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電書第3巻(完結)配信中 ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ  作者: はなまる
第二章

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第29話 決着

 夜の環状馬車道を、黒い影が駆け抜けていく。


 エルシャはヘンリーの背中で、ダグラスと初めて会った夜のことを思い出していた。


『君は……どうしたい?』


 母が亡くなって以来、あの屋敷でエルシャに意向を聞いてくれる者など誰もいなかった。


『この家から出たいです』


 あの屋根裏部屋で……ダグラスの持ったランタンが、エルシャの世界に明かりを灯した。


「わたしを……こんなにも明るい場所まで連れて来ておいて、自分は闇に沈むなんて、許しませんよ、お父さん」


 ダグラスの気持ちは、エルシャが一番よく知っている。忘れることなど出来ない。母を見殺しにされた恨みは、今でもエルシャを簡単にバラバラにする。


 それでも……。


 父親への復讐心に呑み込まれそうになった時、止めたのはダグラスだ。


『あの男が卑怯な場所にいるからこそ、お前は正しい場所に立て』


 その言葉があるからこそ、踏みとどまっていられる。


「力ずくで……引っ張ってでも、連れて帰ります!」


 湿り気の増した風が、犬たちの声をエルシャに届ける。犬たちは王都の外側から、包囲網を徐々に狭めるように走っている。


『街の外には出ていないみたい!』

『川も渡っていないよ!』


 エルシャも遠吠えで応える。


『日の出の方向へ!』

『川を背にして進んで下さい!』

『魚の匂いのする通りへ!』


 ダグラスの匂いを、見つけられない犬たちが、徐々に王都の中心部へと向かっている。


「東区の、官庁街……?」


 王都の都市機能が集まっている区域だ。


 一際高い遠吠えが上がる。


『見つけた、帽子の匂い! みんな集まって!』


 ヘンリーが立ち止まって、耳をパタパタと動かす。背中のエルシャを見上げて、一声吠えた。


『声の方向へ真っ直ぐ向かうよ! 犬の道を通るから、しっかり掴まっていて!』


 エルシャはヘンリーの首に抱きつき、ハーネスを強く握った。

 石畳の広い通りを外れ、路地裏へ。木箱を乗り越え、柵を飛び越え、塀の上を駆け抜ける。


 人間の視界から零れ落ちた空間を、一直線に切り裂く。


 右から一匹。左から二匹。

 爪音が増え、息づかいが重なっていく。


 そして再び、高く遠吠えが上がる。


『臭い瓶の匂いのやつだ!』

『帽子の匂いのいる建物に入った!』


 群れの速度が上がった。


『ヘンリー、あとどれくらいですか!?』

『あの角を曲がったら見える!』


 ガス灯の並ぶ大通りに出ると、レンガの建物の前に耳をピンと立てた、若い犬が待っていた。


『あれだよ! 白い大きな扉!』


「郵便局? ヘンリー、降ります!」


 エルシャはヘンリーから降りると真っ直ぐに扉へと走り、扉の前で息を整えた。

 大きな扉は、キィと少しの軋み音を立てて簡単に開いた。


 扉の向こうに、男の襟首を締め上げているダグラスの姿があった。


   * * *


《ダグラス》


 あと、ほんの少しだった。


 夢の中で、何度も何度も殺した。自分でも嫌気が差すほどに、惨たらしい方法で。嫌な汗をかいて飛び起きて、暗闇の中で荒い息を吐く。


 顔も、声も知らない相手だった。


 その、八つ裂きにしてやりたい男が、今は目の前にいて、思っていた通りに最悪のことを口にしている。


 罪悪感や倫理観など吹き飛んだ。


 この男を永遠に沈黙させられるなら、俺は騎士じゃなくていい。警ら隊長じゃなくてもいい。この男は生きている限り、俺の大切なものを奪おうとする。必ず、エルシャに牙を向く。

 指先に力を込めて、喉仏を砕くまで、あと、ほんの数秒だった。


 太腿にギュッと抱きつく温もりで手が止まった。


「お父さん……だめです……」


 舌っ足らずの、今は一番聞きたくない幼い声が聞こえた。


 振り向く勇気はなかった。俺は……エルシャの父親でいる資格なんかない。こんな男の首を絞めている、うす汚い殺人者だ。


「エルシャ……離れてくれ……」


「イヤです。離れません。離しません!」


 軽い身体で、足まで絡めて、ぎゅうぎゅうとしがみ付いてくる。


「明日の朝ごはんを、一緒に食べるって……約束してくれるまで、絶対に離れません!」


 ……朝ごはん?


 あまりに突拍子もない、あまりにありふれた日常の手触りが、驚くほどの勢いで思考を絡め取った。


 復讐という名の甘い泥沼へ沈んだ俺を、エルシャは同じ泥を知っているくせに……。光の方へと、力ずくで、引き摺り戻そうとしている。


 喉の奥から、乾いた笑いが零れた。


 おりのように積み重なったくらい怨嗟も。喉元を掻きむしりたくなるような後悔と自責も。

 幸せな夢から覚めた朝に突きつけられる、あの、残酷な孤独も。


 ……それらすべてを道連れにして、それをエルシャの安寧と引き換えにして、地獄へ堕ちることだけが、俺のできることだと思っていた。


 だが、エレンとハリーは……そんな俺では嫌がるだろう。そんな俺では、怖がるだろう。エルシャは……きっと怒るだろう。


 自分を置いて逃げるのかと。


 同じ復讐の甘い毒の味を知るこの幼女は、俺を甘やかしてはくれない。


「わかった……。わかったから、エルシャ」

 

 恨みも、後悔も、孤独も抱いたままで、それでも生きていく。それをエルシャだけに背負わせるわけにはいかない。


「おとう、さん……?」


「ああ。こんな男の首を絞めるよりも……朝ごはんの方が大切だ」


 もし、いつかまた、泥に呑まれそうになったら思い出せばいい。


『エルシャにしがみつかれて、朝ごはんのために生かされる』


 そんな今夜の俺を。


 襟首を掴んだまま、息を吐いて数を数える。ひとつ。ふたつ。拳の震えが止まるまで。


「エルシャ、一旦離れてくれ。犯人を拘束して、連行する」




読んでいただき、ありがとうございます。

これにて「霧の爆弾魔篇」は決着となります。残すは番外編二本と後日談のみ。はぁー、終わると思うとさみしいものですね。

最後まで、おつきあいよろしくお願いしますね。


作者の完結済み作品

人外擬似家族コメディ『正体不明の毛玉が、人間嫌い皇帝の溺愛ルート入りました』

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― 新着の感想 ―
うおおおおおおおおまにあったああああ!!
学園もしくは冒険者編を楽しみにしています。
 暗い迷走を止めるための奔走は、無駄にならずに済んだんですね……。
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