第56話 創始者 サムス・ギルバード
「わぁ、すごい!」
「こりゃ、堪らんな」
二人は箱の中を見て目を輝かせる。
ラピスラズリの天然石をあしらった、ペンダントトップに、それを覆う白銀の、シンプルながら上質にあしらわれた装飾は、女性なら喜ばずにはいられない代物であった。
「……」
吸い込まれるような蒼い輝きを見て、流石の楪葉も、感嘆の表情を浮かべていた。
「これ、ラピスラズリやな」
夏希は鑑定人のように、フムフムと頷くと、
「確か和名は瑠璃でしたわね、あっ!」
琴音は思わず楪葉を見る。
「そうか、今日は楪葉のおかんの命日やったな」
二人は顔を見合わせる。
楪葉の母親である瑠璃子は、楪葉が三歳の時、弟である栞の出産の折、体調の悪化によって、若くして亡くなった。
生まれて間もない栞も病によって、その余りにも短い生涯を終えてしまった。
幼い楪葉に実感はなかったが、年を重ね、母親がサムスと共に、ニル・ヴァーナの基礎理論を構築した研究者であったと知ると、自然と自作のプログラムを組み始めた。
何時しかそのスキルは、瑠璃子を凌駕する実力になるまで、さほど時間は掛からなかった。
「……あいつ」
サムスの思いに触れ、楪葉は目頭が熱くなり、涙が零れそうになるのを我慢すると、
「贈り物を捨てるほど、ボクは無粋じゃないからね」
と言って、ペンダントをポケットに無造作に突っ込むと、
「ふふ」
「ええんとちゃうか」
二人は楪葉の両肩に自分の肩を寄せると、僅かに赤らめた表情を、温かい目で見守っていた。
むず痒い思いを隠すように楪葉は、恥ずかしそうに身を捩ると、
「早く行こうよ、会議始まっちゃうよ」
「わーた、わーた」
「ええ」
三人は仲睦まじく、たわいのない会話をしながら本会議室に入っていく。
室内は至ってシンプルで、中央の円卓を囲むように、放射線状にテーブルが配置され、関係者ごとに区分けされたエリアに各々が着席していた。
楪葉も席に着くと、テーブルに置かれていたAR機器を装着する。
会議には昔ながらのホワイトボードなど存在せず、全ての情報は、この最新のAR機器内で共有された。
円卓の中心には、英一郎が座り、周りの人間と談笑していた。
会議の時間を知らせるチャイムが鳴ると、ザワついていた会場は、水を打ったように静まり返る。
「それでは、会議を執り行いたいと思います」
進行役のめぐみが、よく通る声でそう言うと、部屋の照明が落ちてAR機器が起動する。
会議ではニル・ヴァーナの運用に於ける、国家間のパワーバランスや、違法なハッカーによる不正アクセスの報告例、その対策の為のプログラムの適正な運用状況の確認。
さらには、今後実装される新しいサービスのデモンストレーションなど、時間にして、五時間を越えるディスカッションは、時にエンジニアと各省の官僚が、互いの意見をぶつけ合う白熱したものであった。
それほど、ニル・ヴァーナに対する運営を担う、人間たちの情熱は純粋でひたむきであった。
「最後になりますが、今後のニル・ヴァーナの運用に関する展望を、創始者である、サムス・ギルバードからお伝えしたいと思います」
めぐみはそう言うと、ネット中継でサムスがいる部屋に接続した。
「……」
暫くの間、無音な状態が続き、めぐみが機器の不具合を確認すると、
「やっほー」
会議の雰囲気とは全く不釣り合いな、脳天気な声で、サムスが画面からヒョッコリと出ると、
「随分と掛かったね、待ちくたびれたよ」
そう言って、馬鹿でかい枕に顔を埋めると、眠たそうに欠伸をする。
「Dr.サムス、会議中ですよ」
「あ、ああ、え~と、わかってるよ~」
全く分かってない態度のサムスを見て、楪葉が、バンッと席を立ち、
「シャンとしやがれ、このボケー!」
インカム越しから、大音量でそう叫ぶと、リンクしていた全ての機器にも、その声が響き、うおっと全員が仰け反った。
「楪葉!」
キーンとなった耳を押さえて、英一郎が楪葉を注意する。
「あ……ご、ごめん」
楪葉は申し訳なさそうに座ると、
「モーニングコール、ありがとねー」
サムスは無邪気に笑うと、枕を後ろに放り投げて、
「何だっけ、めぐみ?」
「ですから……」
もう一度説明すると、サムスがああっと言って、思い出したように小さく頷くと、コホンと、咳払いをして口を開く。




