第14話 希望の世界 ニル・ヴァーナ
「でも?」
「ちゃんと生きてるんですよ、久遠は」
その目には、己の境遇に、何の引け目も感じてなどいなかった。
少し前に、主治医の五木隆一からの、暴言を聞いた直後、あの啓一郞の啖呵を切った、勇ましい姿を見た楓は、日々の久遠の変化を逃すまいと、少しの変化でも、注意深く見守った。
楽しい時は、呼吸が早まるところ、悔しい時は、額の皺が僅かに動くなど、一見すると、決して、動いてないと思っていても、様々な表情を、久遠は楓に見せてくれた。
「爪も、ちゃんと伸びるし、髪だって。だから、ちゃんと、久遠は、この世界でも生きているんですよ」
その眼差しを見て、南雲は、何て魅力的で、力強い心を持った女性だと、憧憬の念を感じずにはいられなかった。
ニル・ヴァーナでの、久遠のプレイスタイルにも、南雲は自然と腑に落ちるものを感じて納得した。
そして、ある決意をする。
「私は、久遠君がいる、もう一つの世界を、ニル・ヴァーナを、もっと、楽しめるようにしたいと思います。いや、思うんじゃない、実現してみせますよ、絶対!」
何のことか、いまいち、ピンと来なかった楓であったが、その言葉に込められた、南雲の強い意志を感じ取ると、不思議な安堵感と共に、自然と涙が頬を伝っていった。
そして、
「お願いします。この子に、新しい未来を作って下さい」
その言葉に南雲は力強く、
「その言葉、確かに受け取りました、任せて下さい!」
そう言って一礼すると、もの凄い勢いで病室を後にした。
南雲は病院を出ると、スマートフォンを取り出し、まず、ニル・ヴァーナの開発者、サムス・ギルバードに直接連絡し、システムの、抜本的な改革をするように働きかけた。
それまで、只のオンラインゲームに過ぎなかった、ニル・ヴァーナの世界に、リアル・マネー・トレーディングの概念と、それを可能にする、現実世界でのハード面の整備をするため、官房長官の懐刀で、外務大臣となっていた、渡辺勝基の尽力により、国家間の意見調整を纏めると、法整備を含め、全てのバックアップ体制を短期間で整えた。
このシステム・アップにより、今まで、発展途上国で、国力が乏しかった国でも、専門のプロチームを育成し、自国のGNPを、飛躍的に底上げする成功例が生まれると、ニル・ヴァーナの存在は、全世界に爆発的に広まり、装着率が、八十パーセントを越える、モンスターゲームになった。
この功績によって、南雲は初代、世界統一機関元帥の座に着くことになる。
楓は美雪に、今までに起きた、自分達の過去を語り終えると、家庭菜園で育てたハーブを、ポットに入れて、そっとお茶を差し出す。
「いい匂い」
美雪は、楓の話を聞いているうちに、自身の心が、軽くなるのを感じていた。
「人生ってね、何時、何処で、何があるかなんて分からないわ。良いことも、悪いことも、人生が終わる時には、等しくなると、私は思うの。でも、人知れず、努力を積んできた人には、神様が、必ず見て下さって、ご褒美を与えてくれるのよ」
「はい」
美雪は、涙を堪えながら、楓の話を聞いていた。
その涙は、それまでの、鬱屈と沈殿していた、心の膿を剥がし落とすと、かつての自分を取り戻す、魔法の言葉、そのものであった。
「貴方なら大丈夫、大丈夫よ」
「は、はい、あ、ありがとう。……ありがとう……ございます」
清々しいまでの美しい涙が、美雪の瞳から溢れ落ちると、楓は優しく抱きしめた。
温かな空気は淀みなく、その場を包むと、穏やかな時間が過ぎていった。
▼都内某所 ニル・ヴァーナ中央管理室
PM9:15
「ガァー、ボケがー!」
中央に設置された巨大スクリーンに、パンプキンが表示されると、ニル・ヴァーナのシステム技能集団「テト」の団長、フレイヤ・バレンタインが、悔しそうに歯軋りして、椅子から転げ落ちた。
「落ちちゃいましたね」
「せやなぁ」
両隣にいた、女性二人が、冷静に会話をしていた。
そんなこと、お構いなしに、フレイヤは、腰まで伸びた、艶のある黒髪をかき乱して、ひたすら叫び続けている。
「ボクの神システムが、落ちるワケ、ないじゃないかー!」
「でも、カボチャさん、出てますよ」
「なぁ、このロゴ考えたサムスはん、ええ趣味しとるの。メチャ受けるわ、ホンマ」
「ですよねぇ、食べちゃいたいわ」




