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第1話 奪われた蔵書室と婚約

持参金目録の一行は、花嫁の人生と同じだ。一つでも消されれば、誰かの居場所がなくなる。


 王立蔵書局の第二閲覧室で、私は朝から婚礼用の寄贈本目録を読み上げていた。古い装丁本の革の匂い、羽根ペンの擦れる音、冬前の乾いた空気。目立たないけれど、私はこの場所が好きだった。誰かが遺した本を、次の持ち主へ正しく渡す。それが朗読記録官の仕事だ。


「姉さまは本ばかり読んでいてずるいわ。人前で笑う役は、私の方が似合うもの」


 義妹リディアが金糸の髪を揺らして笑った。二十六歳。やわらかな声のまま、欲しいものを当然のように奪う女だ。その隣には婚約者ユリウス・ベルンハルトが立っていた。三十四歳の王立蔵書局補佐官。五年かけて私へ結婚を申し込み、母の形見の蔵書室を一緒に守ろうと言った男だった。


「来月の婚礼後、閲覧室主催はリディアが務める。君は裏方に回ってくれ」


 局長の言葉に、私は抗議より先に机上の目録へ目を落とした。母が持参金として持ち込んだ私物蔵書の一覧、その中ほどが抜けている。装丁番号三一七。母の愛読書をまとめた棚の記録だ。


「欠番があります。ここにあるはずの持参本目録がありません」


「今は婚礼準備が先だ」


 ユリウスは視線を逸らしたまま言った。その口調のなめらかさが、もう私のためには使われていないとわかる。


「管理不備の責任を取って、北辺文庫へ移ってもらう。婚約も、これで終わりだ」


 閲覧室の高窓から差す光が、目録の欠けた行だけを白く浮かび上がらせていた。私はその瞬間、ようやく理解した。奪われたのは婚約と席だけじゃない。母の本棚まで、誰かが動かしているのだ。


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