第19話 チャーリー・エバンス
ダグラスのことは、入隊した当時から知っていた。腕っぷしが強く頭も回る、無愛想で生意気な若造だった。
八番街の警ら隊ですぐに頭角を表し、エリート部隊である特殊捜査隊へと編入された。
いくつかの荒事で功績を上げ、お蔵入りになりかけた事件を解決に導き、ダグラスが特務隊のエースと呼ばれるようになった頃、霧の爆弾魔事件が発生した。
警ら隊上層部は、特殊捜査隊や専門のチームを組んで捜査にあたり、私もそのメンバーに入っていた。
予告状の配達経路を調べ上げ、爆発物や時限装置、時計の知識のある人物を捜査した。予告状に演劇関係の言葉が使われていた為、舞台俳優や脚本家も捜査線上に上がった。
ところがそれらは、ことごとく空振りに終わる。犯人の特定どころか、犯行理由すら掴めない状況が続いた。
予告状にはフェイクがあり、厳重な警戒体制を敷けば、それを嘲笑う文章が届く。真偽がわからない以上、警ら隊は動かざるを得ない。
爆破が三件、四件と積み重なると、犯人に翻弄される警ら隊への非難が、王都のあちこちから噴出した。
当初、爆破の標的となるのは工場だと考えられていた。ところが、公衆浴場が爆破されて、その線が消えた。
次の標的は王都で一番大きなクリーニング店。この店でも深夜だったため、被害者はいなかった。
おそらく犯人は、殺人を目的にはしていないのだ。大量殺人が目的ならば、市場や公園、役所など、人が集まる場所がいくらでもある。
では何が目的なのか?
『工場主などの金持ちが標的』『世間を騒がせて楽しんでいるだけ』『警ら隊に恨みがある』
様々な憶測が飛び交った。
「共通しているのは、煙突のある施設だ」
ある日、私も所属するチームと特務隊の合同捜査会議で、ダグラスがポツリと言った。
「確かに……。だが、煙突が嫌いだから爆破している? そんな子供の癇癪みたいな理由で?」
ほとんどのメンバーが、ダグラスの意見を笑い飛ばした。これだけの犯罪の理由としては、考えられないほどに軽い。
「切り裂きジャックがあっただろう。犯人は、王都を舞台に『最悪の演劇』を上演している」
そしてまた……予告状が届き、会議が行われた。
――行く先を見失った鉄の獣たちが
暗い檻の中で眠っている
動かぬ彼らに 新しい命を吹き込もう
王都を震わせる 咆哮を上げろ
案内人は霧の夜に現れる
月が隠れたら 思い出すがいい
「獣……、檻……。動物園か?」
「いや、動かないんだから違うだろう」
今までの予告状と照らし合わせて、予告文の中から、次の標的を予想する。
「王都を震わせる咆哮、鉄の獣。蒸気機関車だ」
ダグラスが言った。
「行く先を失った、暗い檻の中……。中央駅の機関車倉庫か?」
今度は誰も笑わなかった。すぐに捜査チームと爆発物の処理班が中央駅へと向かった。
念のため、『暗い檻』を受けて監獄、『新しい命』から産院も候補地として、爆発物の捜査が行われた。
二時間後、朗報がもたらされた。中央駅の機関車倉庫で発見された爆発物は、夜を待たずに無効化された。
この出来事は秘匿される予定だった。爆発が起きないことで犯人が確認に来れば、そこを押さえられる。
それがなくとも、犯行を防がれることは、犯人にとって屈辱となり、それが公表されれば犯人を刺激することになるからだ。
ところが一部の上層部が、警ら隊への市民感情を優先させ、新聞社に情報を流した。
事態は最悪な方向へ転がった。ダグラスは一夜にして『霧を払う騎士』にまつり上げられ、新聞はあいつの私生活まで暴き立てた。……それは犯人の『プライド』傷つけ、より凶悪な犯行へと駆り立てることになった。
そして本当の悲劇が幕を開ける。
――小賢しい犬がいるようだな
『霧を払う騎士』とはお笑い草だ
若きエース殿の お手並み拝見といこう
まだまだ煙突は王都中にあるぞ!
発酵する罪、癒しの熱、砕け散る芸術、憐憫の成れの果て……!
防げるものならやってみろ!
案内人は霧の夜に現れる
月が隠れたら 思い出すがいい
『煙突』を標的にしていることを犯人が認めた。そして、捜査の撹乱が目的なのか、複数と思われる標的が示された。
『発酵する罪』は乳製品か酒類だろう。『癒しの熱』は病院や教会、『砕け散る芸術』は美術館や陶器だろうか? 『憐憫の成れの果て』は意見が分かれたが、貧民街や養護施設だと思われる。
「候補施設が多過ぎる……! とてもではないが手が回らない!」
合同会議では皆が頭を抱えた。
だが、対策を取らない訳にはいかない。警ら隊総動員で、昼夜を問わず駆けずり回った。
それらしい箱が見つかる度に、爆発物処理班が出動し、中身を確認する作業が行われた。誰もが疲弊して、集中力が落ちた頃……。
警ら隊を嘲笑うかのように、ダグラスの自宅と母親の工房が同時に爆破された。
ダグラスの妻と一歳になったばかりの息子が犠牲になった。母親は時計職人であったことから装置の解除に半ば成功し、爆破の瞬間にその場を離れたが足などに重傷を負った。
時をおかずに現場に復帰したダグラスは……目も当てられないあり様だった。
仄昏い目をして口を閉ざし、昼夜を問わず手がかりを探して回った。
何度も現場へ出向き、新聞社へ押しかけ、街を歩き、日が暮れれば資料室へと籠る。
もちろん捜査だったのだろう。だが私には、失ったものの大きさに、釣り合う行動を探しているように見えた。
自分を顧みることなく、眠らず、食べず、休まず……。ただただ、削られていく人間が目の前にいた。
当時、私はダグラスとはそう親しい間柄ではなかった。だが、どうにも見ていられなくて、一度声をかけたことがあった。
「少しは休んだらどうだ。死にたいのか?」
我ながら酷い言い草だった。だが自分も妻が犠牲になったら、こうなるだろうという確信があった。同情というよりは、同族嫌悪に近かった。
「俺は、奴より先には、絶対に死なない」
ぼそりと呟くように言い、振り返りもせずに去って行った。
それからしばらくして、ダグラスは倒れて病院へと収容された。そして現場に戻ることを許されずに、地方へと飛ばされる。
西区八番街警ら隊長として王都に戻って来るのは三年後。
霧の爆弾魔は、ダグラスの事件を最後に尻切れトンボのように沈黙した。
少しの痕跡はあった。ダグラスと入れ替わりに資料室の住人になった、私だけが気づいたことだ。
おそらく最悪の二箇所同時爆破事件の後、霧の爆弾魔と警ら隊の上層部は接触している。どちらが、どんな取り引きを持ち掛けたのかはわからない。
だが、霧の爆弾魔は捕まらなかった。そして、事件は終息した。
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