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電書第3巻(完結)配信中 ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ  作者: はなまる
第二章

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第28話 霧の夜

感想のお返事ができなくて、申し訳ありません。ついうっかりネタバレしてしまう作者なもので笑 全て目を通しています。とても励まされています。

誤字報告も、ありがとうございます。とても助かっています!



《ダグラス》


 王都の秋は、霧と共に深まってゆく。白く煙る街並みを、足早に帰宅を急ぐ人影が通り過ぎる。霧は低く、重く垂れ込める。


 人の気配の消えた郵便局のロビーで、壁一面に並ぶ、人待ち顔の小さな箱の列。真鍮の扉は、匿名の契約者のみが持つ鍵で開く仕組みだ。


 指定の私書箱が見える位置で息を潜める。指先が冷えているのに、吐く息は熱い。

 壁の柱時計が、やけに大きな音を立てて時を刻んでいる。


 ときおり外を走る馬車の車輪が石畳を鳴らし、その振動が床を伝ってくるが、すぐにまた静寂が戻る。私書箱の列は無言のまま、真鍮の扉だけが鈍く光っている。


 指先の感覚が薄れ、外套のポケットに入れた手をそっと握り直す。吐いた息が白くほどけ、ゆっくりと消える。


 どれくらい、そうしていただろう。


 遠くでドアが軋む音がした。


 コツコツと足音が響き、霧の冷気を纏ったひとりの男が現れた。猫背で痩せた肩。神経質そうな薄い唇。

 男は周囲を一瞥すると、慣れた動作で鍵を差し込んだ。


 ――カチリ


 金属音が、やけに大きく響く。


 男が箱を開き、ポケットから封筒を取り出した。見覚えのある、あの封筒だ。


「……おい、その封筒を渡してもらおうか」


 声は、自分でも驚くほど低かった。

 男の肩がびくりと震わせて、その後ゆっくりと振り返えった。


「おやおや、霧を払う騎士殿ではないですか。初めまして……ですね」


「霧の爆弾魔だな? 何か申し開きはあるか?」


 男は一瞬だけ黙り、口元が歪めた。


「申し開き?」


 くつくつ、と笑う。湿り気を帯びた、嫌な笑い方だ。


「妻も息子も守れなかった騎士様が、何を偉そうに……」


 ギリギリと奥歯を噛み締める。まだだ……まだ、やつは名乗っていない。


「今でも覚えていますよ。あの記事の全文を」


 男の目に嗜虐の色が浮かぶ。俺を傷つけるためなら、地獄に堕ちてもいい。そんな素ぶりだ。なぜ、こんなにも憎まれているのか。


「――“もう二度と、お前の好きにはさせない。俺が全て暴いてみせる。すぐにブタ箱に放り込んでやるから、首を洗って待っていろ”」


 男は、わざとらしく声色を低くして、なぞるように言った。


「……でしたかな?」


 口元を歪めて、また笑う。


「吠えていましたねぇ。騎士殿は自信家であらせられる」


 視界が赤く染まった。


 風の音のような耳鳴りと心臓の音で、男の声が聞こえなくなる。


 動かない小さな手

 血に濡れた床板

 砕け散った陶器の破片

 転がったままの、片方だけの靴


 男の唇だけが、ゆっくりと動いている。


「養い子が出来たそうで……。今更、幸せになるおつもりで? 死んだ家族は浮かばれませんなぁ!」


 いつ距離を詰めたのか、覚えていない。襟を掴み、壁に叩きつける。


「もう一度言ってみろ」


 男はくつくつと、楽しげに笑う。


「何度でも言いましょう! 自業自得ですよ、騎士殿!」


「あなた様は、自分の発言で家族を殺した!」


「それなのにたった五年で全てを忘れて、養い子と家族ごっこですか?」



――ねぇ、ダグラス。あなたの好きな豆のスープを作ったの。


――今日は早く帰って来てね。ハリーが少し歩けるようになったのよ。


――ふふ、私の騎士様、寝癖がついているわ。


 忘れたことなど、一日たりともありはしない。寝顔しか見られない忙しい日々の中、その閉じた小さな瞼にキスをした。

 柔らかい頬、俺の指をキュッと握った小さな……小さな手。


 あの日、全てが爆音の中に消えた。


「あなたの、その絶望に歪んだ顔が見たかったんですよ! 夜通し丹精込めて爆弾を作った甲斐がありましたよ、家族殺しの騎士殿!」


「俺の妻と息子を殺したのは貴様だろう!」


 ただ、潰せばいい。

 息が止まるまで叩きつければいい。


 戻れないのなら、取り戻せないならば、

 握りつぶしてやればいい。


 指先に、骨ばった感触が伝わる。この首をへし折るなど……簡単なことだ。



   * * *


「アォーーーーーン」

「アォーーーーーン」


 王都に二つに重なる遠吠えが響いた。


 裏路地の木箱の陰で、痩せた犬が顔を上げた。パン屋の裏口で丸まっていた老犬が、むくりと起き上がる。公園の噴水脇でうたた寝していた若い犬が、耳をぴんと立てた。


『子犬が泣いているよ』

『助けに行かなきゃ』


 二つの遠吠えに応える声が、街のあちこちから上がった。


 霧の王都を、犬たちが走り出した。


 ガス灯の下を横切り、生垣を飛び越え、荷馬車の車輪の下をすり抜け、煙突掃除の少年を追い越して。


 石畳に爪が打ちつけられる、乾いたリズムが重なる。


「なんだ……?」


 帰宅途中の紳士が足を止めた。


「犬が、走っている?」


 通りという通りを、影が流れていく。


 肉屋の主人が店先に出て、帽子を押さえながら目を見張る。酒場の扉が開き、酔客がふらりと顔を出す。


「おい、見ろよ……」


 霧の中、犬たちは立ち止まらない。同じ方向へと駆けていく。


 ウェリントン橋へ。

 川沿いの遊歩道へ。


 ガス灯の光がにじむ、その中心には大きな帽子を胸に抱えた、小さな影が立っていた。


「皆さんに……お願いがあります」


 幼い声は、涙をこらえるように震えていた。


「お父さんを……わたしのお父さんを探して!」


 その声を聞いた犬たちは、一斉に遠吠えをはじめた。


 次々に帽子の匂いを嗅いで、低く唸ってまた走り出す。一匹、二匹と、闇に散っていく。

 最後に残った黒い、大きな犬が立ち上がる。小さな影をその背に乗せて。


「わたしたちも……行きましょう、ヘンリー!」


 エルシャとヘンリー、そして王都中の犬たちが、ダグラスを探すために……ダグラスを止めるために。


 霧の王都を駆け抜けていく。



読んでいただき、ありがとうございます。

次話が、終話になります。明日の夜の、皆さんがのんびりしている時間帯に投稿しますね。

終話→番外編→後日談、あと3話で完結です。最後まで、よろしくお願いします。


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― 新着の感想 ―
息詰まる爆弾魔とダグラスの攻防がすごいと思います。目が離せません。 町中のワンちゃんたち、間に合って!
過酷な鉱山の終身労働でお願いしたいですね。爆弾魔だし。好きなだけ爆破出来るよ。 爆弾で徐々に吹き飛ばして欲しいけどそんなお話じゃないしね
次の話が楽しみです♪ 待ちきれない!
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