「確認しました、ナオキさん」


 Eランクになって初めて、自分から受けた正式な討伐依頼だった。達成感はあるが、英雄扱いされるほどのことでもない。


 依頼報酬6,000リルはミグレナと折半して3,000リル。加えて、俺が倒したタスクボアの素材代800リル。合わせて3,800リルを受け取った。


【所持金】4,450リル


 夕食と宿代を払うと、


【所持金】1,350リル


 昨日よりは増えたが、貧乏なことには変わりない。




「次は、槍も少し使えるようになった方がいい」


「……槍ですか」


「ああ」


「ですよねぇ……」


 道具を作るだけじゃ足りない。使えるようにならなければ、意味がない。


「……その、槍も見てもらえます?」


「構わない」


 あっさりとした返事だった。断られる想像すらしていなかったが、拍子抜けするほど簡単に頷かれると、それはそれで少し照れくさい。


 一度うまくいったからって、それをそのまま正解だと思ってはいけない。同じ道具を作れても、同じ結果まで作れるわけじゃない。だが、失敗したら条件を変えればいい。使う物を変える。組み合わせを変える。次の手は、まだ残っている。


 だが、ちゃんと帰ってこられた。今日のところは、それで十分だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。