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摩訶不思議食堂のほっこり飯  作者: 修羅観音


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第34話中編:大伴トモヒロの無礼極まりないAI漫画現金化コンサルティングとほっこり飯

##彷徨える魂と黄泉の少女


ざざざ……と湿った砂利が踏みしめられる不気味な音が、薄暗い静寂を揺らす。


「……んが、んぁ~……。」


トモヒロは、喉の奥から絞り出すような寝起き特有の情けない声を上げて、重い瞼をゆっくりと開いた。

ズキズキと嫌な痛む頭を押さえつけながら、地面に肘をついてゆっくりと体を起こす。


冷たく湿った砂利の感触が、手のひらに不快に伝わってきた。

視界に飛び込んできたのは、ひんやりとした湿気と濃い霧に包まれた、見覚えの全くない広い河原ような場所。

水面が暗闇にどす黒く溶け込み、川の流れの音が重々しく響いている。


そこは、どこかテレビの観光番組か何かで目にしたことがある、京都の四条河原のような雰囲気を漂わせている場所であった。

しかし、決定的に異なっているのは、周囲全体に立ち込める霧があまりにも深く、どこか現実離れした不気味な暗闇の中で目を覚ましたということだ。


トモヒロはぼんやりとした頭で周囲を何度も見回しながら、記憶の糸を辿ろうとする。

「あれ?ここ、どこだ?確か、OFF会が終わって帰って来て……自分の部屋でPCをつけて作業チャットに入ってたはずなんだけど……。」


必死に思い出そうとするものの、昨夜の記憶の繋がりが途切れ途切れで一向にまとまらない。


トモヒロはボリボリと頭をかきむしり、自分を納得させるように一人ごちた。

「そうか、結構飲んだからなあ。帰宅してから小腹でも空いて、一旦コンビニかどっかに出かけて、フラフラとこんなところで寝ちまったのかなあ。酒のせいで記憶が飛ぶなんて、俺としたことが格好悪いぜ。」


トモヒロは自嘲気味に溜め息をつきながら、砂利をジャリッと鳴らしてゆっくりと立ち上がった。

そして、履いているズボンのポケットへ慌てて両手を突っ込み、身の回りのものを探ってみる。

だが、いつも肌身離さず持っているはずの愛用のスマートフォンが見当たらない。


「うそだろ、スマホが無い!?どこ落としたんだよ!」


トモヒロは顔を青くしながら、さらにポケットの奥深くへと指を滑らせた。

すると指先に、ジャラリと重みのある金属の硬い感触が触れる。

スマートフォンの代わりに、小銭のようなものが入っていて、トモヒロは困惑しながらそれを出してみると……。


手のひらの上に乗ったものを確認して、トモヒロは目を見開いた。

それは、中央が四角く空いている、まるで学校の歴史の教科書に載っていそうな、古めかしい昔の硬貨であった。

一枚、二枚と指先で数えてみると、ちょうど6枚ある。


「何だこりゃ?こんなもん、どこで買ったんだ?骨董品屋か?それともゲーセンのメダルか何かか?それにしても、スマートフォンを忘れて外に出るなんて、相当酔っぱらってたんだなあ。」

トモヒロはハァーッと大きなため息をつき、頭を抱える。


とにかく、こんな肌寒い場所でぼんやりと佇んでいても仕方がない。

一刻も早く自宅に戻らないといけないと思い、周囲の闇を見回してみた。

しかし、見渡す限り霧に包まれた全く知らない土地であり、東も西も分からず、どこに進めば自宅に行けるのかがさっぱりわからない。


「うわあ、マジかよ。場所が全然わからないし、スマートフォンも無いから地図アプリも開けないし、どうしたもんかなあ。困ったなあ……。」


途方に暮れたトモヒロは、情けなく肩を落とし、がっくりとうなだれる。


すると……。


ふと視線を上げたトモヒロの目に、少し離れた場所に立つ小さな人影が飛び込んできた。

立ち込める霧の向こう側に、ぽつんと佇むその姿は、こちらをじっと凝視している。


よく目を凝らしてみると、それは頭に黒いベレー帽を被り、下はズボンタイプの黒いセーラー服を着用している小柄な女の子であった。

夜風に流れる綺麗な銀髪の長い髪をなびかせ、まん丸とした大きな瞳で、口元は台形の形をした口の開き方をしている。


その強烈な特徴を持つ女の子が、微動だにせず、トモヒロの事を、ジーっと見つめていた。


静寂の中で、その不気味なほど真っ直ぐな視線を浴び続け、トモヒロは何となく居心地が悪くなり、気まずくなる。

その場の沈黙と気まずい空気を紛らわせるために、トモヒロは引きつった笑顔を浮かべ、取り繕うように愛想の良い声で話しかけた。

「や、やあ、今晩は。こんな暗い時間に、君、一人?もしかして迷子とか?お兄さんでよかったら、どこか送り届けてあげようか?」


大人としての余裕を見せようと笑顔で声をかけるトモヒロに対し、女の子は表情一つ変えることなく、ただ一言だけ呟いた。


「えらいこっちゃ。」


女の子はこう言って、言葉を続けることもなく、ただただトモヒロの事を、ジーっと凝視していた。


---


##異界の案内人と引きずられる足音


唐突に「えらいこっちゃ」と呟かれたトモヒロは、目の前の少女が放つ異様な存在感に圧倒され、思わずぽかんと口を開けてしまった。

「え?」


情けない裏返った声を上げるトモヒロに対し、少女は微動だにせず、まん丸の大きな瞳でじっと見つめ返してくる。


すると、少女は整った顔立ちを一切崩すことなく、淡々とした口調で唐突に自己紹介を始めた。

「ウチは、えらいこっちゃ嬢とか、えらいこっちゃんって呼ばれてる、えらいこっちゃ嬢や。」


名乗られたそのあまりにも独特すぎる名前に、トモヒロは思わず眉をひそめ、困惑を隠せないまま顔を引きつらせる。

「あ、ああ、そうなのか?なんというか……すごく変な名前だな、君。」


トモヒロがひきつった苦笑いを浮かべて返答すると、えらいこっちゃ嬢は台形の口をびしっと引き締め、ビシッと小さな人差し指をトモヒロに向けて突きつけた。

「無礼あんちゃん、えらいこっちゃ。」


一切の慈悲もない毅然とした態度で言い放たれた言葉に、トモヒロは再び身をすくませる。


「え?」

またしても情けない声を上げて首をかしげるトモヒロ。


そんな情けない大人に対し、えらいこっちゃ嬢は容赦のない追撃を冷ややかに言い渡す。

「全く状況がわかっとらん、失礼無礼極まりないあんちゃん、えらいこっちゃ。」


台形の口から放たれる言葉はどこまでも平坦でありながら、トモヒロの核心をグサリと突き刺してくる。

さすがに一方的に見下され、バカにされたように感じたトモヒロは、日頃の傲慢さを思い出したかのように苛立ちを募らせ、ムッとして反論を試みた。

「な、なんだよいきなり!そりゃ俺も変な名前って言ったのは悪かったよ。でも、初対面の人間に向かって失礼で無礼なのは、えらいこっちゃんの方だろ?俺はトモヒロって言う立派な名前があるんだ。変な呼び方しないでくれるかな?」


怒りを露わにして抗議するトモヒロであったが、えらいこっちゃ嬢はそんな反論などどこ吹く風といった様子で、あっけらかんと言い放つ。

「寝起きの御飯食べへんかったら、えらいこっちゃ。」


脈絡のない食卓の話を持ち出され、トモヒロは完全に腰を折られてしまった。

「え、寝起きの御飯って……なに言ってるんだ?ああでも、確かに言われてみれば、腹が減ってるような、減ってないような……妙な感覚だな。」


自分が今どんな状態にあるのかすら理解できず、トモヒロがえらいこっちゃ嬢の支離滅裂に思える発言に頭を抱えて困惑していると。

すたたと無音の足取りで、えらいこっちゃ嬢がすばやく距離を詰めてきた。

そして、躊躇なくトモヒロの手首をガシッと掴む。


「うわっ……!?」


次の瞬間、トモヒロの顔から血の気が引いた。

小さな少女の細い指先から伝わってきたのは、小柄な女の子の見た目からは絶対に想像もつかない、重機か何かで固定されたかのような凄まじい怪力であった。

トモヒロは慌てて腕を振りほどこうと力を込めたが、びくともしない。

振りほどくどころか、全身の自由を完全に奪われ、その場からピクリとも動けなくなってしまう。


あまりの異常事態に身をすくませるトモヒロに対し、えらいこっちゃ嬢はどこか朗らかな声で宣言する。

「えらいこっちゃな無礼極まりないあんちゃん、御一名様!行先は『摩訶不思議食堂』!」


そう高らかに声をあげると、えらいこっちゃ嬢はトモヒロの手首をガッチリと掴んだまま、ぐいっと強引に手を引っ張って歩き出した。


「うわ、力つよ!ちょ、ちょっと待ってくれよ!そ、そんなに引っ張らなくても、ちゃんと歩くから!痛いって、腕がちぎれる!」


トモヒロは半泣きになりながら情けない悲鳴を上げ、霧の立ち込める不気味な暗闇の中へ、えらいこっちゃ嬢によってズルズルと引きずられていくのだった。


---


##摩訶不思議食堂と石の店長


小柄な体躯からは到底考えられない凄まじい力で手首を固定され、トモヒロは抗うこともできずにズルズルと足を取られながら引きずられて行った。

足元を覆っていた重苦しい靄が、歩みを進めるにつれて少しずつ薄れ始めていく。

そして、周囲に立ち込めていた不気味な冷気が和らぎ、どこからかじんわりと温かな明かりの気配が漂い始めていた。


どれほど歩いたのだろうか。

静まり返った路地の奥に、段々と周囲の闇を温かく照らし出す綺麗な木造の建物が見え始める。

重厚な木目と洗練された佇まいを見せるその建物は、まるで異界の闇の中にぽつりと浮かび上がる灯火のようであった。


建物の正面までやって来ると、えらいこっちゃ嬢はぴたりと足を止めた。

手首を解放されたトモヒロは、痺れた腕を擦りながら、ふと上を見上げてみる。

格子の美しい庇の上に掲げられた木製の看板には、達筆な墨文字で「摩訶不思議食堂」と、力強く文字が刻まれていた。


看板の文字をまじまじと見つめながら、トモヒロは呆れたように呆然と呟く。

「摩訶不思議食堂?そのまんま不思議な食堂だな。まあ、食堂って言うからには、食べ物屋なんだろうけど。」


すると、トモヒロが不平不満を漏らす間もなく、えらいこっちゃ嬢は迷いのない手つきでガラガラと重厚な木の扉を開けた。

そして店内に響き渡るような通る声で、高らかに声を張り上げる。


「えらいこっちゃな無礼極まりないあんちゃん、御一名様ご案内!」


そう言い放つやいなや、えらいこっちゃ嬢は再びトモヒロの手首をガシッと掴み、店内へ向かってすんずんと奥へ入って行く。


「うわっ、ちょっと待てって!」

勢い余ってつんのめるようにして、トモヒロはなんとか転ばないように必死について行った。


店内は木の香ばしい匂いと温かな出汁の芳醇な香りに満ちあふれている。

店の一番奥まで進むと、えらいこっちゃ嬢は磨き抜かれた綺麗な一枚板のカウンター席をビシッと指で示してから、トモヒロの返事も待たずにそのまま奥の暖簾の向こうへと消えて行った。


強引すぎる誘導に置き去りにされたトモヒロは、肩を落として深く息を吐き出す。

「な、なんだったんだよ、あの子……自分のペースばかり押し付けやがって。」

トモヒロは愚痴を叩きつけながら、とりあえずカウンター席の重厚な木製の椅子を引いて座った。


店内を見渡すと、柔らかい提灯の光が室内を包み込み、どこか懐かしくも格式高い落ち着いた空間が広がっていた。

そうして、トモヒロが辺りをきょろきょろと見回しながら店の装飾や雰囲気を観察していると。


カウンターの奥にある暖簾が静かに揺れ、ぬうっと大きな人影が現れた。


あまりに異質な存在感に驚いて見上げてみると、そこには言葉を失うような光景が広がっていた。

そこに立っていたのは、どう見ても本物の石で出来ているとしか思えない灰色の肌をしたお地蔵さんであった。

どっしりとした体躯の石のお地蔵さんは、濃い青色の作務衣を纏い、腰には腰巻タイプの清潔な白いエプロンをきっちりと結んでいる。

その顔には穏やかで慈愛に満ちた、にこやかなお地蔵さん笑顔があった。


石のお地蔵さんは、両手を胸の前で静かに合わせると、滑らかな重厚な声で語りかけてきた。

「えらいこっちゃん、お帰りなさいまし。御客様、ようこそお越し下さいました。私はこの店の店長をさせて頂いております。皆さんは、地蔵店長と呼んで下さいます。」

地蔵店長はお地蔵さん笑顔を絶やすことなく、深々と合掌してお辞儀をする。


目の前の奇妙すぎる光景と、あまりにも丁寧な接客のギャップに圧倒され、トモヒロは毒気を抜かれてしまう。

「は、はあ……俺は、トモヒロです、大伴トモヒロ。漫画作ったりコンサルしてます。」

トモヒロは地蔵店長の穏やかな雰囲気に思わず釣られて、慌てて自分の名を名乗り自己紹介をする。


地蔵店長は目を細め、感心したようにうなずいた。

「左様で御座いましたか、漫画家でコンサルタントであられるのですね。素晴らしいご職業でいらっしゃいます。」

地蔵店長は温かな言葉とともに、包み込むようなお地蔵さん笑顔を向ける。


自分の肩書を褒められたことで、トモヒロの胸の奥で眠っていた傲慢さとプライドがムクムクと頭を持ち上げ始めた。

トモヒロは椅子の背もたれにふんぞり返り、鼻を高くして得意気な表情を浮かべる。


「え、はい。まあ、漫画って言っても同人誌なんですけどね、それで月収100万超えた事もあって、今もコンスタントに売れてるし、コンサルでも成功してて。受講生を集めて教えてやる立場なんですよ。マインドさえしっかりしていれば誰でも稼げるってのを俺が証明してやってるわけです。」

トモヒロは誰も尋ねていない実績や自慢話を楽しげに、意気揚々と自慢をし始めた。


すると。

トモヒロが自慢話に花を咲かせている真横で、冷ややかな視線が突き刺さる。


いつの間にか、頭の黒いベレー帽はそのままに、黒い作務衣の上にぴかぴかの白い割烹着を着用した、えらいこっちゃ嬢が静かに佇んでいた。

その両手には御品書きのような冊子をしっかりと抱えており、台形の口を開いたまま、ジーっとトモヒロを見つめていた。


---


##郷愁の炒飯と異形の料理人


ふんぞり返って得意気に自分の実績を語っていたトモヒロは、横からの刺すような強い視線にふと気づき、口を噤んだ。

すぐ隣に立っていたえらいこっちゃ嬢が、手に持った重厚な御品書きを抱えたまま、冷ややかな瞳でトモヒロを凝視している。


そして、えらいこっちゃ嬢の台形の口がパカリと開くと、一切の容赦もない言葉が放たれた。

「聞いてもおらんのに、みっともない自慢してしまいよった、格好悪過ぎて、えらいこっちゃ。」


ぴしゃりと言い放たれた手厳しい追撃に、トモヒロは顔を真っ赤にして口をとがらせる。

「ちょ、な、なんなんだよさっきから!えらいこっちゃんって、俺に対してやたらと辛辣じゃないか?お客さんなんだから、もう少し優しく接してくれたっていいだろ!」


トモヒロが不満を露わにして文句を言うと、えらいこっちゃ嬢はトモヒロの言葉を完全に無視し、スッと手にしていた木枠の御品書きを目の前へ差し出した。


「なんだってんだよ……ったく。」

トモヒロはぶつくさと文句を溢しながらも、空腹には勝てず、差し出された御品書きを受け取って開いてみる。

するとそこには、「肉と野菜たっぷり炒飯」と書かれたメニューが、トモヒロの目に飛び込んできた。


「なっ……炒飯か……!?」

その威勢の良い魅力的な文字を目にした瞬間、トモヒロの喉が思い分厚く動き、思わずごくりと大きな音を立てて唾を飲み込んでしまう。


現在のトモヒロといえば、月収100万を超えた事がある実績を笠に着て、都内の高級料亭やおしゃれなフレンチやイタリアンなど贅沢な食ばかりを好んで堪能していた。

しかし、かつて実家にいた頃の貧乏で泥臭かった少年時代、彼の胃袋を満たしてくれたのは全く別の料理であった。

実家のすぐ近所にあった古いラーメン屋の香ばしい炒飯と、忙しい合間を縫って母親が作ってくれた、具だくさんの少ししっとりとした手作り炒飯が何よりも大好きだったのだ。

さらに青春時代、小遣いやアルバイトで稼いだお金を握りしめて入った本格的な中華料理店で注文し、パラパラの黄金色に輝く炒飯を口に運んだ際、濃厚な旨味と香ばしさに身も心も満たされたあの至福の日の記憶が、波のように鮮明に蘇ってくる。


トモヒロの瞳に、パッと子供のような情熱が灯った。

「落ち着いた和食の店っぽい雰囲気だと思ってたけど、炒飯みたいな中華も出してくれるんだな。炒飯は俺にとって、切っても切り離せない最高の思い出の食べ物なんだよ。しかも、ただの炒飯じゃなくて野菜と肉がたっぷり入ってるなんて、最高じゃないか!」

昔懐かしい味への期待感に胸を躍らせ、トモヒロの空腹感は一気に限界へと達していった。


トモヒロは表情を緩ませると、手に持っていた御品書きをえらいこっちゃ嬢へ恭しく返す。

「それじゃあ、この『肉と野菜たっぷり炒飯』をお願いするよ。楽しみに待ってるからさ。」


御品書きを素早く回収したえらいこっちゃ嬢は、くるりと背を向けると、奥の厨房へ向かって朗らかな声を張り上げた。

「えらいこっちゃな美味炒飯!猫子さんとラビさんの本格中華!」

威勢よく声を掛けながら、えらいこっちゃ嬢は暖簾をくぐって厨房の奥へと入って行く。


一人カウンターに取り残されたトモヒロは、首をひねった。

「ねこことか、らびとか……シェフの名前か何かか?妙にかわいらしい名前だな。」


気になったトモヒロは、カウンター越しにぐっと首を長く伸ばし、暖簾の隙間から奥の厨房の様子を覗き込んでみると……。

するとそこには、トモヒロのこれまでの人生経験では未だかつて見た事がない、あまりにも異様な光景が広がっていた。


厨房からは、ジュワァァァッ!カコンカコンッ!と勢いよく重厚な中華鍋を振るう激しい音が響き渡っている。

豪快にフライパンを振って香ばしい湯気を立ち昇らせながら炒飯を作っているのは、鮮やかな紅い着物に清潔な白割烹着を纏った女性だ。

頭には猫耳がすっぽりと収まる特製の三角巾を付けており、艶やかな黒髪と穏やかな顔立ちの中に、ぴくぴくと可愛らしく動く本物の猫耳が映える、愛くるしい猫の女性料理人が、笑顔で料理をしている。


さらにそのすぐ近くの調理場では、ジュウジュウと油の弾ける心地よい音を立てながら、餃子を油で揚げるようにしてフライパンで手際よく調理する別の人物がいた。

可憐な桃色の着物に白い割烹着を着ているその女性は、うっすらと閉じているような細い目と、キュッと上がった猫口笑顔が印象的な、愛らしい兎の女性料理人。


「フンフフ〜ン♪」「ルンルン〜♪」と、二人の異形の料理人達は、鼻歌交じりにハミングを響かせながら、満面の笑顔で手際よく料理に腕を振るっている。


その人間離れした信じがたい光景を目撃したトモヒロは、激しい衝撃と驚愕に打たれ、腰が抜けたようにどさりとカウンター席の椅子の背もたれに強く寄りかかった。

「お、おいおいおい……マジかよ……コスプレ……だよな?まさか、本物の動物が包丁握って料理してるってのか……!?どうなってんだこりゃ……俺はまだ昨日の酒が抜けてなくて酔っぱらってんのか、それとも現実じゃなくて夢の中なのか、一体どっちなんだ……!?」


あまりの現実離れした光景を前に、トモヒロの頭脳は完全に処理能力を超え、目の前の事実をどうしても受け入れられないでいた。


---


##黄金の炒飯と至高の口福


猫耳の付いた愛くるしい料理人と、うさぎの姿をした異形の料理人が鼻歌交じりに中華鍋やフライパンを振るうという、到底信じられない光景。

トモヒロは背もたれに深く寄りかかったまま、開いた口が塞がらないほど度肝を抜かれていた。


しかし、厨房の奥からじわじわと漂ってきた中華料理特有の、油の香ばしさと特製出汁の芳しい薫香が鼻腔をくすぐると、トモヒロの体の底から猛烈な空腹感が急激にこみ上げてくる。

グウウと腹が情けない音を立て、昔懐かしい香りに刺激された胸は期待感でドクドクと高く鳴り響き始めた。


やがて、「お待たせしました〜♪」という楽しげな声とともに、料理が完成の時を迎える。


まず、猫耳の女性料理人である猫子が、大きな木製のお盆に黄金色に輝く炒飯を乗せて運んできた。

続いて、えらいこっちゃ嬢が香ばしい焼き色のついた餃子と、グラスに注がれた氷入りの烏龍茶をお盆に乗せ、トモヒロの目の前のカウンターへ音を立てず丁寧に置いていく。


猫子は人懐っこい笑顔を浮かべ、キュートに首を傾げた。

「お待っとさんです。ほな、ごゆっくりー♪」

そう明るく声を残すと、猫子は軽やかな足取りで再び奥の厨房へと戻っていく。


トモヒロは、目の前に整えられた料理の数々をまじまじと見つめた。


広がるのは、見事なまでにパラパラとほぐれ、つややかに輝く黄金色の具沢山な炒飯。

その傍らには、カリッと香ばしく揚げるように焼き上げられた、狐色の美しい焼き目が目を引く6つの餃子。

そして、口直しにぴったりな澄んだ褐色の烏龍茶。


完璧な仕上がりを見せる至高の中華膳を前に、トモヒロの喉がゴクリと鳴り、思わず大量の唾を飲み込んでしまう。

「本当に具だくさんだ……!肉も野菜も存在感がすげえぞ。それに、一盛りあたりの量も結構あるし、見た目だけでもめちゃくちゃ豪華だ。更に餃子までセットで付けてくれるなんて、サービスが良すぎだろ!」


トモヒロは感嘆の声を漏らし、目の前のごちそうに我慢ができなくなり、早速、炒飯用のレンゲを勢いよく手に取ろうとした。


すると……。


すぐ真横から、痛いほどの熱い視線を感じる。

ふと横を向くと、割烹着を着たえらいこっちゃ嬢が、微動だにせずジーっとトモヒロの顔を見つめていることに気づいた。


バチッと目が合う二人。

すると、えらいこっちゃ嬢は言葉を発することなく、小さな両手を胸の前でスッと合わせ、綺麗な合掌のポーズをとってみせた。


トモヒロはレンゲを握ったまま、一瞬ポカンとして頭をひねる。

「えっと……合掌して、頂きますをしろってか?」


えらいこっちゃ嬢が静かに頷くのを見て、トモヒロは諦めたように苦笑いを浮かべた。

そして、胸の前でしっかりと両手を合わせ、声を張る。


「頂きます!」

トモヒロが素直に挨拶を済ませると、えらいこっちゃ嬢は満足したのか、小さく一つコクリと頷いてから、静かな足取りで奥の厨房へ戻っていった。


「あの子、意外とそういう細かい礼儀作法にうるさいのか?でもまあ、手を合わせて『頂きます』なんて叫んだの、小学校の給食以来かもしれないな……。」

トモヒロは去っていく小さな背中を見送りながら、ひとりごちる。


少し照れくさそうに呟くと、トモヒロは気取り直してしっかりとレンゲを持ち直した。

そして、黄金色に輝く炒飯の山にレンゲを回し入れ、具材ごとたっぷりと掬い取る。

湯気とともに立ち上る香ばしい薫香を全身で浴びながら、一気に口の中へ運んでみると……。


「っ……!?」


一口食べたその瞬間、トモヒロの脳裏に激震が走った。


米粒一つひとつに均一に油が纏わりつき、口の中でハラハラと解ける絶妙なパラパラ具合。

それでありながら、米本来のもちもちとした水分と旨味が完璧な加減で残されている。

そこに、ゴロゴロと入った旨味たっぷりの肉と鮮やかな野菜が絶妙に絡み合い、お互いの味も食感も決して邪魔をすることなく、最高の相性でトモヒロの口の中をこれ以上ないほど楽しませてくれた。


さらに驚くべきは、野菜の火入れ加減である。

ピーマンや人参、キャベツに玉ねぎ、そして風味豊かな葱等の野菜は、噛んだ瞬間に心地よいシャキシャキ感を残しながらも、嫌な硬さは一切なく食べやすい柔らかさに仕上げられており、噛むほどに甘く優しい味が染み出してくる。


トモヒロは目を見開き、あまりの衝撃にレンゲを握る手が震えた。

「う、美味い……!なんだこれ、今まで高級店で食べたどんな炒飯よりも、断トツで1番だ!」


一口目の衝撃に突き動かされ、トモヒロのレンゲは二口目、三口目と留まることを知らず、猛烈な勢いで炒飯を掬い上げていく。

あまりの美味しさに頬を膨らませ、トモヒロは夢中になって食べ進めた。


「この炒飯を食べる為だけに、毎日この店に通ってもいいくらいだよ……!」


あれほどトモヒロの心を苛んでいた傲慢さや苛立ちはどこかへ吹き飛び、その顔は穏やかに緩んでいく。

温かな家庭の味とプロの技が融合した至高のひと皿を、身も心も包み込まれるような「ほっこり」とした幸福感の中で味わい尽くした。


こうして、山盛りだった炒飯をひとつぶも残さず綺麗に平らげると、トモヒロは満足げな溜息をつく。

そして、今度は木箸に持ち替えて、添えられた香ばしい餃子へと狙いを定めた。

狐色に揚がるように焼かれた美しい餃子を一つ箸で摘まみ上げ、タレを絡めて口へと運ぶ。


サクッ……!


一口噛み締めた瞬間、心地よい咀嚼音が店内に響いた。

外の皮はパリっとした最高の香ばしい食感でありながら、次の瞬間には中からジュワっと溢れ出す特製肉汁の旨味が爆発する。

タネに包まれたキャベツやニンニクのサクサクホクホクとした最高の食感が、怒濤の勢いでトモヒロの口内を楽しませてくれた。


トモヒロは目を丸くし、箸を止めることができない。

「なんだよこれ、炒飯だけじゃなくて餃子まで最高とか……この店、最高過ぎかよ!」

あまりのクオリティに感動し、トモヒロは顔を綻ばせながら「ほっこり」と餃子も残さず味わい尽くす。


こうして6つの餃子もあっという間に完食したトモヒロ。

最後にグラスを取り、キンキンに冷えた烏龍茶を喉へと流し込んだ。

さっぱりとしたお茶の風味が、口の中に残った心地よい脂を優しく洗い流していく。


トモヒロは両手を膝の上に置き、完全に「ほっこり」と和みきった表情を浮かべ、極上の中華を満喫した後に訪れる至福の満腹感と幸福感を、全身で存分に楽しんでいた。


---


##宵闇の鬼姫と甘やかな惑い


絶品の中華セットをきれいに平らげ、トモヒロは大きく息を吐き出しながら、満腹感と多幸感に浸っていた。

背もたれにゆったりと体を預け、食後の烏龍茶の余韻を楽しんでいたトモヒロであったが、どこからか刺すような熱い視線を感じてふと我に返る。

気になって周囲を見回してみると、割烹着姿のえらいこっちゃ嬢がカウンターの端から、台形の口を真一文字に結んでジーっとこちらを見つめていた。


その真っ直ぐすぎる視線の意味に思い当たり、トモヒロは慌てて姿勢を正す。

「えっと……あ、御馳走様でした。」

トモヒロは慌てて両手を胸の前で合わせ、ペコリと頭を下げて御馳走様の挨拶をした。


すると、それを見届けたえらいこっちゃ嬢は満足したように、一つコクリと頷く。

そして、役目を終えたと言わんばかりに静かな足取りで奥の厨房へ戻っていった。


トモヒロはポリポリと頭をかきながら、苦笑いを浮かべる。

「えらいこっちゃんって、妙に浮世離れして変な感じなのに、食事の挨拶とか礼儀作法にはやたらとうるさいんだな。」


自分の失態を苦笑いで胡麻化しながら、トモヒロはふと遠い目になった。


「でも考えてみたら……手を合わせて『頂きます』とか『御馳走様』なんて言ったの、小学校の給食以来だろうな。普段はコンビニ弁当か外食ばかりで、そんなこと意識すらしてなかったよ。」

自分の不摂生で味気ない日常を振り返り、トモヒロは自嘲気味に口元を緩めた。


すると……。


ガラガラと音を立てて摩訶不思議食堂の重厚な引き戸が開かれ、新たな訪問者が店へと足を踏み入れてきた。

木造の静かな店内に心地よい鈴のような足音が響き渡り、トモヒロは何気なしに音のする入口の方を振り向く。


そして、店に入ってきた者の姿を目にした瞬間、トモヒロは思わず息を呑み、目を見開いてそのまま魅入ってしまった。

そこに立っていたのは、到底この世の者とは思えないほどの美しさを誇る、女子高生くらいの年頃に見える若い金髪の超絶美少女であった。


彼女が纏っているのは、深い黒地に目も綾な金色の華やかな花刺繍があしらわれた美しい着物であり、その艶やかな布地を隙なく完璧に着こなしている。

しかし、その可憐な容姿には明確な異形が混じり合っていた。

引き込まれるような神秘的な金色の瞳を輝かせ、頭部の左右からは漆黒の二本の鎌状の角が、ぬうっと鋭く生え伸びているのだ。


肩へと流れる鮮やかな金色の長い髪は、派手なシュシュで左側に可愛らしくサイドテールとして束ねられており、全体的な雰囲気はどこか現代の煌びやかなギャルを思わせる風貌。

まさに伝統的な美と現代的な華やかさ、そして異界の者の象徴が奇跡的なバランスで同居している存在。


トモヒロはその美しすぎる超絶美少女の姿に、思わず言葉を失って見とれてしまう。

だが、その頭部に生えた不気味な鬼の象徴に目を見張り、心の中で必死に自分を納得させようと試みた。

「あ、ありえないだろ……なんだあの角は。リアルな鬼の角カチューシャでも付けてるのか?コスプレか何かだな、絶対にそうだ。」


そんな風に、トモヒロが現実逃避のような言い訳で自分を落ち着かせようとしている中。

厨房からひょっこりと顔を出したえらいこっちゃ嬢が、やってきた美少女に向かって両腕をぶんぶんと大きく振りながら、親しげに挨拶を叫んだ。

「女鬼ねえちゃん、いらっしゃいの御疲れちゃん!えらいこっちゃな無礼あんちゃん、中華セット完食しよった!」


続いて、カウンターの奥から地蔵店長も穏やかな姿を現す。

「いらっしゃいまし、御疲れ様です。準備は調うて御座います。」

地蔵店長はお地蔵さん笑顔を浮かべ、胸の前で恭しく合掌してお辞儀をした。


女鬼と呼ばれた美少女は、弾んだ声で楽しげに微笑む。

「おつー♪うわ、お店の中に中華のめっちゃいい香りが漂ってんじゃん!今夜この後みんなで食べる御飯は決まりだねー♪」


女鬼は爪を華やかに彩った手をひらひらと振って挨拶しながら、軽やかな足取りで店の奥へと入ってきた。

その歩く所作は、今風の明るく陽気なギャルという風貌でありながら、隙のない凛とした着物姿と相まって、極めて美しく洗練されている。

一歩踏み出すごとに着物の裾が優雅に揺れ、トモヒロは再びその幻想的な美しさに見惚れてしまった。


そして……。


店内を進んできた女鬼は、ぼんやりと座っているトモヒロのすぐ傍までやって来ると、ふっと足を止めた。


「おつー♪」

弾けるような笑顔で声をかけると同時に、女鬼は可愛らしくキュートにウインクしてみせる。


間近で放たれたあまりの破壊力と甘やかな香りに、トモヒロの心臓はドキンと大きく跳ね上がった。

胸の奥が激しくときめき、顔が一気に熱くなっていく。


「あ、ああ、うん、おつかれ……。」

トモヒロはあまりの不意打ちに完全に一杯食わされ、引きつった笑みを浮かべながら情けない声を漏らすのが精一杯であった。


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##漆黒の端末と突きつけられた業


女鬼から不意打ちのように繰り出された、愛らしくも刺激的なウインク。


その鮮烈な直撃を受けたトモヒロの胸の奥は、ドキンと大きな音を立てて激しく脈打ち始める。

跳ね上がる動悸と不覚にも動揺してしまった自分を隠そうと、トモヒロは慌てて指先で鼻の頭を擦り、必死に平静を装った。

これまで数々の女性に対してそうしてきたように、大人の男としての余裕と優位性を保とうと、引きつり気味の笑みを浮かべて虚勢を張り始める。


「やあ、いらっしゃい。それにしても君、すごく可愛いね。着物の柄や着こなしも最高だしさ、その頭のカチューシャも個性的でめちゃくちゃお洒落で可愛いよ。今度、俺が作る同人誌のキャラクターデザインの参考にさせてもらいたいくらいだな。」

トモヒロは手慣れた風を装い、自分を価値あるクリエイターに見せかけるような甘い声で話しかけた。

若い女性相手なら、こうして容姿を褒めておけば機嫌を良くして気やすく乗ってくるだろうという、浅はかな計算が胸中に巡る。


「あはは、カチューシャだって♪」

女鬼は可憐な眉を丸くして金色の瞳を爛々と輝かせると、鈴を転がすような透き通った声でカラカラと楽し気に笑い出した。


「それに、同人誌ぃ?なにそれ、あーしにエロ本のモデルやれっての?っていうか、カチューシャってウケるんだけど♪これはモノホンの角だし。あーしは本物の鬼だかんねー♪」

屈託のない笑顔でそう答えると、女鬼は大事そうに抱えていた風呂敷包みを、一切の音を立てることなく静かに木製のカウンターの上へ置く。


「本物の鬼って……またまた、冗談がうまいなあ」

鼻で笑いながらも、トモヒロの視線は彼女から離せない。


トモヒロは、先ほどから彼女の眩しすぎる美貌に見惚れるばかりで全く気付いていなかったが、女鬼は実に美しい刺繍の施された大きな風呂敷包みを携えていた。


深い藍色の高級な絹地に、鮮やかな金糸や銀糸を用いて細やかな吉祥花文様がぎっしりと織り込まれた、目を奪われるほど見事な刺繍の風呂敷包み。

女鬼はネイルを華やかに彩った指先を滑らせると、するりと丁寧で上品な所作で結び目を解いていく。

ギャル風の派手で軽い口調とは裏腹な、伝統ある佇まいを感じさせる無駄のない洗練された手つきに、トモヒロはまたしても言葉を失って見惚れてしまう。


やがて滑らかな布地が解かれ、中から一機の薄型で重厚な漆塗りのような光沢を放つ電子機器、すなわちタブレット端末が顔を出す。

トモヒロは興味深そうに目を細め、身を乗り出してその異質な端末を覗き込んだ。


「へえ、すごい高級感だな。それ、見かけないデザインのタブレットだけど、どこのメーカーなの?俺の使ってるのと違って、なんか和風だね。」

ガジェットの知識をひけらかすような口ぶりに見せかけつつ、トモヒロは軽く口元を緩めて笑う。


「あははっ、『こっち側』のタブレット端末に、リンゴのマークとか入ってるわけないじゃん♪」

女鬼は液晶画面に白魚のような指先を滑らせながら、楽しそうにくすくすと笑ってみせた。

「ま、これは『こっち側』仕様っての?無礼あんちゃんらが使ってる娑婆の作りとは全くちゃうんよ。」


「娑婆って……おいおい、表現が物騒だなあ。でも『こっち側』ってどういう意味?」

聞き慣れない『娑婆』や『こっち側』という独特のフレーズに対し、トモヒロは首をひねる。

そして、金髪の華やかな容姿も相まって、海外からの帰国子女か留学生なのだろうと、自分に都合の良い解釈を当てはめて問いかけた。

「こっち仕様とかって、君って海外から来てる子なの?金髪だし。」


トモヒロが気易く探るように尋ねると、女鬼は端末を操作していた指をピタリと止めた。

そして、トモヒロを冷ややかな金色の瞳でじっと見つめ返す。


「そうだねー。無礼あんちゃんからしたら、遠いとこの存在って意味では、あながち間違いじゃないか。」

女鬼はどこか深遠で冷徹な余韻を残しながら、フッと小さなため息を一つ吐き出した。


その淡々とした態度に少しばかり不満を覚えたトモヒロは、眉をひそめて引きつった苦笑いを浮かべる。

「遠いところって、ハリウッドかどこかかい?まあいいけど……それと、ちょっと気になったんだけどさ。」


トモヒロは咳払いを一つ挟み、己のプライドを守るように態度を少し硬化させた。

「えっと、えらいこっちゃんも君も、俺の事を無礼あんちゃんとか呼んでるけど、俺はトモヒロって言うんだ。二人共、初対面で流石にその呼び方は失礼なんじゃない?」


己の立場を傷つけられたと感じ、大人としてのマナーや客としての立場を上から目線で説くように諭してみせるトモヒロ。

「大伴トモヒロ。俺にはちゃんと社会的に通用する名前があるんだから、客に対して最低限の敬意くらい払ってほしいもんだね」


トモヒロが不機嫌そうにそう言い捨てた、その瞬間。


「客に敬意、ねぇ……?」

女鬼はトモヒロの偉そうな抗議を聞くと、それまでの朗らかな笑顔を顔からスッと跡形もなく消し去り、心底呆れ返ったようにゆっくりと首をかしげる。


「無礼あんちゃんってさー、自分は御客様に対して無礼千万やらかしまくって生きて来た分際で、自分はやられるんは嫌とか、なんなん?何様って奴?」


氷のように冷たく、そして全てを見透かすような鋭い声音が、容赦なくトモヒロの胸のど真ん中を突き刺した。

語尾の軽やかさとは裏腹に、その眼光には逃れられない絶対的な圧力が宿っている。


「他人の感情や尊厳は散々踏みにじっておいて、自分がちょっとぞんざいに扱われたら被害者面でマナーの説教?おめでたい頭してんね、マジで」


突然突きつけられた容赦のない告発と、美少女の顔に浮かんだ冷酷な視線に、トモヒロは一瞬で全身の血の気が引いていった。

背筋に冷や汗が吹き出し、心臓が凍りついたように冷たくなる。


「え?」

喉の奥から空気が漏れるような情けない声を上げ、トモヒロは目の前で冷たい目を向ける鬼の少女をただ茫然と見つめることしかできない。


その哀れな狼狽ぶりを冷ややかに一瞥すると、女鬼は無表情のままタブレットの画面を素早く操作し、トモヒロの方へと向けた。

「とりあえず、四の五の言わずに動画視聴タイムといこっか。自分がしでかしてきた現実から目を逸らさず、耳をふさがずに、よーく見て聞いてな。言い逃れは許さないから。」


そして女鬼は静かだが絶対に拒絶を許さない冷徹なトーンで言い放つ。


「あんたがこれまでどんな無礼を積み重ねてきたか、その目にしっかり焼き付けなよ」


カチリと澄んだ操作音が、張り詰めた緊張感の漂う店内に冷たく響き渡った。

それから女鬼は画面を滑らかにスライドさせると、店内にいる全員からよく見える角度で、木製のカウンターの上にしっかりと黒漆のタブレット端末を立てかけた。


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##暴かれた過去と告発の映像


女鬼が華やかなネイルの指先で滑らかに画面をスライドさせると、黒漆のタブレット端末がカチリと音を立てて鮮烈な光を放ち始める。

木製のカウンターの上に立てかけられた画面に、ジュワジュワと波打つようなノイズが走り、やがて鮮明な映像が映し出された。


そこに映っていたのは、まだ幼さの残る少年時代のトモヒロの姿。

映像の中のトモヒロは、小学生の頃から近所でも有名なやんちゃ坊主であり、同級生を突き飛ばしては悪びれもせずにせせら笑っていた。

そして年齢を重ねる毎に、単なるやんちゃにとどまらず、段々と生意気に失礼や無礼と言う属性も加わって行くことがハッキリと見て取れた。


「おいおい、なんだよこれ……なんで俺の昔の動画なんか映ってんだよ……!」


トモヒロは冷や汗を拭いながら引きつった声を上げるが、映像は容赦なく彼の過去を露わにしていく。

特に、自分より弱そうな者や大人しい相手に対しては、その嫌がらせや無礼の度合いが格段に激しさを増していた。

気の弱いクラスメイトの持ち物を隠したり、容姿を大声で嘲笑したりと、見るに耐えない行いが次々と再生される。


やがて映像は進み、成長したトモヒロが中学校の制服を着ている場面へと切り替わった。

中学に入ってからも彼の失礼な態度や無礼な言動と行動は一向に止まらず、むしろ悪質さに磨きがかかっていく。


映像の中のトモヒロは、落ち込んでいる同級生に向かって平然と傷つくような暴言を吐き捨てていた。

そして周囲から咎められそうになると、開き直ったようなドヤ顔で事ある毎に言い訳を始める。


「俺ってはっきり言うタイプだから」

「俺は思った事を言っちゃうし、こういう風に言う奴だから仕方ないだろ?」


誰に対してかわからない、到底言い訳にすらならない言い訳を延々と並べては、ずけずけと失礼な言動を繰り返していた。


「うぐっ……やめてくれよ……」

目の前で繰り広げられる己の黒歴史に、トモヒロは顔を青ざめさせて息を詰まらせる。


そして……。


画面の場面はさらに変わり、高校生の頃の増岡が画面に映し出された。


そこには、大人しくて真面目な増岡に対して、トモヒロが一方的に嫌味を言い、しつこく絡み倒している光景が記録されていた。

あきらかに自分の方が増岡を酷く馬鹿にしている分際であるにもかかわらず、トモヒロは何故か被害者ぶった顔で増岡に突っかかる。


「うわ、増岡のくせにまた俺の事馬鹿にしやがって!お前、いっつも俺を上から目線で見下してんだろ!」

理不尽極まりない言葉を吐き捨て、増岡を言い掛かりで詰じるトモヒロ。


それを見た女鬼は、画面からスッと視線を外すと、トモヒロへ向けて冷ややかなジト目を向けた。

「ねえ、これってさー、無礼あんちゃんの方が相手の事を馬鹿にし過ぎじゃね?見てるこっちが呆れて開いた口が塞がらないんだけど。なんで、相手が無礼あんちゃんを馬鹿にしてるって話になってんの?どこをどう見てどう解釈すれば、そんな結論に行きつくのか、全世界の全人類と『こっち側』の全ての住人が納得できる説明、よろ。ほら、言い訳があるなら言ってみなよ。」


一切の誤魔化しを許さない鋭いジト目で観られ、トモヒロは冷や汗をダラダラと流しながら必死に言葉を探す。

「いや、これは若気の至りっていうか、単なる高校生の頃のやんちゃなジョークじゃん。本気にする事無いって言うか……ちょっとした男子高生同士のノリみたいなもんだよ!悪気なんてなかったんだしさ!」


必死に手を開いて振りながら、過去の過ちを軽々しく笑い飛ばそうとするトモヒロ。

すると、女鬼の金色の瞳から温もりが完全に消え去った。


「は?なんそれ、それって誰の何に対する言い訳?笑わせないでくれる?悪気無しの若気の至りなら失礼な事しまくっていいとでも思ってんの?しかも、自分よりオスとして弱そうに見えて腕っぷしで勝てそう人しか狙い撃ちしてないとか、典型的ないきりクソ雑魚ムーブかましまくってんじゃんよ。マジでダサいんだけど。」


刺すような冷ややかな目で見つめられ、容赦のない正論を叩きつけられたトモヒロは、あまりの迫力に気圧され、思わず身を引いてしまう。

「いや、その……女鬼ちゃん、俺に当たり強くない?それに、なんか怖いよ?そんな蔑むような目で見ないでくれよ……」


トモヒロは身体を強ばらせ、あまりの威圧感にゾクッと全身を寒気が走り、ブルリと身震いする。

そんなトモヒロの怯えきった様子に対し、女鬼は呆れたように片方の眉を跳ね上げた。


「あーしが怖いんだ?へえ、ウケるんだけど♪じゃあさー、あーしには、こういう無礼な事はしないっての?無礼あんちゃんの方が体格良いんだし、格下認定はしないん?マジで、自分より強そうな相手には急にヘコヘコして、勝てそうな相手にだけ上から目線でイキり散らかすタイプなんだ?」

女鬼は不可解そうに首をかしげ、底意地悪く問い詰める。

その眼光には、もし万が一にも自分にナメた真似をすればタダでは済まさないという、本物の鬼たる絶対的な格の違いが宿っていた。


「い、いやっ!そんなわけないだろ!格下なんて思ってないし、滅相もない……!」


トモヒロがぶんぶんと激しく首を振って否定すると、女鬼はフッと興味を失ったように溜息をついた。


「ま、今はそんな事はいいや。あんたの苦しい言い訳聞いてるのも時間の無駄だし。とにかく、眼を離さず耳を閉じず、しっかりと己の無礼で最悪な言動と行動と態度を観てなよ。逃げられるなんて思うんじゃないよ。」

女鬼は冷徹な声でそう告げると、視線を再びカウンターの上の画面へと促した。


トモヒロは、女鬼から発せられる得も言われぬ重苦しい圧力に全身を押し潰されそうになり、反論の言葉すら喉に詰まらせてしまう。

抵抗することも逃げ出すことも叶わず、ただ黙って目を覆いたくなるような己の無礼な映像を観続けるしか出来なくなっていた。


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##虚飾の栄光と崩壊の予兆


女鬼の放つ絶対的な圧力に押し潰され、トモヒロは言葉もなく、ただ木製のカウンターに立てかけられた画面を観続けるしか出来なくなっていた。


漆黒のタブレット端末の中で、時の流れを示すように光の粒子がシュワシュワと渦を巻く。

やがて画面の中の時が過ぎていき、トモヒロが大学を卒業してから定職にも就かず、だらだらとバイトで生活している場面が映し出された。


そんな怠惰な日々の中、画面の中のトモヒロは思い立ったようにパソコンに向かい、キーボードを叩き始める。

カタカタ、カタカタと乾いた打鍵音が店内に響き渡る。

彼が大手オンライン販売サイトに、自作のアダルト同人誌を掲載したところ、運よく爆発的に売れる場面となった。


ピコン!ピコン!と絶え間なく売上通知の電子音が鳴り響き、画面の中の若いトモヒロは信じられないといった様子で目を丸くさせていた。

そして、そこから完全に調子に乗ってしまい、あっさりとバイトをやめて同人誌の稼ぎだけで生活し始め、一時は月収100万円にまでなった場面も鮮明に映し出された。


チャリンチャリンと口座に大金が振り込まれ、高級な酒を煽っては札束を眺めてニヤニヤと笑う自分の映像。

トモヒロは忘れていた当時の優越感を思い出し、胸を張って、ついそれを誇らしげに自慢する。

「どうだ、見たかよ!俺は自分の才能と実力だけで、一から月収100万まで叩き叩き出したんだぞ!凄いだろ!」


トモヒロがニヤけた顔で己の功績を誇ろうとした、まさにその時。


「へー、すごいすごーい。」


女鬼は感情の籠もっていない棒読みの声で、パチ、パチ、パチと軽やかに手を叩いてみせる。

そして、華やかなネイルの指先で可憐な顎を包み込むと、首をちょこんと傾げた。


「エロ本って言うの?この場合はエロ同人誌か。ねえ、別にこれで生活できるレベルになった事は咎める気なんてないけどさー……これって、家族は知ってるん?」


「え?」

トモヒロは思わず素っ頓狂な声を上げ、心臓がドキンと大きく跳ね上がった。

「か、家族……?いや、なんで今いきなり家族の話になるんだよ……」


動揺を隠せないトモヒロに対し、女鬼は金色の瞳をパチパチと瞬かせながら、さらに煽るように首をかしげる。


「家族には言ってないよね?家族構成は、確か両親と妹だっけか。月収100万達成とか、SNSで自慢しまくってんじゃん。最も、その翌月は5分の1以下になってるけど。ねえ、なんで家族には言わんの?稼いだ金額が自慢話なんだよね?それなのに、SNSでやってることと矛盾してね?自分の腕一本で稼いだ誇らしい自慢話ならさー、実家の両親や妹にも『俺、エロ同人誌一本でこんなに稼げるようになったんだぞ!』って胸張って報告できるはずじゃん。」

女鬼は軽快なトーンで、トモヒロの核心をズバズバと突き刺していく。


「いや、それは……。」

トモヒロは顔を真っ赤にし、情けなく口ごもる。


「それとこれとは話が別だろ……。仕事の内容と家族への報告は別というか、わざわざ言う必要がないというか……」

トモヒロは必死に言い訳を探すが、声はどんどん小さくなっていった。


自分の中に存在する、家族に言えない後ろめたさ。

世間に堂々と公表できるような仕事ではないという自覚。

SNSで顔出しNGにしている本当の理由。

それら全てを、鬼の美少女に完璧に見透かされているような気がして、背中に冷や汗がダラダラと流れる。


「リアルでは言えないんだ?それってさー、内心、他人様に自慢出来る事で稼いでないって証拠じゃんよ。」

女鬼はトモヒロの惨めな狼狽ぶりを冷ややかに一瞥すると、興味なさそうに鼻を鳴らした。


「自分がビジネスとか言っちゃってるのって、実はラッキーパンチでしかなくって、やってることは顔出しして世間に大っぴらに言えないって自覚があっから、心底胸を張れてないどころか後ろめたいからこそ、ネットの影に隠れて顔隠してイキるしかないんだよねー。クソだっさ。ま、今はそれを咎める場じゃないから、スルーしといたげる。」

容赦のない追撃を浴びせかけた後、女鬼は画面に目線を戻し、冷たい笑みを浮かべながら告げる。


「そんでもって、無礼あんちゃんがエロ同人誌でお金稼いだのは事実だとしても、そっからが転落人生だねー。」

一瞬でまとまった金が入ったことで完全に勘違いしてしまったトモヒロの未来に対し、女鬼は無慈悲な言葉を吐き捨てた。


「え?いや、何で稼げたのに転落人生なんだよ?コンサルにまでなって、俺の人生上がりまくってるじゃないか。」

トモヒロは理解が追いつかず、不満げに首をかしげる。

「今の俺は、自分の成功体験を元にノウハウを教える側に回ったんだぞ?同人作家からコンサルタントへのステップアップだ!人生大成功者の勝ち組ロードじゃないか!」


必死に己の正当性を主張するトモヒロに対し、女鬼は冷酷な眼差しを向けた。

「自分で自分の首を絞めてる自覚もゼロとか、マジでおめでたい脳みそしてるわー。そこに気づかないからこそ、今の状態になっちゃったんだろうねー。ま、続きを黙ってみてな。」


冷たく言い放たれた女鬼の言葉と圧倒的な圧力に、トモヒロは息を詰まらせる。

トモヒロは、最早訳が分からず、ただ言われるがままに画面を観続けるしかなかった。


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##暴走の代償と鬼神の咆哮


黒漆のタブレット端末の画面に、新たな映像が鮮明に映し出され始める。

そこに広がっていたのは、トモヒロが講師役として参加していた「AI漫画現金化コンサルティング」の生々しい記録であった。


画面の中の主催者である石井駿太朗は、大切な御客様である阿修羅との音声コンサルティングの約束の時間に対して、初っ端から悪びれる様子もなく平然と遅刻をやらかし、トモヒロも時間ギリギリや、ほんの1分2分遅れるという事を繰り返す。

それだけに留まらず、高額な費用を払って頼ってきてくれた大切な御客様のことを、事もあろうに「受講生」などと勝手に呼んで見下し、まるで上から目線の教師気取りで生徒扱いする始末。

挙句の果てには、悩みを相談する御客様に対して面倒くさそうな態度を隠そうともせず、鼻で笑いながらあしらうという、トモヒロの無礼極まりないやり取りが次々と映し出されていく。


「な、なんだよこれ……こんなところまで全部録画されてんのかよ……」


トモヒロが顔をひきつらせて冷や汗を流す中、画面の場面は東京で開催されたOFF会の会場へと切り替わった。

賑やかな席で、トモヒロはハンドルネーム「マスマス」として参加していた人物が、自身の学生時代の同級生である増岡であったことを知る。

再会を懐かしむどころか、トモヒロはかつてのように増岡を格下と見なし、周囲に聞こえるような大声で彼の過去や容姿を激しくいじり倒した。

言葉の暴力を浴びせかけ、酒を強要し、徹底的に失礼な言動と行動を繰り返すトモヒロ。


そしてタチの悪いことに、その場にいた他の参加者達もトモヒロを止めるどころか、彼の暴挙を煽って面白がっていたのだ。

周囲の嘲笑と下品な歓声に味をしめたトモヒロは、自分が場の主役であるかのように錯覚し、更に調子に乗って増岡への嫌がらせを加速させていった。


画面の中で、店を出た増岡が思い詰めた表情でトモヒロに歩み寄り、静かに最後の忠告をする場面へと差し掛かる。

「なあトモヒロ、いい加減にせんと、本当に取り返しのつかんことになるぞ……」


真摯に己の愚かさを諭そうとする増岡の言葉に対し、画面の中のトモヒロは真面目に聞こうともせず、「はいはい、お疲れさん」と手で払うようにして軽くあしらい、さっさと立ち去ろうとする。

増岡が去り際に胸ポケットから取り出した御札を7枚を静かにばらまいた瞬間すらも、トモヒロは哀れむような目で見つめて鼻で笑った。

気味の悪いオカルト野郎と言わんばかりに大声で嘲笑し、唾を吐き捨てるようにして二次会の会場へ向かって去っていったトモヒロ。

己の酷すぎる悪行の数々を完璧な映像として突きつけられたところで、タブレット端末の画面は静かに黒く暗転し、映像が終了した。


重苦しい静寂が流れる店内の中、カウンター席の横から、氷のように冷たい視線がトモヒロに注がれる。


「無礼あんちゃんってさー、最初から最後まで、無礼千万極まれりって感じじゃん。よくそれで今まで無事に生きてこれたよねー。」

女鬼は蔑みの色を隠そうともしない冷ややかな目を向け、呆れ果てたように吐き捨てた。


逃げ場のない事実を突きつけられ、トモヒロは喉を鳴らしながら必死に言い訳の言葉を探す。

「……確かに、こうして客観的に見せられると、増岡にはちょっとやり過ぎたかもって思うよ。反省してるしさ、今度会ったら謝っとく。」


トモヒロはどこか他人事のように頭を掻き、その場をやり過ごそうと軽い調子で答えた。

しかし、そのいい加減な言葉を聞いた瞬間、女鬼の目元から笑みが完全に消え去った。


「は?なんそれ、どういうつもり?ちょっと口先だけで『ごめんちゃい』って言って、赦されるとでも思ってんの?マジで頭ん中おめでたいよね。」

女鬼はトモヒロの浅はかな甘えを一切容赦せず、突き刺すような鋭い声で言い放つ。


「それにさー、この増岡さんって人だけじゃないかんね、無礼あんちゃんがやらかした相手って。」


女鬼は冷たく告げると、細い指先でタブレット端末の画面を素早くタップした。

再び光を放ち始めた画面には、ビジネスの重要人物で御客様である阿修羅に対して、トモヒロがヘラヘラと舐め腐った態度を取り、散々失礼な態度を取り続けている場面が次々と流れ始める。


自分の醜悪な姿をこれ以上見せつけられることに耐え切れず、トモヒロは思わず、サッと目をそらしてしまった。


すると……。


「ねえ、あーしさっき、眼を逸らすなって言ったよね?何勝手に、眼、逸らしてんの?」


店内の空気が一瞬で凍りつくような、恐ろしくドスの効いた低い声がトモヒロの鼓膜を激しく揺らした。

先ほどまでのギャル風の軽い口調とは完全に異質な、地獄の底から響いてくるような粘りつく重低音。


あまりの恐怖にトモヒロは跳ね上がるように驚き、吸い寄せられるように思わず女鬼の顔を観てしまう。

その瞬間、トモヒロは全身の血液が逆流するほどの恐怖におののき、指一本すら動かせず身動きが取れなくなってしまった。


そこに存在していたのは、先程までの可憐で華やかなギャルの風貌など微塵も無い姿であった。

彼女の両眼は禍々しく鮮烈な金色に爛々と光り輝き、固く結ばれた口元からは鋭く尖った本物の鬼の牙が露わに覗いている。

肌からは凄まじい妖気が立ち上り、まさに伝説に語り継がれる本物の鬼の形相そのものがそこにあった。


そして——。


「己の無礼な姿と他人様にやらかした事から目を逸らしてんじゃないよ!!」


店全体を激しく揺らし、木製のカウンターがバリバリと鳴動するほどの鬼の咆哮。


腹の底まで響く絶叫の圧力を至近距離で叩きつけられ、トモヒロは最早声も上げられず、開いた口から悲鳴すら漏らすことができない。

顔面は蒼白を通り越して土色に変色し、額や背中からは滝のような冷や汗が溢れ出て止まらなくなる。


全身をガタガタと恐怖に震わせながら、トモヒロはただ金色の瞳に威圧されるまま、穴が開くほどタブレット端末の画面を凝視するしか出来なくなっていた。


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##暴露されし愚行と絶対なる武


静まり返った摩訶不思議食堂の店内に、どこまでも重苦しく不穏な緊張感が漂っていた。


トモヒロは全身から滝のように不快な冷や汗を吹き出させ、喉をゴクリと鳴らしながらガタガタと激しく身体を震わせていた。

呼吸することすら忘れたかのように胸を上下させ、荒い息が喉の奥でつかえてヒューヒューと虚しい音を立てる。


タブレット端末の画面内では、トモヒロが阿修羅に対して繰り広げたあまりにも失礼過ぎて無礼極まりない醜態の数々が、逃れようのない不都合な現実として余すところなく映し出されていた。


副業で取り組んでいると事前に何度も伝えられていたにもかかわらず、自分の勝手な思い込みだけで勝手に専業扱いし、上から目線で「毎月10作品は出さなきゃダメでしょ。今結果を出して稼いでる人はみんな、これくらい当たり前にやってるんだからさあ」などと無理難題を押し付けた身勝手な態度。

阿修羅が自作の効率化チェックツールについて説明しようとした言葉を「そうじゃなくて〜」と大声で遮り、自分の浅薄な持論をひけらかして一方的に否定した傲慢極まる横暴さ。

さらには、作業者交流チャットの場において、阿修羅の「恐縮です」という丁寧な挨拶をやたらとバカにし、周囲に見せつけるように「いや〜、恐縮です。恐縮です。ギャハハハ!」と煽り立てるように物真似まで繰り返していた下品な悪行のすべてが、完璧に再生されていた。


そして、目の前の黒漆のタブレット端末に映し出された映像は、ようやく最後の一瞬まで流れ切り、静かに画面を暗転させる。


こうして、トモヒロは恐怖に震え上がりながらも、何とかタブレット端末の映像を見て、阿修羅に散々やらかしたあまりにも失礼過ぎて無礼極まりない自身の醜態を観終わった。

己の醜悪な恥部と底意地の悪い悪行を白日の下に晒され、トモヒロは顔面を土色に染めて惨めに縮み上がる。


そんな見下げ果てた男の姿を、女鬼は金色の瞳に冷酷な蔑みの色を宿しながら冷ややかに見下ろした。

胸の奥底から込み上げる凄まじい嫌悪感を隠そうともせず、女鬼は大きく胸を膨らませると。


ハァーーーッ……。

静まり返る店内全体にどこまでも重々しく響き渡るような、くそでか溜息をはく女鬼。

そして、固く結ばれた口元を歪め、女鬼は開いた口から容赦のない言葉を吐き捨てた。


「胸糞悪いどころの騒ぎじゃないね、これ。画面見てて反吐が出そうだし、あまりのひどさに呆れ倒すしかないんだけど。はっきり言って幼稚すぎ。やってることも言ってることも、他人様、それも御客様に対するその舐め腐った態度まで、何もかもがガキ以下じゃん。こんなペラペラで最低最悪な人間性で、よくもまあ恥ずかしげもなく講師だとかコンサルタント気取れるよねー。」

氷のように冷たい弾劾の言葉が、トモヒロの胸を容赦なく深く突き刺す。


トモヒロは己の浅はかなプライドを木端微塵に打ち砕かれ、開いた口から情けない引きつった息を漏らすばかり。


あまりの酷さに呆れ果てたように女鬼は眉をひそめ、トモヒロの目元を射抜くような鋭い眼光を向けながら言葉を続ける。

「あーしがこんなんやられたらさー、相手が誰であれ絶対にタダじゃおかないし、多分最初の段階で無礼おっちゃんとこにリアルで直接乗り込んで、その生意気な首を力任せにひっこ抜くかも。」


サラリと恐ろしく物騒な言葉を言い放つと、女鬼は着ていた黒地の華やかな着物の右袖へとスッと細い手を伸ばした。

そして、サラッと腕まくりしてみせる。

その捲くり上げられた袖の先から露出した腕を目にした瞬間、トモヒロの瞳孔が猛烈な恐怖によって激しく収縮した。


そこには、芸術的なまでに極限まで引き締まり、美しくも禍々しいまでの威圧感を放つ、無駄な脂肪は1gたりとも存在せず、相手を確実に、効率的に破壊することだけに最適化された、肉弾戦のための究極の武具なる腕が垣間見えた。

しなやかで滑らかな皮膚の下には、固く研ぎ澄まされた強靭な筋肉が美しく躍動している。

ひとたびその拳が振るわれれば、骨ごと跡形もなく打ち砕かれ、一瞬で命を刈り取られるであろう圧倒的な絶対強者の存在感がそこにあった。


一目見ただけで生物としての根本的な格の違いを見せつけられ、トモヒロは肉体的にも完全に敗北している事を悟り、更に恐怖が増幅する。

「ヒッ……あ、あり得ないだろ、なんだよその腕……」

声にならない情けない悲鳴がトモヒロの引きつった喉から漏れ出た。


その場で一言も発せなくなり、ガタガタと全身を震わせるトモヒロのすぐ横へ、それまで静かに様子を見守っていたえらいこっちゃ嬢がすばやく前に躍り出る。

ベレー帽を揺らし、えらいこっちゃ嬢はトモヒロと女鬼の間に立つと、小さな体いっぱいに大きな身振り手振りを交え始めた。


「閻魔大王も地獄極楽のお偉いさん達も頭が上がらん、細マッチョで喧嘩の強さも地獄極楽一の超エリート鬼で、超絶シゴデキ鬼のギャル美少女!舐めてかかったら、えらいこっちゃ!」

えらいこっちゃ嬢は両腕をぶんぶん振り、台形の口を元気いっぱいにパカリと開けながら、えらいこっちゃ嬢は自慢げに女鬼の凄まじい実績と地位をアピールしてみせた。


「凄すぎるお方なんやから、無礼なことしてしまいよったら一瞬でペシャンコにされてしまいよる、えらいこっちゃ」

アピールを終え、可愛らしく胸を張る小さな案内人。


その言葉を聞いた女鬼は、先ほどまでの恐ろしい気をすっと和らげると、美しく整った顔立ちを和ませて愛らしく微笑んだ。

「あはは、ありがと♪そう言ってもらえると照れるけど、めちゃくちゃ嬉しいなー♪」


女鬼はそう言って優しく目を細めると、えらいこっちゃ嬢の頭を撫でる。

すると頭の上に置かれた温かな手を感じて、えらいこっちゃ嬢は更に両腕をぶんぶん振って喜びを表現した。

ベレー帽をぴこぴこと揺らし喜ぶえらいこっちゃ嬢。


だが、二人の微笑ましくも和やかなやり取りの傍らで、トモヒロの顔面は更に土色に変色していた。

ガチガチと歯の根を鳴らしながら、トモヒロはひきつった口元から掠れた声を必死に絞り出す。

「いや、君ならマジでやりそうだし、実際に出来そうで……マジで首抜かれそうで恐ろしいよ……。」


本気で首を引っ抜かれかねないという恐怖に直面し、トモヒロが怯えきった声でそう言うと。

その弱々しい呟きを耳にした瞬間、女鬼の金色の瞳が動き、冷酷な光を宿してトモヒロを鋭く射抜く。


「ねえ、それってさー、あーしみたいに絶対喧嘩で勝てそうにない相手には、無礼な事はしないって勝手に選別してるってこと?何それ?あーしの事差別してんの?それとも、この阿修羅さんって人や増岡さんって人を格下認定して差別してんの?」


女鬼は腕を組み、冷ややかな眼差しでトモヒロをじっと見据えた。

威圧的な金色の瞳から放たれる凄さまじい眼光によって、トモヒロの全身に金縛りに遭ったかのような激しい麻痺状態が襲いかかる。


「そんな、差別なんて……!俺は誰かを差別するようなつもりなんて一切……っ」

あまりの気圧されように、トモヒロは口ごもる。


冷や汗を全身から流しながら必死に首を横に振るトモヒロに対し、女鬼は静かな足取りで一歩前へ足を進め、逃げ道を完全に塞ぐようにして冷ややかな声で追い詰めた。


「じゃあさー、なんであーしには弱気な態度なんよ?で、なんで大人しそうな人には偉そうにして見下して無礼な事ばっかやってんの?自分より強い相手にはヘコヘコして弱い相手には威張るとか、そんなコロコロ態度変えるの、大人以前に人間としてみっともなくね?」

女鬼はどこまでも冷徹にと言い放つ。


逃れられない決定的な正論と、己の内に潜む卑屈で醜い本性を的確に突かれ、トモヒロの身体は小刻みに激しく揺れ動いた。

「うっ……それは、その……」


情なくしどろもどろになるトモヒロに対し、女鬼は最後の一撃を叩き込むかのように冷酷な言葉を重ねていく。


「こういうのを、無自覚無意識にやっちゃってるところが、もう救いようがない典型的な殺処分すべきゴミ屑我利我利亡者なんよねー。」

女鬼は決定的な事実を容赦なく突きつける。


逃れようのない絶対的な死の宣告。

その恐ろしい言葉の重みに押し潰され、トモヒロは震え上がる。


「か、勘弁してよ……俺が悪かったから、どうか命だけは勘弁してくれ……っ」

喉の奥からヒィッと引きつった惨めな悲鳴が漏れ出て、トモヒロはガタガタと膝を大きく揺らした。


そして……。


女鬼は腕を組み、冷ややかな金色の瞳でトモヒロの目元を鋭く問う。

「阿修羅さんって人と増岡さんって人には特に酷過ぎだったわけだけど、なんでこんな事したんよ?二人があんたに一体何の害をなしたっていうのさ?理由があるなら言ってみな。」


問いかける声は静かでありながら、地獄の底まで響くような絶対的な威圧感を孕んでいた。

金色の瞳がじっと見つめるのは、目の前に座る浅はかな罪人の歪んだ内心そのもの。


トモヒロは、最早女鬼が怖すぎて頭が回らず、ただ黙って座り続ける事しか出来なくなっていた。

言い訳の言葉は喉の奥で完全に凍りつき、脳裏は激しい恐怖とパニックを起こして完全な思考停止へと陥っていく。


答えを出すことすら許されないほどの圧倒的な絶望感の中で、摩訶不思議食堂の静寂の中に、ただトモヒロの荒い途切れ途切れの呼吸音だけが空しく響き渡っていた。


---


##虚飾のコンサルと恐怖の研修


完全に女鬼という存在に気圧されるトモヒロ。


トモヒロは全身の毛穴という毛穴から冷や汗を吹き出させ、呼吸することすら忘れたかのように引きつった胸を大きく上下させていた。

首筋は固く強張り、喉の奥からはヒューヒューと情けない呼吸音が漏れ出している。

目の前に佇む金髪の美少女から放たれるのは、圧倒的な生命の格の違いであり、本物の鬼たる凄絶な妖気であった。


女鬼は華やかな黒地の着物の裾を静かに揺らし、金色の瞳を不吉に爛々と輝かせながらトモヒロの顔を凝視する。

そして、可憐な首を不可解そうにちょこんと傾けた。

「ねえ、エロ同人誌で、たまたま運良く売れちゃったラッキーパンチで最大瞬間風速月収100万とか稼いで大金を手にしちゃって、勘違いして舞い上がっちゃいましたって話なら、まあ浅はかなクソガキのよくある凡ミスってことで、百歩どころか五千兆歩譲って可愛いもんとしようか。調子くれちゃった哀れで醜い姿全開で全然可愛かねえけど。で、なんでいきなりコンサルティングなわけ?」


女鬼は呆れ果てたような冷ややかな眼差しをトモヒロに向け、逃げ場を塞ぐように問い詰める。

自分一人でまともなビジネスを成立させた実績すら存在しないくせに、なぜ指導する側に回れると思ったのかという無慈悲な詰問。


トモヒロはガタガタと顎を震わせながら、掠れた声を必死に絞り出した。

「それは、駿太朗さんに誘われて……。AIを使った漫画や同人誌のコンサルチームを作るから、講師として一緒にやらないかって誘われたからで……」


トモヒロは必死に責任を他者へと転嫁しようと試みるが、そんな浅はかな言い訳が通用する相手ではない。


女鬼は金色の瞳を細めると、一切の容赦もなく更に詰めていく。

「はあ?誘われたからって、指導者として勉強を何もしてない素人が、名前だけ講師って呼ばれて調子に乗ってるだけの頭悪すぎ性格悪過ぎなボンクラの分際で、客相手に一丁前に指導できるわけないじゃん。誰かに物を教えるための研修も受けた事無い無礼おっちゃんが、コンサルティングなんて高度な仕事が出来るとでも思ったのはなんで?そんでもって、今の映像観て、自分がコンサルティング出来てるとか本気で思うん?まさか、今観たのがまともなコンサルティングだとか言わないよね?」


刺すような女鬼の鋭い声が、トモヒロの耳膜を直接突き刺す。

映像に記録されていたのは、指導などとは程遠い、ただの横暴で失礼極まりない横柄な振る舞いの数々でしかなかった。


女鬼は淡々と、しかし決定的な事実を言い放つ。

「はっきり言って、コンサルティングの体を為してないどころか、あんたがやってんのは、ただの失礼で無礼でしかないから。相手の為にあえて厳しい事を言ってるとかマジでダサ過ぎな言い訳してやがるけど、あんたは厳しい事言ってんじゃなくって、ただの失礼過ぎで無礼千万でしかねえし、他人様にただただ失礼な事やらかしてるだけ。こんなもん、指導でもコンサルティングでも何でもなく、ただの幼稚なイジメと己をコントロールできないクソガキの鬱憤晴らしでしかねえし。これってさー、高額なコンサルティング料を払ってくれた御客さんからしたら、金取られて嫌な思いさせられただけじゃん。」

商売以前に人間としての尊厳を踏みにじるような悪行に対し、女鬼の口調には激しい蔑みが込められていた。


己の存在意義を真っ向から否定され、トモヒロは情けなく顔を歪めて抵抗を試みる。

「で、でも、添削とかちゃんとやってるし……。提出された作品のチェックとか、俺なりにアドバイスしてちゃんと見てあげてるし……」


トモヒロは必死に己の成果を主張しようとした。

だが、女鬼は心底おかしそうに可憐な首を傾げる。


「は?添削?なんそれ?いつどこでどんな添削したんよ?さっきの映像で流れたあれのこと?もしかして、あのマーケティングのデータも市場の根拠も何もない、意味不明な個人の感想垂れ流してるだけの事言ってんの?自分の好みと気分でダメ出しして格好つけてるだけの、あれのどこが添削なんよ?」


身勝手な個人的感覚をありがたい指導だと勘違いしていたトモヒロの鼻柱は、木端微塵に打ち砕かれた。

さらに女鬼は、冷ややかな目で見据えながら、畳みかけるようにトモヒロを問い詰めていく。


「それにさー、右も左もわかんない初心者に、偉そうでキレ気味に『こんなのあり得ない、ちゃんとマニュアル読んでたらこうはならない』とかぬかしてたよね?初心者でも稼げるとかぬかして集めたお客さんの大半は漫画の素人で、高額な金を払って習いに来たばっかの素人が、いきなり出来るわけないし、マニュアルとか教科書読んでも最初は出来なくて当然じゃんよ。なのに、あの態度はなんなん?じゃあさー、無礼あんちゃんはおんなじ事されても、納得して有難がって絶対に怒ったりしないって素直に聞いてミスなく百パー完全に出来るって認識で、あってる?」

氷のように冷たい金色の瞳が、トモヒロの目元を鋭く射抜く。


もし自分がどこかのコンサルティングサービスやスクールに入り、右も左も分からない状態でいきなり横暴に失礼な態度で小馬鹿にされた時、果たして笑顔で感謝できるのか、という当然の問いかけ。

トモヒロは喉を鳴らし、ガタガタと唇を震わせるばかりで、何ひとつ上手く答えられないでいた。

冷や汗が顎からポタポタと滴り落ち、カウンターの木目を濡らしていく。


トモヒロが上手く答えられないでいると、女鬼はさらに問い詰める。

「ねえ、あーしの声、聞こえてるよね?聞こえてるんだから何とか言うてみ?自分では何の努力も勉強もしてない、クソガキ以下のまま図体と態度だけでかくなっただけのゴミ屑我利我利亡者野郎の分際で、まさか、人に失礼な事やるのは良くって、自分が失礼な事やられるのとか厳しい事言われるんは嫌とか、フザケまくった事、言わんよね?」


人間の底にある身勝手で卑屈な矛盾を、女鬼は容赦なく暴き立てていく。

トモヒロはただ首を竦め、目を泳がせることしかできない。


そんなトモヒロを観ながら、女鬼は吐き捨てるように息を漏らした。

「都合が悪い事はだんまりってんだ。いい根性してんねー、性根っから腐り切ってるんが丸わかりだし。自分が客にやってきた酷さを棚に上げて、追い詰められたら被害者ぶって黙りこくるとか超絶ダサすぎ。じゃ、これから『こっち側』の研修したげよっか?まずは極卒の基礎からいってみる?無礼あんちゃんは素人で初心者だけどさー、遠慮なんていらんよね?一ミリでもポカやらかしたら、両手両足引きちぎって首引っこ抜いて最初からやり直しでOK?」


そう語る女鬼の表情は、顔では妖艶に笑っていながら眼は全く笑っておらず、完全に獲物を逃さず仕留める冷酷な狩人の顔そのものであった。

細く美しく引き締まった腕から放たれる本物の殺気。


そして……。


「都合悪くなった途端だんまり決め込んでんじゃないよ!!」


またしても宇宙をも揺るがす程の、本物の鬼の咆哮。


「ひぇ!?」

トモヒロの引きつった喉からは、言葉にもならない情けない悲鳴しか上げられなかった。

恐怖で全身の血の気が引き、ガクガクと膝を震わせながら、ただその場に平伏するように縮み上がるばかりであった。


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##暴かれた偽りと破滅の言霊


目の前の美少女から放たれる凄絶な殺気と、圧倒的な生命の格の違い。

完全に気圧されてしまったトモヒロに対して、女鬼は一切の容赦がない。


着物の袖から覗く引き締まった腕を冷酷に見せつけながら、女鬼は金色の瞳を妖しく光らせた。

「で、どうすんの?これから、あーしとマンツーマンで地獄研修してみる?さっき言った通り、一ミリでもポカやらかしたら両手両足引きちぎって首引っこ抜いて最初からやり直しになるけど、そんな血みどろのスパルタ指導を受ける覚悟はあるん?他人様には覚悟を求めて置いて、てめえは微塵も覚悟ありませんとか、ふざけった事、言わんよね?」


逃げ場を完全に塞がれたトモヒロは、全身をカタカタと激しく震わせ、蒼白な顔で必死に首を横に振る。

「いや、それは勘弁して……お願いだから許して……ってか、なんで女鬼ちゃんがそこまで本気で怒るの?女鬼ちゃんには……俺たちのやらかしたことなんて直接関係……」


引きつった声で命乞いをしながら、不用意な言葉を漏らしてしまう。

その瞬間、女鬼の金色の瞳から温もりが完全に消え去り、絶対的な零度の眼光がトモヒロの眉間を射抜いた。


「関係ないとかぬかしやがったら、今すぐ四肢をもぎ取って首引っこ抜くから。」

女鬼は、地獄の底から響いてくるような冷たい眼で言い放つ。


トモヒロは一切の言葉を失い、喉の奥でひっと悲鳴を凝縮させながら、これ以上小さくなれないほどに丸くなって縮み込む。


そして女鬼は、呆れ果てたように深く胸を膨らませると。

ハァー……っと、重々しいため息をひとつ吐き出し、女鬼は蔑むような視線をトモヒロへ注いだ。


「無礼あんちゃんの存在自体が、巡り巡ってあーしの余計な仕事増やしたんだし、何ひとつ関係なくねえから。ま、魂の巡りや因果がどうのっていう『こっち側』の深い事情なんて、己の欲望しか頭にない娑婆のクソガキ無礼あんちゃんにはわかんないか。」


冷ややかに突き放すと言葉を切り、女鬼は腕を組んでトモヒロの怯えきった表情をじっと見つめる。


「そんで、日頃のコンサルごっこじゃ他人様には言い訳すんなとか基準値を高く持てとか偉そうにぬかしておきながら、自分は最低の基準で生きて必死に言い逃れの言い訳したそうな顔してるし、何か言い訳あるんなら、今のうちに気が済むまで言いな。聞くだけ聞いといてあげるよ?」

反論の機会を与えるような口ぶりでありながら、その瞳には一切の弁明を叩き潰す準備の整った凶悪な光が宿っていた。


トモヒロは泳ぐ視線を必死に動かし、何とか自分の正当性を証明しようと冷や汗を流しながら言葉を絞り出す。

「言い訳って……ほら、成果出てる受講生もいるじゃないか。入って1か月で10万達成した人とかさ、俺たちの教え通りにやって実際に稼げた人だって存在してるんだから……」


必死に実績らしきものを盾にしようとするトモヒロの言葉を、女鬼は途中でピタリと遮った。


「そんなん、言うてもごく一部だけじゃん、ほんの1%しか出来てる人おらんし、そもそも御客様はあんたらの自慢の材料になんてなんないから。しかも、そういう人って元々経験がある人で、あんたらみたいなコンサルタント名乗る詐欺的なゴミ屑我利我利亡者なんかおらんでも、成果出せてる人だからね。こういう人らって、何をとち狂ってこんな詐欺的コンサルティング買ったんだって話。そんでもって、コンサルティング期間が終わる頃にきっちり成果出してる人より成果出てない人の方が圧倒的多数とか、舐めてんの?全員が望む成果に達してなきゃ、コンサルタントとしては恥ずべき大失態だし、高い金払って来てくれた御客さんに申し訳ないって思ってなきゃ駄目っしょ。御客さんは成果出せてて当然、そんなもんコンサルタント側が自慢する事でも、ましてや言い訳の材料にする事でもねえから。まさか、成果でない事は全部御客さんの自己責任にして、はいお終いとか、人の事もビジネスもコンサルタントって仕事も舐めすぎ。そこんとこ、おわかり?」


女鬼は、トモヒロの傲慢な言い訳を徹底的に叩き潰していく。


「それにさー、『受講生』?ねえ、あんた何様なん?コンサル様?だとしたら、根性腐り切った猿以下って意味の略称でコンサルって事?お金を払ってくださったお客様の事を受講生なんて見下した言葉で呼んでる時点で、自分がどれだけ調子に乗って偉そうで横柄で失礼な事してるか自覚ないん?」

金色の瞳を細め、女鬼は底意地の悪い冷徹な眼差しでトモヒロをじっと見る。


「……御客様、です……。」

己の立場と非を突きつけられ、トモヒロは全身の血の気を引かせながらガタガタと震えあがるのだった。


女鬼は腕を組み、畳みかけるように冷ややかな言葉を叩き込んでいく。

「その呼び方からして、もう人をナチュラルに見下してるってわからんところが、性根が腐ってるってことなんよ。言葉ひとつに人間の本性と傲慢さが全部出るんだっての。娑婆には呼び方なんてどうでもいい、呼び方警察がうぜえとか抜かす浅はかな輩がわんさかおるけど、娑婆の甘い環境でそれが通用しても、『こっち側』では一切通用しないし。『こっち側』は、言葉一つで呪い殺す術や技があるんだから、言葉の持つ本当の力、言霊ってのを軽視してないからね。そこんとこしっかり意識して、言動には気を付けな。」

女鬼の容赦のない一言一言が、トモヒロの魂を削り取っていく。


「はい、すみません……。」

トモヒロは言葉もなく、力なく首を垂れて深くうなだれるしかなかった。


女鬼は一度鼻を鳴らすと、仕切り直すように言葉を続ける。

「で、なんだっけ?そうそう、成果が出てる御客様もいるんだって恥ずかしい話ね。あのさー、それ、何の自慢にもなんねえし。娑婆だと『うちのコンサルやスクールでこれだけの成果が出ました!』なんてドヤ顔で実績自慢してる阿保共がいっぱいいるけど、あれって客観的に見たらさー、ただの恥の垂れ流しだかんね?」


呆れ返ったトーンで言い放ち、女鬼はトモヒロの醜い言い訳を一蹴した。


「あれって、大体が『御客様の成果が出たら指導したコンサルタントや講師の御蔭様、成果が出ないのはコンサル生・受講生の自己責任』って言うふざけた在り方、あんたらみたいな連中の大好きな表現で言うと『マインド』ってやつじゃんよ、まさに搾取マインド。お金を受け取るサービス提供側、コンサルタントとしての本当の在り方としては、まったく逆であるべきじゃないの?『御客様の成果が出たら御客様が努力したからで、成果が出ないのはコンサルタントの責任』じゃないん?そこんとこ、自分の胸に手当てて考えてみたらどうよ?」

首をかしげ、女鬼は本質を突いた問いを投げかける。


すると、横で静かに様子を見ていたえらいこっちゃ嬢が、すばやく前に進み出た。

ベレー帽をぴょこんと揺らし、えらいこっちゃ嬢はトモヒロを小さな指でビシッと指さす。


「美味しいとこだけ持って行きよる、典型的な搾取マインドで詐欺師マインド、えらいこっちゃ!」

台形の口から、一切の容赦がない決定的な一言を吐き捨てた。


女鬼は大きく頷き、えらいこっちゃ嬢の言葉に賛同を示す。

「まさにだよねー。大体、御客様に真剣に向き合って、御客様に本気で成果を出して頂く事に全神経フォーカスしてんなら、間違ってもあんな舐め腐った愚行はやらかさんし、無礼あんちゃんみたいな横暴な態度にはならんわけよ。そんでもって、御客様が血の滲むような努力で出した成果を自分の手柄みたいにSNSで自慢するとか、集金自慢と合わせて頭悪過ぎなイタい事は絶対にやらんと思うんだけど、そこんとこ自分の胸に聞いてみたらどうなん?」


鋭い眼光で真っ直ぐに見詰められ、問い詰められたトモヒロはぐうの音も出ない。

反論の言葉など一文字も浮かばず、喉を鳴らしてただ固まるばかりであった。


女鬼はさらにトモヒロの逃げ場を消し去るように、論理的な追撃を重ねていく。

「で、無礼あんちゃんは今し方、成果が出てる御客様もいるってドヤ顔で言ってたけど、金を貰って教えてるんだから、そんなの成果が出て当たり前だし。むしろ、コンサルティング受けた人全員が成果出してないと完全におかしいじゃんよ。コンサルタントって御客様とどこまでも並走して、壁にぶつかったら問題解決して確実に成果に導くのが仕事なんだから、一人でも成果出てない人がいる時点でコンサルタントしても、コンサルティングサービスとしても大失態の大失敗、まともなプロのコンサルタントなら自分の力不足を誠心誠意謝り倒して、頂いたお金を全額返金してるレベルだって事、ちゃんとおわかり?」


現実の厳しさと、己がいかに生半可な気持ちで客から大金を巻き上げていたかを突きつける。


「ま、企画の主催は無礼あんちゃんじゃないから、この構造全体についてあんちゃんだけの責任にしちゃうのはちょっと酷だけどね。でもさー、講師として名前出してお金受け取ってた以上、そんな詐欺的な仕組みについて、本来なら気付いて止めなきゃダメじゃん。大体、一人一人に対してマンツーマンでしっかりと対応する事、目の前の人に正確に伝えるべき事を伝わるように伝えるだけでもめちゃくちゃしんどいし難しい事なのに、何十人も大量に集めて濃密なコンサルティングが出来るかって話。コンサルティングサービス販売して一千万円稼げましたーとか、SNSで自慢して恥晒してる場合じゃねえし。そんなもん、完全に集金だけが目的の粗悪ビジネスだって周りから見たらバレバレじゃんよ。そんな汚い集金システムにほいほい乗っかって、甘い汁吸おうとした無礼あんちゃんも当然、同罪だからね。」


どこまでも論理的で、反論の余地を一切残さない冷徹な宣告。


トモヒロは、自分の浅はかさ、身勝手さ、そして胸の奥底に隠していた闇の部分をまざまざと言い当てられてしまい、完全に女鬼の圧倒的な圧力に飲み込まれてしまっていた。

もはや言葉を発する気力すら奪われ、ただ摩訶不思議食堂の冷たい空気の中で、己の罪の重さに潰されそうになりながら震え続けることしかできないのだった。


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##暴かれし醜悪と無知なる傲慢


自身の浅はかさと醜悪な罪の数々を完璧に看破され、完全に逃げ場を失い、暗い闇を容赦なく暴かれてしまったトモヒロ。


冷たいカウンターの縁にすがりつくようにして身体を丸め、膝をガタガタと小刻みに揺らす。

己の言い分がことごとく粉砕された絶望感に打ちひしがれ、土色の顔を力なく落とす。


「そんな……女鬼ちゃん、容赦なさすぎだろ……。そこまでボコボコに言わなくてもいいじゃないか……。」

トモヒロは血の気の失せた唇を震わせ、今にも泣き出しそうな惨めな声でうなだれる。


だが、そんな情けない男の哀れな姿を目にしても、女鬼の金色の瞳には一切の情け容赦すらなかった。

「はあぁ?なんそれ、まだ甘ったれてんの?随分と御上品な温室育ちだったんだねー、こんくらいでメンタルやられちゃうとか。ちょっと自分の酷い在り方を客観的に突きつけられたくらいで被害者面して泣きそうになるとか、マジでおめでたい脳みそとマインドしてるよね。その程度の根性無しの分際で、よくもまあ、あんな風に他人様を小馬鹿にして無礼千万やらかして来たもんだよ。」


女鬼は蔑むような冷ややかな視線を向け、フッと呆れた溜息を吐き出す。

そして、トモヒロの弱々しい被害者意識を一蹴し、女鬼は冷徹な眼差しをそのまま固定させた。


「言っとくけど、こんなもん、まだ序章に過ぎねえから。」


静かでありながら絶対的な威圧感を孕んだ声で、女鬼は冷たく言い放つ。

その不穏すぎる一言を耳にした瞬間、トモヒロの全身に激しい衝撃が走った。


「え!?ま、まだあるの!?」

トモヒロは弾かれたように顔を跳ね上げ、恐怖に引きつった顔で大きく眼を見開く。


顔面をさらに青ざめさせ、ガタガタと全身を震わせるトモヒロに対し、女鬼は心底呆れ返ったように眉をひそめた。


「なんでこの程度で終わると思ってんのさ?無礼おっちゃんは、まだ何が悪かったのか、何が駄目だったのか、その本質に近づいてすらおらんし。」

トモヒロの逃避願望を完全に打ち砕くように、女鬼は突きつけるように言う。


「俺の、本質……?」

トモヒロは喉を鳴らし、掠れた声でぽつりと呟く。


不可解そうに首を傾げるトモヒロに対し、女鬼は冷ややかな瞳で正面からその顔を見つめる。


「そ。ねえ、なんでこんな人を小馬鹿にして失礼な事ばっかりしでかしたんよ?自分に何の害をなしてない人に向かって、わざわざ不快にさせるような言動を繰り返した理由は何なのさ?」

静かだが鋭い刃のような問いを、女鬼は淡々と問う。


詰め寄られたトモヒロは、必死に頭を回転させて理由を探そうと試みる。

しかし、いくら過去の記憶を遡ってみても、明確な動機や正当な理由などどこにも存在しなかった。


「それは……。」

トモヒロは言葉を詰まらせ、情けなく口ごもる。


言い訳の言葉すら見つけられず、ただ視線を彷徨わせるトモヒロの姿を見て、女鬼は淡々と現実を言葉にした。


「答えられないんだ。ま、そりゃそうだよねー。だって、理由なんてないもん。何か特別な怨みがあるわけでもなく、ただ自分の気分とノリだけで他人を踏みにじってきたんだからさ。最早それが無礼おっちゃんの自然体、息をするように人を傷つけたり無礼な事やらかすようになっちゃってるって事。己の醜さに無自覚なまま生きてきて、それを教えてくれる人が、今までは増岡さんっていう人以外いなかったってのは、不運っちゃ不運だよね。」

女鬼はどこまでも冷徹な声で言い放つ。


その言葉を突きつけられたトモヒロの脳裏に、かつての光景が鮮明にフラッシュバックする。


東京の歓楽街、焼肉屋を出た後の薄暗い路地裏。

大勢の目の前で自分を散々嘲笑ってきたトモヒロに対し、静かな怒りをたたえて告げられた言葉。

作業者交流チャットでの阿修羅に対する無礼な態度を指摘し、態度を改めるよう促してきた増岡の切実な表情。


トモヒロは、OFF会の別れ際に、増岡に言った事と、増岡に言われた事を必死で思い出してみようとする。


あの日、自分は増岡の真摯な忠告をハナで笑い飛ばし、貧乏人だと見下して捨て台詞を吐き捨てた。

そんな事をされながらも、増岡は自分の事を本当に心配し、地獄へ落ちないための最後の忠告をしてくれていたのだと、トモヒロは今更になって気づかされる。


トモヒロが青ざめた顔で青息吐息になっていると、女鬼はさらに追撃の言葉を重ねた。

「面と向かって、あそこまできっちりと言ってくれたのは増岡さんだけだったけど、内心むかついてた人はどれだけいただろうね。無礼あんちゃんが講師面してるコンサルティングサービスの中にも、表向きはヘコヘコしながら、裏では本気でキレてた御客様が結構いたりして。ほんっと、今まで刃傷沙汰にならんで、よく無事前に生きてこれたよねー。あ、そっか、反撃したり暴力に訴えそうにない気が弱そうな人にしか失礼な事してないから生き残れたんだ。」

嘲笑を交えながら、女鬼は呆れたように言う。


自分では上手く立ち回っていたつもりだった人間関係。

だが、実際はただ単に弱そうな相手を選んで威張り散らしていただけの惨めな暴挙だったと突きつけられ、トモヒロの心臓は早鐘のように激しく脈打つ。


「俺の事、恨んでる人って、そんなにいるの……?」


トモヒロは恐怖に顔を引きつらせ、震える声で恐々と尋ねる。

しかし、女鬼はトモヒロの怯えなど一切相手にしない。


「そんな事は、あーしの知ったこっちゃねえし。あんたが勝手に撒き散らした悪意の数なんだから、自分で責任持ちなよ。気になるんなら、自分で直接聞いてみたら?」

吐き捨てるように、女鬼は淡々と言い放つ。


「いや、そんな事聞けるわけないじゃないか……!」

トモヒロは慌てて両手を振り、引きつった笑みを浮かべながら返す。


そんな情けない反応に対し、女鬼は蔑みの色を露わにした。

「ほんと、無礼でチキン野郎とか、終わってんねー。自分から煽っておいて、相手の反応からは全力で逃げ出すとかダサすぎるんだけど。ま、その話はこんくらいにして……」


女鬼はそう言うと、一旦言葉を区切る。

そして、表情から冗談めいた色を完全に削ぎ落とし、底知れぬ圧力を全身から立ち昇らせた。


「そんじゃあ、本題。ねえ、無礼あんちゃんは、お金を払って来て下さったお客様に対して、在り方を注意てくれる親切な同級生に対して、なんでこんな失礼極まりない事をやらかしたんよ?」

地獄の底から響くような重厚な声で、女鬼は本質に迫る問いを投げかける。


自分自身の内面、そして人間としての根本的な欠陥を突きつけられる怒濤の追及。

トモヒロは一瞬、問いの意味が分からず、ただ口を開けて間抜け面をしていた。

思考が完全にフリーズし、ただ情けなく開いた口から浅い息を漏らすことしかできなくなっていた。


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##芽生えし自覚と大人の理


摩訶不思議食堂の静寂の中に、どこまでも重苦しい不穏な緊張感が漂う。


トモヒロは、自分の醜すぎる愚行を、タブレット端末の映像で見せつけられ、どうしてあのような事を繰り返し続けたのかを、初めて真剣に考え始めた。

画面の中でヘラヘラと不快な笑みを浮かべ、自分より立場が弱そうな者や大人しい相手を見下して威張り散らしていた己の惨めな姿。

客観的な映像として容赦なく突きつけられた己の言動は、あまりにも醜悪で、浅はかで、救いようのないものであった。


自分が何故、あんなことをしてしまったのか。


過去の記憶を必死に遡り、己の根底にある動機や理由を探ろうと、頭を必死に働かせる。

しかし、どんなに考えても答えが見つからず、女鬼の問いにまともな回答を出すことが出来ない。

自分の中にあったのは、たまたまお金が稼げたことによる愚かな慢心と、その場の浅はかな気分や衝動だけであった。

他人を傷つける正当な理由など、最初からどこにも存在しなかったのだという冷酷な現実に打ちのめされる。


トモヒロは両手を力無く膝の上に置き、絞り出すような掠れた声を漏らした。

「……俺、生まれて初めて、自分がこれまでやってきたことの意味や理由について真剣に考えてる……。でも、いくら頭を抱えて考え抜いても、何ひとつ答えがわからないんだ……。なんで俺は、あんな醜くて酷いことを周囲の人達に平気で繰り返し続けてしまったのか……。その根本的な理由が、自分でも本気でわからないんだ……」


顔面を土色に染め、肩を小刻みに震わせながら、トモヒロは身体を強張らせた。

わからないなんてふざけた事を抜かすなと、激高した女鬼から凄まじい声で怒鳴られるかと身構える。


しかし、返ってきたのは予期せぬ冷徹で静かな声であった。


「だろうね。そもそもとして、理由なんてものを探そうとしてること自体が無茶な話なんよ。他人様を不快にさせたり傷つけたり、無礼な事を撒き散らす正当な理由なんて、この世とあの世のどこを探したってありゃしないんだからさ。知識も智慧も倫理観も持ち合わせていない典型的な我利我利亡者なんだから、自分の目先の欲のことしか頭にない奴が、自分以外の人間や相手の気持ちのことなんて考えられるわけねえじゃん。そして、無礼あんちゃんがどうしてそんな愚かな暴挙をし続けちゃったのかっていう根本的な理由も、実際のところは誰にもわからんよ、あんちゃん自身にすらね。」

女鬼はどこまでも淡々と告げる。


激しい怒声が飛んでくるものとばかり思っていたトモヒロは、思わず顔を上げた。

「え……?自分でもわからないのが、当たり前だって言うのか……?」

トモヒロは間抜けな声を上げる。


そんなトモヒロの不可解そうな表情に対し、女鬼は静かに言葉を重ねていく。

「これまでずっと、その場の身勝手な気分や目先の衝動だけで生きてきたんだろうけどさ、そもそも心の奥から湧き上がる衝動の発生理由なんてものは、あんたらみたいな連中が大好きな言語化ってやつすら出来やしない複雑なものだからね。ただ、人間として生きる上で肝要なのは、自分の内側から湧き上がってきた衝動と、それに伴う行動や言動を客観的に省みて真剣に思考することなんよ。無礼あんちゃんのこれまでの人生の中には、自分を振り返るっていう、その当たり前のプロセスが全く存在しなかったんだろうね。そんな歪んだ状態のままでも運良く……この場合は運悪くかな、そんな感じで人生がまかり通って来ちゃったもんだから、心の中で愚かな衝動が起こった時に、その衝動を客観視して一歩立ち止まる智慧やブレーキが、一切生まれなかったんだろうね。」

女鬼は諭すように言葉を吐き出した。


金色の瞳でじっと見つめられ、トモヒロは胸の奥を直接覗き込まれているような感覚に陥った。

トモヒロは、何の苦労もなく、運良くまとまった金を手に入れてしまったことで、自分を省みる機会を完全に失っていたのだと気づかされる。


そして女鬼は、トモヒロの目元を鋭く見据えた。

「今の自分がこれからやろうとしている事や、口から吐き出そうとしている言動を、実行したり言ったりしたら相手がどう感じるのか、どんな結果を引き起こすのか。自分の本能のまま、湧き上がる衝動のままに感情を解き放ってしまう前に、しっかりとブレーキをかけて自分自身を省みて冷静に考えてみる。そういう当たり前の制御が自然と出来るようになるのが大人ってやつで、それが一切出来ずに己の本能と邪悪な衝動のまま突っ走っちゃうのが、幼い子供。だからこそ、あーしは最初から無礼あんちゃんの事を、救いようのないクソガキ呼ばわりしてたわけよ。ちゃんとした分別と理性が働く本物の大人なら絶対にやらんような愚行を、恥ずかしげもなく平気でしでかし続けちゃってるんだからさ。」


逃げ場のない真実を突きつけられ、トモヒロの胸に激しい痛みが走る。

自分は月収100万稼ぐコンサルタントなどと偉そうに自負していたが、その実体は感情と衝動を制御できない幼い子供と同等、いや、それ以下の存在に過ぎなかった。

時分は大人の皮を被っただけの浅はかなクソガキだったのだと、トモヒロは惨めな思いでいっぱいになる。


「返す言葉も無いし、ぐうの音も出ません……。俺は、本当に自分勝手で幼いクソガキそのものでした……」

トモヒロは力無くうなだれた。


そんなトモヒロの惨めな様子を見つめながら、女鬼は静かなトーンで、淡々と言葉を続ける。

「さっきの映像をじっくり見てた限りだと、無礼あんちゃんから散々無礼な態度や不快で失礼なメッセージを一方的にぶつけられた相手の人達って、誰一人として声を荒げたり感情的に反論したりはしてなかったよね。それってさ、あんちゃんの愚かな行いを安易な優しさで赦してくれた訳じゃ全くなくって、胸の中で激怒して反撃したくなる猛烈な衝動を、自分の理性でうまくコントロールして、まさに読んで字の如く、立派な大人の対応をしてくれてたって事じゃね?あんな舐め腐った言動、いつ血生臭い大喧嘩に発展してもおかしくないレベルだったってのに。」


そして、女鬼は更に残酷な真実を告げる。

「大体、声を荒げて怒鳴って怒ったりされる事も、増岡さんのように注意したり叱ってくれる人も、ある意味めっちゃ貴重な存在だかんね。それって確かなフィードバックなんだから。ねえ、こういう言葉、知ってる?『愚者や弱者は争い、強者は赦し、賢者は静かに去る』。怒りで争わずに忠告してくれた増岡さんは、無礼あんちゃんの事を赦してくれたかどうかは直接本人に聞かなきゃわからんだろうし、聞いたところで本心を打ち明けてくれるかどうかも不明だとしても、少なくとも強者ではあるよね。そんでもって、無礼あんちゃんが知らないだけで、ただ黙って去った賢者もいるんじゃね?賢者はただ静かに去って縁を切るわけだけど、これってめっちゃ怖い事なんよ。だって、賢者はこっちが直すべきところを知っているにも関わらず、一切教えてくれないんだから、間違いを間違いだと言って正して貰えずに、愚者の道を突っ走ったままになっちゃうわけだし。」


その言葉を聞いた瞬間、トモヒロの脳裏に、たった今タブレット端末の画面越しに見せつけられた増岡や、突然姿を消した阿修羅の事が鮮やかに思い返された。


自分からどんなに無礼な態度を取られても、声を荒げることもなく、冷静に大人として受け流してくれていた彼らの姿。

自分は彼らの事を、何を言っても言い返してこない弱気な相手だと勝手に勘違いして見下していたが、実際は全く違っていたのだ。

彼らは自分の中に湧き上がる怒りに理性で対処し、大人の対応をしてくれていただけだったのだと、今更ながら悟る。

突然姿を消した阿修羅は賢者だったのではなかろうか、そんな事が頭をよぎるトモヒロ。


「確かに、言われてみればその通りだ……。タブレットの映像を客観的に観ていたら、特に同級生の増岡や、客として来てくれていた阿修羅さんに対しては、見ていられないほど酷くて失礼な事ばかりしていたと実感するよ……。俺を怒鳴りつけずにいてくれたあの二人は、俺なんか足元にも及ばないくらい、本当の意味で大人だったんだな。」

トモヒロは掠れた声を振り絞り、自分の不徳を認めて言った。


ぽつりと漏れ出たトモヒロの言葉には、かつての傲慢な響きは微塵も残っていなかった。

己の失礼さと愚かさ、そして相手の器の大きさを認めざるを得なくなったトモヒロ。


すると。


女鬼は冷ややかな光を瞳に宿し、女鬼は新たな問いを投げて来た。

「頭を冷やした事で、自分が他人にどれだけ酷くて失礼な事をしてきたかという最低限の自覚が、ようやく芽生えて来たんだね。で、己の犯した罪と無礼さをやっと自覚し始めたわけだけどさ、無礼あんちゃんはこっから一体どうするつもりなん?」


金色の瞳を鋭く輝かせながら、女鬼はトモヒロの真意を問う。

己の罪を認識した上で、これからどう責任を取り、どのように変わるつもりなのかという突きつけ。


「え……?こっからって……まだこの先があるのか……?」

トモヒロはトモヒロは表情を強張らせ、まだこの先があるのかと、目が点になった。


呆然と口を開けたまま、トモヒロは思考を停止させ、女鬼の顔を茫然と見つめ返すことしかできなかった。


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##渦巻く怨念と負債の可視


摩訶不思議食堂の店内に流れる静寂は、重苦しくトモヒロの心をどこまでも圧迫していた。


トモヒロは、自身の傲慢で失礼極まりない在り方と向き合い、反省する機会を得た。

自分の身勝手な振る舞いや、他人の尊厳を踏みにじってきた愚行の数々が、どれほど醜く歪んだものであったかを嫌というほど思い知らされる。


しかし、深く打ちのめされるトモヒロに対して、女鬼は更なる冷徹な事実を提示した。

そして、反省の兆しを見せ始めたトモヒロに対し、その先にまだ何かあることを突きつけられる。


女鬼は金色の瞳に深遠な影を宿しながら、容赦のない言葉を吐き捨てた。

「恨みの数ってのは、増岡さんだけだと思ったら大間違いだからね。後、深さもえげつないレベルに達してっから。生半可なことしたって、焼け石に水だし。あんたがこれまで無意識に撒き散らしてきた悪意と無礼の罪深さを、舐めてもらっちゃ困るんだよね。」


冷ややかな宣告が、トモヒロの胸を鋭く突き刺す。


トモヒロは顔面を土色に変色させ、ガタガタと膝を震わせた。

「そりゃまあ、俺が失礼な事をしちゃった人は他にもいるんだろうけど……。」

自分から不快な思いをさせてしまった相手が、増岡や阿修羅だけにとどまらないという現実に、トモヒロは強く身震いし、己の過去の罪の多さに、背筋へ冷や汗がポタリポタリと垂れ落ちていく。


そんなトモヒロの怯えきった様子を見つめ、女鬼は冷たい笑みを口元に浮かべた。

「そうだねー。これについては、百聞は一見に如かず。実際、どんだけの悪業を積み上げて来たのか、観る?」


女鬼はそう言うと、静かな足取りで一歩間合いを詰め、スッとトモヒロの肩に触れる。

白く美しい指先が肩に触れた瞬間、トモヒロは心臓が口から飛び出そうなほどの寒気に襲われた。


「え?ちょっと、どういう事?」


異様な雰囲気を察知し、トモヒロは引きつった声で尋ねるが。

女鬼の瞳が、美しく眩く金色に光ったかと思うと、次の瞬間……。

言葉を発する余裕すら、トモヒロから完全に奪い去られた。


ぶわっと、トモヒロの体中から、恐ろしくどす黒い瘴気や呪詛の類、怨念の叫びとも思えるような強烈過ぎる何かが、無数に渦巻き出す。


「ひぐっ……、あ、がっ……!」


重苦しい邪気が室内の空気を歪め、異臭と殺気が一気に噴出していく。

あまりの衝撃と霊的な圧力にトモヒロの肺は押し潰され、喉の奥が固く閉ざされた。

トモヒロは声も上げられず、呼吸さえできなくなってしまう。


胸を激しくかきむしり、白目をむきそうになりながら苦もだえるトモヒロ。


そして……。


視界全体が禍々しい暗黒に染まる中、トモヒロの眼前に恐ろしい光景が立ち現れた。

トモヒロの視界には、七体の黒い人影のような靄が見えて、体を引きちぎろうとしている姿があった。


黒ずくめの不気味な煙のごとき影達が、生々しい殺意と憎悪を滾らせながらトモヒロの腕や脚、首筋へと群がり、容赦なくその肉体を引き裂こうと爪を立てている。

かつて自身が傷つけ、見下し、愚弄してきた者達の負の感情が、形となって襲いかかってくる恐怖。

激痛と金縛りのような身動きの取れなさに、トモヒロは意識が狂いそうになるほどの絶望感を味わった。


一通りの怨念を見せつけると、女鬼がトモヒロの肩から手を離した。

その瞬間、先程まですさまじい勢いで渦巻いていた瘴気が、綺麗さっぱり消えてなくなる。

幻影と黒い邪気は駿太朗く間に霧散し、摩訶不思議食堂の静かな空間が再び戻ってきた。


拘束から解放されたトモヒロは、カウンターの床へ崩れ落ちそうになりながら、激しくせき込む。

「ハッ、ヒューッ、カハッ……!」


トモヒロが、声も出せずに呼吸を乱していると、冷ややかな視線を上から投げかけ、女鬼が淡々と語りかけた。

「今のは、あーしの鬼の眼を通して観せた、言うなれば無礼あんちゃんの悪業の負債。人生の負債と言ってもいいかもね。無礼あんちゃんにまとわりついている、人々から買いまくった恨みとか怨念とか、そういったものだよ。あんたが目先の欲や身勝手な感情で他人を傷つけるたびに、着実に積み上がってきた恐ろしい負の遺産そのものってわけ。」


地獄の底から響いてくるような冷徹な説明が、トモヒロの荒い呼吸の中に落ちていく。


女鬼はトモヒロの土色の顔をじっと見下ろし、突き放すように言葉を重ねた。

「これだけの怨念を、どうするか、どうしなきゃいけないのか。それを踏まえた上で、これからどうすべきかを考えな。最も、考え付いたところで、それを『実現する機会』があるかどうかまでは、あーしは知らんけどね。」


二度とやり直しのきかない死地へと足を踏み入れているのだという重い示唆。

トモヒロは、呼吸を調えながら、今まで自分がどれだけの恨みを買うような愚かな事をしてきたのかを、視覚的に見せられて、完全に己の欺瞞を思い知らされた。


全身から冷や汗を流し、荒い息を吐き出しながら、トモヒロは床の一点を見つめる。

可視化された無数の怨念と、自分を取り巻く七体の黒い影の存在。

それらはすべて、自分が他人に向けた無礼と不遜のツケそのものであった。


自らの手で築き上げてしまった絶望的な業の深さに、トモヒロはただ震え上がり、うなだれることしかできなかった。


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##贖罪の決意と試練の道


可視化された無数のどす黒い怨念と、己の身体を引きちぎろうと迫る七体の黒い影。

その恐ろしい邪気の渦から解放されたトモヒロは、カウンターの木枠に必死でしがみつきながら、猛烈な過呼吸に肩を激しく上下させていた。


ボロボロと大きな涙を目元から溢れさせ、鼻水を垂らしながら、トモヒロは必死に息を吸い込もうと喉を鳴らす。

胸の激しい動悸と恐怖による震えを抑え込もうと、両手で自分の身体を強く抱きしめた。


トモヒロは涙目になりながらも、何とか呼吸を調えて、やがて落ち着きを取り戻していく。

乱れていた呼吸が徐々に整い、土色だった顔面に僅かながら血の気が戻り始める。


トモヒロが落ち着いたところで、ため息を一つはいて胸を小さく上下させ、呆れ顔を浮かべた女鬼は、金色の瞳をトモヒロに向けながら冷ややかな声で釘をさした。

「んで、どうすんのかって話だけどさ。言っとっけど、安易に答えを教えてはあげないから。自分がどんな不遜な過ちをしでかしたのか、どうやってその罪や負債と向き合うべきなのか、そんな大切な答えを他人から手取り足取り教えてもらえるなんて、甘い期待は捨てることだね。」


どこまでも冷徹で容赦のない宣告が、トモヒロの鼓膜を重く揺らす。

自分自身で思考し、自らの意思で答えを導き出さなければならないという絶対的な試練。

トモヒロは震える手で目元の涙を擦り取ると、歪んだ頭を必死に回転させて言葉を探し求めた。


「えっと、まずは増岡と阿修羅さんに謝罪、とか?俺が酷い態度をとって傷つけてしまった人たちに、真っ先に頭を下げて謝るべきなのかな?」


情けない上目遣いで女鬼の顔色を窺い、お伺いを立てるような口調で言葉を漏らす。

しかし、自発的な意思ではなく他人の顔色を気にしながら答えを探そうとするトモヒロの浅はかな態度に対し、女鬼はまたも呆れた溜息をついた。


「あーしに聞いてどうすんのさ。自分がそれをすべきだと思うんなら、やりゃあいいじゃんよ。自分が犯した愚かな過ちの落とし前くらい、誰かに言われてやるんじゃなくて、自分の頭で考えて自分で決めて自分でやんな。」

鼻で笑うように息を漏らし、女鬼は心底冷ややかな視線を注ぐ。


他人任せの態度を即座に見抜かれ、トモヒロはハッと息を呑んだ。

自分の頭で考え、行動に移さなければ意味がないのだと理解したトモヒロは、冷や汗を拭いながら言葉を繋ごうと焦りを深める。

「そ、そうだよな……あ、でも、駄目だ。完全にブロックされてるし。連絡を送ろうとしてもエラーが出るから、謝りたくても直接謝罪する手段がないんだよ……」


我に返ったトモヒロは、先ほど自室のPCで確認した絶望的な事実を思い出して青ざめた。

ダイレクトメッセージを送ろうとしてもエラーが表示され、二人のアカウントから完全に拒絶されていた現実。

直接謝ろうにも、連絡手段そのものが絶たれているという事実に思い当たり、トモヒロは途方に暮れて肩を落とす。


すると。

トモヒロの口から出た敗北主義的な弱音を聞き咎めた女鬼の瞳が、ギラリと禍々しい光を放った。


「ねえ、それってさー、誰の何に対する言い訳?ブロックされてるから、謝罪出来ないからしなくてもいいとか、ふざけた事思ったり言ったりしないよね?連絡手段が一つ遮断されたくらいで諦めて、それを免罪符にして逃げ出そうとしてんじゃないよ。」

静かなトーンでありながら、一言一言が逃れられない重圧となってトモヒロの身体を縛り上げる。


手段がないことを理由にして立ち止まろうとした己の甘えを完璧に見透かされ、トモヒロは全身の血の気が一気に引いていく感覚に襲われた。


「あ、はい……講師陣か他の会員に聞いて、何とか連絡方法を手に入れて、きちんと謝罪します……。コミュニティの知り合いや駿太朗さんを通したり手を尽くして、泥臭く二人の連絡先を探し出して必ず頭を下げます……」

身体を小さく丸め、トモヒロは消え入りそうな声で必死に答える。


手段が遮断されているなら、あらゆる伝路を辿ってでも連絡先を探し出すという覚悟を、何とか言葉にして絞り出した。


しかし。


トモヒロの言葉を聞いた女鬼の表情から、一切の感情が削ぎ落とされる。

「で、口先だけでお終いなん?『すんません』とか口先だけのふざけた謝罪仕草なんて、かえって火に油を注ぐこともわかんない?散々他人様を踏みにじっておいて、言葉一つで許してもらえると思ってるとか、どこまでおめでたい脳みそしてんのさ。」


氷のように冷たい眼差しが、トモヒロを容赦なく射抜く。

言葉だけの薄っぺらい謝罪がいかに相手を愚弄し、更なる怒りを買い暴挙となるか。

その本質を突きつけられ、トモヒロは息を詰まらせた。


己の真心が伝わっていない焦りと恐怖から、トモヒロは必死に訴える。

「いや、その、口先だけじゃなくって、本当に心の底から、誠心誠意謝ります!ほんとだから、信じてくれよ!形だけの謝罪なんかじゃなくて、二度とあんな失礼な真似はしないって心から誓うからさ!」


必死に両手を振り、全身で本気度をアピールしようと試みるトモヒロ。

するとえらいこっちゃ嬢が言い放つ。


「口先だけやったらなんとでも言えてしまいよる、えらいこっちゃ。反省の言葉なんて誰でもタダで言えるんやから、口だけじゃ信用なんてゼロ、むしろ火に油注いでマイナスでしかない、えらいこっちゃ。」

トモヒロの横で様子を見ていたえらいこっちゃ嬢が、台形の口をパカリと開けて、身も蓋もない真実をピシャリと突きつけた。

そうしてえらいこっちゃ嬢は、ベレー帽をぴょこんと揺らし、冷ややかな視線をトモヒロへと向ける。


どれほど言葉を重ねようとも、これまでの行動で失われた信用は一朝一夕で戻るものではないという冷酷な事実。

言葉を詰まらせ、トモヒロは頭を抱えた。

「だったらどうしろって言うんだよ……って、それを考えろって事か。言葉だけじゃなくて、誠意をどんな行動や形にして見せるのか、それ自体を俺自身が考えなきゃ意味がないんだな……」


頭の中で必死に思考を巡らせ、女鬼やえらいこっちゃ嬢が何を自分に突きつけているのか、その真意にようやく辿り着く。

口先だけの言葉ではなく、誠意を形として証明するために自分は何をなすべきなのか。

深呼吸を繰り返し、トモヒロは真剣な眼差しで思考を固めていった。


「えっと……直接謝罪するのは勿論だし、もう絶対に失礼な事をしないと約束するし、後は……そうだ、返金!もしかしたら二人共、自発的にやめたのかもしれないけど、そうなるようにしたのは俺のせいでもあるんだよな?俺の不躾で傲慢な態度のせいで二人を追い詰めちゃったんだから、受け取った受講料は全額返さなきゃだよな。コンサルサービスから返金できないなら、例え自分のポケットマネーからでも返金しないと。帰ったらすぐ駿太朗さんに相談しなきゃ……」


自分の横暴な態度によって相手を追い詰め、コミュニティを辞めざるを得ない状況へ追い込んだ自責の念。

いただいた受講料という名の大金を全額自分の懐からお返しし、誠意を実体のある形として差し出すべきだという結論に至る。

考えを即座に実行に移そうと、トモヒロは着ているズボンのポケットへ慌てて手を突っ込んだ。


しかし、スマートフォンを落としたか忘れたのか、手元にない事を思い出す。

手元にスマートフォンがない為、帰ったら早速コミュニティサイトで協力を募って、謝罪と返金の準備をしようと心に決めた。


自分が置かれている今の状況と、自宅に帰った後に成すべき明確な課題。

トモヒロの瞳には、かつての浅はかな慢心は消え去り、自らの罪と向き合う確かな決意の光が宿り始めていた。


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##立ち込める暗雲と六文銭の真実


己の内に潜む不誠実な身勝手さと向き合い、トモヒロは今すべきことへの確かな決意を固めつつあった。


不快な思いをさせてしまった人々への直接の謝罪、そして追い詰めて辞めさせてしまった客に対する受講料の全額返金。

自分が成すべき課題を胸に刻み込むと、トモヒロは帰ったら諸々のやるべき事をやろうと思い、席を立とうとする。


カウンターから腰を浮かせ、着ているズボンのポケットへと手を滑り込ませた。

しかし、指先に伝わってきたのは手応えのない虚しい感触だけ。

ポケットを探った時に、スマートフォンが無いからお財布携帯も使えないし、財布を持っていない事にも気づく。


身に着けている衣服のポケットをくまなく探ってみても、カード類はおろか紙幣の一枚すら入っていない。

トモヒロのズボンのポケットに入っていたのは、6枚の昔の硬貨だけだった。


手のひらの上にそれらを取り出してみると、中央に四角い穴の開いた古めかしい銭が、カチャリと寂しげな音を立てる。

一銭の現金を所持していない事実に直面し、トモヒロの背筋を嫌な汗が吹き抜けた。


トモヒロは、カウンターの向こうで穏やかな表情を浮かべる地蔵店長へ焦りが滲む視線を向ける。

「あの、申し訳ないんだけど、スマートフォンも財布も忘れちゃってるみたいで、一旦帰ってから、もう一度くるって事で駄目ですか?必ずすぐに身の回りのものを整理して、お代を払いにお伺いしますので……」


恐縮した面持ちで、トモヒロは地蔵店長に進言した。

すると、地蔵店長は、お地蔵さん笑顔で、スッと合掌する。

静かに目を閉じ、胸の前で深く手を合わせる店長の姿に、トモヒロはますます焦りを募らせて泳ぐ視線を彷徨わせた。


「あ、いや、その、始めて来た客だから信用出来ないだろうけど、このままじゃ無銭飲食になっちゃうし……持ってるお金って、これだけで、こんなんじゃ払えませんよね?こんな骨董品みたいな古銭が6枚あったところで、これだけの料理の代金として支払えるはずもないですし……」

トモヒロは手のひらを突き出し、乗せられた6枚の硬貨を見せる。

普段は最高月収100万円とか豪語していながら、自分が置かれた情けない無一文の状態に、トモヒロは途方に暮れて肩を落とした。


すると。

その様子を見守っていたえらいこっちゃ嬢が、台形の口をパカリと開ける。


「六文銭は支払いに使えるけど、自分の状態を全くわかっとらん、えらいこっちゃ。」

悲しげな色を瞳に宿し、えらいこっちゃ嬢は小さく首を横に振った。


投げかけられた言葉の意図を即座に汲み取れず、トモヒロの思考は激しく混乱し、トモヒロは「え?」と間抜けな声を上げた。

三途の川の渡り賃と呼ばれる古銭の事を知らぬトモヒロは、自分の状態という不穏な響きが頭の中を駆け巡る。


すると、黒地に華やかな着物を纏った女鬼が、静かな足取りでトモヒロへと視線を向けた。

「ねえ、これから家に帰るつもり?」

女鬼は静かなトーンで問う。


当たり前の前提を確かめられ、トモヒロは不思議そうに眉をひそめた。

「え?そりゃ、食べ終わったら帰るよ。自分の部屋に戻って、さっき決めた謝罪と返金の準備をすぐに始めなきゃいけないんだからさ。それに、ここの飲食代を取りに戻らないと。」


当然のようにそう答えるトモヒロに対し、女鬼の金色の瞳がどこまでも深い影を宿していく。


「ふーん。じゃあさあ、ここまでどうやって来たん?徒歩なのか電車なのか車なのか、どんなルートでこの店までやって来たんよ?」

女鬼は更に問う。


「どうやってって、確かえらいこっちゃんに連れて来られて……急に腕を引っ張られて、わけもわからないまま案内されて来たんだけど……」

トモヒロは口に出しながら、記憶の糸を過去へと遡っていく。


「その前は?えらいこっちゃんと会う前は、どこで何やってたんよ?どこからどうやって移動してきたのか覚えてないん?」

女鬼は更に問いを投げかける。


記憶の核心をえぐるような重々しい問いかけに、トモヒロは額を押さえながら必死に記憶を探り始めた。

「それは……確か、OFF会が終わって家に帰って、それで、PCで色々やってから寝ようと思って……作業者チャットに書き込みをして、それから急に室内の温度が下がって寒気がして……」


トモヒロは、段々と記憶がよみがえって来る。

パソコンの画面を眺めていたあの夜の情景、自室のドアの前に佇んでいた異様な影の存在。


そして……。


トモヒロは、OFF会から帰った後、確かに一歩も家から出ていないはずで、どこかもわからない河原で目が覚めた事に対する違和感に、今からながらに気づく。

部屋の鍵を開けて外へ出た記憶など、どこにも残っていない。

それなのに自分は、冷たい砂利の敷き詰められた濃霧の河原で倒れていた。

そして、ポケットに入っていた、あの6枚の古銭の持つ本当の意味。


「俺、なんであんなところで寝てたんだ?酔ってたけど、家からは出てないはずだし、大体、あの河原はどこなんだ?そもそもこの食堂は、東京にあるんだよな?俺は一体、どうやってここに来たんだ……?」


あまりにも巨大な矛盾と現実に突き当たり、トモヒロはわけがわからなくなる。

全身の毛穴から冷や汗が吹き出し、足元から底知れぬ恐怖が這い上がってきた。

目の前にある摩訶不思議食堂の光景が、現実のものではないという異質な実感を伴って牙を剥く。


自らの辿ったあまりにも恐ろしい真実に勘づき始め、トモヒロは顔面を土色に染めて惨めに震え上がった。

そんな中、女鬼とえらいこっちゃ嬢は、悲しい眼でトモヒロを見つめていた。


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##剥がれ落ちる生と忍び寄る終焉の影


摩訶不思議食堂の店内には、しんと静まり返った重苦しい沈黙が落ちていた。

琥珀色の提灯の明かりがゆらゆらと揺れ、どこからか風が木枠を揺らすカタカタ、カタカタという不穏な音が響き渡り、室内の張り詰めた緊張感を際立たせる。


目の前に佇む二人の少女、トモヒロの事を悲しい瞳で見つめる女鬼と、えらいこっちゃ嬢。

そのあまりにも深く、痛々しい情けに満ちた視線を真っ向から浴びせられ、トモヒロは身を小さく縮こまらせた。

胸の奥で嫌な動悸がドクドク、ドクドクと激しく打ち鳴らされ、額から噴き出した冷や汗が首筋をポタリポタリと滴り落ちていく。


自分が置かれている現状の異様さと圧倒的な威圧感に耐え切れなくなり、トモヒロは両手をもみ合わせながら、哀れに助けを乞うような引きつった声を恐る恐る漏らした。


「えっと、帰り方がわからないから、その、帰り道を教えてくれるか、わかるところまで連れてってくれたりしないかな?頼むよ、この店を出て最寄りの駅とか大きな道路があるところまででいいんだ。そこまで行けばタクシーでも拾って自力で帰れると思うしさ。」

必死に縋り付くような情けない眼差しを向け、何とかこの恐ろしい場から一刻も早く逃げ出そうと試みるトモヒロ。


すると。

そんなトモヒロの必死な命乞いのような言葉に対し、女鬼は表情一つ変えることなく、金色の瞳に冷酷な真実を宿して静かに告げた。


「無礼あんちゃんは、もう家には帰れないよ。いくら頭下げて頼まれたって、そんなの絶対に無理な話なんだよね。」


はっきりと容赦なく言い放たれた決定的な言葉。

あまりにも唐突で理解不能な宣告に対し、トモヒロは一瞬で思考をフリーズさせた。

あり得ない現実を突きつけられ、トモヒロは不審そうに首をかしげる。


「え?いや、なんで?もしかして俺って誘拐でもされたの?どこかの怪しい組織か何かに身代金目的で拉致されて、こんな見知らぬ場所に監禁されてるってことなのか?」

トモヒロは自分の身に起きたあまりにも非現実的な異変を、必死に人間同士の犯罪へと結びつけて納得しようと悪あがきを始めた。

誘拐犯に囚われているのだと思い込むことで、自分はまだ生きているのだと証明しようと、情なく顔を引きつらせる。


しかし、女鬼はそんな浅はかな推測に対し、心底呆れたように眉を軽くひそめた。

「誘拐なんてしとらんし。あーしらがそんな面倒くさい犯罪やらかす意味もメリットも一切ねえから。そもそもさー、なんで家にいた無礼おっちゃんが、いきなり河原で寝転がってるのさ?自分の部屋にいたはずなのに気づいたら見知らぬ河原で倒れてたなんて、おかしいとか思わんかったん?」


核心を突く重々しい問いかけ。

逃れようのない現実的な矛盾を容赦なく突きつけられ、トモヒロは不吉な予感に息を詰まらせた。


「そりゃ思ったよ。でも、OFF会で焼肉屋と二次会でだいぶ飲んだから、酔っぱらったのかなって……。酒がかなり入ってたから意識が朦朧として、フラフラと家を出て外で寝ちゃったのかなって思ってたんだけど……。」


トモヒロは必死に弁明を口にするものの、言葉を進めるにつれて段々と自信が無くなって行く。

己の言い分の苦しさと論理の破綻を自覚し、その声はしだいに小さく掠れていった。

酒のせいで記憶が飛んだのだと自分に言い聞かせていた都合の良い言い訳が、ガラガラと音を立てて崩れ去っていく。


そんなトモヒロの哀れな姿に対し、女鬼は肩を軽くすくめて、静かに息を漏らした。


「東京の街中で酔っ払って転がってたら、流石に誰か救急車なりお巡りさんなりを呼んでくれるっしょ。普通なら保護されて病院のベッドの上だよ。まあでも、現代社会だと事なかれ主義の人も多いから、放置されてたかもしんないけどさ。」

そう言うと、ハァーーー……と、女鬼は深くため息をつく。


淡々と解き明かされていく現実の恐ろしい異常さに、トモヒロの背筋を凍りつくような恐ろしい寒気が駆け抜けていった。


「ええっと、女鬼ちゃんは何が言いたいのかな?さっきから遠回しに気味の悪いことばかり言って、俺に一体どうしろっていうんだよ……?」

自らの身に迫る真実の正体に怯え、トモヒロはガタガタと膝を揺らしながら恐る恐る尋ねる。


すると。


女鬼は金色の瞳で射抜くように真っ直ぐ見据え、静かなトーンで問いを投げかけてきた。

「ねえ、河原で起きる直前の事、覚えてる?部屋にいた時、最後に何を観たのかとか。自分が最後に何をやって、何を目撃したのか、胸に手を当ててよく思い出してみなよ。」


促されたトモヒロは、両手で頭を強く押さえるようにして、途切れていた昨夜の記憶の糸を必死に手繰り寄せ始めた。

「え?ああ、確か、OFF会から帰ってきて、自室のPCを開いて作業者チャットで書き込みをして、それから寒気がして、あったかい飲み物を飲もうと思ってキッチンに向かおうとして……。」


トモヒロは記憶を辿りながら、段々と思い出してくる。

頭の中を覆っていた不透明な靄が少しずつ晴れ渡り、自室での最後の光景が鮮明な映像となって脳裏に蘇ってきた。

トモヒロは、深夜にコミュニティサイトで、もう寝るからと別れを告げた後、そのままキッチンに行こうと思って……。


「あ、PCの電源つけっぱなしだったかも。モニターが明るく光ったままだった気がするな。それに、まだチャットから退室してなかったような……。」

ふと思い出した些末な記憶を、トモヒロは思い出す。


だが、女鬼はそんなズレた言葉を即座に一蹴する。

「PCつけっぱなしはどうでもええんよ。そんな機械の電源なんてどうでもいいの。問題は、キッチンに行こうと思って、どしたん?立ち上がって部屋を出ようとしたその瞬間のことだよ。」

逃げ場を消し去るように、女鬼は更に鋭い問いを重ねた。


「えっと……そうだ、確か……なんか、こう、黒いもんが目の前にあったような……。部屋の扉を開けようとしたら、急に室内の温度が凍りつくみたいに下がって、黒い影みたいなモヤが立ってたような……。」


トモヒロがつぶやくと、不吉な記憶が鮮明になって来る。

途切れていた暗闇の記憶が、鮮烈な恐怖を伴ってトモヒロの脳裏を激しく揺さぶり始めた。

部屋の温度が急激に下がり、自室のドアの前に佇んでいた不気味な黒いモヤのような存在。


そして……。


先程、女鬼に触れられた時、妙に全身が凄まじく痛み、まるで引きちぎられたような強烈な痛みがあった事を思い出す。

ズキン!ズキン!と脳味噌を直接ねじ切られるような凄絶な痛みの感触。

自分の皮膚や肉、骨ごと力任せにメリメリと引き裂かれたかのような、思い出すだけで発狂しそうな痛みの感触が鮮烈に呼び起こされる。


「え?もしかして強盗か何か入って来て、俺の部屋を物色された後に、あの河原に捨てられたのか!?刃物を持った凶悪犯に襲われて、散々斬りつけられた後に気絶して、死体だと思われてあの河原に投げ捨てられたってことなのか!?」


すると。


「強盗だったら、まだ良かったかもねー。それならまだ、奇跡的に息があって救急車で運ばれて助かる希望くらい残ってたかもしんないのにさ。」

女鬼はそう言って、ハァーーー……と、女鬼の口から深く悲痛なため息が、店内にどこまでも虚しく響き渡ったのだった。


---


##露わになりし惨劇と死の宣告


女鬼は、カウンターのテーブルに置いてあるタブレット端末を静かに操作し始めた。

すると、黒漆の端末が青白く光り、ジュワジュワと走るノイズを経て、都内にあるトモヒロの自室マンションの映像が映し出される。


そこには、デスクトップPCのモニターが怪しく光り、OFF会から帰ってから、深夜の作業を終えた様子のトモヒロ自身が画面に映っていた。

そして、疲れ切った様子で大きく息を吐き出し、ヘッドセットを乱暴に机へと放り投げると、椅子からゆっくりと立ち上がって扉の方へと向かおうとする。


すると。


トモヒロが席を立って振り向いた時、そこには黒い霧のような人影が七つ。

ユラリ、ユラリと部屋の暗がりから立ち現れる黒い煙のごとき影達。

生々しい殺意と凄まじい冷気を纏った七つの人影は、静かにトモヒロの立ち塞がるように立っていた。


そして、そのままトモヒロを囲い、黒い空間のようなところに押し込めた。

画面の中のトモヒロが驚愕に目を見張り、悲鳴を上げようとした瞬間、七つの影が一斉に襲いかかった。

部屋の空間がぐにゃりと不気味に歪み、壁も家具も光すら届かない異質な漆黒の空間へと、トモヒロの身体が強引に引きずり込まれていく。


そして。


その黒い空間の中で繰り広げられている光景に、トモヒロは絶句し、どんどん真っ青になって、ドクン!ドクン!と激しい動悸がトモヒロの胸を狂ったように突き上げる。

顔面から一瞬で血の気が引き散り、極限まで収縮した瞳孔で画面を凝視したまま、喉の奥が固く凍りついて呼吸すら出来なくなっていく。


そこに映っていたのは、トモヒロの四肢が丁寧に骨ごと折られ砕かれ、そのまま四肢を引きちぎられた挙句、更に全身を引きちぎられていく姿。

メキメキッ!バキバキバキッ!と惨惨たる音が不気味に木霊して、画面の中で、七つの黒い影がトモヒロの全身に群がり、鋭い爪を立てて力任せに肉体を破壊していく。

ゴキリという不吉な音とともに両腕と両足の骨が緻密に砕かれ、痛みに悶絶するトモヒロの叫び声も虚しく、メリメリと音を立てて肩や股関節から肉と骨が力任せに引きちぎられていった。

吹き出す真っ赤な血の海の中、最後に残された胴体と頭部すらも、むしり取られるようにボロボロに引き裂かれていく惨劇の映像。


あまりにも常軌を逸した地獄絵図を目の当たりにし、トモヒロは全身から滝のような冷や汗を噴出させた。

あまりの恐怖に顔を引きつらせ、震える声で必死に笑顔を取り繕おうとする。


「な、なんだこれ……!冗談だろ、おい……!あ、あれか、AI動画か、CGか何かで作ったドッキリ動画とか、俺を題材にしたホラー動画か何かなのか……!?いやだなあ、いつの間にこんな胸糞悪い特殊撮影とか動画生成をしたんだよ!冗談キツすぎるって、悪趣味なドッキリはやめてくれよ……!」

ガチガチと歯の根を鳴らし、ひきつった笑顔で必死に自分を誤魔化そうと悪あがきをするトモヒロ。


しかし、女鬼は冷酷な眼差しを向けたまま、淡々と事実を言い放つ。

「これが現実に起こった事だって、直ぐには受け入れがたいんだろうけどさ。でもね、誤魔化しようもない、紛れもなく現実に起こった事だよ。」


氷のように冷たく、一切の揺らぎもない声。

目の前で起きている悪夢のような映像こそが、逃れようのない現実であるという酷悪な宣言。


トモヒロは血の気の引いた顔を惨めに歪め、声を震わせる。

「い、いや、そんなはずないだろ……!だって俺はこうして立ってるし、声も出せるし、手だって動くんだぞ……!?じゃあ、今ここにいて喋ってる俺は、一体全体何なんだよ……!?」


顔面を土色に変色させ、自分の手足を何度も見つめながら叫ぶトモヒロ。

自らの存在そのものを否定され、恐怖で声が甲高いく裏返っていく。


すると。

女鬼は呆っ気らかんとした様子で、恐ろしい言葉を告げる。


「ライトノベル風にわかりやすく言うと、迷える魂っての?要するに、肉体を失って彷徨ってる浮遊霊とか、行き場を無くした迷子の魂とか、まさにそんな感じだね。」


淡々と恐ろしい事を言い放つ女鬼。

その言葉を聞いた瞬間、トモヒロは真っ青になった。


「たましいって……え、ふ、浮遊霊……!?幽霊、だってのか……!?俺が生き物じゃなくて、幽霊って事……は、もうこの世の人間じゃないって事なのか……!?」

頭の中が真っ白になり、足元から感覚が遠のいていくような恐怖に襲われる。

自分がすでに肉体を失った存在であるという悪夢の事実に、トモヒロの表情は完全に絶望に染まりきっていった。


そして。

女鬼は金色の瞳を鋭く光らせ、ついに決定的な言葉を告げる。


「はっきり現実を言うとね、無礼あんちゃんは、もう完全に死んでるんよ。だから、自分の家に帰ることなんて逆立ちしたって出来やしないし、さっき改心して、帰ってからやろうとしてた謝罪も返金も、絶対に出来るわけがないんだよ。あーし、さっき言ったよね?『実現する機会』があるかどうかまでは、あーしは知んないってさ。」


一言一言が重い鉄槌となって、トモヒロの魂を深く打ち砕いた。

生前の罪を悔い改め、増岡や阿修羅に頭を下げて謝罪し、受け取った受講料を全額返金してやり直そうと心に誓ったあの決意。

それら全てを実行に移すための生命そのものが、すでに失われているという事実。


そして、女鬼は冷酷に死の宣告を突きつけた。


「つまり、あんたが自分のやらかした罪を贖う行いを『実現する機会』は、もう永遠にないって事、おわかり?」


逃れようのない絶対的な破滅の言葉。


トモヒロは、何を言われているのか理解が追い付かない。

脳味噌が激しいパニックを起こし、思考の回転が完全に停止してしまう。


しかし、女鬼が先程見せた凄まじい怨念の邪気や、観た事も無い河原に打ち捨てられるように転がっていた事からも、これが現実だと理解するしかなく、段々と胸が締め付けられていく。


先ほど目の当たりにしたあの怒濤の怨念。

見知らぬ暗い河原の砂利の上で目を覚ました異様な感覚。

手元にあった六文銭の真実。

それら全ての点が恐ろしい線となって繋がり、トモヒロの胸をギュッと力任せに締め上げていく。


トモヒロは完全に狼狽し、狂ったように叫び散らした。


「い、嫌だ、そんなの……っ!なんで、なんで俺が死ななきゃいけないんだよ……!?だって俺はまだ、たったの20代後半なんだぞ……!?人生これからで、もっと稼いでもっと贅沢して、やりたい事だって山ほどあったのに……!そもそも、何なんだよあの不気味な黒い化け物どもは……!なんであの変な黒いのが、俺を殺しに部屋にやって来たんだよ……!?う、嘘だ……!俺が死んだなんて、そんなの嘘だ、絶対に認めないぞ……っ!」


涙と鼻水をボロボロと溢れさせながら、トモヒロは首を激しく振り回して叫ぶ。

まだ20代後半という若さで、唐突に呆気なく自分の人生が完全に終わってしまったという受け入れがたい現実。

なぜ自分があのような化け物に無残に殺されなければならなかったのかという疑問と恐怖が交錯し、頭がおかしくなりそうになる。


そして。


「嫌だぁぁぁっ!死にたくない!死にたくないよぉぉぉっ!誰か助けて、助けてくれぇぇぇっ!頼むから助けてくれよぉぉぉっ!」


自身の死を理解してしまったがために、発狂しそうになるのを必死に踏みとどまるかのように、トモヒロは必死に叫ぶしか出来なかった。

ドシン!と膝を床に激しく叩きつけ、トモヒロは涙と鼻水で顔を濡らしながら、摩訶不思議食堂の店内に虚しい悲鳴を響かせ続けるのだった。


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##散りし御札と遅すぎた後悔


トモヒロが床に激しく身体を打ち付け、涙と鼻水を流しながら情けなく叫び続ける姿を、女鬼は冷ややかに見つめていた。

ドシン!ドシン!と両拳や膝を乱暴に床へ叩きつけ、己の死という逃れようのない現実に狂乱して取り乱すトモヒロ。


その店内に虚しく響き渡る泣き叫びに対しても、女鬼は金色の瞳に微かな同情すら挟むことなく、冷酷な現実を淡々と吐き捨てる。

「死にたくないって言ったって、もう死んでるんだってば。どれだけ喚いて叫んで現実から目を逸らしたってさ、失われた命が戻ってくるわけでもないし、死んだ事実は何ひとつ変わんないよ。」


冷たく言い放たれた言葉を聞き、トモヒロは床に額を押し付けたまま絶句した。

「そんな……!だって、俺、あんな黒い変なのになんで襲われなきゃならなかったんだよ……!?そりゃ色んな人に失礼な事しちゃったけど、何も殺されるほど怨まれるような覚えなんて……いや、待てよ……あ!」


ガタガタと全身を激しく震わせ、涙と鼻水に濡れた瞳を大きく見開きながら、トモヒロの頭の中で途切れていた記憶のピースが急速に繋がり始める。

なぜ自分が都内の自室で、あのような不気味で恐ろしい黒い影に命を無惨に引き裂かれなければならなかったのか。

その決定的な因果の引き金となった場面が、鮮明な映像となって脳裏に蘇ってきた。


OFF会の一次会が終わって、焼肉屋を出てから、トモヒロは二次会に行く前に増岡に呼び止められた。

東京の歓楽街、賑やかな店から少し離れた薄暗い路地裏の光景が鮮明に思い出される。

増岡は真剣な面持ちでトモヒロと向き合い、大勢の前で自分を散々馬鹿にする失礼な態度や、作業者交流チャットでの無礼な振る舞いを改めるようにと、静かな怒りを込めて最後の忠告をしてきた。

しかし、当時のトモヒロはその言葉に真面目に耳を傾けるどころか、大げさに肩をすくめてゲラゲラと嘲笑い、貧乏人だと見下してペッと唾を吐き捨てるように立ち去ろうとした。


そして、その直後。

増岡が冷徹な殺意を込めて黒い布袋から取り出した、あの不気味な朱色の御札を、背を向けたトモヒロの背中へ向かってファサッとばらまいていた。


「まさか、あいつ……本当に俺を呪い殺したってのか……!?」

信じがたい惨劇の真実に思い当たり、トモヒロは蒼白な顔を惨めにひくつかせながら呟いた。


すると、女鬼は冷ややかな眼差しを向けたまま、淡々と言い放つ。

「リアルでマジで呪い殺したくなるほど、恨んでた人がいたって不思議じゃないってのは、今まさに原因となる動画見たんだからわかるっしょ。」

一言一言が氷のように冷たく、トモヒロの胸を深く突き刺す。


「でも、何も本当に呪い殺す事ないじゃないか……!昔の同級生なんだぞ……!一言注意して文句だって言えたんだから、それで済む話だろ……!」

自分がしでかした悪行の酷さを突きつけられながらも、まさか命まで奪われるほどの殺意を向けられていたのかと、トモヒロは惨めにも絶句し、力無く頭を垂れる。


そんなトモヒロに一切の同情なく、女鬼は冷たい眼差しを崩さぬまま言葉を重ねた。

「無礼おっちゃんや他の人にとっては大したことなくても、その人にとっては命がけレベルの地雷だったって話は、娑婆じゃよくある話なんじゃね?そもそもの話、無礼おっちゃんに嫌な事された人が、何をどれだけ思うのかなんて他人にはわかるわけないし、何かを感じる事や思う事それ自体まで止められるわけないじゃん。無礼おっちゃんだって、触れられたくない地雷の一つや二つあるってんなら、今の話わかるよね?そんな事もわからず、自分事として想像する事も出来なくって、想像力欠如甚だしいったりゃありゃしないっての。」


自分の身勝手な尺度だけで相手の苦しみや怒りを勝手に測り、大したことないと高括って決めつけることの致命的な傲慢さ。

鬼の美少女から突きつけられた本質的な問いに、トモヒロの背筋へ嫌な冷や汗がポタリポタリと垂れ落ちていく。


「それじゃあ……あいつはそれだけ、ずっと俺の事を恨んでたってことか……。俺が思ってる以上に、俺の存在そのものを殺したいほど怒ってたってことなのか……。」


学生時代からずっと積み重なっていた屈辱と激しい憎悪。

己の軽率な無礼と傲慢が、ひとりの人間の胸の中でどれほど恐ろしい殺意へと育っていたのかを、トモヒロは今更ながらに悟り、顔面を土色に変色させた。


「今となっちゃ、呪い殺される心当たりありまくりだろうから、それが実現したって事で諦めるこったね。」

女鬼はそう言って、ハァーーー……とため息を一つはいた。

静まり返った店内に、深く重いため息がどこまでも虚しく響き渡る。


すると、横で静かに様子を見ていたえらいこっちゃ嬢が前に進み出た。

ベレー帽をぴょこんと揺らし、小さな人差し指をトモヒロに向けてビシッと突き立てる。


「後の祭り、後悔先に立たず、えらいこっちゃ。」

びしっと言い放つえらいこっちゃ嬢。


「ほんと、まさにそれ。見事に娑婆の諺(ことわざ)を体現してるよねー、無礼おっちゃんの人生って。」

女鬼は冷ややかに言葉を突きさした。


逃れようのない現実的な正論。

トモヒロは目元から溢れ出る熱い涙を止めることができず、ボロボロと床へ流し続ける。

「俺は、生きてる間に、取り返しのつかない事をしでかしてたってことか……。増岡にとって、俺の事を殺したくなるほどに……俺は最低な人間だったんだな……。」


自分の命が途絶えてしまった恐怖以上に、自分が生前、ひとりの人間の尊厳をそこまで惨めに踏みにじり、殺意を抱かせるほどの重大な罪を犯していたという残酷な真実。


女鬼は静かに佇みながら、淡々と告げる。

「増岡さんが最後の忠告してくれたのに、聞く耳もたないどころか、更に馬鹿にし腐ってたから、生かしておいたら更に多くの人を傷つけるって判断したんじゃないの?だから、御札をぶちまけたってところかな。」

女鬼が放つ容赦のない弾劾の言葉が、トモヒロの魂を冷たく射抜いた。


あの日、東京の歓楽街の薄暗い路地裏で増岡が向けてくれた切実な眼差しと、静かな覚悟。

自分に変わる機会を与え、地獄へ落ちないようにと差し伸べられていた最後の救いの手。

それを自分は、浅はかな慢心と見下しの感情で惨めに蹴り飛ばし、大声で笑い物にしたのだ。


トモヒロは、別れ際の増岡の忠告を、きちんと聞くべきだったと、今更ながらに激しく後悔した。

あの忠告を真剣に聞いていれば、もしかしたら増岡は御札をばらまかずにいて、自分は死なずに済んだかもしれないのに。


冷たい床に額を強く押し付けながら、トモヒロはボロボロと溢れ出る涙と激しい悔悟の念に、ただただ全身を小さく震わせ続けることしか出来なかった。


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##慈悲の導きと芽生えし光明


自らのあまりにも身勝手で恐ろしい過ちに激しく後悔し、冷たい床に額を擦り付けながらボロボロと不快な涙を流し続けるトモヒロ。

ひとりの人間の尊厳を踏みにじり、殺意を抱かせるまでに追い詰めてしまった生前の罪深さに打ちのめされながらも、未だ自らの唐突すぎる死を受け入れられず、全身を小刻みにガタガタと震わせていた。


すると。


それまで冷ややかな視線を注いでいた女鬼と割烹着姿のえらいこっちゃ嬢が、ふっと視線を切り替え、スッと地蔵店長の方を見上げた。

二人の静かな動作の気配を感じ取り、トモヒロも惨めな顔をゆっくりと持ち上げて、つられて地蔵店長を見上げる。


カウンターの奥に佇む地蔵店長は、すべてを包み込むような温かなお地蔵さん笑顔を浮かべ、胸の前でそっと両手を合わせると、合掌してゆっくりとお辞儀をした。

作務衣の衣擦れの音が静かな店内に微かに響き渡る。


そして地蔵店長は、穏やかでありながらどこまでも重厚な声を響かせた。

「覆水盆に返らず、一度引き起こしてしまった悪事と、それに伴いご自身で積み上げてしまった恐ろしい悪業は、後からどれほど悔やもうとも決して消える事はありません。また、死は不可逆ゆえ、どれほど嘆き悲しまれましても現世に戻ることもかないません。まずは、今ここの現実と現状を、しっかりとご自身で引き受けるほか御座いません。」

優しいお地蔵さん笑顔を一切崩さぬまま、地蔵店長は逃れようのない厳しい現実をトモヒロへ突きつける。


それから静かに目元を和ませながら、地蔵店長は語りかけた。

「そして、命が潰え、死を迎えた後も、こうして意識がはっきりと残っておられる今、少しでもご自身の魂を清らかにすることは、今からでも遅くはありません。心から悔い改めて、善き道を歩もうとしてみては如何でありましょうかねえ。」

包み込むような慈悲に満ちた声で、地蔵店長はトモヒロの荒んだ心を優しく諭していく。


その言葉を耳にしたトモヒロは、涙と鼻水に濡れた顔を歪め、縋り付くような震える声を漏らした。

「でも、俺って……どう考えたって地獄行きなんじゃないんですか……!?生前、あんなにたくさんの人達を傷つけて、散々嫌な思いをさせてきたんだから……!今更反省したって、地獄の猛火で焼き尽くされる運命からは逃げられないんじゃないですか……!?」

自らの重ねてきた罪悪の深さに怯え、トモヒロは絶望的な感情を吐露する。


地蔵店長は穏やかな表情のまま、静かに首を横に振った。

「勿論、これまで撒き散らされた悪業の報いとして、それ相応の厳しき場所へ行きつく事にはなりましょう。しかし、肝要は、恐ろしい場所に行きたくないからという身勝手な保身の為では無く、その心からの後悔と反省を実のある行動に移す事。それによって、現世で傷つけられた方々が、いつの日か貴方を少しでも赦しても良いと思うて下さるようにつとめる事ではありませんかねえ。」

トモヒロの内心にある恐れや保身を見透かしつつも、真に魂を救うための心構えを諭していく。


説得力に満ちた言葉が胸の深奥へと染み渡り、トモヒロは深く息を吐き出した。

「……はい。正直、今の俺には一体どうすればいいのか全くわからないけれど……必死に頭を働かせて考えて、できることを精一杯やってみます。」


自らの罪と向き合い、泥臭くあがいてみる覚悟を口にするトモヒロ。

すると、地蔵店長は嬉しそうに目を細めた。


「それが宜しいかと存じます。先程、女鬼さんも仰った通り、私共からそのものずばりの答えを差し上げる事は出来ません。ただ、この先どのような過酷な事になろうとも、暗闇の中で貴方の道標となる灯をお渡しする事なら出来ます。」

優しいお地蔵さん笑顔を浮かべ、地蔵店長はどこまでも穏やかに告げる。


トモヒロは、光を見出したかのように目を見開いた。

「道標……。それは、一体なんですか……?」

藁にもすがる思いで、トモヒロは力強く地蔵店長を見上げる。


地蔵店長は胸の前で再びそっと両手を合わせた。

「それでは、その道標となる、仏様の教えをお持ち頂くと致しましょう。」


地蔵店長はそう言って、お地蔵さん笑顔で合掌し、ゆっくりとお辞儀をした。


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##法句経の教えと真心の芽生え


摩訶不思議食堂の店内には、どこまでも澄み渡った静けさが漂っていた。


飴色に磨き上げられた綺麗な木製のカウンター。

その上を照らす琥珀色の提灯の温かな光がゆらゆらと優しく揺れ、静まり返った室内を柔らかく包み込んでいる。


自分自身の浅はかな罪と向き合い、泥臭くあがいてでも少しずつ変わっていこうと決意を口にしたトモヒロ。

地蔵店長は、作務衣の袖をそっと整えると、どこまでも柔和で優しい眼差しを深く注ぎながら、トモヒロの顔をじっと見据えた。

「無礼が招く自他への果報、それにつきましては、このような一節が御座います。」


地蔵店長は胸の前で両手を合わせると、おごそかで、それでいてどこまでも深遠な声で静かに古の教えを朗々と唱え始めた。


『害心のない人、清らかで汚れのない人に対して害を加えるならば、その愚者には悪が報いとして戻ってくる。風に向かって投げた細かい塵が、自分に吹き戻されるように。』


静かな店内に、重厚な経典の言葉の響きが、しんっと染み渡っていく。

地蔵店長は、唱え終えた後もすぐに言葉を続けず、トモヒロがその一字一句の重みを心で拾い上げていくのを、じっくりと温かく待っていた。


トモヒロは胸の奥で、その言葉の意味を必死に手繰り寄せる。

風に向かって投げつけた細かい塵が、そのまま自分自身の顔や体に吹き戻ってくる情景。

それこそが、生前の自分がやってきた愚行そのものだったのだと、胸を力任せに打ち据えられたような衝動を覚える。


自分は何の害もない大人しい相手や、親身になってくれた相手に対して、自分の勝手な気分と慢心で無礼という名の悪意や塵を投げつけ続けていた。

そしてその投げつけた塵は、時を経て何倍もの恐ろしい業となって、今こうして自分自身の命を奪い、死という結末となって吹き戻されてきたのだ。


あまりにも完璧に己の辿った惨めな末路を言い当てられ、トモヒロが息を詰まらせていると、地蔵店長は慈愛に満ちたお地蔵さん笑顔を向けながら、静かに語りかけた。


「これは、『法句経(ダンマパダ)』という経典の第125偈で御座います。内容をしっかりとお心で咀嚼して頂ければ、まさにトモヒロさんが生前になされていた事を、そのまま言い表した一節と言えませんかねえ。」

優しい笑顔を絶やすことなく、しかし一切の誤魔化しや甘えを許さない鋭い厳しさをもって、地蔵店長は問う。


自分の犯してきた罪の恐ろしさを突きつけられ、トモヒロは惨めな涙を静かに拭うと、自らの非を全面的に認めて深く深く頭を垂れた。

「・・・はい。」

嘘偽りのない素直で力強い声で、トモヒロは返事をする。


地蔵店長はお地蔵さん笑顔のまま、トモヒロの言葉を受け止め、さらにその先にある本質へと教えを深めていく。

「また、月収等を高らかに自慢される方がいらっしゃいますが、これはまさに『慢(まん)』の煩悩が燃え盛っている、大変愚かな状態で御座います。そして、人の価値と言うものは、そのような数字で測るものではありません。どれだけ財を為そうとも、今読み上げました偈文の如き者や、言葉によって他者を傷つけ、傲慢に振る舞う者は、例え地位の高い場所、例えば王様や社長の椅子に座っていたとしても、自らの行為によって自分自身を賤しい者にしてしまっているのです。人間の価値とは、手にした金銭の多さで決まるものではない事は勿論、生まれや社会的地位ではなく、その『振る舞い』によって決まると、仏様は教えて下さいます。」


温かな重低音の声が、トモヒロの魂の深奥までじんわりと滲み渡っていく。


最高月収100万円という一度きりの数字や、コンサルタントという虚構の肩書だけにすがりつき、他者を見下して威張り散らしていたかつての自分。

自分自身を「勝ち組」だと勘違いしていたが、実際は自らの醜い振る舞いによって、自分という人間をどこまでも愚かで賤しい存在へと貶めていただけだったのだ。

社会的地位や金銭ではなく、他人に対する誠実な「振る舞い」こそがその人間の真価を決めるという仏の教えが、トモヒロの慢心の殻を完全に打ち砕いていた。


地蔵店長はお地蔵さん笑顔を浮かべたまま、さらに静かなトーンで言葉を重ね、優しくも力強く諭していく。

「そうならぬ為に、今申し上げた事の真逆の在り方と行動が、何より肝要で御座います。具体的には、『時宜にかなっていること(適時)』、『事実に基づいていること(真実)』、『穏やかで優しいこと(柔和)』、『有益であること(有義)』、『慈しみ(Metta)の心に基づいていること(慈愛)』、これらの事を意識して、ご自身の言動や行動を観察しながら、相手に言って良いのか、相手に為して良いのかを、一度立ち止まって考えるようにすると宜しいかと存じます。」


言い終えると、地蔵店長はお地蔵さん笑顔のまま、胸の前で恭しく合掌し、ゆっくりとお辞儀をした。


五つの尊い道標。

自分の感情や衝動をそのまま撒き散らすのではなく、相手の立場に立ち、一度立ち止まって省みることの大切さ。


トモヒロは背筋を正し、澄んだ瞳で地蔵店長の姿を見つめ返した。

「はい。」

今までの不遜で横暴だった態度が嘘のように、深く素直で落ち着いた頷きで応える。


すると。

横で静かに様子を見守っていた女鬼が、可憐な口元を緩め、柔らかな微笑みを浮かべた。


「素直になったじゃん。コンサルティングで、素直さが大事だとか、素直に講師の言う事を聞く人が成功するし稼げるとか言ってたけど、その本人が一番出来てなかったってのは皮肉な話だよね。そんで、今はやっと素直になって、これでマイナスが少し減った感じかな。」

呆れを含みつつも、どこか誇らしげなトーンで女鬼はそう語りかける。


トモヒロは己の過去の身勝手さを思い返し、苦笑いを浮かべながら頭を掻いた。

「やっぱりマイナススタートなんだな。でも・・・プラスになれるように、頑張ってみるよ。もう死んじゃってるけど。」

自らの命がすでに途絶えてしまっているという悲しい現実を受け入れつつも、トモヒロは前に進むために小さく笑ってみせた。


その覚悟と変化を感じ取り、女鬼は金色の瞳を優しく細める。

「ん、いい顔になったね、トモヒロさん。」

今まで「無礼あんちゃん」や「無礼おっちゃん」としか呼んでくれなかった彼女の口から、初めて自分の名が温かく紡がれる。


トモヒロはその言葉の響きに一瞬目を見張り、胸の奥が熱くなるのを感じた。

「・・・やっと、名前で呼んでくれたね。これも、少しは前に進んだってことかな。」


トモヒロの顔に、この摩訶不思議食堂に足を踏み入れてから初めて、偽りのない心の底からの穏やかな笑みがこぼれ落ちるのだった。


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##繋がれし六文銭と終焉の断末魔


摩訶不思議食堂の店内に、どこまでも静かで温かな琥珀色の光が満ちていた。


自分自身の浅はかな罪と真摯に向き合い、仏の教えと五つの道標を心に刻んだトモヒロ。

かつての横暴で傲慢だった面影は完全に消え去り、その表情には静かな覚悟と誠実さが宿っていた。

トモヒロは、スッと席を立って、地蔵店長と女鬼、えらいこっちゃ嬢に深くお辞儀をする。


磨き抜かれたカウンター越しに佇む三人の存在に対し、トモヒロは腰を落として折るように深く、深く頭を下げた。

自分の不躾な態度を嫌な顔一つせず受け止め、大切なことに気づかせてくれた感謝の念を込めて、深く自らの身体を折り曲げる。


そしてトモヒロは、真っ直ぐな眼差しで三人を見つめ返した。


「俺、もう人生終わっちゃったけど、せめて少しでも悪くないところに行けるように、これからちゃんとします。勿論、保身の為じゃなくて、傷つけてしまった人達に対する償いの気持ちを強く持ってやりますから。自分が犯した罪の重さから逃げずに、どれほど過酷な場所に行きつこうとも、心から反省して罪を背負い続けます。」

自身の内に芽生えた真心の誓いと強い決意を、力強い言葉にして堂々と宣言するトモヒロ。


地蔵店長と女鬼とえらいこっちゃ嬢は、何も言わない。

静寂の広がる店内で、三人は余計な言葉を挟むことなく、ただ慈愛と温もりに満ちた眼差しで、深く改心したトモヒロの真摯な佇まいを静かに見守っていた。


トモヒロはふと我に返り、着ているズボンのポケットへと指先を滑り込ませた。

「それじゃあ、御勘定……えっと、これでもいいんだっけ?」

トモヒロはそう言って、6枚の昔の硬貨を差し出す。


手のひらの上に乗せられた、中央に四角い穴の開いた古めかしい六つの銅銭。

手のひらの上でカチャリ、カチャリと金属の小さな音が重厚に響く。


すると。


えらいこっちゃ嬢は「毎度あり!えらいこっちゃな六文銭!」と言って、トモヒロの手のひらから六文銭を手際よく受け取る。

そして、白割烹着の裾を可愛らしく揺らし、パカリと台形の口を開けて元気いっぱいに声を張り上げ、えらいこっちゃ嬢は奥の帳場へと向かってトコトコと歩いて行った。


トモヒロはその後ろ姿を微笑ましく見送った。

「六文銭って、六っていうくらいだから6枚1セットなのか?よくわかんないけど、無銭飲食は免れたみたいで良かったよ。こんな至高の美味い料理をご馳走になっておいて食い逃げなんてことになったら、それこそ死んだ後ではあるけど申し訳なさすぎて示しがつかないからさ。」


トモヒロはそう言って笑い、そのまま出口へ向かう。

食い逃げにならずに済んだという安堵感と、最高の食事を味わえた感謝から、トモヒロの口元には穏やかで晴れやかな笑みが浮かんでいた。

重厚な木造の引き戸へと向かって、落ち着いた足取りで歩み寄っていく。


そして、トモヒロは扉の前までやって来ると。

「店長、女鬼ちゃん、えらいこっちゃん、本当にお世話になりました。ありがとうございました。」


心の底からの感謝の言葉とともに、扉の前でもう一度深く頭を下げ、ガラガラと重い音を立てて引き戸を開けて、トモヒロは摩訶不思議食堂の温かな明かりを背に、外の深いもやの中へと一歩を踏み出したのだった。


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カランカランと重厚なベルが鳴り、ガラガラと扉が静かに閉まり切った。


摩訶不思議食堂の温かく芳しい匂いと提灯の光が背後へと遠のき、周囲は一瞬にして冷たく湿った静けさに包み込まれる。

足元を這うように広がる深い白いもやを見つめながら、トモヒロは自分の間抜けさにハッと目を見開いた。


「あ、しまった。これからどこへ行けばいいのか聞いてなかった。地獄へ向かうにしても、どこをどう進めばいいのかまったく分からないぞ……。」


トモヒロはそう言うと、困り果てて後頭部をポリポリとかいて、右も左も分からぬ暗闇の静寂の中で、立ち尽くして首をかしげる。


すると……。

突然、ゆらゆらと黒い何かが複数迫って来た。


シューッ、シューッという風を切り裂くような不気味で重苦しい怪しい羽音が、濃霧の深奥から低く響き渡ってくる。

夜の暗闇をさらに塗り潰すようにして、巨大で不吉な黒い影の群れが、ユラリ、ユラリと波打つように迫ってきた。


それを見た瞬間、トモヒロの顔から一瞬で血の気が引き散った。

それは都内の自室マンションのドアの前で突如として立ち塞がり、自分の肉体を容赦なくズタズタに引き裂いて殺害した、あの凄まじい邪気を放つ七体の黒い存在に他ならない。

強烈な恐怖が背筋を駆け抜け、トモヒロは身をすくませて警戒の姿勢をとった。


すると、七体がゆらゆらと、何やら手招きしている。

揺らめく漆黒のモヤから伸びた不気味な黒い腕が、静かに、優雅にゆらゆらと揺れ動く。

奥の暗黒へといざなうように、七体の影は無言のまま手招きを繰り返した。


トモヒロは恐怖を覚えながらも、逆らわない方がいいだろうと、導かれるままに付いて行く。

逃げ出したところで敵うはずもない圧倒的な存在感、そして自分はすでに死者であり、裁きを受け入れるべき身であると悟っていたトモヒロは、腹を括って黒い影たちの後を追うように歩みを進めた。


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やがて、摩訶不思議食堂が見えなくなり、トモヒロはどれだけ歩いたかわからないくらいの時間を歩く。

ザザッ、ザザッという自分の足音だけがどこまでも虚しく周囲に響かせながら、背後にあった摩訶不思議食堂の温かな光はとっくに深いもやの彼方へ呑み込まれて見えなくなり、上も下も東も西も判らぬ果てしない闇の道を、ただひたすらに歩き続けた。


そして……。


「あの、これからどこへ連れて行くんだ?結構歩いたんだけど……。」

トモヒロは恐怖に乾いた喉を鳴らしながら、恐々といった様子で目の前を行く黒い影たちへ問いかけた。


すると。


突然、黒い七体はピタリと立ち止まって、一斉にトモヒロを囲んだかと思った瞬間……。


足を止めた七体の黒い影が、突如として何倍もの大きさに黒く膨れ上がった。

次の瞬間、トモヒロを中心にぐるりと隙間なく取り囲み、周囲の視界の全てを瞬時に呑み込んでいく。

黒い七体がトモヒロを飲み込む黒い空間が広がり、すっぽりとその中に閉じ込めてしまい、黒い七体もろとも、現世からも幽世からも完全に消え去り断絶されてしまう。


「え……!?!?」


トモヒロは叫び声を上げる間すら与えられなかった。

光も音もあらゆる気配も遮断された完全なる漆黒の閉鎖空間。

生きとし生けるものが存在する現世の物理世界からも、死した魂が集う幽世の理からも完全に切り離された、孤立無援の絶望的な断絶空間へと閉じ込められてしまったのだ。


それからやがて、肉体が何度も何度も、終わりなく延々と引きちぎられては再生する音が鳴り響き、トモヒロの終わらない断末魔が、その黒い空間の中だけに響き渡った。


メキメキメキッ!バキバキバキッ!メリメリメリッ!


「ぎゃあぁぁぁぁぁっ!痛い、痛い痛い痛いっ!赦してくれ!頼むからいっそのこと誰か殺してくれぇぇぇっ!」


惨惨たる不吉な解体音が空間内に絶え間なく重厚に木霊する。

骨が粉々に砕かれ、両手両足が力任せに引きちぎられ、肉と内臓がズタズタにむしり取られていく激痛。

しかし、すでに死している魂ゆえに命が途絶えて解放されることは永遠になく、滅ぼされた肉体はジュクジュクと即座に再生し、再び次の瞬間には容赦なく七体の式神によって引き裂かれていく。


終わりのない永遠の激痛を伴う解体と再生が繰り返される過酷な苦痛だけの世界。

外の世界へは一筋の音すら届くことのない漆黒の絶望空間の中で、トモヒロの終わることのない哀れな絶叫と断末魔だけが、永遠に、永遠に虚しく響き渡り続けるのであった。


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