第17話 罪には罰を
母親のような温もりを感じると、楪葉は安心したようにスウスウと寝息を立てて、束の間の眠りにつく。
それを確認すると、琴音が、
「夏希」
「了解!」
阿吽の呼吸で、琴音の指示を読み取ると、素速いタイピングで、プログラムを打ち込んでいく。
「解析完了っと」
「何処の、誰ですか?」
「大阪堺市に住む三十五歳、名前は榊原孝之、無職。何や、仕事しとらんのかい、困った奴やな」
テト、その中でも、情報解析のスキルでは、夏希の右に出る者はいない。
その夏希に掛かれば、例え、現状で最強のセキュリティープログラムと謳われている、『イド』を持ってしても、ものの数分で解除してしまう、凄腕のハッカーにとって、市販のセキュリティープログラムなど、紙切れ同然だった。
「少し、お仕置きが必要だと思いませんか?」
琴音は、ヤンワリとだが、語尾に強く、攻撃性を帯びた声を、夏希に向けると、
「相変わらず、容赦ないなぁ、琴音は」
「当然ですわ。私達の大切な、楪葉ちゃんを泣かせたんですから」
「ははは、原因の一端が、ワイにもあるさかい、チクチク胃に来るわ」
顔に縦線が入り、胃を抑える夏希に、
「夏希は賢明ですもの。二度とやらないことは、私が保証致しますわ」
ニッコリと、満面の笑みを浮かべる、琴音を見て、
(これは……次は、ホンマに刺されるんとちゃうか、シャレにならんわ)
話を反らすように、夏希は、キーボードでプログラムを組み終わると、エンターキーを押した。
「終わったで、ご愁傷さん、と」
「自業自得です。ネット上だからと言って、他人を傷つける輩には、それ、相応の罰を科さなければ」
夏希のウィルスによって、榊原のパソコン、そして、運の悪いことに、紐付けされていた、スマートフォンを始めとする情報端末が、一瞬にして、只の産業廃棄物と化した瞬間。
彼の、阿鼻叫喚とした表情を捕らえた、榊原のパソコンに着いていた、カメラからの映像を見た琴音は、
「家の中に引き籠もってないで、外で、しっかりと働いてくださいね」
と言って、それ以上、榊原の顔を見るのも、不愉快と言った様子で、モニターを切り替えた。
「ニル・ヴァーナのユーザーアカウントも消えてもうてるわ、こりゃキツそうやな」
無職の榊原に取って、唯一の収入源であろう、ニル・ヴァーナのアカウントまで消去してしまったことに、夏希は、僅かな罪悪感を感じたが、
「まぁ、閻魔様を怒らせた罰やな。オリジンの世界から頑張りや」
画面上で、のたうち回っている榊原に、ビッと、親指を立ててエールを送ると、何時も通りの、陽気な夏希に戻り、琴音に向って、
「任務完了しました!」
と、テンション高めにリアクションすると、琴音も、何時もの物腰柔らかな口調で、
「お疲れ様です、夏希」
「ええって、ええって」
「う、う~ん」
琴音の胸の中で眠っていた、楪葉が目を覚ますと、少し充血した目で琴音を見た。
「おはようございます」
琴音が楪葉の前髪を、手櫛で整えると、
「う、うん、おはよ」
思わず、泣いてしまったことが恥ずかしかったのか、はにかんだような、ぎこちない表情を浮かべる、楪葉を見て、夏希が、
「楪葉。ホンマ、悪かった、すんまへん」
丁寧に謝る夏希を見て、
「もう、いいよ。怒ってないから」
「ホンマか?」
「……不二家の、特製シュークリーム」
ジッと、楪葉が夏希を見る。
「おっおう、任せとき。すぐ買ってくるさかいな!」
そう言って、身支度を即座に整えると、フロアにいる人間をかき分けて、外へと、勢いよく走り去っていく。
「お気を付けて、復旧作業は、私達が進めておきますからね」
「あいよー、音速で戻ってくるわ」
大きく手を振って、夏希は、あっという間に消えて行った。
「さて、楪葉ちゃん。そろそろ、始めましょうか」
「うん」
琴音はデスクに戻って、専用のウィンドウを立ち上げる。
無数のタスクを、瞬時に表示し、エラーとバグを丹念に見つけ、即座に解析、修正していく。
夏希と、同等のスキルを要する、琴音のデバックスキルは、テトの技術を支える双璧たる、替えの効かない、唯一無二の存在だった。




