第34話後編:大伴トモヒロの無礼極まりないAI漫画現金化コンサルティングとほっこり飯
##忍び寄る天罰と古都への足音
トモヒロが人知れずこの世から姿を消して、隔絶された暗黒の闇の中で、終わりのない永遠の苦を受け始めてから1週間。
その裏側で、現実世界の増岡の周辺では、にわかには信じがたい、おかしなことが起こり始めていた。
ことの始まりは、コミュニティサイト内での異変であった。
トモヒロのアカウントは、コミュニティサイトにログインしたままの状態で、誰でも自由に出入りできる作業者交流用のチャットルームに入室したまま、一向に退出する気配がない。
コミュニティにいる他の受講生や講師達が画面越しに何度も呼びかけても、一向に返事が返ってこなかった。
マイクを通した音声での呼びかけにも、テキストでのチャットでの問いかけに対しても、トモヒロ側からの反応は全く無い日が続く。
画面上のステータスはオンラインの表示のまま、どうやら24時間ずっと接続されっぱなしになっているらしいのだ。
最初は単なるPCの切り忘れか、寝落ちでもしているのだろうと楽観視していた周りの人間達。
しかし、何日経っても一向に操作される気配の無い画面に対し、流石におかしいと思った講師の一人が、このコンサルティング企画の運営代表であり主催者の石井駿太朗に連絡を取り、状況を確認してみることにした。
ところが。
名古屋を拠点としている駿太朗に対し、事態の確認を行おうとした講師陣は、さらなる困惑に見舞われることとなる。
駿太朗は自身の精神に異常をきたしてしまったのか、何と精神病棟に入院中であるという衝撃の事実を聞かされた。
企画の代表である駿太朗までが不穏な事態に陥っていると知り、完全に慌てふためいた講師陣。
彼らは藁にもすがる思いで、購入者達に連絡とりまくり、更に既にコミュニティを退会していた増岡と阿修羅の二人に対しても、何か情報を掴んでいないかと緊急で連絡を取ろうと試みた。
しかし、裏の顔が凄腕の呪殺師である阿修羅とは一切連絡が取れず、完全に通信が遮断されていた。
そんな中、辛うじて講師の一人が増岡への連絡を繋ぐことが出来た。
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増岡は、東京でのOFF会の帰りに、あの不気味な御札を路地裏でばらまいてから、ちょうど3日目に講師からの連絡を受けていた。
事態の急変を聞かされた増岡の脳裏には、まさかあの阿修羅から渡された怪しげな御札に、本当に人を呪い殺すような恐ろしい効果があったのかという強い心当たりが駆け巡る。
内心で激しい動揺と驚愕を覚えつつも、増岡は平静を装い、トモヒロと連絡が取れたらこちらから教えると電話越しに伝え、辛うじてこのコンサルティング企画との繋がりが残ることとなった。
そして、トモヒロの行方と御札の真実が気になって仕方のない増岡。
トモヒロがいなくなった6日後の、丁度仕事の休日になると、増岡は主謀者である駿太朗のお見舞いに行くという名目で、詳しい情報を得るために、講師陣へ連絡を入れて駿太朗の入院先の病院を聞き出し、駿太朗を訪ねてみる事にした。
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それから増岡が名古屋入りした当日。
駿太朗が入院中の病院を訪れ、重苦しい空気が漂う中、そこで増岡は衝撃の事実を聞かされることとなった。
面会室で対峙した駿太朗の姿は、かつてSNSや動画でヘラヘラと不敵な笑みを浮かべていた頃の面影など微塵も残っていなかった。
そして、顔面が青白く痩せこけ、目の周りに深刻な隈を彫り深めた男の口から、凄惨な事情が語られた。
駿太朗はあの後、原因不明の激しい体調不良に見舞われ、連日連夜、夜な夜な黒い七体の何かに襲われる悪夢に苛まれていたという。
夢の中で、七つの異様な黒い影に全身を取り囲まれ、生きながらにして何度も何度も肉体を引きちぎられるような地獄の激痛が体中を駆け巡って目が覚める、という凄絶な恐怖体験を何度も繰り返すのだと話した。
寝ようとすればあの恐ろしい七体の影が現れ、身体を惨殺される苦痛が襲いかかってくる。
そのため眠ること自体が恐ろしくなってしまい、精神的にも肉体的にも一気に衰弱して入院するに至ったという。
また、病院に運ばれた後も、取り乱した駿太朗は周囲の医師や看護師たちに向かって「黒い靄に襲われる」「全身を引き裂かれる」と大声で叫びまくっていた。
その常軌を逸した言動から、重度の精神的な病気もあるのだろうと判断され、精神疾患のある患者が入院する専用の病棟へ収容されたという経緯を聞かされた。
増岡は、恐怖で顔をひきつらせて震える駿太朗から一通りの事情を聴いた後、トモヒロと連絡を取ったかを尋ねてみた。
しかし駿太朗は怯えた瞳を彷徨わせ、東京でのOFF会以降はトモヒロと全く連絡を取っていないと首を振るばかりであった。
精神の崩壊した駿太朗からは、これ以上は何の有益な情報も得られないと判断した増岡。
これ以上の長居は無用と考え、この日はそのまま帰ることにした。
そして去り際。
増岡はベッドの上で怯え続ける駿太朗を冷ややかな目で見下ろすと、静かに、しかし吐き捨てるような低い声で言葉を残した。
「汚い金のとり方したうえに、御客さんに対してごっつ失礼な事やらかしまくったんやから、天罰とちゃいますか?呪われて当然やろ。」
冷徹な言葉を言い放つと、増岡は一度も振り返ることなく病室を後にした。
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病院を後にした増岡は、静まり返った廊下を歩きながら確信を深めていく。
あの漆黒の御札を授けてくれた阿修羅ならば、トモヒロの消失と駿太朗の変わり果てた姿に隠された全ての真実を知っているはずだという直感がある。
増岡は迷いを捨て、阿修羅の元へ直接向かうことを決意した。
そして、その足で名古屋駅へと向かい、京都行きの新幹線に速やかに乗り込んだ。
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##古都の再会と明かされる呪詛
名古屋駅からの新幹線が滑り込むように京都駅のホームへと到着し、プシューッと重厚なドアが開いた。
混雑する改札を抜けると、大勢の観光客やビジネス客が行き交う賑やかな喧騒が広がっている。
時計の針はちょうど正午を回ったところであり、増岡の腹がグウと小さく鳴った。
阿修羅に再会する前に、腹ごしらえを済ませておこうと考えた増岡は、京都駅の構内にある落ち着いた雰囲気の喫茶店へと足を踏み入れた。
案内された小さなテーブル席に腰を下ろし、手際よく注文したサンドイッチの軽い昼食を口に運ぶ。
パンの香ばしい風味と新鮮な野菜の食感を味わいながらも、増岡の頭の中は名古屋の病院で目撃した駿太朗の哀れで恐ろしい姿でいっぱいであった。
青白く痩せこけ、見えない黒い影に怯えて震えていた駿太朗の姿。
あれは間違いなく、人間が引き起こした通常の出来事ではなく、目に見えぬ恐ろしい力が働いた結果であるとしか思えなかった。
昼食を素早く平らげ、お冷を喉に流し込んで一息ついたところで、増岡はポケットからスマートフォンを取り出す。
あらかじめ移動中の新幹線の中から、今日京都で直接お会いして話をしたいという旨のメッセージを送っておいたところ、阿修羅からは「ええですよ、いつでもお越しやす」と快諾の返信が届いていた。
画面上の阿修羅の連絡先をタップし、耳元へスマートフォンをあてがう。
トゥルル……と小さな呼び出し音が一度鳴ったか鳴らないかのうちに、カチャリと通話が繋がった。
受話器の向こうから、阿修羅の落ち着いた、それでいてどこか腹の底に響くような重厚な声が聞こえてくる。
「どうも、増岡です。今、京都駅で昼食をとったところで、これからそっちに向かってもええですか?」
増岡が丁寧な口調で問いかけると、電話の向こうの阿修羅はクックックッと満足そうに喉を鳴らした。
「こんにちは、阿修羅です。ほな、またブランデーケーキが美味い店、前に一緒に入った喫茶店で待ち合わせしましょか。」
阿修羅は気さくなトーンでそう告げると、特に長話をするでもなく、カチャリと静かに電話を切った。
画面が暗転したスマートフォンをポケットへ収め、増岡は席を立つ。
レジで手早く会計を済ませると、阿修羅と初めて直接顔合わせをした、あの四条河原町の路地裏にあるレトロ喫茶を目指して、京都の街並みの中へと力強い足取りで歩き出した。
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四条河原町の激しい大通りの喧騒を抜け、静まり返った細い路地裏へと足を踏み入れる。
打ち水がされた湿った石畳の路地を進んでいくと、目指す昔ながらの落ち着いた佇まいを見せるレトロ喫茶が見えてきた。
指定された四条の少し路地に入ったところにあるレトロ喫茶にやってくると、前回同様、店の前に阿修羅が作務衣姿で待ち構えていた。
周囲の賑やかな街並みから完全に浮き立っている作務衣姿でありながら、阿修羅は一切気にすることもなく、どっしりと腕を組んで佇んでいる。
阿修羅は増岡の姿を視界に捉えると、端正な顔立ちにニヤリと気さくな笑みが浮かんだ。
「どうもどうも、改めましてこんにちは、増岡さん。遠路はるばるご苦労さんですな。ほな、今日も美味なる食後のティータイムと参りましょうや。」
阿修羅は朗らかな声でそう言って歓迎すると、慣れた手つきで重厚な木製のドアノブに手をかけ、カランカランと心地よいドアベルの音を響かせて店の中に入って行く。
「はい、宜しくお願いします。」
増岡は緊張感を胸に秘めながら、軽く会釈をして入って行った。
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一歩店内に入ると、大通りの喧騒は完全に遮断され、芳醇な珈琲の香りと落ち着いた飴色の琥珀色の光が室内を包み込んでいた。
二人は店の一番奥にある、使い込まれた飴色の革張りボックス席へ向かい、互いに向かい合う形で静かに席に着く。
そして、前回とは違ってロールケーキとアイス珈琲のセットを注文し、それが運ばれてくると阿修羅は店員に「おおきに。」と笑顔でお礼を言って、増岡も釣られて「有難う。」とお礼を言う。
白いエプロンを着た店員が静かな足取りで下がり、テーブルの上には美しくデコレーションされたふわふわのロールケーキと、キンキンに冷えたカットガラスに入ったアイス珈琲が並べられ、カランとガラスの中で氷が涼しげな音を立てる。
阿修羅は目元を和ませながらフォークを取り、しっとりとしたスポンジ生地を切り分けて口に運んでいた。
増岡も一度、グラスのストローに口を付け、深煎り豆の苦味が効いた冷たいアイス珈琲を一口飲んでから、心を静める。
そして、グラスを静かにテーブルの上へ戻すと、増岡は表情を引き締め、目の前で優雅にケーキを味わう阿修羅へ向けて、早速本題に切り出すことにした。
「俺は、阿修羅さんに言われた通り、トモヒロに七枚の御札をばらまいてやりました。二次会の前に物陰に呼び出して、あいつへ投げてやったんです。そしたら、あいつはその後、忽然と姿を消しよった。何日経っても自宅に戻らず、コミュニティの作業チャットにログインしたまま音信不通なんですわ。更に、主謀者の駿太朗さんもえらいことになってました。名古屋の病院の精神病棟に入院してて、黒い化け物に襲われる言うて震えとったんです。これって、ほんまに呪われたって事ですか?俺には、あの時渡された御札以外に心当たりがありません。」
増岡は胸のうちに溜め込んでいた疑問と動揺を、一気に吐き出すようにして切り出す。
すると。
阿修羅は手にしていたフォークをゆっくりと皿の脇へ置くと、静かに顔を上げた。
作務衣の胸元を軽く整え、その鋭い瞳に禍々しくも冷酷な光を宿しながら、口角を凶悪なまでに大きく釣り上げる。
「ええ、まさにですわ、彼奴等はばっちり呪われよってからに。今頃、あの我利我利亡者共はものごっつ苦しんでおるでしょうなあ。ワイの仕掛けた式神が見事に食らいついて、絶望のどん底へ叩き落としてやりましたさかい。一人は完全に死んどる上に、死んだ後も永遠の苦しみを味わっとるでしょうし、もう一人は生き地獄を味わっておるはずや。」
阿修羅はそう言うと、クックックッ、フハハと腹の底から湧き上がるような不吉で爽快な笑い声を漏らして笑う。
そして……。
阿修羅はテーブルの上のアイス珈琲のグラスに軽く指先を滑らせながら、さらに冷酷な笑みを深めた。
「駿太朗さんやったかいな、あの平気で遅刻とすっぽかししよる失礼極まりない首謀者のボンクラ。客に向かって受講生とか抜かして見下しておいて、自分は約束の時間すら守れん素人同然の腐れ外道や。増岡さんは直接会って来はったっちゅう話やけど、今の駿太朗さんは見た感じ、生き地獄味おうとる感じやったでしょ?夜も眠れずに己のやらかした悪業の恐怖に怯え続けるんやから、最高のお仕置きですわ。」
ニヤリと凶悪な笑みを浮かべ、阿修羅は吐き捨てるように言い放った。
その瞬間、増岡は背筋に冷たいものが走るのを感じながら、改めて、この阿修羅と言う男は今回の事について、全てを知っているという確信に至った。
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##完全犯罪の証拠と庵への誘い
阿修羅の口からあっさりと語られたあまりにも恐ろしい告白と、一切の悪びれる様子のない冷酷で豪快な高笑い。
その圧倒的な存在感と本物の呪術師にして呪殺師たる凄絶な姿を前にして、増岡は思わず背筋を強い寒気が駆け抜けるのを感じていた。
全身の毛穴が一斉に立ち上がるような恐怖と鳥肌が身体を襲い、両の腕にびっしりと立った鳥肌を隠すように、増岡は身を竦ませた。
目の前の男が語る言葉は、絵空事や人をからかうような戯れ言などではなく、逃れようのない現実なのだと肌で理解させられる。
増岡はゴクリと喉を鳴らして生唾を飲み込み、手元のカットガラスのグラスを持つ指先をかすかに震わせた。
カチャリ、とグラスの中の氷が小さく揺れて乾いた音を立てる。
増岡は胸の奥でずっと泥のように渦巻いていた、最も確かめたい疑問を恐る恐る吐き出すようにして尋ねる。
「本当に、呪いってあるんですね。そして……トモヒロは、ほんまに死によったんですか?」
目の前で起きている事象の異常さを理解しながらも、一人の人間が完全にこの世から消し去られたという事実を、まだどこかで信じ切れていない自分がいて、聞かずにはいられなかった。
対面に座る阿修羅は、作務衣の胸元を整えながら、口角を凶悪なまでに大きく歪めてニヤリと笑った。
「ええ、もうこの世にゃおりませんで。跡形もなく消し去ったりましたさかいなあ。魂も肉体も、綺麗さっぱりこの世から抹消してやりましたわ。」
微かな躊躇いや罪悪感すら微塵も感じさせない、あまりにも平然とした返答。
あまりにもあっけなく一人の人間の命がこの世から消し去られたという現実に、増岡はさらに喉を鳴らす。
冷や汗が額からポタリと滴り落ち、それを手拭いで拭いながら必死に探るように言葉を重ねていく。
「行方不明とかやないんですか?酔っぱらってどっか彷徨って、ちょっと記憶無くしてるとか?どこかの街角で倒れて保護されてるとか、そういう可能性は本当にあらへんのですか?」
わずかな現実的な可能性に縋ろうとする増岡の切実な問い。
それに対し、阿修羅は呆れたように肩を軽くすくめてみせた。
「きっちり家に帰って、あの阿保共が集まるコミュニティサイトに、きっちりログインして、消える前にしっかりやり取りした輩もおるんでしょ?そやったら、酔っぱらって記憶失っとるのはおかしな話ですやん。途中で倒れたんなら、自室でPC立ち上げてチャットに入ることすら出来へんはずですさかいなあ。増岡さんが望んではった通り、彼奴はもうこの世におりませんから、安心しておくれやす。」
阿修羅はそう言うと、クックックッ、フハハと腹の底から湧き上がるような満足げで愉快な笑い声を漏らして笑う。
理路整然と現実の矛盾を突かれ、増岡はぐうの音も出ない。
自分自身が東京の歓楽街の路地裏で激しい殺意を込めて、あの漆黒の御札をばらまいた結果だとは理解しつつも、あまりのリアリティの無さから疑問が次々と湧き上がってくる。
「でも、そうしたら、その……遺体は?死んだというのなら、遺体が自室なりどこかで見つかって、大騒ぎになってるはずでしょう?それがないのは何でなんです?」
増岡は最も重大で不穏な疑問を、周囲の席に聞こえないよう低く声を潜めて問うた。
すると、阿修羅は目を細める。
「そんなもん、残らんようにするのは基本中の基本ですがな。警察が踏み込んできて鑑識がどれだけ調べたところで、髪の毛一筋、皮膚片ひとつ見つからん完璧な消滅ですわ。勿論、呪殺する相手が複数おって、残された奴らに恐怖を味わわせるためにわざと見せしめで遺体を残すやり方も無くはないんですがね、ワイは基本的には、肉片も残さんようにやる方法で殺っとりますさかい。綺麗さっぱり虚無に送るのがワイの流儀です。もっとも、呪殺の証拠が残らんように出来るからこそ、ほんまにワイの術式で殺ったという証明が面倒なんですがなあ、フハハハハ!」
阿修羅は作務衣の胸を張り、豪快かつ愉快そうに高笑いを静かな店内に響かせた。
肉片や痕跡すら残さずに一人の人間をこの世から完全に存在ごと消し去ってしまうという、凄惨極まりない呪殺の術式。
そのあまりにも浮世離れした恐ろしい手口と圧倒的な実力を聞かされ、増岡は呆然と呟く。
「そんなの、本当やとしたら完全犯罪やないですか……。警察も法律も手出しが出来ない、完璧すぎる殺戮じゃないですか……。」
すると、増岡の引きつった顔と震える声を見つめ、阿修羅はニヤリと意味深な笑みを深めた。
「本当やとしたらって聞かはるところが、まだ信じ切れてへん証拠でしょうなあ。まあ、目の前で人が急に消えたなんて言われても、生半可な常識にとらわれてたら半信半疑になるんも無理はありませんわ。ま、それも想定済みですがな。そやから、ワイはきっちりアフターサービスもしてまっせ。」
阿修羅は胸の前で手を組み、自信に満ち溢れた表情で語りかける。
「アフターサービス?」
阿修羅の不穏な言葉に対し、増岡は不思議そうに首をかしげた。
すると、阿修羅はテーブルの皿の上に置かれた、ロールケーキの残りへとフォークを滑らせる。
「ほな、この美味しいロールケーキ食べ終わったら、ワイの庵にいらっしゃい。我利我利亡者が死んどる証拠と、なんで首謀者が生き地獄を味おうとるか、お見せしまっせ。言葉だけで説明するより、直接その目で確かめてもらった方が早いですさかいなあ。」
阿修羅はそう言うと、ふわふわのロールケーキをフォークで一口大に切り分けて口へと運び、満足そうに味わう。
思いがけない秘密の庵への招待と、あまりにも急転直下な展開に対し、増岡はただただ圧倒されるばかりであった。
「は、はあ……。」
未だ事態の要領を得ず、戸惑いと緊張の色を隠せない増岡。
そんな相手の反応を他所に、阿修羅はどこ吹く風の余裕な表情を浮かべていた。
「やっぱここのロールケーキ美味いなあ。この生クリームの甘さと生地のしっとり感が絶妙ですわ。」
阿修羅は目元を和ませ、心底嬉しそうに笑っていた。
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##秘められし鏡と永遠の断末魔
京都の路地裏に佇むレトロ喫茶の店内に、珈琲の香ばしい芳香と甘く芳しい匂いが穏やかに漂っている。
落ち着いた琥珀色の照明に照らされたボックス席で、増岡と阿修羅の二人は、運ばれてきたしっとりとしたロールケーキと冷えたアイス珈琲のセットを心ゆくまで堪能した。
冷たい珈琲で喉を潤し、極上のティータイムを過ごしたことで、互いの間の張り詰めた空気が幾分か和らいでいく。
こうして、増岡と阿修羅は、レトロ喫茶の美味しいティータイムを終えると。
テーブルの上に置かれたカットガラスのカップと皿が綺麗に空になったのを見届け、阿修羅は作務衣の袖を軽く整えた。
そして、卓上の木枠に挟まれた伝票へと滑らかな手つきでスッと手を伸ばす。
「ここはワイに持たせて下さいや。」
阿修羅はどこまでも自然な動作でそう言うと、伝票をひょいと拾い上げて席を立った。
増岡が慌ててポケットの財布に手を伸ばそうとするのを制するように軽く手を振ると、阿修羅はそのまま静かな足取りで入口横のレジカウンターへと向かい、手際よく二人分の会計を済ませる。
増岡は胸の前で恭しく頭を下げ、感謝を口にした。
「御馳走様でした、有難う御座います。」
頭を深く下げて心からの礼を伝えると、増岡はカランカランとドアベルを鳴らして店外へ歩き出す阿修羅の背中に、遅れをとらんようピッタリと付いて行く。
四条の大通りの喧騒へと出た二人は、タイミングよく停留所に滑り込んできた市営バスへとそのまま乗り込んだ。
揺れる車内でエンジンの重低音を聞きながら、バスは賑やかな市街地を抜け、東の山裾の静けさの中へと進んでいく。
やがて、人里離れた深い緑に囲まれた阿修羅が住まう庵の最寄りのバス停で降りると、阿修羅は「こちらですわ」と手招きをし、増岡を自身の庵へと案内した。
風が周囲の竹林や木々を揺らし、ザザザーッ、ザザザーッという重厚な葉擦れの音が静寂の中に響き渡っている。
古風な小さな門をくぐり、趣のある木造一軒家の庵の中に入ると、阿修羅は増岡を奥にある静かな客室へ通した。
「暫く待っておくれやす。」
阿修羅はそう言い残すと、増岡を一人客室に残して、奥の薄暗い廊下へと姿を消してしまう。
一人残された増岡は、簡素な木製テーブルと、使い込まれた革製ソファーのある客室で、ぽつんと佇んでいた。
静まり返った室内には、壁掛け時計のチクタクという規則正しい音だけが重苦しく響いている。
本当にトモヒロは死んだのか、阿修羅は何を見せようとしているのか。
胸の奥で嫌な動悸がドクドクと打ち鳴らされ、増岡は膝の上に置いた両拳を強く握り締め、そわそわと落ち着かない様子でじっと待っていた。
すると。
時計の針が5分も立たずに、奥の廊下から静かな足音が近づいて来て、阿修羅が客室へと戻って来た。
だが、その手に携えられている品々を目にした瞬間、増岡の表情が途端に凍りついた。
全身の毛穴が一斉に開き、背筋を氷で撫でられたかのような猛烈な寒気がゾクっと駆け抜けていく。
阿修羅の両手には、怪しげな紫色の光を乱反射する水晶玉とも鏡ともつかない不思議な丸い道具と、見覚えのある不気味な朱色の文字がびっしりと書かれた御札が貼り付けられている、1体の禍々しい藁人形があった。
それらを大切そうに抱えながら、阿修羅は楽しげに口角を釣り上げる。
「お待っとさんです。これは滅多にお見せすることがないもんやさかい、今回は出血大サービスとも言えるアフターサービスでっせ。」
阿修羅はそう言って、フハハと愉快そうに笑うと、客室のソファーに深々と腰掛け、増岡と対面する形で座った。
目の前に置かれた異様な呪具の数々を前にして、増岡はゴクリと生唾を飲み込む。
「は、はあ……。」
目の前で繰り広げられる浮世離れした光景に圧倒され、増岡は未だ状況がよくわかっておらず、掠れた返答を漏らすのが精一杯であった。
阿修羅は客室の木製テーブルの中央に、その水晶の鏡を恭しく据え置いた。
「今はようわからんでしょうが、今から見るもんとワイの説明を聞いたら、ワイがやった事を理解できると思いまっせ。ほんで……。」
阿修羅はニヤリと意味深な笑みを浮かべると、そこで一旦言葉を区切る。
そして、鋭い眼光で増岡の目を真っ直ぐに見据え、阿修羅は低く力強い声で切り出した。
「ワイがほんまに殺ったんやと理解出来はったらでええさかい、成功報酬の件、宜しゅう頼んます。」
阿修羅はそう言って、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
金銭のやり取りと契約の履行。
阿修羅の圧倒的な凄みに呑まれながらも、増岡は真剣な表情でしっかりと頷いた。
「あ、はい、それは勿論。約束したんやから、証明してくれはったら、きっちりお支払いしますよ。提示された金額通り、一分一厘違わずに用意してお渡しします。」
覚悟を決めた増岡の返事を聞き、阿修羅は「よろしい」と満足そうに笑う。
「ほな。」
阿修羅は短くそう一言だけ言うと、表情を冷酷な呪術師のそれへと一変させた。
阿修羅は、客室のテーブルの上に置いた水晶の鏡の表面に、手元から取り出した不気味な文字の書かれた何かの御札をペタリと貼り付けた。
すると……。
御札が貼られた瞬間、透明だった水晶の鏡がジワジワと歪み始め、内部から怪しい紫色の煙のような映像が立ち上って来て、みるみるうちに鮮明になって行く。
やがて、鏡の表面を覆うモヤが晴れ、内部の光景がハッキリと映し出されて始める。
そして……。
そこに映し出されていたのは、上も下も判らぬ、光も音も存在しないどこかもわからない暗い世界であった。
その暗黒の閉鎖空間の中で、逃げ場もなく佇むトモヒロの姿。
そして、その周囲をぐるりと隙間なく取り囲む、漆黒の七体の黒い影。
トモヒロの身体が七体の影によってメリメリと骨ごと引きちぎられ、むしり取られ、鋭い爪で何度も何度も肉体を食いちぎられては、死ぬことすら許されずに即座に肉体が再生を繰り返し、終わらない断末魔の悲鳴を上げ続けている恐ろしい姿が、鮮明な映像となって映し出されたのだった。
「ぎゃあぁぁぁぁっ!痛い、痛い痛いっ!赦してくれ!いっそのこと頼むから殺してくれぇぇぇっ!」
鏡の向こう側から、トモヒロの喉を破らんばかりの絶叫と、メキメキッ、バキバキッという肉と骨が砕け散る不気味な破壊音が、リアルに響き渡ってくる。
それを見た増岡は、恐ろしさのあまり声を上げる事も出来ず、呼吸すら忘れて、ただただ呆然として完全な思考停止状態になり、目の前のあまりにも恐ろしい地獄絵図の映像に釘付けになっていた。
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##術理の種明かしと肩代わりの生贄
客室の静寂の中に、水晶の鏡から漏れ出る不気味な紫色の光が妖しく揺らめいていた。
光も音も遮断された深い暗黒の空間で、凄まじい邪気を纏う七体の黒い影に全身を容赦なく引き裂かれ、肉と骨がメリメリと砕け散る惨劇。
死してなお、死ぬことすら許されずに再生と解体を延々と繰り返すトモヒロの終わらない悲鳴を目の当たりにし、増岡は喉の奥を固く凍りつかせて絶句していた。
顔面から完全に血の気が引き散り、蒼白になった肌へ冷や汗がポタリポタリと滴り落ちていく。
目の前の鏡に映し出されている光景は、単なるドッキリやCG映像などではなく、現実の裏側でリアルタイムに行われている本物の地獄なのだと直感し、増岡は呼吸することすら忘れて硬直していた。
すると、向かいのソファーに深々と腰掛けた阿修羅は、作務衣の袖を優雅に整えると、口角をニヤリと凶悪に釣り上げた。
「どうです?息を飲むほど凄絶な地獄絵図でっしゃろ。ほな、ただいま現在進行形で行われているこの美しい映像も見てもろたことですし、ここらで気になる種明かしと洒落込みますかいな。」
まるで世間話でも切り出すかのように、阿修羅は冷酷な笑みを浮かべて語りかけてくる。
絶望的な恐怖に打ちのめされ、頭の理解が追いつかないまま、増岡は何とかかすれた息を絞り出した。
「……お願い、します。一体何がどうなってあんな事になってるんか、俺にもわかるように教えてください……。」
増岡は乾ききった喉を鳴らして生唾をゴクリと飲み込み、震える声で何とか応じるのが精一杯であった。
阿修羅は木製テーブルの上に据え置いた水晶の鏡を指先で軽く指し示し、淡々と説明し始める。
「まず、この映像が見られる原理なんですけどね、これはワイが丹精込めて作りあげた式神の眼を通して、あやつの魂が囚われておる暗黒の空間が見えとる映像なんですわ。言うなれば、現地の生々しい恐怖の映像を、この鏡を通してリアルタイムでライブ配信しとるようなもんですな。」
阿修羅は何ひとつ感情を乱すことなく、呪殺の仕組みを朗々と解説していく。
「ほんで、東京の路地裏で増岡さんが呪符をばらまいてくれはったおかげさんで、こっち側、つまりワイの手元にある方の式神と見事にリンクしましてなあ。それがトモヒロと生体エネルギーを完全に同期させてた藁人形を引きちぎって、生身の体ごと彼奴の肉体を力任せに殺害しよったんですわ。その時に使った藁人形は、役目を終えた後にワイの呪いの炎で綺麗さっぱり焼き尽くしたから、もうこの世には骨も灰も残ってはおりませんでなあ。因みに、トモヒロが捕らわれとる暗黒空間は、現世からも幽世からも切り離された、全くの別次元ですねん。かくりよからも隔離されとるとか、洒落が効いてますやろ?」
恐ろしい事実を愉快そうな笑顔で静かに告げられ、増岡の引きつった視線が、自然とテーブルの上へと泳いでいく。
「藁人形……。」
増岡は途切れ途切れの声で呟き、映像を見せている水晶の鏡のすぐ横に置いてある、朱色の御札が貼り付けられた不気味な藁人形を食い入るように観る。
阿修羅はその藁人形の頭部を指先でツンツンと軽やかに突いた。
「察しが良いですな。これは、例のコンサルティング企画のボンクラ首謀者、石井駿太朗さんの藁人形ですわ。トモヒロは、これと全く同じ仕掛けの藁人形を使うて殺ったっちゅうわけです。そんで、トモヒロを殺り終えた次の式神は、今まさにこの駿太朗さんの藁人形にべったりとまとわりついて、昼も夜もなく恐ろしい影を見せて生き地獄を味わわせてる真っ最中っちゅうことですな。」
静かな口調で恐ろしいカラクリを紐解いていく阿修羅。
「式神のコピーなんてものは、ワイの手にかかればなんぼでも無限に作れますさかい。もし増岡さんが、他にもぶちのめしたい腹立たしい奴や懲らしめたい奴がおったら、遠慮なくワイに言うてくれはったら宜しゅおす。そん時も、成功報酬で宜しゅおっせ。」
阿修羅はそう言って、クックックッと腹の底から愉快そうに笑った。
明かされた圧倒的な呪術の力と残酷な事実に、増岡は全身の毛穴が逆立つような恐怖に苛まれる。
しかし、胸の中にどうしても拭いきれない疑問が浮かび上がり、意を決して尋ねることにした。
「トモヒロが本当に死んで、逃げ場のない地獄の苦しみを今も味わっている事はよくわかりました。それで、駿太朗さんが精神病院で苦しんでいるのは、テーブルの上にあるこの藁人形が原因なんですね?駿太朗さんについては、その……トモヒロみたいに殺ったりはしないんですか?」
自分を散々騙して見下してきたトモヒロを雇った悪徳コンサルティングサービスの首謀者・石井駿太朗の末路について、増岡は言葉を選びながら尋ねる。
阿修羅はソファーの背もたれにゆったりと身体を預け、冷淡な嘲笑を浮かべた。
「フハハ、こいつもトモヒロみたいに殺って欲しかったら、ワイは追加料金無しでいつでも速攻で殺りますけどなあ。でも正直なところ、ワイにとってはもう用済みの道具にすぎませんさかい、生きようが死のうがどっちゃでもええんやけどね。」
阿修羅はそう言って、心底興味がないといった様子で軽やかに笑う。
「それと関連してもう一つ、これも話しときましょか。呪いっちゅうもんはですな、恐ろしい呪術を使うた者も、その絶対的な術理に従うて、必ず恐ろしい術の反動を受ける仕組みになっておるんですわ。ほら、世間でも良く言いますやろ、『人を呪わば穴二つ』っちゅう不吉な言葉が。」
阿修羅はそう切り出すと、再び静かに説明を始めた。
その言葉を聞いた増岡は、疑問を口にする。
「それで、その恐ろしい呪いの反動分も計算に入っているからこそ、今回提示された金額は結構高めに設定してあるんですか?」
増岡の問いに対し、阿修羅は人差し指をチチチと目の前で軽く横に振ってみせた。
「まあ、そういう危険手当的な意味合いもあったんは確かです。万が一の保険の為の料金みたいなもんやね。最も、そんな心配は欠片もあらへんのやけど。」
そう言って阿修羅は一旦言葉を区切り、にやりと笑う。
そして、重厚で深みのある声で、更に阿修羅は呪術界の秘められた理を解説していく。
「こういう本格的な術を、厳しい修行やきちんとした正しい手続きを経て、一人前に使えるようになった本物の呪術師っちゅうのはね、その術の反動、専門用語で言うたら『逆凪』っちゅう恐ろしい現象なんですがね、それを自分以外の何かに逃がたり、逆凪をどうにかする技なり術なりを、最初の段階で完璧に習得するんですわ。まあ、言うたら本物の術者になるための登竜門っちゅうか、避けては通れん必須の試験ですな。」
増岡は息を呑み、阿修羅の顔をじっと見つめた。
「は、はあ……じゃあ、阿修羅さんご自身には既に試験をクリアしてるわけやから、その恐ろしい反動と言いますか、呪い返しみたいな被害は全くないんですね?」
恐る恐る確認する増岡。
阿修羅は待ってましたと言わんばかりに、ニタリと極上の悪意に満ちた笑みを顔全体に広げた。
「ええ、ワイには何ひとつ被害なんかあらしまへん。なんせ、ワイが受けるはずの凄絶な逆凪は、全部この目の前におるこやつが引き受けてくれとるんやさかい。」
阿修羅は楽しそうに笑いながら、目の前のテーブルの上に置いてある駿太朗の藁人形を冷酷に指差した。
術者である阿修羅がが受けるはずだった凄絶な呪いの反動『逆凪』を、すべてあの首謀者の駿太朗へとなすりつけ、身代わりの生贄として処理していたという恐るべき真実。
阿修羅は腹の底から湧き上がる滑稽さを抑えきれない様子で、朗々と声を張り上げた。
「くくく、呪い殺されたトモヒロに、ワイの逆凪対策の捨て駒として使われた駿太朗さん、なんとも不憫で憐れな男共やのう。どれだけ卑怯な手で汚い金をガッポリ稼げたところで、こんな恐ろしい目に遭うてしもて、せっかく稼いだ大金を使う事も出来ひんし、どんだけ金を積んだところで、この地獄からはどうにもならへんのやからなあ。ワイと増岡さんって、こやつらに30万のはした金の小遣いくれてやりましたけど、30万でこいつらの命を買うたったっちゅうわけですわ。はした金の小遣いで命捨てよるとか、阿保の極みですやん。ほんま、激安で軽すぎる命やのう、フハハハハハ!」
静まり返った客室の中に、阿修羅のどこまでも爽快で愉快そうな大笑いが響き渡る。
他人を躊躇なく呪い殺し、さらにはその凄絶な術の反動までも他人に肩代わりさせて破滅させながら、なおも冷静なままで居られて、大笑いまでする圧倒的な余裕を見せる阿修羅という人物。
増岡はただただ背筋を凍らせ、その底知れぬ恐ろしさに驚愕するしか出来なかった。
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##崩壊の足音と積年の清算
客室の重苦しい静寂の中、木製テーブルの中央に鎮座する水晶の鏡からは、なおも怪しげな紫色の光がゆらゆらと揺らめき漏れ出していた。
推奨の向こう側の暗黒空間で繰り広げられる、トモヒロの終わらない断末魔と凄絶な解体劇。
そして阿修羅の口から立て板に水のごとく語られた、呪い返しである『逆凪』すらも首謀者の駿太朗へなすりつけて処理するという、恐ろしくも完璧な呪術のからくり。
世間のルールなど何ひとつ及ばない暗闇の中で、標的を確実に虚無へと葬り去り、その首謀者までをも精神病棟の暗闇へと突き落とす圧倒的な呪いの力。
この阿修羅という底知れぬ男の手にかかれば、どんな強大な組織や悪質な企みであろうとも、一瞬にして灰燼に帰してしまうのだと、増岡は背筋に冷たい寒気を走らせながら確信していた。
トモヒロがこの世から跡形もなく消滅し、詐欺的コンサルティングサービスの首謀者である駿太朗が精神病院へ収容されて廃人同然となった今。
哀れなサービス購入者達を巧みな言葉で騙し、大金を巻き上げて食い物にしてきたあの悪質なコンサルタントサービス企画は、最早崩壊を免れないと、増岡はあらためて深く深く実感する。
確かな実感を得た今、胸の奥底に長年重く沈み込んでいた惨めさや怒りの感情が綺麗に拭い去られ、増岡の表情には今まで見たこともないほど晴れやかで力強い色が宿っていた。
「目の前で見せていただいたこの恐ろしい映像、そして阿修羅さんが語らはった寸分狂わぬ呪術のからくり……。これによって、この一連の出来事が、阿修羅さんの凄まじい呪術によるものだと、はっきりとわかりました。正直、最初は半信半疑やったけど、自分のこの目で現実として確認できて、長年胸に閠かえていたもんが完全に取れましたよ。」
増岡は深い感謝と畏怖の念を込めて、腹の底からハッキリとした力強い声でそう口にした。
そして増岡は、着ている上着の内ポケットへと静かに手を伸ばし、自らのスマートフォンを取り出と、指先で慣れた手つきで画面を素早くスワイプし、ネットバンキングの即時振込手続きの画面を立ち上げた。
「では、約束通り報酬をお支払いしますね。事前にお話ししていた通り、1000万円で宜しいやろか?あいつらの企みを根底から打ち砕いてくれた対価として、受け取ってください。」
増岡はそう言って、手元で手際よく画面を操作する。
対面に座る阿修羅は、その言葉を聞くと作務衣の袖を軽く整え、口角を可憐かつ凶悪に釣り上げた。
「おや、確かに最初の商談の時に8桁という数字を提示してはおったけど、ワイからは最低でも500万って言うとったさかい、500万やのうて本当に1000万もろて宜しゅおすか?辞退はいたしませんけど、随分と気前のええ御客さんですなあ。」
阿修羅はそう言って満足そうに笑う。
増岡はスマートフォンを両手でしっかりと握り直すと、口元にニヤリと力強い笑みを浮かべた。
「ええ。俺からも最初に、あいつらが死んだりギャフンと言って溜飲が下がるんなら1000万くらい払いますよって言うとったから、約束通り喜んで支払いますよ。長年俺を愚弄し続けてきたトモヒロと一緒に、金をとるだけしかできひん金の亡者共をまとめて地獄へ叩き落としてくれたんですから。これであいつらに騙されへんで救われた人も大勢いてますやろうし、1000万なんて安いくらいですわ。ほな、振込先の口座番号、教えて貰えませんか?」
一筋の迷いすらない増岡の誇らしげで威勢の良い返答を聞き、阿修羅は満足そうに大きく頷いた。
「ほな、お言葉に甘えまして、振込先をお伝えさせて貰いましょか。しっかりと受け取らせていただきますわ。」
阿修羅はそう言って、卓上のメモ帳にすらすらと力強い筆致で口座情報を書き走らせると、増岡に向けて提示した。
増岡はその番号を一字一句確かめながら画面に入力し、金額の欄へ迷いなく「10,000,000」と1000万円の数字を間違いなく打ち込む。
そして、セキュリティコードを入力し、送金ボタンを親指で力強くタップした。
画面が一瞬だけ明転し、次の瞬間には「振込手続きが完了いたしました」という文字が青く鮮やかに光り輝く。
「よっしゃ、送信完了です。ほら、見てください。」
増岡は入金画面を阿修羅の目の前へ差し出しながら、確かに目の前で1000万円の振り込みを完了させた事を見せる。
スマートフォンの画面に映し出された確かな送金完了通知と口座残高の変動を確認し、阿修羅の細い眼光がギラリと妖しく黄金色に輝く。
「フハハ、おおきに、毎度あり。いやあ、見事な男気と迅速なご対応、誠に感謝いたしますわ。これで仕事はきっちり果たしましたんで、今回の件はこれにて終了ですな。」
阿修羅は満足そうにフハハと豪快に笑いながら、深々と頭を下げて礼を言う。
支払いが無事に完了したことをお互いに確認すると、二人はソファーから同時に立ち上がり、テーブルを挟んでしっかりと力強い握手を交わした。
増岡は阿修羅の手を力強く握り返し、胸の奥底からこみ上げてくる長年の解放感と達成感を噛み締める。
「あいつに対する、長年のモヤモヤした屈辱的な感情、学生時代から積み重なっていた積年の恨みが見事に晴れた気分です。奴が地獄で永遠に泣き叫んでいると思うと、胸がすっと晴れましたよ、ざまあ見さらせってところです。本当に有難う御座います。」
増岡はそう言って、阿修羅に向けて深く深く、頭を下げて感謝を表した。
阿修羅は握っていた手をそっと解くと、胸の前で恭しく両手を合わせ、気さくな笑みを浮かべる。
「いえいえ、お役に立てて宜しゅおす。ワイにとっても実に楽しくて気分のええ仕事でしたわ。ほな、またコンサルタントの類に限らず、個人的に呪い殺したい程にムカつく奴がおったら、この阿修羅を御贔屓に。格安で極上の死を届けて差し上げますさかい。」
阿修羅はそう言って、優雅に恭しいお辞儀をした。
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こうして、増岡は最寄りのバス停でバスに乗り、京都駅へ向けて帰って行った。
山風が竹林を爽やかに吹き抜ける中、増岡を乗せた市営バスが静かに発車し、東の山裾から京都駅の喧騒へ向かって遠ざかっていく。
増岡を見送った後、一人になった阿修羅は、静まり返った庵の台所でアイス珈琲を作り始めた。
ガラスのカップを取り出し、深煎りの芳醇な珈琲液をトクトクと静かに注ぎ込んでいく阿修羅。
氷入れから大ぶりの透明な氷をつまみ上げ、カップの中へ投じると、長いマドラーでぐるぐるとかき混ぜた。
ガラスの中で氷がカラン、コロンと涼しげで澄んだ音を立てて響き渡る。
そして、阿修羅の薄い口元が、凶悪なまでに大きく歪んだ。
「フハハ、最初はただ働きどころか、潜入の為に30万ドブに捨てるつもりやったけど、まさかこんな簡単に1000万にもなるとはなあ。ほんま、人から恨まれまくっとる我利我利亡者を、亡者が本来のいるべき地獄へと送り返したっただけで、こんだけガッポリ稼げるんやさかい、我ながらええ商売やで。クソ雑魚我利我利亡者共を呪い殺すなんざ、ほんま、簡単過ぎるでなあ、フハハハハ!」
阿修羅は高らかに笑いながら、珈琲に氷を入れていく。
カラン、コロンと氷がグラスを鳴らす澄んだ音とともに、阿修羅の冷酷で豪快な高笑いが、夕闇の迫る庵の奥深くまでどこまでも不気味に響き渡っていた。
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##迷信犯の理と因果の裁き
増岡が阿修羅の庵で、残酷な真実を知った翌日。
朝の静けさを破るように、増岡のスマートフォンのバイブレーションが机の上でブブブと重く振動した。
画面に目をやると、ディスプレイにはかつて関わっていた、あの悪質なAI漫画現金化コンサルティング企画の、講師陣の一人の名前が表示されていた。
東京でのOFF会の夜、トモヒロが2次会へ向かう直前、薄暗い路地裏で増岡が気味の悪い御札を足元へばらまいていたと言っていたことを、狂乱と焦燥の中で講師陣の一人が急に思い出した。
そして、増岡と唯一連絡を取ることができるその講師は、尋常ならざる恐怖と不気味な異常事態に追い詰められ、藁にもすがる思いで再び増岡へ向けて電話をかけてきたのだ。
通話ボタンをスワイプして受話器を耳にあてがうと、相手の引きつった苛立ち混じりの声が鼓膜を刺す。
元来、呪いや祟りといった非科学的な怪異など全く信じていなかったはずの講師だったが、あまりの不気味な惨事に理性を失い、増岡のばらまいた御札が原因なのではないか、増岡が本当にトモヒロや駿太朗を呪ったのではないかと、強い口調で詰問してきた。
都合の良い時だけ自分達の手柄にしたり、面倒事や成果が出ない場合は受講生に自己責任を押し付けて誤魔化し逃れ、いざ自分達に不都合な事態が起これば外に原因を求めて他人に罪を擦り付けようとする不誠実で醜悪な態度。
増岡は胸の底から冷ややかな怒りを滾らせ、スマートフォンを強く握りしめた。
「ハァ?正気ですかあんたら?ほんまに呪いがあるなんて本気で思うてるんですか?笑わせんといてくださいよ。もしかして、自分らの商売では都合良く『成果が出ないのは全部受講生の自己責任だ』なんて言い腐って御客さんに不利益や責任を擦り付けて自己責任論ぶつけておきながら、いざ自分らに不可解で不都合な事が起こったら手のひらを返して他者責任ですか?トモヒロが消えたのも駿太朗が狂ったのも、全部あんたらが今まで裏で散々人を騙して甘い汁を吸ってきた事による身から出た錆、自業自得、自分らが仕出かした事による因果応報やろが。碌に説明もできんからって適当な言いがかりつけてあんたらの御客さんである俺のせいにすんなや!自分らの撒いた種で自滅してるんやさかい、それこそあんたらが大好きな自己責任の極みやろが!」
増岡は手加減のない冷酷な言葉を、受話器の向こうの講師へ向けて叩きつけると、相手が息を飲み、絶句して言葉を詰まらせている気配が受話器越しに伝わってくる。
増岡は逃げ場を塞ぐように、さらに鋭い語気で追い打ちをかけた。
「そんな寝言みたいな言いがかりを本気で俺にぶつけるんやったらなあ、俺が呪い殺したって言う客観的な証拠を出さんかい!それもって警察にでも駆け込んで完全に証明してみせろや!そういう筋の通った最低限の事やってからもの言わんかい!そや、筋っちゅうたら、不誠実で失礼なことしよってまともなコンサルもせえへんかったよなあ、お前ら。それについて誠心誠意きっちり詫びて全額返金するんが通すべき最低限の筋とちゃうんけ?それすらせんと変な言いがかりつけて来るとか、それがお前らの言うビジネスか?ふざけた事してんなやボケが!30万のはした金は憐れなお前らへの小遣いにくれといてやるさかい、二度と電話してくんなスカタン!」
増岡は吐き捨てるようにそう告げると、それ以上相手の言い分を聞くことなく通話を切り、二度と不快な連絡が入らぬよう相手の連絡先を拒否リストへ入れて完全にブロックした。
画面が暗転したスマートフォンを机の上に置いたものの、増岡の頭には先ほど自分自身で口にした「呪いの証明」という言葉が重く残っていた。
相手を突っぱねるために自分で言ってみて、改めて現実の法律や科学で証明など出来るものなのかと頭によぎる。
そこで増岡は、人を呪い殺したら罪になるのかどうか気になりだし、万が一の可能性を考え、呪術の専門家である阿修羅に直接尋ねてみることにした。
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同時刻。
京都の東の山裾に佇む、静寂に包まれた木造の庵。
この日は急ぎの仕事も無いため、朝からガラスのカップに注がれたアイス珈琲を飲みながらゆったりと寛いでいた阿修羅。
心地よい朝の山風が庭の青竹をそよそよと揺らし、カットガラスのカップの中で大きな透明な氷がカランと澄んだ音を立てる。
そこへ文机の上に置かれたスマートフォンが振動して着信音が響き、画面を見ると増岡からの電話だとわかる。
「はい、阿修羅です。朝早くから急なご連絡ですな。どうされました?またぞろ増岡さんの頭を悩ませるような、殺って欲しいお邪魔な輩でも沸いたんでっか?」
阿修羅は受話器を耳にあてがい、目を細めて気さくで軽やかな口調で問いかける。
増岡は電話越しに、落ち着いた、しかしどこか冷徹なトーンで話す。
『増岡です。朝から申し訳ありません。まあ正直なところ、あのイカサマなAI漫画のコンサル気取りな講師陣共なら、世間にはびこる詐欺師共への見せしめに全員まとめて皆殺しでもええかもしれませんけどね。ほんま、何がAI漫画マネタイズコンサルやねんって話ですわ。ですが今日は別の要件ですねん。少々気になった事がありまして。』
受話器の向こうから聞こえる増岡の物騒で冷ややかな前置きを聞き、阿修羅は「ほう」と感心したように口角を上げた。
増岡は、胸の中に浮かんだ素朴な疑問を電話越しに恐る恐る尋ねて来た。
『あの……こんな事をお聞きするのも変かもしれんのですが、法的な観点と言いますか、現実の世界において、人が人を呪い殺したら、刑法上の殺人罪になるのでしょうか?』
その大真面目な問いに対し、阿修羅は手にしたアイス珈琲のグラスを軽やかに揺らし、氷の音を立てながら答える。
「ほう、それはまた面白い疑問を抱かれましたな。そうですなあ、目に見えぬ因果や霊的な観点から言えば、命を奪った以上、業としては確かに殺生した事になるとは言えますかなあ。」
阿修羅はそう言うと、深い黄金色の眼光を遠くの竹林に向けながら、重厚な声で言葉を繋いだ。
「己の意思で他人を呪った、それによって結果として呪殺って事に至ったら、それをやったっちゅう業そのものは未来永劫消えまへん。そやけどね、お巡りさんや裁判所とか娑婆の法律やと、術者を捌く事は絶対に出来まへんから、その辺は一切なんの心配もいりまへん、安心して宜しゅおす。」
阿修羅はフハハと愉快そうに笑う。
増岡は法律で裁かれないという意外な返答に驚き、受話器越しに重ねて尋ねた。
『え?どういうことですか?実際に人を死に至らしめているのに、現実の法律では裁けないということですか?』
阿修羅はグラスの中のスプーンを滑らせ、氷をカラカラと優しく回しながら説明を始める。
「結論から言うと、裁けないんかっちゅう質問に対する回答はYESですわ。なんでかっちゅうとね、『迷信犯』っちゅう、不能犯の一種がありましてな、客観的に生命を害する現実的な危険性と直接結びつけることが出来ひんから、刑法上の犯罪には当たらんし、未遂犯にもあたらんとされとるんですわ。今回の件やと、増岡さんは路地裏で御札をばらまいただけでっしゃろ?ほんで、その紙切れをばらまいた事が、トモヒロが死にさらして行方不明になった事に加えて、駿太朗さんが精神病棟でえらい事になっとると結びついとる原因やと、現代の法律や科学でどうやって証明します?」
阿修羅は淡々とした口調で、現実世界の法体系における限界と理屈を紐解いていく。
「その呪いと惨劇の因果関係の証明なんてもんわね、現代科学では出来るわけあらへんのですわ。術者本人のワイなら、説明したり実際に術を見せたり出来ん事は無いし、裏の世界でそれが出来るレベルの凄腕の御仁に心当たりはあるにはあるけど、ワイも含めて警察や検察のために、わざわざそういう面倒な事をする連中やおへんからねえ。そないなわけで、増岡さんもワイも、法律の追及なんてなんも気にすることはありまへんでなあ。」
阿修羅はそう言うと、満足そうにクックックッと喉を鳴らして笑った。
阿修羅の理路整然とした説明を聞き、増岡は胸のつかえが完全に下りるのを感じる。
『そうでしたか……。奴らからまた電話が来て、『文句があるなら証拠を出して見ろ』って受話器越しに啖呵切ってから、ふと疑問に思いましてね。阿修羅さんの今の話を聞いてすっかり安心しました。でも、それだと法で罰せられない以上、阿修羅さんって、見方によってはやりたい放題じゃありませんか?、まさにほんまの意味で無敵の人ですやん……。』
増岡は安心した様子で言いながらも、率直な疑問を口にした。
阿修羅は受話器越しに、口角を凶悪なまでに大きく釣り上げる。
「ククク、まあ、客観的な事実だけ見たらそう言えなくもありませんわなあ。何しろ警察とか娑婆の法律っちゅう網が一切かからんのですから。そやけどワイ自身は、この世におったら害悪にしかならん胸糞悪い詐欺師とか我利我利亡者、さっさと殺処分した方が世のため人のためになるような害虫以下の亡者しか殺らん主義ですねん。そのための徹底的なリサーチもしますし、無闇に人を殺めるような事は絶対にせんっちゅう見境はありまっさかい、その辺は安心しておくれやす。」
阿修羅はそう言って、軽やかに笑ってみせた。
増岡はその言葉を聞き、阿修羅という男の底にある恐ろしいほどの理知と厳しい自制心を感じ取る。
「確かに、実際に直接お会いしてお話しした感じやと、殺るべき相手には一切の躊躇はせえへんけど、根はかなり理知的で理性的な人やという強い印象でしたから、そう思います。これで、俺の中にあった不安が完全に消えました。ほんまに、今回の件は色々と有難う御座います。では、失礼します。」
増岡は納得と心からの感謝を伝えると、静かに電話を切った。
ツートン、ツートンと寂しげな電子音が流れるスマートフォンを、阿修羅は文机の上へとカチャリと静かに置く。
耳元を離れた通話の余韻の中、静まり返った庵の縁側で、一人になった阿修羅は薄い唇を歪めてぽつりと呟いた。
「やりたい放題、か……まあ、増岡はんの言う通り、確かにそうやろうなあ。どんだけワイが闇から呪殺しまくったところで、現行の法律や警察は逆立ちしてもワイをしょっぴけんのやさかい。」
阿修羅は冷酷な笑みを深め、クックックッと喉を鳴らして笑う。
そして。
阿修羅は天井の古い梁を見上げると、その金色混じりの眼光をギラリと怪しく光らせた。
「もっとも、そんな無茶苦茶をやりたい放題なんて事してしもたら、『こっち側』の理を司る恐ろしいお偉いさん方から、即座に大目玉喰らった上で滅却されてまうし、ワイなんて足元にも及ばんレベルの達人なる御方々に御説教食らって絞め上げられてまうから、絶対やらんけどなあ、フハハハハ!」
この世の警察や裁判所、現代の法律など足元にも及ばない、陰の理を司る暗黒街の真の実力者達、そして人知を超越した絶対的な術者達への底知れぬ敬意と畏怖を覗かせながら、阿修羅は高らかに笑って、手に持っていたアイス珈琲を一口飲んだ。
コクのある深煎りの苦みと冷たさが喉を潤し、グラスの中でカラン、コロンと涼しげな氷の音が重重と響く。
その澄んだ音をかき消すように、阿修羅の腹の底から響く豪快で不気味な高笑いが、朝の陽光が差し込む静寂な庵の奥深くまで、どこまでも重厚に響き渡っていった。




