第18話 ダグラス・リード
ご愛読、ありがとうございます。誤字報告も、いつも大変助かっています。
さて本作、このお話あたりから、シリアスかつミステリー要素が加わります。ですので、感想を書く際、本文のネタバレを避けていただきたく、お願い申し上げます。感想はいつもありがたく拝見しております。どうか、よろしくお願い致します。
その日は霧が出るのが早く、空が群青色に染まる頃には、周囲はすでに薄く霞みがかっていた。
俺は私服に着替えて帰宅途中だった。霧の爆弾魔から、挑発するような予告状が警ら隊本部に届いてからは、隊員はまっすぐ帰宅することも禁止されている。自宅を特定されないように、という用心のためだ。
尾行を警戒しながら時間を潰していると、見知らぬ少女に呼び止められた。
「ねぇ、これ。渡してくれって頼まれたの」
一通の手紙を差し出される。
「誰に?」
「あの、おじさん……あれ? いなくなっちゃった」
振り返って少女が訝しげに言った。
ぞくりと寒気がした。得体の知れない相手に、後ろから肩を叩かれた気分だ。
少女に礼を言い、その場で封を開く。
――霧を払う騎士様へ
時計の修理をお願いしたいんだ。頼めるかい?
開演時間に遅れたら困るからね
案内人は霧の深い夜に現れる
月が隠れたら 思い出すがいい
俺の母親は時計職人だ。
反射的に走り出した。考え込んでいる時間はない。夜はすぐそこまで迫っている。
工房へと到着すると、ドアの前に母が立ち尽くしていた。
「ダグラス、ドアの鍵が開いているんだ。出掛ける時に戸締りしたはずなのに」
「母さん、下がっていて」
慎重にドアを開けると、作業机の上に不自然に大きな木箱が置かれている。
「出掛ける時には、あんなのなかったよ」
警ら隊に届いた予告文から、俺が霧の爆弾魔のターゲットになったことは、母も承知していた。
「ダグ、これなら解除できる。さっさとやるよ!」
箱からは秒針の時を刻む音が、規則正しく聞こえている。
母は腕のいい職人だ。時計を使ったカラクリの専門家だ。知識も技術もスペシャリストと言っても過言ではない。
「猶予はどのくらいだ?」
「40秒よりは長い。この部分がフェイクじゃないなら、あと6分40秒」
警ら隊へ知らせるには時間が足りない、人気のない場所へ移動するか?
「俺が走って人気のない場所……河川敷にでも持って行く」
「いや……、思ったより手が込んでるね。振動に反応する仕掛けがある。持ち上げたらドカンだ」
「……どうする?」
「ここで、あたしがやるしかない。腹を括るよ」
「わかった。近所の住人を避難させる。3分で戻る」
「戻らなくていいよ。ハリーとエレンのところに行ってやんな」
「……2分で戻る」
俺の不用意で挑発的な発言が、母を巻き込んでしまった。この状況は明らかに俺の責任だ。
こんな場面で俺だけが安全地帯に逃げてしまったら、死んだ親父に顔向けが出来ない。
「マーサの時計工房で爆発物が見つかった! 今すぐこの場から離れてくれ! 時間の猶予がない! 何も持たずに、全力でこの場から遠ざかれ!!!!」
間を置かず、付近の住人が飛び出して来る。
「ダグラス! どうした?!」
「霧の爆弾魔だ! 逃げろ! 走ってここから遠ざかれ!」
あちこちから、阿鼻叫喚の声が上がる。
詳しい説明を求める声や、掴みかかってくる者もいたが、問答無用で追い立てた。
「時間がない! 走れ!」
幸いにも、この付近には若い夫婦が多く、足の弱い年寄りは住んでいない。
住人たちは大切な家族の手を取り、着の身着のままで走り去って行った。それを確認して、俺は急いで工房へと戻った。
「来るな! ダグ、罠だった! あたしはこの手が離せなくなった!」
母が爆発物の箱に手を突っ込んだまま叫んだ。
「どういうことだ?」
「箱の底にカードが入っていた。いいか、読み上げる。
“この爆弾は手を離した瞬間に爆発する二重構造だ。それと……時計は、特殊捜査隊の若きエース殿の自宅に仕掛けた爆弾と、同じ時を刻んでいる”
ダグラス、自宅に……! ハリーとエレンの元へ走れ! あと……2分15秒だ!」
状況を把握する前に身体が動いた。走りながら叫ぶ。
「くそったれがぁっっ!!!!」
自宅までは通りを挟んで徒歩五分程度の距離だ。走れば間に合う!
頭が真っ白になった。残して来た母がどうなるのか。間に合わなかったら、エレンとハリーがどうなるのか。何も考えられない。二分間、ただただ、全力で走った。
足がもつれる。
喉が焼ける。
世界から音が消える。
はじめてハリーを抱いた時の、頼りない重さ。エレンの髪の匂い。
「えれーんっっ、逃げろっっ! ハリーっっっ!!!!」
最後に見たのは、窓から手を振るエレンだった。腕にはハリーを抱えて、笑っていた。
『ズガーン!!!!』
爆発音は目の前と、後ろから……。同時に鳴り響いた。
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次話はエバンス視点です。




