第18話 ユートピア・ザ・ファントム
「ユートピア・ザ・ファントム、起動」
楪葉は、機器を接続すると、ニル・ヴァーナと、現実世界双方で、同時に復旧作業を行っていく。
ニル・ヴァーナの世界では、0と1の世界が広がる、ベーシックワールドに、楪葉のアバターが出現していた。
ブロンドの長髪に、豊満な胸、スラッとした細身で、括れが見事に入ったその姿は、神々しいまでに、威厳に満ちていた。
「フレイヤ、こっちの準備は出来てるで」
買い物を終えて、席に着いた夏希が、楪葉に声を掛ける。
「わかったわ、さぁ始めましょう」
口調までも、大人びたものになった、楪葉と共に、夏希と、琴音がサポートに入る。高速のプログラミングと、一切の無駄のない正確性で、大量のデバッグを、凄まじい勢いで処理していく。
「皆さん。今から、フィードバックによる負荷が掛かります、準備をお願いしますね」
琴音が、職員に指示を送ると、ピリッとした空気が周囲に広がる。
今まで、和気藹々としていた雰囲気から一転し、プロフェッショナル集団と呼ばれる、テトとしての、本領を発揮せんとする、気風に溢れていた。
「よっしゃ、ほな、行こか!」
夏希が、復旧プログラムを開始するための、プロトコルを導き出すと、そのトリガーを、楪葉に委ねた。
「……解析、完了。ニル・ヴァーナ、システム、アップデート開始」
ニル・ヴァーナのベーシックワールドが、目まぐるしく変化して、大小様々なバグが、次々と処理を終え、改善して直って行く。
「いい感じやな、さすが、フレイヤ」
「みんなのバックアップがあるからよ」
「それでも凄いですわ」
夏希の言葉に答えると、琴音も、そのスキルに感嘆の声を上げた。
処理を開始して、数十分が過ぎると、天使の輪っかを付けた、パンプキンが現れる。そして、
「コングラチュレーション!」
と、荘厳なファンファーレと共に、システムが、完全に復旧したことを知らせるアラームが、フロア一帯に鳴り響いた。
「よっしゃ、やったで!」
「よかったですわ」
二人は、両手を上げてハイタッチすると、フロアの職員も、大仕事を終えて、安堵の声を上げていた。
「うぇー、疲れたよー」
そう言うと、ニル・ヴァーナと、現実世界での、二重処理を終えた楪葉が、機器をかなぐり捨てて、近くにあった、革張りのソファにダイブする。
「お疲れ様です、楪葉ちゃん」
「グッジョブやで、相変わらず、いい仕事しよるわ、このこの」
夏希は、楪葉の頭を撫でると、
「ボクだけの力じゃないよ」
眼鏡を取って、天井を見上げる、楪葉の表情は、満足げに自然と笑顔になっていた。
先ほどまでの、気落ちした表情は、大仕事を終えた充足感で、何処かに消え去っていた。
「体調は大丈夫ですか?ユートピア・ザ・ファントムは、電子刺激が、以前よりは改善されてますけど、まだ、奏者に掛かる負担が大きいですから……」
「頭、痛うないか?」
「うん、ちょっとだけ」
「お父様には改良型の開発、生産を打診しているのですが。なかなか、技術的に難しいようですわ、すみません」
琴音の父親の会社が、政府機関の肝いりで、ニル・ヴァーナの保安管理用に、特注で開発した機器によって、従来では、決して不可能だった処理速度と、奏者の思考演算を実現することが出来た。
しかし、開発は黎明期であり、その運用は、ニル・ヴァーナの爆発的な需要の拡大によって、急ごしらえで製作されたシステムであったため、それを操る奏者である人間、楪葉のフィジカル・コンディションに、想像以上の負荷を掛けてしまうのが、現状に於いての限界であった。
「琴音のパパは悪くないよ。前に比べたら、だいぶラクになってるし」
「……楪葉ちゃん。そう言って頂けると、お父様も喜びますわ」
「復旧までの時間、今までの最速タイムを叩き出したわ。ホンマ、楪葉も、琴音のおとんが開発した機械も、大したモンやで!」
夏希は、電子掲示板に表示された、復旧完了時のカウントタイマーを見て、満足げに微笑む。
「あ、ホントだ」
「あら、作業に集中して、気が付きませんでしたわ」
二人は、そのカウントを見て、単純に驚き、感心していた。
そして、夏希が、自慢げな顔をしている姿を、嬉しそうに眺めていた。




