第14話 臭いのは、使う時だけでいい
宿の部屋で、俺はインベントリから今日拾った物を並べていた。
獣避けの臭い草、正体不明の木の実、枝、植物繊維。何に使うか分からないまま拾った物ばかりだが、こういう時のためのインベントリだ。
(投げて使うなら、潰した草を何かに包めばいいんじゃないか?)
単純な思いつきだった。まずは臭いを強くするために、葉を何枚か手で揉み潰す。一枚だけならまだしも、まとめて潰せばもっと強烈になるはずだった。
次の瞬間、部屋に強烈な臭いが広がった。予想をはるかに超える威力だった。
「ぐっ……くっさ!」
慌てて窓を開け、顔を背ける。目に染みるほどの臭いが、なかなか抜けない。
(いや待て。これ、作ってる時点で俺が食らうじゃん)
しかも、この状態で包んでも臭いは漏れ続けるだろう。持ち歩くだけで自分も周りも臭う道具に、使い道はない。初号機は、完成する前に失敗が確定した。
(臭う前に包むんじゃない。包んでから臭わせればいい。)
発想を変える。臭いが外へ漏れない状態にしてから、草を傷つければいい。
今日拾った木の実を一つ取り出す。外皮はそれなりに硬いが、先端には少し柔らかい部分がある。そこへ穴を開け、中身を掻き出してみると、小さな容器のようになった。
開けた穴から、潰していない獣避け草を詰める。最後に植物繊維を丸めて押し込み、簡単な栓にした。
外へ出て、離れた場所へ投げてみる。
パキッ、と殻が割れた。
だが、草は散らばるだけで、大して潰れていない。臭いも、指で潰した時よりずっと弱かった。
「……弱いな」
殻の破片を拾い、散らばった草を見比べる。まだ完成ではない。殻が割れる衝撃だけでは、中の草を十分に潰せないらしい。
(じゃあ、臭いが漏れないように閉じてから、中で傷つければいいのか)
今度は草と一緒に、小さな石片を二、三個押し込む。植物繊維をきつく丸めて穴へ押し込み、簡単には抜けないよう奥まで詰めた。念のため指で押さえながら、木の実を何度も強く振る。
殻の中で、カラカラと石が跳ねる。
《新しいレシピを登録しました》
【臭い玉(簡易)】
「……これで完成扱いなのか」
何度か振ってから鼻へ近づけてみたが、さっきのような強烈な臭いはほとんどしない。
「……これならいけるか?」
少なくとも今回は、ひと通り作り終えた時点で登録されたらしい。
「でも、実際に割れて臭うかは別だよな」
効くかどうかまでは、まだ分からない。試す場所も選ぶ必要がある。宿の裏手、人気のない場所まで移動し、念のため風上に立つ。
投げる。
パキッ。
一拍遅れて、鼻を刺す臭いが辺りへ広がった。風上にいたつもりが、少し食らって顔をしかめる。
「うっ……!」
持ち歩いている間はほとんど臭わず、割れた時だけ強く臭う。これなら、必要な時に取り出して持ち歩いても問題なさそうだった。
クラフトの欄を確認すると、確かに項目が並んでいる。素材はまだ余っていた。もう一つ作ってみることにした。
【臭い玉(簡易)を製作しますか?】
頷くと、素材がすっと消える感覚があった。
二、三秒後。さっき苦労して作った物と同じ形の臭い玉が、インベントリに増えていた。
殻に穴を開け、草と石片を詰め、繊維で栓をする。最後に中で石片をぶつけて草を傷つけるところまで、あれだけ手間がかかった工程が、あっさり再現された。
(……これだよ。こういうのが欲しかったんだよ)
念のため、もう一個だけ追加で作り、インベントリへしまっておく。
翌朝、300リルで朝食を済ませ、ギルドへ向かう。
ギルドへ入るなり、受付の女性に呼び止められた。
「ちょうどよかった。昨日の足跡の件、追加で確認をお願いしたいんです」
差し出されたのは、簡単な依頼票だった。
「正式な討伐ではありません。昨日の地点周辺の状況を、もう少し詳しく確認していただきたいんです。危険を感じたら無理せず撤退してください。魔物と戦う必要はありませんし、複数見かけても、戦闘や追跡は絶対にしないように。昨日発見されたお二人に、追加でお願いしたい形です」
言い方は丁寧だが、要は「様子見」の依頼だ。無理に踏み込む必要はない、ということでもある。
報酬は7,000リル。昨日の続きなら、場所も分かっている。
「行くか」
ミグレナが短く言った。腰の剣に軽く手を触れて確認している。装備の確認は、いつも一瞬で終わる。
「行きましょう」
そのまま二人で受注を済ませた。
街道を外れ、昨日の足跡があった辺りへ向かう。
「グレイファングって、普段は群れで行動するんですか」
「基本は単独か、母子連れくらいだ。まとまって動くのは珍しい」
珍しい、で片づけていい話には聞こえなかった。
現場に着くと、木々の隙間に灰色の毛並みが三つ見えた。何かを囲むように、じっと一点へ意識を向けている。
「三頭か」
ミグレナの声が、いつもよりわずかに低い。
「毛並みも体格も揃ってますね」
「同じ群れだろうな」
一頭の時のやり方を思い出す。前に街道で遭遇した個体は、最後まで俺一人にしか意識を向けなかった。強い刺激を一方向に出せば、意識ごとそっちへ引っ張れるんじゃないか。
インベントリから石を一つ取り出し、離れた茂みへ投げてみる。
一頭が音の方へ顔を向けた。だが、すぐにもう二頭も同じ方向を見て、三頭まとまって身構えた。誘導どころか、警戒を強めさせただけだった。
「……散らない」
「一頭の時とは違う。互いを気にしているんだろう」
単独個体への対処が、そのまま群れへ通用するわけじゃない。
念のため、もう一度だけ小さく音を立ててみる。結果は同じだった。三頭とも、示し合わせたように同じ方向へ意識を向ける。単独の時のような、隙のある動きはどこにもなかった。
「あいつら、さっきから同じ木の根元ばかり気にしてますね」
「臭い付けに見える。縄張りの境界を示している可能性が高い。群れなら、その情報を互いに確認し合うこともあるだろう」
「絶対そうとは言い切れない、ってことですか」
「見た範囲で言えばそうだ、というだけだ」
観察と推測を、この人はいつも分けて話す。
(……昨日作ったやつ、使えるか?)
インベントリから、昨日作った臭い玉を一つ取り出す。
「昨日のやつ、もうできてるんです」
「……仕事が早いな」
珍しく、少し驚いた顔をしていた。宿へ帰った後、まさか道具まで完成させているとは思っていなかったらしい。
十分な距離を取り、ミグレナが軽く手をかざして風向きを確かめる。頷いたのを合図に、狙いを定めて投げた。
パキッ、と乾いた音が響く。
一拍遅れて、強烈な臭いが辺りへ広がった。三頭が同時に鼻先を上げ、じりじりと後退する。逃げ出したわけではないが、明らかに距離を取っていた。
「効いている。だが長くはもたない」
「今のうちに調べましょう」
言われるまでもなかった。ギルドから念を押されていた通り、深追いはしない。三頭が離れている間に、低い姿勢のまま木の根元まで進む。
大きな爪痕が、幹に浅く残っていた。踏み荒らされた下草。少し離れた場所にも似た足跡があり、向きを見比べると、どちらも街道側へ向かっているように読み取れた。
「……やっぱり、こっちへ向かってる」
「断定はまだできないが、可能性は高くなったな。同じ個体かどうかまでは分からないが」
ミグレナが足跡の深さを指でなぞりながら言う。昨日見つけたものとは別に、比較的新しい足跡も残っている。少なくとも、一度だけここを通ったわけではなさそうだった。
正体までは分からない。それでも、昨日より一歩、確かなことが増えた。
臭いが薄れて三頭が戻ってくる前に、俺たちはその場を離れた。
街道まで戻り、荒い息を整える。
「こういう時、ミグレナさんの知識、めちゃくちゃ助かりますね」
「お前の道具がなければ、近づくことすらできなかった」
珍しく素直な返しだった。少しだけ調子が狂う。
ギルドへ戻り、確認できた範囲を報告する。討伐なし。足跡の主までは分からなかったが、街道側へ向かっている可能性は以前より高くなったこと、グレイファングが三頭で行動していたことを伝えた。
「助かります。この情報は追加の調査へ回すかもしれません」
受付から差し出された硬貨を、ミグレナと折半する。俺の取り分は3,500リル。
【所持金】6,650リル
「その臭い玉、また作れるか」
「一度作り方が分かれば、同じものなら次はもっと早く作れます」
「なら、次も持ってこい」
「もう標準装備扱いなんですか、これ」
「役に立つなら、それでいいだろう」
昨日はただ拾っただけの草と木の実だった。作ろうとして臭いにやられ、投げても潰れず、また作り直した。最後には、自分で作った物が、本当に冒険の選択肢になった。
(……こういうの、やっぱり楽しいな)




