第57話 至高のプログラム
「簡単だよ、世界から戦争を無くすのさ」
本人はさも当然と言った口調で、その言葉を舌に乗せるが、会場の人間達の響めきは凄まじかった。
「あれ?僕、変なこと言った?」
「あ、いえ、その……」
余りの大風呂敷に流石のめぐみも、予想の斜め上の展望?いや理想を耳にして、動揺を隠せない様子だった。
「みんな出来ないと思ってるの?ふ~ん」
不思議そうな顔をして、サムスは首を傾げるが、
「充分、可能だよ。うん、ホント」
と言ってVサインを高らかに挙げる。
「サムス、本気か?」
英一郎はサムスを見て、真剣な表情で尋ねると、
「勿論、根拠はあるさ」
そう言うと現在の全世界に於けるニル・ヴァーナの装着率や、それに付随する各国の動向を、客観的なデータで簡潔に、しかし、端的に、誰もが納得するレポートをAR機器のディスプレイに表示していくと、
「強国のアメリカやロシア、アジア圏だと中国もさ、いまは現実世界での軍備強化や実効支配よりも、ニル・ヴァーナでの覇権に躍起になってるよ。その他の国も、これに追随する動きを如実に見せてる、解るね?」
確かにサムスが独自解析したデータには、各国の情勢が、恐ろしいほど正確に、その分析は絶対的な根拠を示していた。
「僕は平和主義者ってワケじゃないけどさ、現実世界で幼い子供や大好きな人が、爆弾や銃撃で亡くなるのを見る人、作りたくないんだよね」
先程までのアッケラカンとした表情は消え、滅多に見せない真摯な眼差しを、会場にいた人間一人一人に向けて語ると、
「ははっ、いいやがったな、この野郎!」
英一郎は腹を抱えて大笑いすると、
「お前さんのことだ、もう考えてんだろ?」
その言葉を待っていたように、
「これさ」
サムスはまだ公開されていないコードを開示した。
そのプログラムを起動すると、球体の世界地図が表示され、各国を結ぶ無数の線が、四方八方にリンクしていた。
「これは!」
「各国の代表者を選出して、ニル・ヴァーナの世界で覇権を競わせる。言ってみれば、誰もが傷つかない代理戦争さ!」
「おお!」
高度なシステムとプログラム処理を、またサムス一人で組み上げ、この場で紹介したことに、エンジニアの人間達の驚きようは計り知れなかった。
その難解なシステムは、少し見て解るほど、圧倒的なまでの情報量と時間、複雑怪奇なプログラミングを想像して、脱帽する他なかった。
楪葉もサムスが作り上げたシステムを見て、身体が小刻みに震えていた。
同じプログラマーなら分かる、その神業を目の前にして、悔しさより憧れの気持ちが上回ると、
「……す、すごい」
思わず感嘆の声を上げていた。
「渡辺!」
「はい」
英一郎は渡辺勝基を呼ぶと、
「俺はサムスの神輿を担ぐぜ!いいな?」
言い知れない、熱い感情を抑えられず、顔は紅潮して興奮を隠せず、真っ赤な色を帯びた眼差しは、かつて、国民に自分の政治家としての意思表明を示した、あの瞬間と重なるものがあった。
その一言を聞いて、渡辺も、小泉宗右衛門が、南雲英一郎を全面協力した時のことを思い出し、全身を覆う武者震いで、普段は感情を表に出さない、渡辺の表情は雄々しく猛ると、
「すぐに準備致します!」
そう言って一礼すると、勢いよく会議室を出ていった。
「で、もう名前は決まってるのかい?」
英一郎はサムスに問い掛けると、
「僕、ネーミングセンスないんだよね。『ニル・ヴァーナ・ワールド』でいいんじゃない?」
適当に名付けたその言葉に、
「シンプルでいいじゃねぇか。ニル・ヴァーナ・ワールド、気に入ったぜ!」
その一言で、全世界を巻き込む新たなシステムが、首相の承認を得て快諾されると、その場にいた人間は、余りの出来事に静まり返っていた。
だが次第に、人類史の一ページに刻み込まれるであろう、途方もない偉業の一端を担うという責任感を実感すると、おおっと、悲鳴にも似た大歓声が会場に鳴り響いた。




