第14話 動き出したカラクリ時計
アッシュフォード男爵との面談の日から二週間ほどが過ぎた頃、男爵家の執事さんから手紙が届きました。家の封蝋の押された正式なものです。
わたしはさっそく、マーサおばさまの工房へと向かいました。
「おばさま、出張修理の依頼は出来ますか?」
「モノによるね」
「以前、落とし物でカラクリの人形が持ち込まれたの覚えていますか? あのカラクリ時計の修理の依頼を受けたんです」
「面白そうだね。いいよ、引き受ける。次の日曜日はどうだい?」
「わかりました。それでお願いします」
当日はメイベルさんからお茶のお誘いも受けています。せっかくなので、ビリーくんも誘いました。
* * *
「なぁ、なぁ、エルシャ。おれ本当に一緒に行っていいのか? 一応、余所行きの一張羅で来たんだけどさ」
当日、ビリーくんは意外にもしっかりお洒落をしてやって来ました。仕立ての良いベストと半ズボン、ハンチング帽という装いです。
「おれ、貴族のお茶会なんて、はじめてだからさー」
「大丈夫、すてきですよ。それにわたしもお茶会、はじめてです」
わたしは今日は警ら隊の制服ではなく、夏らしくクリーム色の袖なしワンピースです。今日は、ちびっ子警ら隊員ではなく、エルシャ・グリーンフィールズとして、メイベルさんとお話ししたいのです。
「あんたら、めかし込んで来たねぇ。あたしは仕事だから作業着で行くよ!」
マーサおばさまは、ストンとしたシルエットの灰色のスカートに胸当ての付いた大きなエプロンという、いつもの格好です。
ビリーくんがおばさまの工具箱を持ってくれて、三人と一匹で四番街へと向かいます。普段は歩く距離ですが、おばさまは脚が悪いので今日は辻馬車を拾いました。
* * *
アッシュフォード邸に着くと、マーサおばさまは時計の修理へ向かい、わたしとビリーくんはお庭に案内されました。
庭に出ると、空気がすっと軽くなりました。新緑を渡る風が爽やかです。
木陰にテーブルセットが用意されていて、メイベルさんが座っていました。
執事さんが椅子を引いてくれて、着席します。ビリーくん、カクカクした動きになってますね。
「本日はお招き、ありがとうございます」
「ようこそ、いらっしゃいました」
子供のお茶会ですが、はじまりの挨拶は正式なものでした。
冷たいレモネードと、焼き菓子が並んでいます。
「メイベルさん。ご両親の件、わたしの出来る範囲で調べました」
「うん、ありがとう。どうだった?」
「メイベルさんは、アッシュフォード男爵家の実子です」
「じっし、ってなあに?」
「この家の、おとうさまとおかあさまの、本当の子供という意味です」
「そう……。やっぱりね……。わたし、おとうさまに、そっくりだもんね」
「がっかり、ですか?」
「うん、少しね。でも、あの人……おとうさま、帰ってくるようになったの。名前を呼ばれて、びっくりしちゃった」
メイベルさんは困ったように笑いました。
「きゅうに、どうしたのって聞いたら、今まですまなかったって言うの。わたしと、家族になりたいんだって……」
男爵は……最初の一歩を踏み出したようです。
「おとうさまも、家族ははじめてなんだって。ふたりで、家族をやってみようって……」
ふたり……。三人ではないんですね。
「おかあさまには、ことわられちゃったみたい。それを聞いて、ちょっとかわいそうだなって思って……」
「お父様が?」
「うん。わたしに『家族になりたい』って言ったおとうさま、すごくきんちょうしてた。手がふるえていたし、泣きそうな顔してた。きっと、おかあさまにも同じように言って、それでも、ことわられちゃったんだなって思ったら、かわいそうになっちゃったの」
「それは……なんだか家族っぽいですね」
共感する……というのは、人間関係において大切な要素です。
「うん、そうなの。だからわたし、『わかった。やってみよう』って言ったの。変かしら?」
「変じゃねぇよ。それに家族なんて、外から見たらみんな変なんだよ」
黙ってわたしたちの話を聞いていた、ビリーくんが言いました。
「そうなの?」
「そうですね。わたしには家が四つありますし、血のつながりのない人と、家族として暮らしています」
「ええっ???」
メイベルさんとビリーくんが、二人ともびっくりした顔をしています。
ビリーくんの言う通りですね。“普通の家族”なんて、わたしも知りません。
「変……ですか?」
「それはちょっと……変わってるな!」
ビリーくんが言って、三人で笑いました。
「……じゃあ、わたしも、変でもいいかな!」
「変でいいよ。うちの父ちゃんも母ちゃんも変だし、兄貴たちも変だぞ! この間なんか……!」
ビリーくんが、家族の楽しいエピソードをたくさん聞かせてくれました。
おそらく、わたしが後見人の皆さんとやっていることは、外から見たら“家族ごっこ”であり、滑稽な茶番なのでしょう。
けれど、それをわたしは……わたしたちは、大まじめにやっているのです。
お茶会は、思いのほか楽しい時間となりました。作業が終わらなかったマーサおばさまを残して、わたしとビリーくんはアッシュフォード家を後にしました。
――それから数日後、今度はメイベルさんから手紙が届きました。
エルシャさんへ
先日、おとうさまと、いっしょに食事をしたの。
わたしはきんちょうして、フォークを落としちゃった。でも、おとうさまも同じで、スープのお皿をひっくり返していたわ。
おとうさまは「二人とも初心者だから、失敗しても良いことにしよう」と言っていた。
変でも、失敗してもいいなら、何とかやっていけるかなって思う。
それから、あの仕掛け時計は、曲も、カラクリのうごきも、いくつもあることがわかったの。
マーサおばさまが何日も通って、わたしでも操作できるようにしてくれたわ。
前は、だれも見ていないのに、ばかみたいって思っていたけど、今はちがう。
毎日、おとうさまと「今日はどれにしよう」ってきめて、時間になるといっしょに見に行くの。
とても楽しいカラクリなのよ! こんど、エルシャさんとビリーくんも、見に来てね。
メイベルより
ふふ……。ふふふ。
読みながら、笑顔になるような手紙でした。
馬車道に転がっていた小さなカラクリ人形は、今は元の時計に収まって、楽しい演奏をしているようです。
マーサおばさまの工房の柱時計が、ボーンと一回鳴りました。おばさまの仕事が終わる時間です。
二人で食事の支度をして、ダグラスお父さんが帰って来るのを待ちます。
わたしの家族の形も、外から見たらひどく不恰好なものだと知っています。
だからこそ、失敗しても笑ってやり直そうと思います。振り子のように……行って、また戻って。何度でも。
読んでいただきありがとうございます。
次話から『霧の爆弾魔編』がスタートです! 乞うご期待!




