第11話 曇りなき龍の双眼
会場に小泉が現れると、待っていた議員が響めく。
車椅子なしでは、生活がままならない老人が、杖を片手に、自分の足で立ち、紋付き袴を着こなしたその姿は、若手が知っていた、今までの宗右衛門とは、似て非なるものだった。
高齢の議員が、その姿を見ると、思わず声を上げた。
「の、昇り龍の宗右衛門じゃ!」
威風堂堂とした風貌の宗右衛門が、会場の真ん中に歩いて行く。
その後ろに渡辺が、何やら脇に、白い巻物のような物を持ち、後に続く。
宗右衛門は一礼すると、開口一番、
「儂は、南雲英一郎という、漢の御輿を担ぐことを決めた!」
「ええ!」
会場は議員の困惑と驚きの声で、一斉に広まった。
外で警備をしていた人間は、その叫びにも似た、大音量の声を聞いて、何事かと、思わず扉を開き、会場を覗き込む。
「納得の行かぬ者もおろう。会派の違う、ましてや、党内でも最弱な会派の南雲に協力するなど、損得勘定を考えれば、何の旨味もないからのう」
南雲を中傷する言葉とは裏腹に、宗右衛門は、それ以上に、確固とした熱い意志を、議員一人一人に向けると、
「じゃがな、今の日本を見てみい。国民の信任を得る選挙の場では、出来ん、お題目を並べて、耳障りのいい虚ろな言葉で、聴衆の心を踊らせる。選挙に選ばれれば、その瞬間から、深い椅子にふんぞり返る輩ばかり。儂も、その一人じゃがな……。かつて、この国を憂い、一人でも、多くの国民の笑顔を見たいと切望し、大志を胸に、突っ走って来たつもりじゃったが、下賎な男に成り下がったもんじゃよ」
宗右衛門は、議員、一人一人の顔を見ながら、政治家の本来の在り方を語るように、静かに、そして、その言葉は、次第に熱を帯び、周りの人間を包み込む、大波となって広がって行った。
それまでの宗右衛門は、他人を蹴落としても、己が、欲望を欲っさんとする、恐ろしいまでの近寄り難いオーラは、露と消え、力強く、そして、優しく包みこむ宗右衛門の言葉は、議員の荒んでいた感情を、激しく揺さぶった。
「儂に賛同しない者は好きにせい。何の処分も、制裁などはせん!だがな、あの男と一緒に、この国を本気で思う者は、儂について来てほしい!」
その言葉に、高齢の議員は、自然と涙が零れ落ちた。
「うぅ、宗右衛門よ。やっと戻ってきてくれたのう。昔、おまんの演説を聴いて、儂も、お国のために役立とうと、政治家を目指したんじゃ!よう、よう、戻ってきてくれた!」
涙を流している、老人の横にいた佐々木は、呆れたように、
「なに泣いてんだよ、このジジイ、キメーなぁ……」
そう言うと、スマホを取り出して、時間を確認した。
ハァっと、ため息を漏らして、
「なげぇな、ったく。小泉も、南雲に付くってことかよ、まぁ、どうでもいいけどな。長いモンに巻かれときゃ安泰ってね。適当に首を縦に振っときゃ、黙ってても、金がタンマリと入るんだからよ、へへ」
そう言うと、周りの議員の、賛同の声と合わせるように、適当に調子を合わせる。
宗右衛門は、議員の顔を見て、一頻り頷くと、
「じゃが、儂も、寄る年波には敵わん。そこで、代理の人間を立てることにした。今から名前を呼ぶ二人は、前に出なさい」
会場の議員は、急にソワソワと、視線を泳がせた。
それもそうだ。
実質、宗右衛門の後継者が決まる瞬間に、心が、平静を装えるはずもなかった。
佐々木もあわよくばと、全く見当外れな期待をしていると、宗右衛門は、大きな声で、
「渡辺勝基、それと、佐々木誠!」
「おお!」
「ええ!」
驚きと、困惑が入り乱れた声が、会場に充満する。
渡辺が呼ばれるのは十二分に分かる。
小泉派の組織の中でも、若輩者ではあったが、その手腕は、宗右衛門も、一目置く男だからだ。
しかし、それとは正反対の佐々木が、一緒に呼ばれたことに、その場にいた議員全員が、困惑するのも無理はなかった。
当の本人も、棚からぼた餅のような展開に、最初は驚いていたが、すぐに、狡猾な表情を浮かべ、心の中で、
(何か知らねぇけど、俺の時代が来たってことかぁ、これはよ!)
「はい」
一礼をして、渡辺が、宗右衛門の前に出ると、会場の奥にいた佐々木も、慌てるように、前にいた議員を撥ね除けて、
「は、はーい!」
と言って、意気揚々と、渡辺の横に立った。
宗右衛門は、ゴホンと咳払いをすると、
「勝基にはこれから、儂の名代として、この会派を取り纏めて貰う。若輩ではあるが、皆が知っての通り、勝基の実力は、折り紙付きじゃ。後の内閣総理大臣になる、器の持ち主、異存はないのう!」




