第11話 エルシャと実の両親を探す令嬢
その女の子は『自分はこの家の子供ではない』と言いました。なかなかに衝撃的な発言です。
「ちびっ子警ら隊の担当は、落とし物と迷子と道案内です。ですが……、事情を聞きましょう。なぜ、そう思うのですか?」
* * *
女の子の名前は『メイベル・アッシュフォード』さん。年齢は五歳になったばかり。
お父様の爵位は男爵で、王宮で文官として働いているそうです。エリートですね。
「おとうさまは、ぜんぜん帰ってこないの。春になるちょっと前に、一回だけ帰ってきただけ。
おかあさまは月にいちどくらい帰ってくるけど、またすぐに出かけてしまうわ」
「メイベルさんは、乳母さまはいないのですか? 専属メイドは?」
「ばあやは、ずいぶん前にびょうきになって、やめてしまったわ。せんぞくって、なあに?」
「メイベルさんと、ずっと一緒にいてくれるメイドさんのことですよ」
「いないわ。みんなじかんになったら来て、じかんになったら帰る……。とけいと同じなの。わたしもとけいの人形みたい。だれも見ないの……」
「だから、人形を捨てたのですか?」
「とけいが止まったら、わたしもいつもどおりにしなくても、いいかなと思ったの」
「何を……しようと思ったのですか?」
「ほんとの、おとうさまとおかあさまを、さがしにいこうと思って……」
「本当の……?」
「だって、家族って、いっしょにしょくじをするんでしょう? 絵本で見たわ。手をつないてあるいたり、わるいことをしたら、しかられたりするんでしょう? そういうの、いいなぁって、思って……」
「お前んち、家族とごはん食べねぇの? 手ぇ繋いで歩いたり、叱られたこと、ねぇの?」
ビリーくんがびっくりしたように言いました。……ビリーくんは幸せな家庭で過ごしているんですね。
俯いたメイベルさんが、フルフルと首を横に振りました。耳の横で二つに縛ったきれいな金髪がユラユラと揺れています。
貴族の場合子育ては乳母に任せて、庶民のように触れ合わないこともあります。グリーンウッドの父も、再婚する前はほとんど家に寄り付かない人でした。
そして……。
わたしは『アッシュフォード男爵夫妻』を知っています。以前、父親の弱みを握ろうと、図書館で貴族のゴシップを集めていた頃、“有名な仮面夫婦”という人気の連載記事がありました。
その中に、アッシュフォード男爵家のご夫妻のエピソードが載っていたのです。
「たぶんわたしは、よその家からもらわれたか、さらわれたか、買われてきたこどもなの。あの人たちは、わたしのほんとの、おとうさまとおかあさまじゃない」
子供が親を『あの人』と呼ぶ気持ちは、わたしが一番よく知っています。メイベルさんは、親の愛を求める段階は過ぎてしまっている。
「だから、さがしてほしいの。わたしはこの家から出られないみたいだから……」
「……わかりました、引き受けます。少し時間を下さい」
二日後の正午にこの場所で会う約束をして、メイベルさんと別れました。
「なぁ、こんな大事件、勝手に引き受けて平気なのか? 誘拐とか、人身売買組織の話だろう?」
「いいえ。迷子と、失せ物探しの案件です」
「は?」
「メイベルさんは、自分の居場所を見失ってしまった“迷子”です。
それに――本当の両親を探しているのなら、これは“探しもの”でもあります」
わたしは胸の前で、小さく拳を握りました。
「だから、わたしの……ちびっ子警ら隊員の仕事です」
「おい、そこは“わたしたちの”って言おうぜ!」
「なぜ? ビリーくんはちびっ子警ら隊員ではありませんよね?」
わたしが首をコテンと傾げて言うと、ビリーくんは口をへの字にして言いました。
「くうーっ、ちくしょうめ! エルシャのあねさん、おれを助手にしてくれ!」
ふふ、意地悪を言い過ぎましたね。でも、立場逆転ですよ。今度からはわたしが『事件の匂いがしないか?』と言って、ビリーくんが『正義の出番だね!』って返すのです。
「さぁ、助手のビリーくん。早速、捜査開始です。まずは図書館へ行きますよ!」
「へ? 図書館?」
「図書館へ行って調べものをします」
ヘンリーが足元でくぅーんと鳴きました。“エルシャちゃん、ぼくより、その子を選ぶの?”と言っています。
「違います! ヘンリーはわたしの相棒です! ビリーくんは助手! ヘンリーの方が上ですよ!」
ついあわてて、人間の言葉で言ってしまいました。
「えーっ、おれの扱い、酷くない?」
何でしょう。居たたまれない気分です。もしかしてこれが『三角関係』ってやつですか……!?
エルシャ・グリーンフィールズ、もうすぐ七歳。幼女に三角関係は早すぎます……!
――アッシュフォード男爵家、今季いちばんの仮面夫婦
(王都ゴシップ紙『宵のランプ』より抜粋)
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王都の社交界には『一緒に現れても、決して隣に立たない夫婦』がいる。――そう囁かれて久しいのが、アッシュフォード男爵夫妻である。
舞踏会では、馬車から降りる扉すら違う。並んで歩くことも、視線を合わせることもない。もちろんパートナーとして、ファーストダンスを踊ることもない。
ところが男爵夫妻が離婚するという話は、とんと聞こえてこない。どうやら、理由があるらしい。
夫、アッシュフォード男爵は王宮勤めの文官だ。堅物で知られ、書類の海に沈む魚のように姿を見せない。近頃は“季節の変わり目に一度だけ屋敷へ帰る”のが恒例らしく、某官庁筋はこう証言した。
「そもそも、独身時代の寮を引き払っていない。寒々しい話だよ」
一方で夫人は、月に一度ほど屋敷に戻るという。だが滞在は短く、家令に必要な指示を与えるだけだ。
『貴族の婚姻は家のため』『愛ではなく利で結ぶのが当たり前』――それ自体は、よく聞く話である。だが、ここまで極端で、しかも外聞を憚らない夫婦は他に類を見ない。
では、その“利”とは何なのか。
ひとつ目は男爵の出世だろう。いまの役職には“後ろ盾”が必要だという。夫人の実家筋が鍵を握っている、という見立てもある。
もうひとつは、おそらく夫人の別宅に関係している。出産を経てなお、少しの衰えもない美貌の男爵夫人――彼女は普段、どこで過ごしているのか……。
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※次号予告:「男爵夫人の“月一帰宅”の行き先」
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