第19話 フードファイトは突然に
こうして、ニル・ヴァーナの復旧が無事に終わると、復旧完了のアナウンスが、オンライン上に告知され、何時もの活況さが戻って行った。
深夜組は、想定外のメンテナンス時間に歓喜し、何時も以上に、ニル・ヴァーナの世界を堪能した。
そうして、時間は、あっという間に過ぎ、新しい一日を告げる太陽が、朝靄から顔を出した。
▼AM6:30 久遠、プライベートルーム
久遠は、眠たい目を擦り、ゆっくりと、ベッドから身体を起こすと、
「おはようございます、久遠」
「おはよう、ルチル」
「朝食を用意してありますよ」
「うん、ありがと」
ニル・ヴァーナの世界では、擬似的に食事を取ることが出来るため、久遠に取って、それは、何よりの愉しみの一つだった。
現実世界では、味気ない点滴でしか、栄養を摂取することが出来ない身の上のため、この世界で、ルチルが作ってくれる食事は、生きるための、活力そのものであった。
久遠は、ベッドから起きると、左手首に付けてある、リングを操作して、普段着に着替えると、大きな大理石のテーブルに着く。
「ルチル、今日は何かな?」
ウキウキと、久遠がルチルに問い掛ける。その顔を楽しそうに見て、
「今日の朝食は、イギリスのフル・ブレックファーストを参考に作ってみました」
「す、すごい量だね」
イギリスの伝統的な朝食で、テーブルには、トーストを始めとする、タマゴ料理にソーセージ、ブラックプディング、ハム、ベーコン、トマトソースで煮込んだ、白インゲン豆のベイクドビーンズ、焼いたトマトに、マッシュルームソテー。
最後に、ポテト料理が、所狭しと並べられ、リントンズ社製の、ブラックティーの上品な香りが、鼻孔をくすぐる。
「オリジナルに、近いモジュールで作成したのですが、ホントに、すごい量ですね」
ルチルも、呆れるくらいのボリュームに、
「食べきれなければ、無理に……」
言い切る前に、久遠が、
「全部食べるよ。この量、攻略し甲斐があるよね」
そう言うと、ナイフとフォークを、子供のように持つと、早速、一口食べて、
「お、美味しい」
二口、三口と、テンポよく食べ始めたが、次第に、そのペースは、当然の如く落ちていった。
「こ、これは……なかなか」
四分の三を、何とか食べ終えた頃には、食器を持つ手が、プルプルと震えていた。
「く、久遠。ホントに、無理をしないほうが……」
「だ、大丈夫。バトルも食事も、最後まで諦めない者が……勝つん……だから」
満腹で、思考がおかしなベクトルに振り切れた久遠は、何かのスイッチが入ったのか、瞳には、バトルで見せる、鬼気迫る光を帯びると、一心不乱に、残った食べ物を平らげていく。
その凄まじさに、ルチルも思わず、
「ファイトです、久遠!」
と、何処から出したのか、タンバリンを両手で振り、全力で応援していた。
最後、ポテト料理のホクホクな、ジャガイモを食べ終わると、
「か、完食」
久遠は満足げに、ナイフとフォークを、テーブルに置くと、少し青ざめた顔で、小さくガッツポーズをした。
そしてルチルに、
「……ル、ルチルさん、今度出すときは、四分の一のサイズでお願いします」
「は、はい!」
ルチルは、その勇姿を讃えるように、身体が、一回り大きくなり、すごい熱量を発している久遠を、これまた、何処から出したのか、涼しげな団扇で、丁寧に、そよ風を提供していた。
朝から、予期せぬ、フード・ファイトを課せられ、一気に眠気が覚めた久遠は、お腹を押さえながら、
「ちょっと、外で運動してくるよ」
「食後三十分は、運動を控えた方が」
「そ、そっか、そうだよね、はは」
リビングのソファに横たわると、
「食後すぐ横になると、豚さんになりますよ」
「はは……は」
悪気のない、ルチルの天然のツッコミに、久遠は、何とか身体を起こして、リクライニングチェアに座ると、
「久遠」
「え、まだ悪いことあるの?」
ルチルの言葉に、過剰反応した久遠は、半ば泣きそうな声で、ルチルの方を見る。
ルチルは、ティーカップに、デトックス作用のあるタンポポ茶を入れて、久遠に、そっと差し出した。




