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電書第3巻(完結)3/25コミックシーモア配信予約開始 ドアマット幼女は屋根裏部屋から虐待を叫ぶ  作者: はなまる
第二章

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第13話  あなたを愛することはない(アッシュフォード男爵視点)

「私があなたを、愛することはありません」


 結婚式を終えた夜。


 薄い夜着を身に纏って、ベッドの端に腰掛ける新妻の口から出たのは、そんな言葉だった。


 妻との結婚は、お互いの家と私の都合にのみ終始していた。貴族の結婚とはそういうものだし、令嬢はそれを受け入れるように育てられる。


「結婚は……すでに成立している」


「はい。私はあなたの子供をひとり、産まねばなりません。ですが、それ以外のことは、私に望まないで下さい。私には他に愛する人がいます」


 屈辱を感じなかったと言えば、嘘になる。私との子供を産むことは、彼女にとって『苦痛に耐えて、仕方なく受け入れること』なのだ。


「初夜の前から不貞を隠そうともしない妻の産んだ子供を、当家の跡取りにしろと?」


「私が身の清い乙女であることはアッシュフォード家の医師が確認しています。妊娠が確定するまで、私を閉じ込めて見張ればいいわ」


 どこか投げやりな言葉とは裏腹に、妻の瞳は強い意志を宿していた。


 交渉の余地も、歩み寄りの可能性も、カケラすら見つけられないまま、いくつかの夜を事務的に越えて妻は妊娠した。


 そうして生まれたのが、私にそっくりなメイベルだ。


 家令から出産の報告を受け、『旦那様にそっくりな女の子です』という言葉を聞き、肩の荷が降りるのを感じた。

 これで貴族の跡取りの義務は果たしたのだ。大手を振って仕事に打ち込める。


 私は思う存分、書類の海に沈んだ。


 その後の六年間はあっという間に過ぎた。妻とは最低限の社交は共にしたが、言葉を交わすことはほとんどなく、屋敷で顔を合わせることもなかった。


 元々私たちが夫婦になど、なれるはずがなかったのだ。そのための努力もせずに、家畜の交配のようにただ子供を作っただけだ。


 だが、貴族の結婚などそんなものだろう? 私の両親もそうだった。


 ゴシップ誌に有名な仮面夫婦として取り上げられたりもしたが、興味もないので目を通すことすらしていない。


 そのうちに、妻から離婚の申し立てがあるのだろう。そうしたら粛々と受け入れれば万事が解決する。


――私は都合よく、そう考えていた。


 ところがある日、その手紙が届いた。


――西区八番街 子供特別警ら隊員 エルシャ・グリーンフィールズ


「なんだ? この差出人のふざけた肩書きは……」


「西区で試験的に導入されたようです。市民との交流や、親しみやすさをアピールする狙いがあると報告されています」


 補佐官が感情の乗らない声で答える。


「本当に子供なのか? 私に何の用があるんだ?」


「局長から指示が出ています。出頭し、話を聞いて来るように、と……」


「はっ? なぜそんな指示が……?」


「おそらく、視察の意味合いかと思われます」


「子供のごっこ遊びに付き合えと?」


 投げ捨てたくなった手紙に目を通す。文面も形式も、驚くほどしっかりしたものだった。まあ、本人が書いたものとは限らないのだが……。


「確かに……面白い試みではある……。わかった。出頭する旨の返事を書いておいてくれ」


 補佐官へ指示を出して、私は自分の作業へと没頭した。


   * * *


「ご足労、感謝します、閣下。西区八番街所属、子供特別警ら隊員のエルシャ・グリーンフィールズです」


 私を出迎えたのは、警ら隊の制服をキリリと着て、背筋を伸ばして敬礼する……幼女だった。


「本日は、メイベル・アッシュフォードさんからの申告により、閣下のお話を伺います。お掛け下さい」


 椅子を指し示し、自分もクッションを二枚重ねた椅子に、うんしょうんしょとよじ登った。……二枚重ねても高さが足りていない。

 その幼い様子と口から出る卒のない言葉に、違和感ばかりが募る。


「あ、ああ……。君は、メイベルと友だちなのか?」


 つい、子供に話しかける口調になる。


「友だちではありません。特別警ら隊員として依頼を受けました」


「……わかった。話を聞こう」


「まずは、こちらをご覧下さい。敢えて、メイベルさんの言葉そのままに書いてあります」


 二枚の手書きの紙を渡された。決して達筆ではないが、丁寧に書かれた文字が並んでいる。


【メイベル・アッシュフォード嬢の証言①】

――あの人たちは、わたしの本当のおとうさまとおかあさまじゃないと思うの

――わたしは、たぶん、さらわれたか、買われた子供なの

――本当の、おとうさまとおかあさまを、探してほしいの


 内心の動揺を隠して、書類を机にパサリと置く。

 メイベルの言葉だという、その文字の羅列が、娘の声として聞こえることはない。

 なぜなら、私は咄嗟に思い浮かべられるほど、娘の声を聞いたことがないからだ。


『本当のおとうさま』という文字の、ザラザラとした手触りがひどく不快だった。


「……子供の妄言だ。メイベルは私と妻の実子だ」


「はい……。わたしの出来る範囲で調べ、夫人の実子であることは確認しました。そして、メイベルさんは閣下にとてもよく似ています」


 そう……。私や周囲が、妻に強要した結婚や出産を象徴するように、娘は私によく似ている。


「では……なぜ、メイベルさんは、ご両親を“本物ではない”と思ったのでしょう?」


「家族の問題に踏み込み過ぎだ。それは警ら隊の管轄ではないだろう?」


「はい。ですが、聞かせて下さい。閣下は、子供が両親のことを“あの人たち”と呼ぶことについて、どう思われますか?」


 乾いた笑いが漏れる。


 娘は……。メイベルは、私たち夫婦のことを、本気で他人だと……、そう考えているのだろう。


「では……次の、二枚目をご覧下さい。こちらはメイベルさんが“本当の両親を探しに行きたい”と訴えた……そのあとの言葉です」


【メイベル・アッシュフォード嬢の証言②】

―― 家族って、いっしょにしょくじをするんでしょう? 絵本で見たわ

――手をつないであるいたり、わるいことをしたら、しかられたりするんでしょう?

――そういうの、いいなぁって、思ったの


 脳天を打ちのめされた気分だった。子供の口調そのままの文字が、罪から目を逸らすことを許さない。


 メイベルは、親も、家族も知らないのだ。絵本の中にそれを見つけて、探しに行こうとしていた。


「ハハッ……。思い出したよ。私も、子供の頃に……同じようなことを感じていた……」


 ひとりの食事は味気なかった。雷の鳴った夜は部屋の広さが心細かった。絵本の中の家族が笑い合っているのを見るのが辛かった。


「だが……貴族とは、そうやって育つのが当たり前だ」


「閣下は……。誰かが決めた“当たり前”をメイベルさんに渡すのですか? 自分も我慢したのだから、メイベルさんも同じ想いをするべきだと?」


 思い返してみれば確かに――。確かに私はそう思っていた。私だって愛された覚えなどない。だから私も、愛する必要はないと。


 貴族は“家のため”という言葉で、子供を道具として育てる。裕福な暮らしで縛りつけて、逃げ道を塞ぐ。


 使い勝手の良い道具に育った者だけが、次に道具を使う側へ回れるのだ。


 大人になった私は……道具を使う側になった……。


 ようやく、傷つかずに済むと思った。逃げ切れた……報われたと思っていた。


 子供を道具として使って、自分と家の利益を得る……。そんな歪んだ行いを、“報われること”だと認識していたのだ。


「メイベルさんが大人になったら、あなたの奥様のように、自分と家の都合の良い相手に嫁がせるのですか?」


 このまま、あと十年もすれば、私はメイベルの婚約者を決めただろう。それは、おそらくメイベルの望む相手では……なかっただろう。


 そしてメイベルは言うのだろうか。夫となった男に、「あなたを愛することはない」と……。


「まるで……呪いだな。不幸の鎖が、連なるようだ……」


「閣下。その鎖を、あなたが断ち切ることはできませんか?」


「今さら……。やり直せると言うのか?」


「まずは、メイベルさんの名前を呼ぶところからはじめてみませんか? そして、一緒に食事をして下さい。閣下が望んでいた食卓を、メイベルさんと作ってみて下さい」


「まだ……間に合うだろうか?」


 そんな……都合の良いことが許されるのだろうか。


「それは、閣下しだいです。メイベルさんは、本当のお父さまとお母さまを、求めているだけですから」


 西区八番街所属、子供特別警ら隊員……エルシャ・グリーンフィールズ。


 彼女は去年の社交界を騒がせたグリーンウッド伯爵家の、元総領娘だ。


 そうか……。だからこの子は、メイベルを見過ごせなかったのだ。


「君は……。今は幸せなのだな……」


 私の言葉に、彼女は驚いたように目を見開いた。そして瞬時に、私が彼女の出自や事情を知っていると気づいた。恐ろしいほどに聡い娘だ。


「はい。だから……。()()()()()()間に合って欲しいと思っています」


 この子は……、間に合わなかったのだ。だから家族を捨てた。


“それは閣下しだいです”。先ほどの言葉を、もう一度、言われた気がした。



読んでいただきありがとうございます。

次話の後日談で、メイベル編はおしまいです。


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― 新着の感想 ―
このお話は、童話でなくて小説だ、と思った節でした。 切なくて、でも、まだ間に合うかも、そういった思いがちりばめられていて、涙が流れます。 素敵な節でした。
貧乏人は苦労するが、貴族は不幸になる。そんな言葉を思い出しました。 ネグレクトの連鎖を断ち切るためには、何よりもまず親が変わる必要がありますが、そのように育てられたアッシュフォード男爵を他人が説得し…
 貴族であれば誰もが通る道……そう思い込み仮面をつけてないと壊れそうな心が、メイベルちゃんの家族も他の関係者も他者へと呪いごと見えない仮面を渡して……重い話ですね。  しかし、児童の戯れ言と一蹴せず、…
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