第16話 エルシャ、図書館へ行く
図書館の玄関でヘンリーの足を拭いてからカウンターへと向かうと、顔見知りの司書さんがニコニコと手を振ってくれました。時々パトロールで寄りますし、元々わたしは図書館の常連なのです。
「あらエルシャちゃん、生憎の天気ね。今日はちびっ子隊員はお休みなの?」
「はい。今日は調べものです。ヘンリーも一緒で大丈夫ですか? 足はちゃんと拭きました」
「ええ。この時間は常連さんばかりだし、ヘンリーはお利口だから平気よ。ふふ。ヘンリー、こんにちは」
ヘンリーがお座りして、尻尾をブンブンと振ります。図書館では、吠えない約束です。
「あの……、五年前の王都タイムスを、お願いします」
「いいわよ。でも、すごい量になっちゃうわよ?」
「そうなんですね。えっと……じゃあ、まずは号外を見せてもらえますか?」
霧の爆弾魔事件は、五年たった今でも話題にのぼるほどの大事件です。必ず号外が刷られているはず。
「わかった。座って待っててね」
窓際のいつもの席に座ると、ヘンリーがわたしの足元にぺたんと伏せました。
しばらくして、司書さんが新聞の束を持って来てくれました。古いインクと乾いた紙の匂いがします。
「お待たせ。五年前の号外はこれで全部よ。ずいぶん多いなと思ったら、この年は“霧の爆弾魔事件”があった年なのね」
号外は全部で8部。見出しに“霧の爆弾魔”の文字が踊っています。
「はい、辞書も使うでしょう?」
司書さんは、わたしのいつもの読書スタイルを知っていて、辞書も持ってきてくれました。七歳になったばかりの幼女には、新聞は難しい言葉が多いのです。
「ありがとうございます」
新聞の束を受け取り、時系列に読んでいきます。
* * *
最初の事件は新聞社に届いた、怪文書からはじまりました。
――断罪の舞台の幕が上がる
観客たちは震えて待て
今夜の役者は誰だ? 出し物は何だ?
泡沫の夢を観に行こう
案内人は霧の夜に現れる
月が隠れたら 思い出すがいい
「これは……」
とても爆破予告の犯行声明文とは思えません。まるで趣味の悪いポエムのよう。
新聞社でもほとんど相手にされずに、いたずらとして処理されたようです。
ところが……。
それから二日後の深夜、最初の爆破事件が起きたのです。
被害に遭ったのは、北区六番街にある石鹸工場。
「泡沫……?」
難しい言葉です。わたしは辞書を開きました。断罪もわかりません。
“うたかた”は、水面にできる泡のこと、すぐに消える儚様子をあらわす。
「“泡沫”には、あわとか、あぶくの意味もあるようですね。なるほど……それで石鹸工場ですか……」
“断罪”は、罪を裁くこと。
石鹸工場の人が、悪いことをしていたのでしょうか?
この怪文書と石鹸工場が関連づけられたのは、二件目の爆破事件が起きてから。石鹸工場は事故として処理されていたそうです。
――さあ、お楽しみの時間だ!
今度の舞台は悲劇か喜劇か
観客たちは泣き笑い
運命の糸が紡ぐ物語はどうだい?
案内人は霧の夜に現れる
月が隠れたら 思い出すがいい
二件目に爆破されたのは、川沿いにある大きな紡績工場……繊維を糸にする工場です。
「運命の“糸が紡ぐ”物語……」
犯人が何をしたいのか、全然わからないです。なぜ、工場ばかりを……?
それに、自分に酔ったような予告文。世間を騒がせてそれを楽しむ、愉快犯というやつでしょうか?
「演劇が関係あるんですかね?」
二件の爆破事件について、警ら隊で捜査がはじまりました。爆発物はどちらも時限式で、時計が組み込まれた箱型。
紙面では都民や工場の人に向けて、不審な箱や荷物に注意するよう、大きな文字での呼びかけがあります。
「箱型……」
だからダグラスお父さんは、荷物に注意するようにって言っていたんですね。
そして三件目……。
とうとう被害者が出てしまいます。
――お待ちかねのカーテンコール
派手な演出が必要だ
花火を打ち上げろ
湯気で曇った客席は拍手喝采
案内人は霧の夜に現れる
月が隠れたら 思い出すがいい
この予告文を受けて、警ら隊は王都中の『カーテン工場』『花火工房』を封鎖し、警戒体制を敷きました。
ところが、標的は工場ではありませんでした。
職人街にある公衆浴場。三件目の爆破が起きた時、営業時間は終わっていました。ですが、浴室の掃除をしていた従業員が、建物の倒壊に巻き込まれて大怪我をしました。
『カーテンコール』や『花火を打ち上げろ』ではなく『湯気で曇った』にヒントが隠されていたのです。
『霧の爆弾魔』という呼名はこの頃に定まったようです。それ以前は『月影の案内人』や『霧夜の悪魔』など、さまざまな呼ばれ方をしています。
予告通りに爆破が三度も続き、王都の住人に不安と恐怖が蔓延していく様子が、記事からひしひしと伝わります。
新聞が飛ぶように売れ、誰もが謎解きに夢中になりました。“工場”という縛りが消えたことで、標的になる条件も犯人の目的も、謎に包まれています。
予告文の『カーテンコール』から、これで犯行は終わりなのではないか……。そんな見方をする人もいたようです。
「あっ……!」
記事の中に、ダグラスお父さんの名前を見つけました。
――連載開始! 特殊捜査隊の若きエース、ダグラス・リード氏への密着取材――
ジェーンさんが、子供の頃に夢中になって読んだという、新聞の連載記事でしょうか。
これは……わたしも読んでみたいです。五年前ということは、ダグラスお父さんは二十代後半……! 写真とかありますかね!
「いけません……。浮かれて良い場面ではないです……」
反省しながら、次の号外を手に取ります。
――帽子を被った犬たちが
間抜け面で嗅ぎ回る
ご主人様に尻尾を振って
無能なくせにうるさく吠える
次はどこで幕が開くか
止められるものならやってみろ
案内人は霧の夜に現れる
月が隠れたら 思い出すがいい
これは、わたしでもわかります。『帽子を被った犬』は警ら隊のことです。ものすごく、警ら隊を馬鹿にして、挑発しています!
「犬に例えるとか……! 二重に腹が立ちます!」
ヘンリーは関係ないと、わかっていても気分が悪いです。思わず新聞をクシャクシャにしたくなりました。
「ヘンリーも警ら隊のみんなも、間抜けづらじゃありません!」
あれ? でも……このふざけた文章の中に、次の爆破箇所のヒントがあるのでしょうか?
「警ら隊の本部とか、詰所ですかね? それとも、本物の犬がいる場所?」
いつの間にか、わたしも犯行予告の謎解きに夢中になっていました。犯人が注目を集めて喜んでいたなら、まんまと嵌められてしまっています。
「エルシャちゃん、なに考え込んでるの?」
気がつくと、目の前にジェーンさんがいました。
「びっ……くりしました……」
「ふふ、目がまん丸よ! 雨が激しくなってきたけど、大丈夫? 傘はある?」
ジェーンさんにも、空が大荒れになっているのも、全然気がつきませんでした。窓の外は土砂降り。雷まで鳴っています。
「あー、傘……ないです」
「うちで雨宿りしていく? ここからなら走ればすぐよ」
読んでいただきありがとうございます。




