第10話 臨時招集
そして、宗右衛門が成人して、立候補した初めての選挙で、当時では、最年少での当選を為した快挙に、新聞社の記者が、こぞって、特集記事を組むほどであった。
人心を掌握する術を、自然と身に着けていた宗右衛門は、次々と周りの議員の心を掴み、数年も経たないうちに、初入閣を実現すると、農林大臣の職責を見事に果たした。
その勢いは凄まじく、『昇り龍の宗右衛門』と称されるほどであった。
しかし、その宗右衛門に訪れた、ある事件によって、それまでの、紳士然とした人格に、影が落ちていった。
誰よりも、国民のことを最優先に考えていた理念は消え去り、自身の地位と利益を、何よりも優先する変貌振りに、周りの議員を始め、国民までも、失望と軽蔑を込めて『銭ゲバの宗右衛門』と、陰口を叩くようになった。
それでも、宗右衛門の築いた地盤と権力は絶大だったため、その利権と、恩恵を得ようとする人間によって、今日に於ける、政界の影の権力者として君臨していた。
その宗右衛門が、南雲の捨て身の会見を見て、幼き日の、自分の姿と重なる感覚に、それまで曇っていた瞳からは霧が晴れ、澄み切った水面のような輝きが蘇っていた。
「……儂は、今まで、何をして来たんじゃろうな。彼奴の死が引き金となり、この世界を一方的に怨んで、儂が、それまで信じてきた、人としての心を忘れておったのじゃ」
車椅子に座り、点滴の針が刺された右腕が、ワナワナと震えていた。
それは、自戒と共に鮮明になった、己に眠っていた、政治家、小泉宗右衛門、昇り龍と呼ばれていた頃の自分が、蘇った瞬間だった。
「渡辺!」
「は、はい!」
横にいた、側近の渡辺勝基は、それまで、聞いたことがない力強い声に、思わず直立不動になった。
「儂の会派の若造達を、すぐに集めい、すぐにだ!」
「わ、わかりました!」
渡辺は、その言葉にすぐに反応すると、議員を全て集めた。
各地に散っていた、大勢の議員を、僅かな時間で集める、その手腕は、宗右衛門が側に置く、数少ない人間だけのことはあった。
急遽開かれた、小泉派の会合の場には、ただ事ではない様子を感じ取った、派閥の議員が、そこかしこで、ヒソヒソと、根拠のない噂話をしていた。
「小泉先生、いきなり、我々を招集するなんて、何事ですかね?」
「派閥の人間全員とな。こりゃ、ただ事じゃないわい」
高齢の議員が、白い髭を擦りながら、怪訝な表情を浮かべた。
「南雲の件じゃないですか?」
「ああ、あれか。ハッ、あいつも馬鹿だよなぁ。国会議事堂で酒飲んで演説、お涙頂戴の臭い芝居で、頭の悪い人間を騙せても、俺らには通用するかっての。野党の連中、人気に乗っかって、ポイントを稼ぎたいのが見え見えだっての。お笑いぐさだよ、ホント」
そう言って、近くの議員に、好き放題話しているのは、前回の選挙で、親の地盤を引き継ぎ、当選した佐々木誠だ。
世襲議員である佐々木は、選挙戦でも、街頭演説に立つのも、面倒臭いと感じるほどの体たらくで、SNSでの、安易な書き込みで炎上し、党本部から、厳重注意されていた。
しかし、父親である秀一が、何とか事を収集し、地元の有権者に、一軒一軒、歩いて回り、謝罪することで、何とか、息子を当選させようと奔走した。
呆れたことに、この場にも、誠は、秀一と一緒になって、お詫び行脚をすることを、頑なに拒んだのだ。
本人曰く、
「一軒づつ、頭を下げる?バッカじゃねぇの。親父よぉ、そう言う古くさい考えさ、流行らねぇんだよ。クサいなぁ、ホント。黙ってても、騒いでる奴らは、ネットでしか大口叩けねぇヒキニートだろ。選挙場に、わざわざ来るかっての。まぁ、フェイスブックか、ツイッターで、謝罪文を適当に載せれば済むんじゃね。投票に来るのはどうせ、ジジババ連中ぐらいだろ。親父の支持団体の票があれば、十分勝てるっての。ヌルゲーだわ、はっはっは」
誠の発言に秀一は、血が繋がった人間でなければ、コンクリート詰めして、東京湾に沈めてやりたいと本気で思った。
自身が病気によって、自宅療養を余儀なくした状況でなければ、この舐めきった小僧に、地盤を譲るなど、天地が、ひっくり返ってもするはずがなかった。
政治家としての理念や、思想を教育する事が出来なかった自分を、悔いるしかなかった。
選挙には、宗右衛門の口利きもあり、辛くも勝利したが、国会議員になっても、国会の議会の場で、カメラが回ってないのを確認すると、スマホを取り出し、お気に入りのゲームアプリを起動しては遊び呆け、それに飽きると、平気で居眠りをしていた。




