第20話 霧の爆弾魔再び
ジェーンさんの家であるコーヒーショップを出て、真っ直ぐにハドソンおじいちゃまの家へと帰りました。
色々なことがあった一日だったので『もしかして今夜は眠れないかも』と思っていたのに、ベッドに入ったら五秒で夢の中でした。幼女の寝つきの良さにはびっくりです。しかも気づいたら朝でした。
洗面台で顔を洗ってからキッチンへ行くと、おじいちゃまが新聞を読んでいました。
一面には“霧の爆弾魔”の大きな見出しが踊っています。
お行儀が悪いですが、椅子の上に立って、テーブルに身を乗り出すようにして、向かい側に座るおじいちゃまの読む新聞へと顔を寄せました。
「なんじゃいエルシャ、新聞が読みたいのか? ほれ」
朝の挨拶もせずに、新聞記事に夢中になっているわたしに、少しあきれた顔でおじいちゃまが言い、新聞を渡してくれました。
記事には、予告状の全文が掲載されていました。
――劇場に 再演のベルが鳴り響く
ヒーローは 落ちぶれてしまったけれど
観客たちは 続きを待っていただろう?
仕込みも仕掛けも たっぷり用意した
スリルとサスペンスを 楽しんでくれたまえ
案内人は霧の夜に現れる
月が隠れたら 思い出すがいい
「ダグラスお父さんは落ちぶれてなんかいない!」
つい、声を上げてしまいました。おじいちゃまが驚いた顔をしています。
「エルシャは……五年前の事件を知っているんじゃな?」
「……はい、昨日、図書館で調べました」
「そうか……。ダグラスは、ようやく笑えるようになったばかりなのにのう」
おじいちゃまも、五年前のお父さんに何があったのか、知っているようです。
「エルシャ。お前はダグラスの側にいてやってくれ」
おじいちゃま……。でもわたしは、詰所にも、お父さんの家にも近寄るなと……言われてしまったんです……。
ヘレンおばあちゃまの作ってくれた朝食を食べて、学校へと向かいます。二人とも言葉少なくなってしまい、おばあちゃまに心配をかけてしまいました。反省です。
初級生の教室は、どこか落ち着かない空気が漂っていました。わざと大きな声で噂話を口にする子や、キョロキョロと辺りを見回している子もいます。
「エルシャちゃん、こわい人が来るってほんとう? しんぶんに書いてあるの?」
休み時間に、お友だちのシャルロットちゃんに聞かれました。
「わかりません。でも念のため、寄り道しないで帰って下さいね」
ヘンリーに触りに来る子がいつもより多いです。みんな不安そうな目をしています。
ランチタイムに食堂へ行くと、空気はまるで違いました。お祭りの前のように、はしゃいだ雰囲気です。
「エルシャちゃん」
最上級生のセシリアさんに声をかけられました。以前、妹と母親に不当な扱いを受けていた人です。最近は見違えるほど明るく笑うようになりました。
「新聞、読んだ?」
「はい……。セシリアさんは五年前のことを、覚えていますか?」
「私は七歳だったけど、よく覚えているわ。霧の夜には怖くて眠れなかった。また……爆破事件が起きるのかしら……」
「わかりません。やめて欲しいです……」
上級生たちが興奮した様子で、楽しそうに爆破事件の話をしているのが、信じられないです。
「非日常感……って分かるかしら……。普段と違うことが起きそうで、でも自分は安全な場所にいる……。それが、ワクワクする気持ちに似ているんだと思う」
セシリアさん……なんて冷静な状況判断……。さすが最上級生の首席です。
走馬灯の知識を思い出しました。ショーンはその感覚が特に強い人で、嵐や雷が近づいてくる時の、高揚感に似た感覚を自覚していました。
彼はそれを、身体が突発的な危険に対処するための準備だと考えていたようです。
――緊張と覚醒。
脳が生き残る方法を探すために覚醒し、身体がすぐに動けるように心拍数を上げる。
生存本能なのでしょうか……。
そう考えたら、お祭り騒ぎをしている上級生にも、腹が立たなくなりました。
放課後……。ハドソンおじいちゃまの家に帰る途中で、ビリーくんに会いました。
「エルシャ! 探してたんだ! 新聞読んだか?! 霧の爆弾魔が帰って来たんだ!」
ここにもお祭り騒ぎしている人がいますね……。こんなにはしゃいでいるのを見ると、さすがにうんざりしてしまいます。
「警ら隊との腹の探り合い! 心理戦! ワクワクするよな!」
「しませんっっ!!!!」
まるでミステリー小説のストーリーを語るような物言いに、我慢が出来ませんでした。びっくり顔のビリーくんを置いて、スタスタと歩きはじめます。
「お、おい、なんでそんなに怒るんだよ」
ビリーくんが慌てて追いかけて来ました。
「ビリーくんは、自分の家が爆破されても、そんなふうに、はしゃいでいられるんですか?!」
「えっ、だって、霧の爆弾魔は人を標的にはしないだろう? 民家なんか狙わないよ」
「うちの詰所の隊長は、ダグラス・リードです」
「ええっっ! あの……“霧を払う騎士”の……?」
「わたしの後見人で、大好きな、お父さんです!」
思わず涙目になってしまいましたが、構わずに顔を上げてギリギリとビリーくんを睨みました。
「ご、ごめん! 俺、知らなくて……! 考えなしではしゃいで、無神経なこと言った! 本当に、ごめん、な、泣かないで!」
「泣いてない! 傷ついているのは、お父さん、だもの……!」
「うん、エルシャは泣いてない! でも、俺が馬鹿だった! 俺が悪い! ごめんなさい!」
あまりにも必死に謝るビリーくんを見ていたら、少し笑ってしまいました。
「もういいです。許します。わたしも大人げなかったです。いえ、子供ですけど」
ビリーくんが、おずおずと手を差し出しました。
「家まで送るよ。騎士様みたいに……頼りにはならないかもだけど……」
仕方ないので、手を取ってあげました。
黙って歩きはじめたその時のわたしは、少しも気づいていませんでした。
家路を急ぐわたしたちの背中に、冷たい視線が突き刺さっていることに。
「へぇ……。あの騎士殿が『親子ごっこ』に興じておられるとは」
低く、愉しげな独り言を漏らします。
「いいですね。実に見事な配役だ。次の舞台の演出を、少し練り直すとしましょう」
狂った演出家は、咥えた棒つきキャンディをガリガリと噛み砕き、路地裏の影を縫うように歩き去って行きました。
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