第32話 龍殺しの剣
その光景を離れた位置で、対峙していたロイが、
「モノは、相談なんだけどよ」
「何でしょうか?」
アイギスは、次に続く言葉を、察しながらも、敢えて、ロイの言葉を待つ。
「へっ、アンタも、分かってるじゃねぇか」
ロイは、構えを解くと、アイギスも、それに倣うように剣を収めた。
「大将同士の戦い、見届けても、遅かぁねぇよな」
「ええ、クラウド殿が望むなら」
アイギスは、僅かに口を緩めると、ノルンに、
「ノルン殿、任せましたぞ」
「ええ、任されました」
クスッと微笑むが、内心では、次の打開策をシミュレーションしていた。
「いけ、ウェルシュ!」
先に動いたのは、久遠だった。
炎龍は、大きな翼を羽ばたかせ、上空高く飛び立つと、その巨体を、ノルン目掛けて突進していった。
その巨体からは、想像出来ない素早さで、ノルンのいる場所へ、自身を叩き付けると、地面が抉れ、土埃が、辺りに飛び散った。
地鳴りのような音が、響き渡るなか、
「さすが、神聖位クラスの炎龍ですね」
と言って、土埃を搔き消すように、剣を構えると、印を結び、己の剣を変化させた。
ノルンのアイテムステータスには、『魔剣グラム』と表示されている。
「あの剣は!」
久遠の表情が強張る。
剣の刀身と、特徴的な柄を見て、その剣が、ニル・ヴァーナの世界に於いて、ドロップアイテムの中でも、極めて稀な剣の1つ。
魔剣クラスの中でも、神聖位クラス、特に、龍属性を屠るには、最も適していた。
炎龍にとって、余りにも相性の悪い武器が、このタイミングで出現したことに、自身の目を疑うほどだった。
「この剣を、ご存じなんですね?」
「……」
ノルンは得意げに、グラムの刀身を見ながら、炎龍の心臓部を見て微笑む。
「マスター、どうしたのだ?」
ことの重大性を、理解していない炎龍は、不思議そうに、久遠に問い掛けた。
見す見す、炎龍を倒されると分かっていながら、黙ってる訳にもいかず、
「……ウェルシュ、戻って下さい」
その一言を発することに、久遠は、苦虫を噛み潰す思いで一杯だった。
神聖位クラスの召喚獣は、プライドが高い。
その炎龍を、召還して、僅かな時間で、戦わずに還すなど、炎龍が、承認するはずもなかった。
「何を言っておる、マスターよ。戦いが始まって、まだ、数刻も経っておらぬぞ!敵を屠っておらぬ状況で、帰還するとは、儂をからかっておるのか!」
激情に身を震わせる、炎龍を見て、ロイが、状況が分からず困惑していた。
「何で、久遠は、炎龍を還そうとしてやがるんだよ。勝ち確定の一手だろうに……」
納得の行かないロイに、アイギスが、
「クラウド殿は、北欧神話に、多少の知識がお有りのようですが」
「ああ?」
アイギスの問い掛けに、怒りの感情を帯びた、ロイの口調は荒っぽくなる。
それを制するように、冷静にアイギスは、
「クラウド殿も『龍殺しの剣』は、聞いたことがありますな?」
「!」
北欧神話を、少し囓っている者なら、知らない者がいないほど有名な話だ。
ニル・ヴァーナには、あらゆる神話や、伝承に登場する武器や防具が、非常に低確率、高難易度クエストで、ごく稀に、ドロップすることから、それを、所持すること自体が、他のプレイヤーから、英雄視されるほどだった。
魔剣グラムは、その中でも、神聖位クラスの、炎龍に対して、対龍性に特化した剣であった。
神聖位クラスを扱うプレイヤーが、数少なく、まして、使う機会が、ほぼ、皆無な現状に於いて、持っていても、宝の持ち腐れの武器の一つであった。
「お分かり頂いたかな?」
「この状況で、魔剣グラムだと!ご都合主義にも、限度があり過ぎるぜ!冗談だろ?」
最良の一手が、最悪の一手に変わる瞬間を、目の当たりにして、ロイは、アイギスの胸ぐらを掴むと、
「やり過ぎにも、程ってモンがあるだろうが、こんなの、只のクラックじゃねぇかよ!」
アイギスは、動じることなく、ロイを見据え、
「断じて、改ざんなどではありません。これは、正当な手続きを踏んで行われてます。不正を行う輩と、一緒にされては困りますね」
アイギスは、真摯な眼差しを、ロイに向けた。
ロイは、納得が行かなかったが、その目が、嘘を付いていないと分かると、スッと手を離して、言いようのない怒りを抑えられずにいた。
「話は、この戦いが終わったら、じっくり絞ってやるからな」
「承知致しました、クラウド殿」
アイギスは頷くと、ノルンがいる方向に、視線を移した。




