第12話 エルシャ、捜査を開始する
ヘンリーに入り口で待っているように言って、ビリーくんと図書館へと入ります。尻尾がへにょっと垂れていますが、さすがに連れては行けません。
「あねさん、何を調べるんで?」
ビリーくんの話し方は助手というよりは、子分とか手下とか、そんな感じですね。ちょっと遠慮したいです。
「貴族名鑑で、メイベルさんのご両親を調べます。ビリーくんは、これを読んでおいて下さいね」
「これは?」
「貴族のゴシップ専門誌『宵のランプ』のバックナンバーです。48ページに仮面夫婦の記事があります」
「かめん夫婦ってなんだ?」
「えっと……仮面をかぶるように、仲良しを演じている夫婦のことです」
「おまえ……子供のくせに、なんでそんなことに詳しいんだ?」
「苦労してるから……ですかね?」
あねさんが、おまえになりました。普通に名前で呼んで欲しいです。
ビリーくん、最初は興味なさそうにしていましたが、しばらくすると夢中なって読みはじめました。ゴシップ記事は刺激的ですからね。
何度か単語の意味を聞かれたので、辞書を渡しておきました。
さて。
わたしは貴族名鑑で、メイベルさんのご両親を調べます。“貴族名鑑”は、この国の貴族を写真付きで紹介している、図鑑のように立派な本です。
家の成り立ち、領地の特徴や特産品、職業や家族構成……。走馬灯の記憶の『個人情報』とやらが満載です。
アッシュフォード男爵家は……。
ありました……! 当主は、フレデリック・アッシュフォード。ああ、これは……! 一目瞭然ですね。
色の薄い金髪に、青みのある茶色の瞳……太くて短い特徴的な眉。メイベルさんにそっくりです。
「あっ、でも……、お父様の血筋ならその特徴を受け継ぐこともあるのかも……」
“似ている”だけでは、実子と断定は出来ませんね……。
夫人はヴィヴィアンさん。旧家のモントローズ家の三女で“社交界の華”ですか……。確かにとても美しい人です。少し神経質そうではありますが。
「ふう……。すげぇ記事だった……。メイベルの父ちゃんと母ちゃん、本当に仲が悪いみたいだな……」
ビリーくんの表情は、暗く沈んでいます。自分の“当たり前”が、通用しない世界があることに、ショックを受けているのでしょう。
「何とか、してやりてぇな……」
「はい……」
難しい問題です。メイベルさんが、アッシュフォード男爵家の実子でないことが判明したとして、彼女が望むような暮らしができるのでしょうか。
「まずは真実を……明らかにしましょう」
次にわたしたちが向かったのは、ハドソンおじいちゃまの家です。
おじいちゃまは貴族の診察はしない主義ですが、何か知っているかも知れません。
「おお、エルシャや。よく来た! 腹は減っておらんか? ハンナの焼いたチェリーパイがあるぞ」
チェリーパイと聞いて、ヘンリーとビリーくんがわかりやすく尻尾を振りました。
いえ、ビリーくんには尻尾はありませんでしたね。見えた気がしただけです。
「おじいちゃま、今日のわたしは“子供特別警ら隊員”です。市民からの歓待は遠慮させて頂きます」
キリッと顔を引き締めて、敬礼をします。
「おじいちゃまとハンナさんに、聞きたいことがあります」
わたしはメイベルさんとの出会いと、彼女の依頼をかいつまんで説明しました。
「六年前の、アッシュフォード男爵夫人の出産について……か?」
「メイベルさんは、ご自身が両親の子供ではないと言っていました。本当の両親を探して欲しいと……」
「うむ……。夢見がちな子供が、本当の自分はお姫様に違いないと妄想するのとは、ちと話が違うようじゃな……」
「はい……。親は子供を愛するのが当たり前だという、夢を見ているとは言えますが……」
そんな当たり前はないのです。ですが、それを子供が求めて悪いはずがない。
「エルシャも、難儀じゃなぁ……。そんな顔をするでないぞ」
おじいちゃまが気遣うように、わたしの頭をポンポンとしてくれました。知らず、眉間に皺が寄っていたようです。
「患者の情報を漏らすのは、本来は御法度なのよ。でも、そうね……。ご近所のおばあちゃんの噂話だと思って聞いてちょうだい」
ハンナおばあちゃまが言いました。職業倫理に反する質問です。申し訳ないです。
「六年前、アッシュフォード夫人は、男爵にそっくりな可愛い女の子を出産したわ。お産の手が足りなくて、私も手伝いに呼ばれたの。だから、間違いないわ」
走馬灯の記憶にある『遺伝子検査』等が出来ない現状、わたしに集められる情報はここまでです。
「エルシャ、次はどうするんだ?」
ビリーくんが、ワクワクした様子です聞いてきます。あとは、本人に……アッシュフォード男爵にぶつかってみようと思います。
「男爵から、任意で聞き取り調査をします」
ビリーくんが「すげぇ! ホンモノみたい!」と、歓声を上げました。
「ビリーくん。遊びのつもりなら、ここで遠慮して下さい。ここからは、メイベルさんの人生にかかわる問題です」
「そんな、大げさな……!」
「大げさではありませんよ」
わたしの真剣な様子に、ビリーくんが黙り込みました。
「また後日、良かったら一緒に道案内の仕事をしましょう」
これから、わたしはまた少し無茶をします。それにビリーくんを巻き込む訳にはいきません。
何か言いたそうなビリーくんと別れて、詰所へと戻ったわたしは、辞書を片手にアッシュフォード男爵の勤務先へ手紙を書きました。
西区警ら隊の封蝋を、こっそり借りて温めて――小さく息を吸います。これを押したら、もう後戻りはできません。
ちびっ子警ら隊員エルシャ、やってやります!
――――――――――
王宮内務省 庶務局 文書課 御中
アッシュフォード男爵閣下
拝啓
突然のお手紙にて失礼いたします。
本日、私はメイベル・アッシュフォード様と面談し、本人より依頼を受けました。依頼内容は、下記のとおりです。
【依頼内容】
自分の出生の経緯と、その真実について。
つきましては、当詰所にて、アッシュフォード男爵閣下およびご夫人に対し、任意の聞き取り調査を実施いたします。
誠に恐れ入りますが、下記日時に西区八番街警ら隊詰所までお越しください。
【日時】〇月〇日(〇) 〇時〇分
【場所】西区八番街警ら隊詰所
なお、差出人の役職名から、いたずらやごっこ遊びを疑われることがあるかと存じます。
ですが、私は警ら隊員の名において、本件に真剣に取り組んでおります。
閣下のご理解とご協力をお願い申し上げます。
敬具
――――――――――
西区八番街警ら隊
子供特別警ら隊員 エルシャ・グリーンフィールズ
読んでいただきありがとうございます。
本作は『屋根裏のエルシャ』というタイトルで電子書籍化しています。全3巻、コミックシーモアさん他で好評配信中です。良かったら、そちらもポチッと応援、よろしくお願いします!




