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第20話 新しい図書室で春を待つ
春の手前、北辺文庫の南棟に新しい図書室が開いた。
子ども向けの棚、巡回文庫の返却口、暖炉のそばの朗読席。そして窓際には、母の本棚が置かれている。奪われたまま終わらせなかった本たちが、ようやく落ち着く場所を見つけたのだ。
「名前を決めないのか」
開館前の静かな朝、アルノーが訊いた。
「辺境図書室、では少しかたいですね」
「春の図書室はどうだ」
私は目を瞬いた。亡き夫人の手紙にあった名前だ。
「覚えていたんですか」
「忘れる理由がない」
そう言って彼は、少しだけためらってから私に小箱を差し出した。中には新しい蔵書印が入っている。百合紋の隣に、北辺の雪花紋が並んでいた。
「エリナ。文庫の主任として、ここに残ってほしい」
「それは仕事の話ですか」
「半分は」
珍しく曖昧な答えに、私は笑ってしまった。
「残り半分は?」
アルノーは私の目を見たまま言った。
「君と同じ本棚の前で、生きていきたい」
窓の外では雪解けの水が光っていた。私は新しい蔵書印を受け取る。
「では、春の図書室でお待ちしています。辺境伯様」
奪われた余白はもうない。これから先は、自分の声で、自分の頁を読み上げていける。




