第17話 エルシャとスクラップノート
ジェーンさんの家は、図書館から本当にすぐ近くでした。赤い屋根のモダンなコーヒーショップです。
「ただいまー」
ジェーンさんはお店の中へ。わたしはヘンリーの足を手早くタオルで拭きます。
「お帰り。おや、お客さんかい?」
「うん、ちびっ子警ら隊のエルシャちゃんだよ。雨宿りなの」
「おやおや、お嬢さんが噂の……。雨が上がるまで、どうぞごゆっくり。ホットミルクとココア、どちらがお好みかな?」
蝶ネクタイがお似合いの、ダンディなおじ様です。パチンと音がしそうなウインクをくれました。
「お父さん、私はコーヒーね。部屋までお願い」
「おじゃま、します……! あの、じゃあ、お言葉に甘えて、ココアを……お願いしまっしゅ」
うっ……最後で噛んでしまいました。お行儀の良い、しっかりした子だと思われたくて、力が入ってしまいました。台無しです……。
ジェーンさんの部屋は、女の人らしい華やかさと大きな本棚が同居していました。
「わあーっ、本がたくさん! 素敵です!」
「あはは! 読みたい本があったら貸してあげるから、ゆっくり選んでね」
ジェーンさんとわたしは、読書好き仲間なのです。図書館で会ったのもはじめてではありません。笑いながら、かわいい花模様のクッションを勧めてくれました。
「ねぇ、エルシャちゃん……。さっき図書館で調べてたのって、“霧の爆弾魔”のこと?」
号外の見出しが見えていたようです。とっさに、返事に困ってしまいました。
「あのね、私も聞いてるの。“霧の爆弾魔”から、五年ぶりに予告状が届いたこと……」
潜めた声でジェーンさんが言いました。
そうでした。ジェーンさんは、詰所の事務員さんです。今回の情報が共有されていても不思議ではありません。
「はい……。ダグラスお父さんに、ちびっ子隊員はしばらくお休みしろと言われて……。その理由が知りたくて……」
「そうなんだ! 私、五年前……あの事件にすごく興味があって、新聞記事を集めたりしていたんだけど……。見る?」
「はい! お願いします!」
デスクの引き出しから、ジェーンさんが一冊のノートを出して渡してくれました。表紙には“霧の爆弾魔”の文字。
ぱらりと開くと、最初の見開きにダグラスお父さんの写真が貼ってありました。うう……! さっさと記事を読みたいのに……! 写真に目が釘付けになってしまいました。
若き日のダグラスお父さんは、キリリと自信に溢れててヒゲもありません。そしてどことなく、ヤンチャな雰囲気があります。
「しょぼくれて……ない!」
「エルシャちゃんたら! ダグラス隊長は、あのしょぼくれ具合がいいの! この頃の若さゆえの生意気そうなエリートっぽい隊長もいいけど、私は断然、ヒゲ! しょぼくれ! 寝癖を推すわ!」
ジェーンさんが、びっくりするほど早口で言いました。知っています! これは“推し活”というやつです……!
「あっ、ごめん……、つい興奮しちゃった。あのね、最初はダグラス隊長目当てで新聞や雑誌の切り抜きを集めていたんだけど、そのうちに事件そのものに興味が湧いて……。ほら、この辺からは、ちゃんと資料として読めると思うよ」
ジェーンさんが、パラパラとノートをめくりました。
わたしは以前、ダグラスお父さんとジェーンさんの話を立ち聞きしてしまったことがあります。
だから……ジェーンさんがダグラスお父さんに憧れていたことも、当時の記事を集めていたことも、実は知っているのです。
でも、わたしは立ち聞きをしたことを謝るよりも、知らないふりをすることにしました。
七歳の幼女に、恋愛関係で気を遣われていると気づくと、大人はたいてい居心地が悪そうにするからです。
ジェーンさんが指差したページには、新聞だけでなく、雑誌の切り抜きも混じっていました。
わたしは吸い込まれるように、切り抜き記事を夢中になりました。
霧の爆弾魔は、全部で六回、爆破事件を起こしています。最後の六回目で……どうやらダグラスさんの家族が犠牲になったようです。
あっ、違います! 六回目の事件は防いでいます。『特殊捜査隊、お手柄!』って見出しがあります!
そして、その後マーサおば様の工房と、ダグラスお父さんの自宅の両方に爆弾が仕掛けられてしまった……。
『そして、その事件を最後に……霧の爆弾魔事件は唐突に……、忽然と途絶えた』
「唐突に、忽然と……ってどういう意味ですか?」
辞書を調べるのがもどかしくて、ジェーンさんに聞いてしまいました。
「“前触れもなく、急に”って意味ね」
五件目の爆破と、六件目の間に……何があったのでしょう。
「実は、六件目の予告状の謎を解いたのが、ダグラス隊長なの。こっちにその時のインタビューがあるわ」
「中央駅の機関車倉庫。予告状から犯行現場を特定して、特殊捜査隊の爆発物処理班が爆弾を解除したの」
「すごい……! 霧の爆弾魔に勝ったんですね……!」
「王都民は熱狂したわ。特殊捜査隊とダグラス・リードは、王都の救世主だったの」
それが……ダグラスお父さんの、家族が狙われた原因でしょうか。ご自慢の予告文の謎を解き、爆破を阻止したから?
ふと、お父さんのインタビュー記事が目に止まりました。
――霧の爆弾魔に、何かメッセージをお願いします。
――もう二度と、お前の好きにはさせない。俺が全て暴いてみせる。すぐにブタ箱に放り込んでやるから、首を洗って待っていろ!
ブタ箱は、確か牢屋を意味する隠語です。なぜ、こんな……犯人を煽るようなことを……。今の慎重なダグラスお父さんからは、想像もつかないようなセリフです。
『自分を過信して調子に乗り、妻と子を守れなかった情けない男だ』
わたしが立ち聞きしてしまった、ジェーンさんとの会話の中の、お父さんの言葉です。
ダグラスお父さんは、今も深い後悔の中にいるのでしょう。家族が標的なったのは自分の発言のせいで……しかも守ることも出来ずに死なせてしまった。
「ダグラスお父さん……」
過去に大きな傷を抱えた人だと気づいていました。だからこそ、わたしの痛みに寄り添ってくれた……。
マーサおば様の足も、たぶんその時の……。
顔を上げると窓の外から、カラスの鳴き声が聞こえてきました。すっかり雨は上がっていて、夕陽が空を茜色に染めています。
わたしとジェーンさんは、黙ってぬるくなったカップを傾けました。ココアはほんのりと甘くて美味しかったです。
「そろそろ、帰りますね。日が暮れる前に帰るって、ダグラスお父さんと約束しましたから」
雨上がりの空は、この季節の王都には珍しく晴れ渡っていました。
けれどわたしの胸には、ざわついた気持ちがいつまでも居座って晴れてはくれませんでした。
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