第12話 死んだ魔物は、なぜか入る
(……これも、入るんじゃないか?)
そう思ったが、すぐには触れなかった。
この世界で収納の力がどれくらい珍しいのかも、知られたらどう扱われるのかも分からない。だから、これまでは人前で使わないようにしてきた。
ミグレナを完全に信用したわけじゃない。ただ、少なくとも人の秘密を面白半分に言いふらすような性格には見えなかった。
(今全部話す必要はない。でも、収納できるってことだけなら――)
「……ミグレナさん」
「なんだ」
二頭の死体を前に、運搬の算段を話していたミグレナへ、俺は声をかけた。
「これ、担がなくてもいいかもしれません」
「どういう意味だ」
「俺、物をしまっておける能力があるんですよ」
「収納持ちか」
「知ってるんですか?」
「存在は聞いたことがある。珍しいがな。詳しい仕組みまでは知らないが」
「そうですか」
思ったより、あっさりした反応だった。少なくとも、前例のない力ではないらしい。
「生き物みたいなのを入れたことはないんで、こいつが入るかは俺も知りません」
一頭目のグレイファングへ近づき、直接触れる。収納する、と意識した。
死体がその場から消える。今まで石や枝を収納した時と、何も変わらなかった。
「……入った」
インベントリを開くと、【グレイファングの死体】という項目が増えていた。
「……入ったな」
「俺も驚いてます」
ミグレナは能力そのものより、別のところへ食いついた。
「これなら、傷めずに持ち帰れる。街で詳しく見られるな」
(そっちに食いつくのかよ)
もう一頭の死体を横目に、ミグレナが目を輝かせている。
一頭入ると、今度はその理由が気になった。
(こいつ、ついさっきまで生きてたんだぞ。……死んでるから入ったのか?)
足元を這っていた甲虫へ指を伸ばし、背中へそっと触れる。収納すると意識してみる。
何も起きない。甲虫は何事もなかったように、そのまま這って逃げていった。
「……入らない」
(死んでるか、生きてるか。その違いなのか? まだ一例だけど)
次に、足元に転がっていた拳ほどの石へ触れる。これはいつも通り、すぐにインベントリへ入った。いったん取り出して地面へ戻す。
少し離れた場所に、同じくらいの大きさの石が半分ほど地面へ埋まっていた。今度はそちらへ手を置き、収納を意識する。
「……入らない」
(大きさはほとんど同じ。違うのは、地面から動かせるかどうかか?)
「地面と一体化してるものはダメみたいですね。あと……」
二頭目のグレイファングはまだ残してある。牙へ触れ、「牙だけ」を対象に意識してみる。
反応がない。尻尾も、前脚も同じだった。勝手に切り離されることはないらしい。
「死体の一部分だけ抜き取る、みたいなのは無理なようです」
(丸ごとは入る。でも、つながった一部分だけを勝手に抜くのは無理か)
最後に、二頭目の全体へ触れる。今度はあっさり収まった。
「二頭とも入りました」
インベントリを確認すると、【グレイファングの死体】が二つ、別々の項目として並んでいた。まとめられることはないらしい。
「……」
ミグレナが、二頭の消えた地面と俺の顔を交互に見た。
「この大きさが二頭か。今のところ問題はなさそうだが……お前の力、底が見えないな」
「俺が一番知りたいですよ、それ」
「便利は便利ですけど、なんでも入るわけじゃないみたいですね」
「それの方がいい」
「なんでですか?」
「なんでも入るなら、お前は今頃もっと調子に乗っている」
「否定できないのが悔しいです」
「この収納、こういう細かいことは何も教えてくれないんですよ。何が入るとか、何が駄目とか」
「それでいい」
ミグレナが即答した。
「教えられるより、自分で見た方が早い」
その返答は、妙に俺の考え方と似ていた。
ミグレナは、入らなかった石の前で考え込む俺を不思議そうに見ていた。死体が入った時より、今の方が俺の頭は忙しく動いている。
街まで戻る道中、ミグレナはずっと機嫌が良かった。
「今まで運ぶのが難しかった個体を、そのまま持ち帰れる」
「持ち帰ってどうするんですか?」
「観察する。もっと詳しくな」
「……嫌な方向に目を輝かせないでください」
ミグレナは特に反論せず、それどころか少し楽しそうにしていた。
「……俺、魔物専用の荷物持ちにされません?」
「そんなつもりはない」
「ですよね」
「お前の力があれば、今まで持ち帰れなかった個体も、街で詳しく見られる。それだけだ」
「それ、言い方を変えただけじゃないですか?」
「そうか?」
本気で分かっていない顔だった。この人と魔物の話をすると、やっぱり少し疲れる。
ハルムへ戻ると、そのままギルドへ向かった。
ミグレナが、受付へ簡潔に報告する。
「グレイファングを二頭確認、討伐した。普段の生息域より街道側に出ていて、どちらも痩せ気味だった」
原因までは分からない。ミグレナも、それ以上は断定しなかった。
「案内への協力、助かりました。1,500リルになります」
「ありがとうございます」
銀貨一枚と大銅貨一枚を受け取り、そのまましまう。
【所持金】6,200リル
これで依頼そのものは終了らしい。
「死体も持ち帰っている」
その一言で、受付の女性が一瞬だけ目を丸くした。
「二頭ともですか?」
「ああ」
事情を説明すると、ギルドの裏手にある解体所へ案内されることになった。
人目の少ない場所まで移動してから、俺は二頭のグレイファングを一頭ずつインベントリから取り出した。
突然現れた大きな死体を前に、解体所の男が目を見開く。
「おお……ずいぶん綺麗に持ってきたな」
まあ、担いでも引きずってもいないからな。
続いて、解体所の男が二頭の状態を確認し始めた。毛をかき分け、傷口を見て、牙や脚を順番に確かめていく。その横で、ミグレナの目がさっきからずっと真剣だ。
「二頭とも少し痩せちゃいるが、素材の状態は悪くないな。合わせて4,000リルくらいにはなる」
「結構な額になるみたいですよ」
「そうか」
「……興味ないんですか?」
「解体には立ち会えるのか?」
「ああ……そっちね」
4,000リルより、グレイファングの中身の方が気になるらしい。解体所の男も、立ち会いたいというミグレナの申し出には慣れているようだった。
「別に構わんぞ。邪魔しなけりゃな」
「分かった」
返事が速い。たぶん今日一番いい返事だった。
俺が呆れていると、受付の女性が確認するように口を開いた。
「では、素材の買取代はミグレナさんへお渡しする形でよろしいですか?」
「ああ。半分はこいつに渡してくれ」
「え?」
自分を指されたと気づくまで、一拍かかった。
「俺もですか? 倒したのはミグレナさんですよね」
「一頭はお前が気づいてくれた。それに、収納がなければ二頭とも担いで帰ることになっていた」
「いや、それでも半分は――」
「金より、こいつらを調べられる方がいい」
「そこはもう分かりましたよ」
「今日は二人で動いた。半分でいい」
「……そういうものですか」
「そういうものだ」
前にもどこかで聞いたような言い方だった。本人がそこまで言うなら、これ以上断るのもかえって面倒だ。
二頭分の買取額は4,000リル。半分の2,000リルを受け取る。
【所持金】8,200リル
(……増えたな)
昨日は2,500リルの依頼で死にかけたのに。まあ、今日二頭を倒したのは俺じゃないんだけど。
「じゃあ、俺は先に戻りますけど」
「ああ」
「ミグレナさんは?」
「解体を見る」
「ですよね」
聞くまでもなかった。
解体所に残るミグレナと別れ、俺は一人で宿の方へ歩き出した。
荷物は軽い。懐も昨日までよりはずっと余裕がある。なのに、頭の中に残っていたのは金のことではなかった。
死体は入る。甲虫は入らない。転がった石は入って、埋まった石は入らない。丸ごとは入るのに、牙だけは駄目。
(生きていないことと、独立した一個の物であること……その辺が条件なのか?)
まだ確証はない。なのに、一つ分かるたびに次の疑問が出てくる。
(……まだ、いろいろ確認できそうだな)
便利になったことより、どこまでできて、どこからできないのか。いつの間にか、そっちの方が気になっていた。
600リルで夕食を済ませ、いつもの宿へ戻る。素泊まり代の2,500リルを払い、部屋へ入るとそのままベッドへ転がった。
今日一日を思い返すと、『今日は二人で動いた』という言葉が、妙に頭に残っていた。
俺が気づいたことを伝えれば、あの人の助けになる。俺の能力があれば、今まで持ち帰れなかった魔物だって持ち帰れる。
(……ちゃんと、役に立ってたんだな)
そう思えたのは、この世界に来てから初めてだった。
明日もギルドには行くつもりだ。
なんとなく――行けば、またあの変な女剣士がいるような気がした。




