↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
摩訶不思議食堂のほっこり飯  作者: 修羅観音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/54

第34話前編:大伴トモヒロの無礼極まりないAI漫画現金化コンサルティングとほっこり飯

##阿修羅と言う男の気まぐれな詐欺師狩り


ある日の夜。


京都の美術館や動物園がある場所から、さらに東へ行ったところの少し山に入ったところに、とあるこじんまりとした庵という感じの小さな一軒家があった。

夜の深い静寂が周囲を包み込み、山風が木々を揺らすザーッ、ザザァーという重厚な音が静けさを破ってひっそりと響いている。


その家の客間に、簡素な木製のテーブルを挟んで、簡素なソファーに座る者達がいた。


一人で座っているのは、この庵の主である40代後半の男性。

短く整えられた黒髪に、どこか鋭くも端正な顔立ちをしている。

彼は日本人男子の平均よりもやや小柄でありながら、服の上からでもはっきりと分かるほど引き締まった、がっしりとした体格の、ボクサー体型の男性であった。


そして、対面する形で座っているのは、一組の40代の夫婦。

長年にわたる心労からか少し疲労感を漂わせるが、その顔と瞳は穏やかさに満ちていた。


その夫婦は、タブレット端末を真剣な手つきで操作すると、ピッと小さな電子音が室内にかすかに響いた。

そして、この庵の主の銀行口座に、大金を支払う操作を無事に終えて画面を見せ、深々と頭を下げた。


「本当に、有難う御座いました。長かった悪夢のような日々が終わり、お蔭様で、すっきりした感じがします。胸のつかえが下りて、ようやく前を向いて生きていけそうです。」

夫婦の夫の方が晴れやかな顔を見せる。


「本当に……義父さんもこれで浮かばれると思います。無念のまま命を絶たれた義父も、天国で安らかに眠ることができるはずです。」

妻も目元に浮かぶ涙をぬぐい、笑顔で再び頭を下げる。


すると。

対面に座る男性の口角が上がり、ニヤリと笑う。


「いえいえ、ワイはもろた金の分、きっちり仕事しただけやさかい。感謝されるような大層なことなんぞ何一つしてまへんで。金を貰ったから対価として厄介者を片付けた、ただそれだけのビジネスです。もしも、また殺りたい輩がおったら、どうぞこの『阿修羅』を御贔屓に。」

男性はそう言って笑った。


こうして、夫婦はお礼を言うと、庵を出て帰路に就いた。


---


「阿修羅」と名乗った男性は二人を見送り、庵に戻って台所へ向かい、珈琲を淹れて一息つく事にした。

コトコトとお湯を沸かし、ドリッパーに挽いた豆をセットして、香ばしい湯気が立ち上る淹れたての珈琲を準備している。


そして……。


湯気の立つカップを手に取り、誰もいない静かな台所で、阿修羅は一人ぽつりと呟いた。

「ふぅ……ワイみたいな裏稼業のもんを、どこで観つけてきはるんやろなあ。警察も法律も当てにならんからって、わざわざこんな山奥まで必死に探し回ってくるんやから、人間の執念いうのは大したもんや。まあ、ワイは金が貰えるし、ええんやけど。」


そう言って笑う阿修羅の顔には、満足げな表情が浮かんでいた。

そして阿修羅は、使い終えた器具をシンクへ運び、洗剤をつけてジャバジャバと水で洗い流し、テーブルに戻って、手に残ったカップに入っている珈琲を一口飲む。


「それにしても、詐欺師に騙されて自害した親の仇討ちしてくれってか。大事な財産をむしり取られて死に追いやられた親御さんの無念を晴らしたい気持ちは分からんでもないがなあ。その前の依頼は、ガキの頃にいじめてたやつを皆殺しにしてくれとか、物騒な世の中やなあ。何十年経っても忘れへん怨みを晴らすために大金を積むんやから、ほんま、世の中どこもかしこも怨み辛みで泥沼みたいになっとるわ。」


愉快そうにつぶやいて、また珈琲を一口飲むと、阿修羅はシンクの片付けを終えて腕を組む。


「さ~て、『こっち側』の稼業はひと段落しよったし、時間も出来て、依頼続きで大金も連続で舞い込んできたし金もたんまりあるさかいなあ……そや!」


阿修羅の脳裏に電撃的な閃きが走り、何かを閃き、顔に凶悪で邪悪な笑みを浮かべ、阿修羅は言葉を紡いだ。


「タダ働きなんざしとうないけど、金も時間もあるさかい、俺の方から詐欺師をなんぼか潰しといたろか。わざわざ依頼人が泣きついてくるのを待つ必要なんかどこにもないからなあ。詐欺師は我利我利亡者で既に人間やめとるんやさかい、百害あって一利無しな詐欺師を、この世から消すんは社会貢献や。他人の血を吸って肥え太る腐れ外道を間引きしたったところで、誰からも文句は言われへんわ。それに、新調した呪殺道具も試し打ちしたいからなあ。」


そう言って豪快に笑い、阿修羅は目をギラリと光らせた。


「さ~て、ほな、気弱なカモの振りして、アホな詐欺師をひっかけたろかいなあ。向こうから喜んで飛びついてくるような絶好の餌を用意したるわ。己の墓穴を掘っとることも知らんと間抜けに踊る姿を見るのが、今から楽しみでしゃーないで!フハハハハー!」


阿修羅は高らかな大笑いを暗い室内に響かせ、豪快に笑い、自室へ戻って行った。


---


##破滅へひた走る傲慢な成金


京都の暗闇の中で、阿修羅がそんな恐ろしい事を、無邪気な子供がまるで新しい遊びを思い付いたかのようにお気楽お気軽に考えていた、その一方で。


東京の片隅にあるマンションの一室。

住人である大伴トモヒロは、自室のデスクに設置されたPCのモニター越しに、己の銀行口座へと振り込まれた入金画面をじっと眺めていた。

そして、カタカタとマウスを操作し、残高の数字を表示させる。

ピコンと画面が更新され、そこに並ぶ数値を確かめると、トモヒロはニヤニヤと醜い薄ら笑いを浮かべた。


「へへへ、今月も6桁か、チョロいもんだ。毎月毎月、家から一歩も出ずに適当な作業をしてるだけで勝手に金が振り込まれてくるんだから、笑いが止まらねえよ。」


---


トモヒロは20代後半の若手自営業者であった。

自営業と言っても、どこかの会社を経営しているわけではない。

25歳くらいの頃にAIを使って制作したアダルト系の同人誌をネットで販売してみたところ、運よく売り上げが爆発的に上がった。

これで稼げると思ったトモヒロは、更に作品数を増やして、時には最高月収で100万円という大金を記録した事すらあった。


トモヒロは完全に味を占めてしまい、厳しい娑婆の仕事なんてやってられないとサッサとやめて、その同人誌一本だけで十分に生計が立つ見通しが立ち、フリーランスとなった経緯がある。

その後も売り上げは、何とか6桁を毎月維持できるようになった。


しかし、これが己の人生を狂わせる恐ろしい落とし穴だとは、本人は全く気付いていなかった。


若くして、何の苦労もなく運よく大金を手にしてしまったことによって、トモヒロは典型的な傲慢成金となり下がってしまった。

努力も苦難も知らぬまま手に入れた金は、彼の人間性を底なしに歪ませていったのだ。


また、丁度その時期に運良く、いや、運悪く石井駿太朗と言う男から連絡が入る。

トモヒロは、AIを活用した漫画や同人誌のコンサルタントチームを結成して世に売り出すから、一緒に仲間にならないかと駿太朗から打診を受けた。

コンサルタントとしての肩書がつけば金も入るし、立派な実績も手に入ると考えたトモヒロは、意気揚々と二つ返事で引き受けた。


こうして彼は、「AI漫画現金化コンサルティング」と言う怪しげな企画の一員となった。


しかし、トモヒロを誘ってきた石井と言う男も、ビジネスの基本なぞ全く知らない素人同然の人間であった。

口八丁手八丁で集金することだけがやたらと上手いだけで、まともなコンサルタントなんぞ出来るわけがない詐欺まがいの男だったのだ。


そしてトモヒロ自身も、アダルト系同人誌がたまたま運よく売れたというだけの話でしかない。

それを一人前のビジネスだと偉そうにのたまってはいたものの、まともなビジネスの勉強なんて一度もしたことがなく、確かに運良く金は手にしたが、ビジネスパーソンとしての客観的な実績も全く存在しない。

当然のことながら、誰かに物事を教えるコンサルタントなんてやった事すら一度もなければ、そんな事が出来ようもなかった。


しかし、完全なる幸運だけでお金を手にしたトモヒロは、それをすべて自分の実力であると完全に勘違いしてしまっていた。

そのため、全能感に酔いしれながら、トモヒロはコンサルタントとしての生活をスタートさせる。


「これで、俺も将来はコンサルタントとして独立して、ちまちまとエロ漫画作ってないで、コンサル料だけでがっぽりと儲けてやるぜ。どうせネットに転がってるのは情弱のカモばっかりで、俺に逆らえるわけないから楽勝だ。バカどもから金をむしり取って、贅沢三昧してやるよ。」


己が完全に人の道を外している事にも全く気づくことはなく、トモヒロは自ら、駿太朗と共に暗い破滅の道をひた走っていた。


---


##招かれざる死神と結ばれた縁


こうして、トモヒロの他にも、幾人かコンサルティングをする「講師」なる者が複数在籍する「AI漫画現金化コンサルティング」という怪しげな事業が立ち上がった。

緻密なプロダクトローンチを組み、受講料を30万円と設定して大々的に売り出したところ、事前の予想を超えるほど滑り出しは上々であった。

そしてそれは、なんと1か月たたないうちに、トータルで1000万円を売り上げるという凄まじい成果に至る。


更に売り上げを伸ばす為、主謀者である駿太朗はSNSや宣伝動画、クローズのチャットアプリ等でヘラヘラと笑いながら、不敵な発言を繰り返した。

「これに入らないとか、マジでセンスないよねー。せっかく稼げるチャンスが目の前にあるのに、指を咥えて見てるだけなんて本当にもったいないと思わないのかな。」


駿太朗はそうやって人を小馬鹿にするような事を平気で言い放ち、人々の反骨精神や焦燥感を巧妙に煽り立てた。

そうして、自らの頭で考えられない情報弱者を上手くからめとり、何の実態もないサービスでお金だけは大量に集めることに成功したのである。


また、駿太朗は「変な人、やる気のない人は入れません!」と厳格さをアピールし、購入前に個別で面談や懇談をする形を取っていた。

だが、その面談の実態は、客を逃さないための強引な囲い込みのクロージングに過ぎなかった。

それは本来、優秀なコンサルタントが受講生の適性や資質を見極めるためにやるべき本物のスクリーニングとは程遠いもので、自分達が金を手に入れる為に行う囲い込みのためだけの作業であった。

つまり、客から一方的にお金を巻き取るための、形だけはスクリーニングの体裁をとっていながら、悪質なクロージングに過ぎなかったのである。


こうして、知識もモラルもない彼らのコンサルティング事業には、瞬く間に膨大なお金が入って来た。


しかし……。


これが後に、絶対に呼んではならない、彼らにとっては死神よりも恐ろしい存在を自ら引き寄せ、まんまと呼び込んでしまう事になるとは、この時の彼らは知る由もなかった。


---


京都の山中に佇む庵にある一室。


そこは、常に作務衣姿で過ごし、基本的には伝統的な和装を好む庵の主・阿修羅の住まいとは到底思えないような空間。

部屋の中には最新の高性能PCが鎮座し、高精細なモニターが3台も並んでいる。

室内には電子機器の発熱を抑える冷気の風が静かに吹き抜け、怪しい青白い光を放つ、言うなれば最先端のハイテクルームであった。


その部屋で阿修羅は、中央のモニター画面をじっと凝視していた。

阿修羅はインターネットの海を泳ぎながら、「AI漫画現金化コンサルティング」と言う、怪しげなサービスのランディングページを偶然にも発見する。

画面には「受講生募集」「一緒に頑張りましょう」「初心者でも稼げる」などという、耳ざわりの良い綺麗ごとばかりがこれでもかと並べられたランディングページが表示されていた。


阿修羅はキーボードをカタカタと叩き、さらにページを読み進める。

そこには「講師陣」と書かれた項目があり、実際に受講生をコンサルティングすると謳う者達のSNSのアカウントリンクがずらりと貼り付けられていた。

それらのリンクをひとつひとつ辿り、相手の投稿やプロフィールを精査していく。


こうして、一通りリサーチを終えた阿修羅の口元から、冷ややかな吐息が漏れ出る。

「この頭張っとる石井っての、ほんまにビジネスとか社長とかやっとんのか?SNSで1000万円達成とかドヤ顔で書くとか、阿保以下やんけ。己の無知と頭の悪さを自慢しとるようなもんやぞ。」


鼻で笑いながら、阿修羅は画面上のテキストを次々とスクロールしていく。

「こういうの、税務署の大好物やってのに、そんな基本中の基本も知らんと、いっちょ前に社長名乗って経営者気取りのコンサル気取りとか、ほんまに世も末やなあ。それに、このトモヒロとか言うやつ、裏でエロ同人誌描いて稼いどるみたいやけど、こいつも阿保みたいに売上自慢載せ取るし。いっそのこと税務署にちくってみたら、ものごっつ埃が出て来んのとちゃうんかいなあ。」


阿修羅はマウスをカチリとクリックし、画面上の細かな情報をすみずみまでスクロールして、ターゲットの情報をしっかりと入手した。

相手の過去の投稿から人間関係、活動拠点に至るまで、瞬く間に分析を完了させていく。


「手ごろやけどそこそこの値段、法律が追い付いてへんだけで逮捕免れとるだけの典型的な詐欺的コンサルティング。この手のアホな連中を探しとったけど、一発で観つけるとか、ほんまに運が良いというか、ええ御縁やなあ。まあ、こいつらにとっては悪い御縁やけどな。」


阿修羅は満足そうに目を細め、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。


「よっしゃ。ターゲットはここに決めたろ。ほんで、何々……受講料は30万ってか。どうせ先に金だけむしり取って、奇跡的に成果が出たらコンサルタントの御蔭様、成果が出えへんのは客の努力不足のせいって吐き捨てよる、自己責任押し付けてきよる他者責任マインドで典型的な詐欺師マインドやろ。だいたい、ほんまに自信と実力があったら、絶対に成功報酬にするもんやろに。その方が後々継続的にごっつ稼げるっちゅうのに、そんな簡単な事もわからんとか頭ん中は空っぽか?そもそも、金を払ってくれる御客様のことを受講生って呼ぶ時点でナメとるわ、せめてクライアントって言えや。言葉を崩すと、いつの間にか扱いも崩れるんやっちゅうのに、呼び方とか言葉を軽んじてる証拠やのう。ほんまにビジネスの基礎の基礎も知らん素人共なんやろなあ、フハハ!」


静かなハイテクルームの中に、阿修羅の低く重い高笑いが響き渡る。

阿修羅はキーボードから手を離すと、モニターに映る講師陣の顔写真を冷徹な眼差しで見つめた。


「ほな、精々、ワイが直接手を下さんでもええように、死に物狂いで踏ん張って貰おか。講師とか名乗る偉そうなコンサルタントが複数人おるみたいやけど、この中の何人が、地獄送りになるやろかいなあ、フハハハハ!」

画面を暗転させながら、阿修羅は豪快に笑い声をあげた。


表の顔としてはIT関連の技術に精通し、最近ではAIの導入や使い方などを指導したり、自身もAIを使って仕事をこなす優秀な仕事人。

しかしその裏の顔は、古の陰陽道に通じた凄腕の呪術師にして、恐ろしい式神を自在に操り呪殺を生業とする呪殺師、阿修羅と言う男。

こうして、人を食い物にしてお金だけしか見えていない我利我利亡者共と、真の捕食者である凄腕の呪殺師との縁が結ばれてしまった。


---


##浅薄な罠と呪殺師の計略


阿修羅が、早速「AI漫画現金化コンサルティング」の応募フォームへとアクセスし、受講の申し込みを行ってみると、直ぐにオンライン面談の運びとなる。


画面越しに対峙した主謀者の石井駿太朗に対し、阿修羅はすでにAI技術を完璧に使いこなしており、プロンプトひとつで高品質な画像も自在に出力してみせた。

その圧倒的なクオリティと手際の良さを目にした駿太朗は、こいつならすぐに結果を出して、実績作りの広告塔にできるだろうと見込んだ。

更に、阿修羅が迷う素振りすら見せず、コンサルティングサービスを受けるとあっさりと言ったために、とんとん拍子で入会が成立してしまう。


あまりにもあっさりし過ぎており、とんとん拍子で上手く行く中、阿修羅は落ち着いた手つきで画面を操作しながら、画面の向こうへと告げた。

「ほな、領収書切ってもらえまっか。経費で落したいさかい、きちんとした形式の電子領収書を発行してくださいや。」


手慣れた様子で要求すると、相手は何の疑いもなく電子領収書を発行し、阿修羅の手元に必要な情報があっさりと手に入った。

こうして面談を終えて、領収書も手に入れた阿修羅は、自室で一人、抑えきれない笑いが止まらない。


「フハハハハ!ごっつ簡単過ぎやろが!それに、何が変な人を入れんための事前の面談やねん、ここでちゃんとワイを弾かなおかしいやろが、ワイこそ一番変人やっちゅうのに。ほんま、スクリーニングのスの字もあらへんがな。サービス購入者として、売ってもええ相手どうか見極めるどころか、金払う言うただけでホイホイ招き入れよってからに。ほんでもって、領収書もバッチリもろたし、呪殺に必要な真名もあっさり確保出来て、楽勝過ぎや。これで少なくとも、この石井駿太朗って奴は、いつでも殺れるな。何々、住所は……愛知県名古屋市中川区、グランドブルー長須賀の三号棟ってか、確か八幡社のあるとこやん。こいつの顔面観に行ったろかなあ。あ、でも東京に引っ越すとか言うとったか。ほな、引っ越し先も式神で追ったろか。」

PCのファンが鳴る部屋の中で、阿修羅は豪快に笑う。


「えーっと、東京の住所は……東京都豊島区東池袋か。池袋におんのやなあ。ほんで、BIGオフィスプラザLARGE池袋の、部屋番号は12階やな。」

阿修羅は駿太朗の東京での拠点もあっさりと突き止めると、そのまま珈琲を一口飲む。


「さてさて、早速コミュニティツールのURLも送られて来よったな。他の講師名乗っとるコンサルタントが、どんなもんかお手並み拝見と行こか。殺り甲斐のある我利我利亡者かのう。」

クックックッと満足そうに笑うと、机の上に置いてあったグラスを持ち上げ、氷がカラランと音を立てるアイス珈琲をまた一口飲んだ。


それから阿修羅は、送られて来たURLを辿って、配布されていたコンテンツを片端から読み漁る。

動画講座やテキストマニュアルがずらりと並んでいたが、どれもすでに阿修羅にとっては初歩的な事で、どれもこれも既知のものばかりだった。


「ま、初心者がどうのっちゅう話やし、初心者向けのコンテンツが揃えられてんのは、予想通りやな。それにしたって、どこにでも転がっとるような浅い情報ばかり並べ立ておってからに。」

阿修羅はふむふむと頷きながら、呆れ顔でページをスクロールして読んでいく。


「なんやこれ。初心者でも稼げるようなミスリードバレバレな勧誘しとるけど、何の知識もない初心者がそうそう出来るわけないし、この程度の薄っぺらで浅すぎるコンテンツ読んだところで、稼げるわけないやろが。こんなペラペラの薄っぺらい講座で大金をむしり取るとは、こいつら、AIもビジネスも舐め腐っとるなあ。」

阿修羅は呆れ果てた様子で、皮肉たっぷりに笑う。


それから、さらに読み進めていく阿修羅。


すると。


トモヒロという人物が出しているコンテンツを観て、その身勝手な内容に激しく嘲笑し始める。


「なんやこいつ、初心者歓迎してながら、ビジネスは甘くないとか、何をダブルスタンダードかましとんねん。表じゃ初心者でも出来る、誰でも簡単に稼げるって勧誘しておいて、入ったら手の平返しでビジネスは甘くないとか、巷にはびこっとる勧誘して金取るまでがゴールっちゅう、典型的な詐欺師とか詐欺的我利我利亡者の姿そのままやな。」

矛盾に満ちたちぐはぐな主張に、阿修羅は腹を抱えて笑う。


そうして、用意されていた全てのコンテンツ、動画もテキストも読み終えた阿修羅。

阿修羅は、呆れ果てたように深いため息を一つ吐く。


「法律が追い付いてへんから逮捕されてへんだけの、典型的な詐欺的ゴミ屑我利我利亡者やな。人の弱みにつけ込んで、もしくは自分で考えられへん情弱から金を巻き上げることしか頭にない、救いようのない腐れ外道どもや。こいつらの事は最早、人間やと思わんでええよなあ。罪悪感無く、心置きなく地獄送り出来るやんけ。」


阿修羅は冷酷な笑みを浮かべて言うと、またグラスを手に取り、冷たいアイス珈琲を一口飲んだ。


「ほな、ワイも地獄へ誘うミスリード、いっちょかましたろかいな。甘い言葉で釣って絶望に叩き落すやり方、そっくりそのまま返したるわ。」


阿修羅は凶悪な笑みを口元に刻むと、キーボードに手を滑らせ、計画を実行に移す事にした。


---


##掌の上で踊る愚者と忍び寄る死影


阿修羅は早速、送信されてきたURLを画面上で軽快にクリックする。

そして、コミュニティの内部へと入り込み、誰でも入って発言ができるリアルタイム音声交流チャットへとアクセスした。


画面の向こうには既に幾人かの参加者が集まっており、思い思いにメッセージや音声で交流を深めている。

阿修羅はマイクの調整を済ませると、「気が弱そうなおっちゃん」の振りをしながら、どこか頼りなげな声を響かせた。


「どうもどうも~、新しく参加させてもらうことになりました者です~。パソコンもAIも経験はあるけど、漫画は素人ですが、どうぞよろしゅうお願いいたします~。」


丁寧すぎる姿勢を見せ、周りから完全に舐められやすい印象をしっかりと植え付けていく。


丁度そこには、講師陣の一人であるトモヒロが居合わせていた。

画面越しから伝わってくる音声だけでも、阿修羅の極めて腰が低そうな態度が手に取るように分かる。

トモヒロは己の部屋で画面を眺めながら、ニヤニヤと歪んだ笑みを浮かべた。


「俺はこいつより完全に立場が上だ。こいつなら何を言っても、何をやっても良さそうだな。」

トモヒロは阿修羅の雰囲気から一方的に値踏みし、完全に阿修羅という男を見下す。


こうして、阿修羅は実際にコミュニティでの交流を始めて、相手の人となりや普段の態度、些細な言動に至るまで、あらゆる情報を観察し始めた。


---


暫くの間、定期的なコンサルティングを受け続けてみた阿修羅。

せっかくの機会だからと、どうせなら今まで一度もやった事が無い事をやってやろうと考え、阿修羅は初めてアダルト同人誌の分野でこのコンサルティングサービスを使い始める。


くしくも、アダルト同人誌の担当コンサルタントはトモヒロであった。

初回のオンラインコンサルティング自体は、特にこれといった揉め事も起きずスムーズに終わる。


しかし、トモヒロをはじめとした指導側はもちろんのこと、このふざけたコンサルティングを購入している他の参加達の中にも問題があった。

コミュニティには、まるで小学生のガキのような浅はかな言動や、意図してか無意識なのか失礼な事を平気でする輩が交じっている。


また、主催者である石井駿太朗のコンサルティングも、初っ端からいきなり遅刻したり、他の御客様とのコンサルティングをすっぽかす等、コンサルタントや社長、経営者や企画主催者と言う立場以前に、人間として問題があり過ぎるという始末。

指導するコンサルタントを名乗る詐欺的我利我利亡者共もいい加減なら、金を払って教わりに来ている客も客だと、阿修羅はその程度の底が知れた実態をすぐさま見抜き、冷ややかに看破していた。


そして、2回目のコンサルティングを受ける時期になる頃には、トモヒロは阿修羅のことを完全に舐め切って見下してしまっていた。

コンサルティングでは「俺って~、はっきりと言っちゃうタイプだから~」と、言い訳にならない言い訳を前置きして、失礼な言動を全くやめる気配がないどころか、自身の悪に全く気付いてすらいない。


ある時のコンサルティングの最中、阿修羅がいつものように謙虚な口調で、こう言った。

「お褒め頂きまして、それはどうも恐縮です~。」


するとその後、作業者が集うリアルタイムのチャットでも、その恐縮という言葉をやたらと馬鹿にして物真似し始めるトモヒロ。

「いや〜、恐縮です!恐縮です!ギャハハ!」


事あるごとにトモヒロは、人を煽るような嫌みな声色でそのフレーズを繰り返す。

こうしてトモヒロは、阿修羅の事を完全に見下して馬鹿にしていることが誰の目にも明らかな愚行を、何度も何度も繰り返した。


更にトモヒロは、阿修羅以外の受講生に対しても終始無礼な態度をとり続けていた。

そして、大人しそうで何を言われても絶対に言い返してこない阿修羅に対しては、特に見下した失礼過ぎる態度をどんどんと増長させていく。


勿論、これもすべて阿修羅が仕掛けた計算通りの展開であった。

相手の本性を完全に曝け出させるという狙い通りに、トモヒロはまんまと阿修羅の掌の上で愚かに踊っていたに過ぎない。


その頃には、阿修羅も暗闇の中で冷酷な決断を下していた。

「最初に殺るんは、こいつになりそうやなあ。」


淡々とした手つきで、呪殺師としての恐ろしい準備も並行して進め始めていた阿修羅は、ハイテクルームの椅子に深く腰掛け、一人で愉快そうに笑う。

「それにしても、ワイの事を勝手に『修羅さん』とか呼び始めよってからに。人の名を勝手に省略したり適当なあだ名付けたり、失礼なやっちゃな。それに恐縮って言葉がそんなにおもろいんか?変な物真似まで始めよってからに、わかりやす過ぎるくらい狙い通りに完全にワイを見下しとるやんけ。このトモヒロっちゅう奴は、ええ歳してガキ以下やな。まあでも、『修羅』か……。あながち、間違いでは無いのう。」


自らの本質を突いたようなあだ名に対し、阿修羅は皮肉めいた笑みを浮かべる。


「さてさて。真名も集められたし、殺ろうと思えばいつでも殺れるけど、もうちょい踊らしてみよか。」


阿修羅はそう呟くと、カチャリと音を立てるグラスを手に取り、冷たいアイス珈琲を一口飲んだ。


---


##致命的な歪みと牙を剥く呪術師


それから阿修羅は、講師陣の提示する浅はかなマニュアルや生半可な指導、コンサルティングになっていないコンサルティングと言う名の失礼なやり取りに呆れ返るばかりであったが、持ち前の知識と開発したツールに加え、圧倒的な作業スピードを駆使し、あっさりとある程度の成果となる数字を出してみせる。

そうやって、なんだかんだと1か月でそれなりの金額を生み出す成果を出しはしたが……。


3回目のトモヒロとのコンサルティングで、決定的な事が起こる。


画面越しに対峙したトモヒロは、阿修羅が「自分は本業の合間に取り組んでいる副業である」と最初から明確に伝えてあるにもかかわらず、なぜか勝手に専業扱いをしてきた。

そして、上から目線の威圧的な態度で無理難題を突き付けてくる。


「修羅さんさあ、専業なら毎月10作品は出さなきゃダメでしょ。今結果を出して稼いでる人はみんな、これくらい当たり前にやってるんだからさあ。」

トモヒロは自分の思い込みだけで勝手に話を進め、偉そうに言い放つ。


また、それ以外にも終始相手を馬鹿にしたような失礼な態度をとりまくり、全くコンサルティングの体を為していなかった。

更に、マーケティングや市場データに基づいたアドバイスではなく、当てにならないただの個人の感想を、さもありがたい添削であるかのように偉そうに語り、あれが駄目これが駄目だと一方的に貶める。


「これじゃ全然ダメ。表紙の印象も弱いし、タイトルの付け方もセンスがないんだよね。ここもダメ、あそこもダメ。俺の感覚からしたら、こんなの誰も買わないよ。」

根拠もない身勝手な批判を並べ立てるトモヒロ。


それから、コンサルティングが進み、作業の時間配分の話になる。


「チェックに時間なんてかからないんですけどねえ。それについては……」

阿修羅が柔らかい口調でそう話し、「既に自分でチェックツールを開発して自動化しているから」と続けようとした。


するとトモヒロは、阿修羅が最後まで話し終わる前に言葉を遮り、バカにしたように声を張り上げた。

「そうじゃなくて~!」


トモヒロは、ろくに相手の話も聞かずに阿修羅の言う事を一方的に否定したりと、やりたい放題に横暴な振る舞いを続ける。

更に、トモヒロは己の浅薄な持論をひけらかし、聞いてもいない話を偉そうに語り始めたりと、全く話にならない。


そして。


「裏技とか楽に稼ぐ方法を教えてあげられたらいいんだけどねえ。そんなのないから。泥臭く手を動かすしかないんだから、余計なこと考えずに俺の言う通りにしてよ。」

阿修羅が一切聞いてもいなければ、そんな話など微塵もしていないという話を、さもありがたい教訓のように語り始める始末であった。


そうして、無意味どころか害悪なコンサルティングと言う名の不愉快極まりない時間を終え、阿修羅は大人の対応をして、丁寧にお礼を言って通話を切る。

ピッ、と通信が切れ、静まり返った室内に電子音が虚しく響いた。


---


コンサルティングと言う名の、トモヒロによる独りよがりな時間を体験した後、阿修羅は一息ついてから、氷の浮かぶ金属コップを持ち上げ、冷たいアイス珈琲を一口飲む。


「ワイは最初から副業でやっとるって何度も言っとったのにのう。ワイの情報や状況かて、事前アンケートとか近況報告で、ちゃんと教えてるはずなんやけどなあ。コンサルティングっちゅう商売は、まず相手の置かれてる立場や、その人の何たるやを徹底的に知ることから始まるもんやろ。そんな基本中の基本も知らん素人同然の奴らばっかりやと言う事が、今回ので完全に確定したのう。ほんま、どいつもこいつも話にならん。特に、このトモヒロっちゅうやつは、指導者としても人間としても酷過ぎるで。あ、ちゃうか、もう人やないな、人間やめとる我利我利亡者やし。」

阿修羅は誰もいない静かな部屋で、冷ややかな視線を画面に向けながら嘲笑した。


不快感を通り越し、完全に呆れておかしくて笑えて、同時に阿修羅の顔に静かな殺気が浮かんでいく。

そして阿修羅はニヤリと口角を上げ、凶悪な笑みを口元に刻んだ。


「ほな、最初に殺るんは、こいつで決まりやな。」


そうして、阿修羅はマウスを操作し、会員用のコミュニティサイトを確認する。

カタカタと軽いキーボード音を響かせながら、掲示板やイベント情報が並ぶ画面をスクロールしていった。


「確か丁度、東京かどっかでOFF会があるはずやったよなあ……あ、これや。」


阿修羅の指が止まり、画面に表示された近日開かれるOFF会の詳細情報を確認する。

日時や会場の場所、参加予定のメンバー一覧を眺めながら、阿修羅は冷酷な思考を巡らせた。


「どうせなら、講師やら、こいつらが偉そうに受講生と呼びよる御客さんらが集まるみんなの前で派手に殺ったろか。見せしめにして絶望に叩き落としてやるのも一興やな。ただ、そうなると、ワイがいちいち京都から東京に行くんがごっつ面倒やなあ。遠隔でも式神飛ばせるけど、万が一、どこかの誰かに解呪とかされたら厄介やし。ま、命は握っとるからいつでも殺れるし、それまでにじっくり殺り方を考えとこか。」


阿修羅は一人ごちると、カラランと音の鳴る空の金属コップを持って、新しい珈琲を淹れに席を立った。


---


##古都の路地裏と予期せぬ対面


阿修羅が、完全に最初の呪殺ターゲットをトモヒロに定めた翌日。


京都の静寂に包まれた朝、阿修羅はいつも通りの時間帯に目を覚ますと、静かに自室のPCを立ち上げた。

モニターの青白い光が暗い室内を照らし出し、軽いキーボード操作でメールやSNS、そしてコミュニティサイトの最新メッセージを素早くチェックしていく。

そうしてルーティン作業を淡々と済ませていると、会員用のコミュニティサイトの通知欄に、一通のダイレクトメッセージが届いていることに気がついた。


阿修羅宛てに届いていたそのメッセージの送信者欄を見つめる。

そこにあったのは、画面越しのやり取りで大阪在住だと言っていた、ハンドルネーム「マスマス」と言う人物からの連絡であった。


その名を目にした瞬間、阿修羅の脳裏に、先日行われたコンサルティングや、コミュニティ内での不快な光景が鮮明に思い返される。

あのトモヒロが、マスマスのハンドルネームを嘲笑うようにイジり倒し、やたらと語尾を「こうでありマスマス、ですですマスマス」などと馬鹿にしたような口調で連呼して、しつこく揶揄われていた場面があった。


阿修羅は冷ややかな嘲笑を浮かべつつ、ダイレクトメッセージの本文を開いて目を通してみる。

そこに記されていたのは、非常に丁寧な文面での提案であった。


「突然のDM失礼致します。同じ関西圏同士、プチOFF会的なノリで直接お会いしてみませんか?」


その内容を目にした阿修羅は、ふとキーボードの上で指を止める。

マスマスと言えば、近日中に東京で開催される予定となっている「AI漫画現金化コンサルティング」の東京OFF会に出席する人物の一人として、参加者リストに名を連ねていたことを思い出した。


ターゲットであるトモヒロの周辺を探り、今後の展開をより面白くするための情報を集めるには、これ以上ない絶好の機会だ。

阿修羅は「これはおもろい事になりそうや」と胸の中で呟き、二人で直接会う事を快諾する返信を即座に送った。


今回は誘ってきたのがマスマスの方だからという事で、マスマスが京都に来るという話で落ち着き、阿修羅がよく知っている京都のこじゃれたレトロ喫茶で、一緒にゆっくりと珈琲を飲む事にした。

阿修羅もマスマスも、幸いにもこの日は特に予定がないと言う事もあって、お互いのスケジュールはすぐに合致する。


二人は早速、この日の午後一番に待ち合わせ場所であるレトロ喫茶に向かう事となった。


---


こうして、阿修羅は軽めの昼食を自宅で手早く済ませてから、庵を出て待ち合わせの場所へと向かった。


四条河原町の賑やかな喧騒から少し東に行って、大通りの喧騒が嘘のように静まり返る小さな路地に入ったところ。

そこに、昔ながらの落ち着いた佇まいを見せる一軒のレトロ喫茶店がある。

その店の前で、阿修羅は落ち着いた様子で相手の到着を待っていた。


しばらくすると、路地の奥から一人の男性が足早に歩み寄ってくる。


「あのー、阿修羅さん、ですか?」

日本人の平均的な体格をした男性が、どこか恐縮したような表情で声をかけてきた。


阿修羅はニヤリと口角を上げると、気さくで豪快な笑みを浮かべた。

「いかにも、ワイが阿修羅です。フハハ、やっぱ黒い作務衣姿やと目立ちまっか?何はともあれ、リアルでは初めまして。」

普段通りの豪快な挨拶を返し、阿修羅は相手の様子を観察する。


男性は丁寧にお辞儀をすると、ポケットから素早く名刺入れを取り出した。

「初めまして、マスマスです。あ、実はこういうものです。」

マスマスは恭しい手つきで、一枚の名刺を阿修羅へと差し出してきた。


阿修羅も懐から自身の名刺を取り出す。

「ほな、ワイも。」


阿修羅はそういうと手際よく名刺を差し出し、二人でお互いに名刺交換をした。


そして阿修羅は、受け取った名刺に刻まれた文字に目を落とす。

マスマスは、本名は増岡と言う20代後半の男性であった。

増岡は、街中を歩けばどこにでもいそうな、やや大人しい感じがする真面目な大人の男性と言う風貌をしている。


阿修羅は名刺を丁寧に収めると、親しみやすい笑顔を向けた。

「ほな、リアルでは増岡さんって呼んで宜しゅおすか?ワイの事は名刺にも書いてある通りの名前で、今まで通り、阿修羅で宜しゅおす。」


増岡の緊張をほぐすように、阿修羅は朗らかに笑う。

そして阿修羅は、喫茶店の木製の重厚なドアノブに手をかけた。

「ほな、入りましょか。ここのブランデーケーキは、ごっつ美味いんでっせ。」


阿修羅はそう言いながら、カランカランとドアベルの心地よい音を響かせて、レトロ喫茶の中に入って行った。


---


##殺意の連鎖と仕組まれた駒


カランカランと、ドアベルがレトロで重厚な音色を響かせる。

静寂の漂う店内に一歩足を踏み入れると、四条河原町の激しい喧騒は一瞬にして遠のいて行った。

琥珀色の温かな照明が室内を優しく照らし出し、濃密で芳醇な珈琲の香りが心地よく漂っている。


店に入った二人は、店内の一番奥にある使い込まれた飴色の革張りボックス席へ向かい、互いに向かい合う形で静かに席に座った。

そして、テーブルの上に置かれたメニューを開き、二人はこの店の名物であるブランデーケーキとアイス珈琲を注文する。


しばらくすると、白いエプロンを身につけた店員が静かな足取りでやって来た。

冷えたお冷と共に、トレイに乗せられた美しいカットのガラスカップに入るアイス珈琲と、たっぷりと洋酒が染み込んだ芳醇な香りを放つブランデーケーキを、丁寧にテーブルの上に置いた。


「おおきに♪」

阿修羅は目元を和ませ、気さくで親しみやすい笑顔を浮かべて丁寧にお礼を言う。


店員が満足そうに一礼して下がっていくと、阿修羅は胸の前でそっと静かに両手を合わせた。


「われここに食をうく、つつしみて天地の恵みと人々の労を謝し奉る」


静寂な店内に、阿修羅の落ち着いた重厚な声で浄土宗の食前の言葉が朗々と響き渡る。

さらに深く一礼を添え、「南無阿弥陀仏、頂きます」と称えた。


食前の祈りを捧げ終えると、阿修羅はグラスに挿さったストローに口を付け、キンキンに冷えたアイス珈琲を一口飲むと、深煎り豆ならではのコクと苦味が、口の中いっぱいに広がる。


「こういう店のケーキセットってのは、そこそこの昼飯食える値段ですなあ。その分、味は逸品でっせ。」

阿修羅はフォークを取り、しっとりとしたケーキを切り分けながら、満足そうに笑う。


対面に座る増岡も、心地よい空間に肩の力を抜き、和やかな表情を浮かべた。

「こういう店には馴染みがないから新鮮です。普段は安いチェーン店ばかりなので、すごく落ち着きますね。」

増岡はそう言って照れくさそうに笑い、自分もアイス珈琲へと手を伸ばす。


こうして、ブランデーケーキとアイス珈琲を心ゆくまで楽しむ二人の大人の男性。

芳醇な香りと冷たい珈琲の喉越しを味わいながら、穏やかなひとときが過ぎて行った。


---


一通り楽しんだ後、増岡の表情から和やかさが消え、急に神妙な面持ちになった。

醸し出される空気が重く沈み込んでいく様子を察し、阿修羅は増岡がいよいよ本題に入ろうとしている事を駿太朗時に見抜く。


増岡は手元のグラスをそっと揺らし、思い切ったように阿修羅の顔を見つめた。

「阿修羅さんは、東京のOFF会には参加されませんよね?参加表明してへんかったから。」


阿修羅は肩を軽くすくめてみせる。

「ええ、東京まで行くんは面倒やし、疲れますさかいなあ。それに、わざわざ遠出するほどヒマでもあらへんのですわ。」

阿修羅は気楽な調子でそう言うと、クックックッと楽しそうに笑う。


増岡は落胆したように視線を落とし、重い口を開いた。

「そうですか……音声だけの時と、こうして直接お会いするとでは印象が違いますが、同じ関西勢同士、阿修羅さんがいて下されば心強かったんですが。正義感もおありのようですし。」


その言葉の裏に隠された動揺や不安を感じ取り、阿修羅は不思議そうに首をかしげる。

「なんか懸念点もあるんですかいな?何か気にかかることでもおありなんですか?」


阿修羅の問いかけに対し、増岡は顔をしかめ、自虐的な苦笑いを浮かべた。

「いや、ほら。僕って、舐められタイプやないですか。自分でも分かってるんです。昔から言い返せなくて損ばかりしてて。それでね、ここだけの話……僕はトモヒロとは同級生で、この講座は副業とか色々さがしてる時に偶然見つけたんやけど、あいつの名前見つけて、どないしとるんやろかって思うて、潜入捜査的に入ったんですよ。」


話の思わぬ展開に対し、阿修羅は内心で冷徹な思考を巡らせ始める。

阿修羅は自身もまた、ある種の潜入調査という名目で、このコンサルティングサービスという名の詐欺的な集金企画に入会していた。

しかし、己の正体や呪殺師としての目的を明かす理由など、どこにもない。

阿修羅はその事実を胸の奥に伏せながら、表面上は穏やかな聞き手に徹して、とりあえず話を聞く事にした。


増岡は手元のグラスを持ち上げ、一度アイス珈琲を飲んで乾いた喉を潤してから、重々しくひとつ息をつく。

「学生時代に、あいつは人を小馬鹿にする癖があったけど、大人になって治ってるかと思いきや、お金を手にしたからなのか、更に酷くなってました。あのあまりにも失礼で傲慢な態度は見ていられませんよ。あいつそのうち、誰かに刺されたりしないかなって思うくらいですよ。」

増岡は過去の記憶を吐き捨てるように語り、苦笑いを見せた。


すると……。


阿修羅の瞳の奥に、ギラリと妖しく禍々しい光が宿った。

阿修羅は逃がさないと言わんばかりに、低く静かな声で問いを投げかける。


「そういう増岡さん御自身は、トモヒロをこの世から消したいとか、それこそ、増岡さんが刺したいって思うてはるんやありません?」


思いも寄らない角度から核心を突かれた増岡は、ビクッと体を強張らせ、驚いた表情になった。

見開かれた目には、隠しきれない動揺と恐怖が露骨に浮かんでいる。


阿修羅は口角をニヤリと歪めた。

「そもそも、思うてるから言うてはるんやないですかなあ。自分の心の中にその答えがあるからこそ、そういう言葉が出てくるんと違いますか?」

逃げ場を無くすように、阿修羅は冷酷な笑みを深めて畳み掛ける。


増岡は言葉を詰まらせ、息を呑んだ。

やがて観念したように肩を落とすと、目元に激しい憎悪を煮滾らせて語り始めた。


「……正直、学生時代から、何度か殺意を覚えた事はありますよ。あいつ、失礼過ぎやし、俺かて何回殺したろうかって思うたくらいです。ずっとバカにされ続けて、悔しくて夜も眠れん事もあったくらいでした。俺、根性無いから、ほんまには出来ひんかったけど……東京行って、あいつがリアルでも俺に失礼な事したら、今度はほんまにやるかもしれません。」

増岡は過去と現在の屈辱を思い出し、テーブルの上でギチギチと音を立てて拳を強く握り締める。


その言葉と剥き出しになった凄惨な殺意を間近で観察した阿修羅は、脳裏に電撃的なひらめきを得た。

己の手で直接呪殺するだけでなく、この男の殺意と存在を、身代わりや術の媒体として利用すれば、己の痕跡を完全に消し去ったまま、より確実に、そして美しくターゲットを死地へ叩き落とすことができる。


思いがけぬ格好の武器が向こうからやって来て自身の手に入ったと思い、阿修羅は内心笑いが止まらなかった。

だが、阿修羅はその禍々しい歓喜を顔には一切おくびにも出さない。


何事もなかったかのように平静を保ったまま、早急に頭の中で呪殺計画の変更を完了させていた。


---


##漆黒の呪符と密約の対価


阿修羅は向かいに座る増岡の表情を、静かな観察眼で見つめていた。

感情を昂ぶらせ、激しい憎悪を露わにして拳を握り締める男の姿に対し、表面上はどこまでも平静を装い続ける。

親身になって話を聞く穏やかな知人を演じ切りながらも、阿修羅の脳裏では、この絶好の機会を絶対に逃さないという冷徹な計算が巡っていた。


阿修羅は身を少し乗り出すと、どこか親しげで柔らかな口調の中に、逃れられない毒を忍ばせるように語りかける。

「そうでしたか、そんな関係やったんやねえ。同級生で昔からそんな目に遭うとったら、そら腹も立ちますわ。ほな、願掛けしとかはりますか?」


阿修羅はニヤリと意味深な笑みを口元に浮かべ、相手を未知の領域へ誘い出すように促した。

増岡は怒りに震えていた思考を唐突に遮られ、急に持ち出された怪しげな言葉に面食らってしまう。


「え?願掛けって……呪いでもかけるんですか?」

増岡は阿修羅の真意を図りかね、不思議そうに首をかしげた。


すると、自身の本業であり、秘めたる真実そのものを、何も知らない増岡があっさりと口にしたことに対し、阿修羅は思わず腹の底からこみ上げてくる可笑しさを抑えきれなくなった。


「フハハハハ!」


静かなレトロ喫茶の店内に、阿修羅の豪快な高笑いが唐突に響き渡る。

突然目の前で大笑いされた増岡は驚き、目を見開いて阿修羅の顔を茫然と見つめた。


阿修羅は持ち上げた手で口元を軽く覆い、笑い声を収めながら言う。

「いや、失敬失敬。驚かせてしもてすみませんなあ。まあ、呪いや言うたら呪いですわ。実際に効果があるかどうかは、結果次第っちゅうとこやけど、ワイの願掛けは、よう効きまっせ?」


阿修羅はニヤリと妖しい笑みを深め、相手の目をまっすぐに見据えた。


そして……。


阿修羅は着ている黒い作務衣の懐へとそっと手を差し入れると、そこから静かな手つきで、血のように禍々しい赤い文字がびっしりと書かれた怪しげな呪符を7枚取り出した。

それを増岡の視線に向けてテーブルの上に並べ見せる。


「OFF会に行かはったら、どのタイミングでもええさかい、これをばらまけば宜しゅおす。そやね、OFF会がお開きになって別れ際に、トモヒロの後ろから、そっと手放して見なはれ。風で舞い上がって、どっか飛んで行っても気にせんでええし。」

阿修羅は声のトーンを落とし、囁くような静かな口調で言いながら、7枚の呪符をそっと増岡の前へ差し出した。


増岡は差し出された薄気味悪い札を見つめ、戸惑いと不安が入り混じった顔をする。

「は、はあ……」


怪訝な表情を浮かべ、生唾を飲み込む増岡に対し、阿修羅はさらに畳みかけるように提案を重ねていく。

「あ、そや。折角やし、ビジネスしましょか。成功報酬で宜しゅおっせ。これでもし、3日以内にトモヒロが死によったり、行方不明になりよったら、ワイに幾らか包んでくだされや。4日目も生きておったら、効果無しやったと諦めなはれ。勿論、そん時は一切金銭は取りまへん。」

阿修羅は口角を歪め、ニヤリと悪魔的な笑みを浮かべた。


そして。


言葉の重みを込めるように、阿修羅は具体的な金銭の要求を提示した。

「まあ、人の生き死にの話やさかい、安うはありませんがな。彼奴がこの世から消えたら、そやね……7桁、出来れば8桁はほしいところですわ。あ、7桁言うても、最低500万は欲しいところやなあ。勿論、ほんまに彼奴が死ぬか行方不明になるか、増岡さんにとっては成功となってからでええ話ですがね。」

阿修羅は平然とした顔で、恐ろしい金額を口にする。


増岡はその途方もない金額を聞き、呆然とした様子で呟く。

「500万……。」


増岡はゴクリと喉を鳴らし、自分の懐事情と長年の屈辱を天秤にかけるように沈黙した。

しかし増岡の目に、再び激しい憎悪と強い決意の光が宿る。


「……俺は、大阪の会社勤めで結構ええ給料もろてて、他の副業でも成功してたから、貯金もたんまりあります。この御札みたいなやつで、積年の恨みが晴れるんやったら、喜んで500万くらい払いますよ。なんやったら、8桁、1000万でも。」

増岡は拳を固く握り締め、力強い声でそう言い切った。


阿修羅は、増岡が内心では、こんな紙切れ数枚で人が死ぬわけがないと、未だ半信半疑であることを見抜いていた。

しかし阿修羅にとっては、そんな疑念はどうでもよかった。

重要な事は、この男が確実に呪符を東京の現地へと持って行き、ターゲットの至近距離で撒いてくれるというお墨付きが得られたことである。


阿修羅は胸の中で静かにほくそ笑む。

「ほな、契約成立ですな。どっかの詐欺師みたいに、商品渡す前に金だけとるような真似はしませんから、ご安心を。完全出来高制、成功報酬で宜しいから。」


阿修羅はそう言うと、懐から黒い布袋を取り出した。

呪符から漏れ出る邪気が暴発しないよう施された専用の御札入れであるその布袋に、7枚の呪符を丁寧に収めてから、増岡の手へと手渡す。


そして阿修羅は、渡した袋を指差し、釘を刺すように念を押した。

「ほな、目的の時まで、それは絶対に開けんと大事に持っといて下さいや。」


阿修羅の真迫した雰囲気に呑まれた増岡は、しっかりと頷いた。

「はい。」

増岡はそう答えると、手渡された重みのある袋を大切そうに自分の鞄の深奥へとしまい込んだ。


それを見届けた阿修羅はグラスに手を取り、冷ややかな瞳で増岡の仕草を見つめながら言ってクックックッと満足そうに笑う。

「あ、それがもし成功しても、増岡さんが殺ったと思うかどうかは、そちらさんに任せます。自分の手柄のようにして留飲を下げるも良し、自分のせいやないと思うもよし。そこについては、ワイは一切口出しも手出しもせんさかい、好きにしてくださいや。」


こうして、阿修羅は思いがけず、呪殺の準備が最高の形で調った事に、愉快と言わんばかりに笑っていた。


---


##秘められた真壇と動き出す呪殺の刻


阿修羅は手元にあった木製の伝票へと静かに手を伸ばすと、対面に座る増岡に向かって柔らかく微笑みかけた。

「今日はワイに持たせて下さい。」


増岡が「え、そんな悪いですよ」と言って、驚いて慌てて自分の財布を取り出そうとするのを、阿修羅は手で優しく制する。

「いえいえ、増岡さん。今日は遠出させてしもうた上に、ものごっつ面白い話まで聞かせてもらいましたさかいな。これくらい当然の礼ですわ。」


「阿修羅さん、ごちそうになってしまってすみません。ありがとうございます。」

増岡は恐縮した様子で頭を下げた。


二人は立ち上がり、レジへと向かう。

阿修羅は店員に二人の飲食代金をスムーズに手際よく支払って会計を済ませた。


それから、カランカランとドアベルを鳴らして店を出ると、四条河原町の路地裏で二人は丁寧な別れの挨拶を交わす。

「ほな増岡さん、東京のOFF会、お気をつけて行ってきておくれやす。」


「ありがとうございます。阿修羅さんもお元気で。またDMか何かで連絡しますね。」


こうして、何度も深く頭を下げる増岡の後ろ姿を見送り、阿修羅は四条河原町の賑やかな喧騒を離れた。


---


阿修羅は、静寂に包まれた京都の山裾を目指し、静かに足を進めていく。

そのまま自宅である庵まで戻ると……。


阿修羅は普段生活している母屋の庵には目もくれず、その敷地のさらに奥深く、うっそうと茂る木々の先へと向かう。

そこは、まるで歴史ある神社や寺院の本堂のような風格を漂わせた、木造のこじんまりとした建物であった。

周囲の空気すら遮断する神殿とも本殿ともつかない異様な圧迫感を放つその重厚な扉の前に立ち、阿修羅は心を鎮めて深く一礼を捧げる。


そして。


「『開(かい)』」

阿修羅が静かな声で呪文を唱えると、しんと静まり返った空気の中にカチリと鍵が外れる重い金属音が響き渡った。


履物を脱いで中へと一歩足を踏み入れると、室内には冷ややかで厳かな空気がどこまでも張り詰めている。

暗がりの中、部屋の中央には護摩を焚くような本格的で重厚な儀式場が設えられており、その正面にはおごそかな祭壇のように整えられた台が静かに鎮座していた。


そこには、先ほど阿修羅が増岡へと手渡したものと寸法もそこに記された朱色の文字も寸分違わぬ怪しげな御札が7枚、整然と並べられている。

さらに、その中央には、トモヒロの真名がびっしりと書き込まれた藁人形が1体、気味悪く鎮座していた。

また、そのすぐ傍らには、今回のコンサルティング企画の首謀者である石井駿太朗の真名が書かれた藁人形も、同じように並べて置かれている。


暗がりの中に差し込む光に照らされ、完全に準備が調った禍々しい祭壇を前にして、阿修羅の胸の底から猛烈な可笑しさと不吉な笑いがこみ上げて来る。


「っククク、まさか、ワイが直接東京まで行かんでも、代わりに呪符を持ってって撒いてくれる御仁がおるとはなあ。棚からボタ餅とはこの事や、有難い話やでほんまに。」

阿修羅は口元を凶悪に歪め、静寂に包まれた空間で暗い高笑いを漏らす。


「さ~てさてさて、増岡はんが現地で呪符をばらまいたら、仕掛けた霊気を通じて、すぐにこちらにもわかるさかい、頃合いを見計らって、ここで待つとしよか。」


阿修羅は楽しげに呟くと、満足そうに頷き、踵を返して重々しい建物から外へと足早に出て行った。

建物の外へと出て、阿修羅は振り返ると重厚な木造の扉に向かって静かに言葉を告げる。


「『閉』」


阿修羅が言い放つと、再びカチリと重い音が響き渡り、厳重な施錠が完了した。

そして阿修羅は、静かな敷地を歩いて庵へと入り、自室へ向かって廊下を進んで行く。


「ほな、ワイがやるべき準備はこれで全部終わったさかい、あのコンサル自称しよる詐欺的我利我利亡者共のゴミ屑詐欺まがい企画は、もう用済みやからな。さっさと退会して姿消して、あとは高みの見物決め込みながら、呪殺のタイミングを待つとするかいなあ、フハハハハ!」


阿修羅は口元に不吉な笑みを浮かべながら、自室へと歩いて行った。


---


##嘲弄の宴と暗躍する呪詛


京都の庵へ戻った阿修羅は、自室のデスクに向かうと、慣れた手つきでPCの画面を開いた。


その日のうちに、阿修羅はコミュニティサイトに登録していた自身の個人情報や過去の投稿履歴を、痕跡が残らないよう入念に削除していく。

そして、ためらいもなく退会手続きを完了させた。


さらに、情報収集のためにあらかじめ作成しておいたSNSのアカウントを開き、トモヒロや石井駿太朗といったコンサルタント側の人間達を片っ端からブロックしていく。

これで、あちら側からの通信手段は完全に遮断された。


本来であれば、大金を支払ってくれた大切にしなければならない顧客であるはずの存在。

しかし、御客様を「受講生」と呼んで無意識のうちに見下し続け、金のことしか頭にない駿太朗やトモヒロ達には、そんな当たり前の商道徳など微塵も存在しなかった。

そのため、阿修羅がコミュニティを退会したことにも、SNSでブロックされたことにも誰一人として全く気づかない。


目の前に入ってくる金と自分達の浅はかな実績とも言えない実績だけに目を奪われ、彼らはただただ傲慢さに拍車をかけていくだけであった。


---


そして、ついに迎えたOFF会当日の、華やかな金曜日。

東京の街が夕闇に包まれ始め、ネオンが鮮やかに輝き出す頃。


会場として指定された都内の焼肉屋には、全国から集まった会員たちが20名ほど顔を揃えていた。

ジュージューと肉の焼ける香ばしい音と煙が充満する店内で、簡単な自己紹介が順に行われる。

それが終わると、威勢の良い乾杯の発声とともに、賑やかな飲み食いが始まった。


騒がしい店内の中ほど、煙の向こう側の席には、先日京都で阿修羅と顔合わせをして密かに呪符を受け取っていた増岡の姿もあった。

自己紹介の最中、ふと増岡の顔に目を留めたトモヒロは、同級生の存在に気づいて薄笑いを浮かべた。

トモヒロは増岡の席へと近寄っていくと、ニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、気さくを装って声をかけ始める。


「お前さあ、今は何やってんの?相変わらず冴えない感じだけどさ。」

トモヒロは酒の入ったグラスを片手に、上から目線で尋ねた。


増岡はトモヒロの煽るような視線を正面から受け止めながら、冷静に答えた。

「俺か?俺は今大阪で、会社員やってるよ。そんで、趣味も兼ねて金にもなる事探してたら、このコンサル見つけたんや。」

増岡は感情を殺し、淡々と自分の現状を説明する。


すると。

トモヒロは待ってましたとばかりに下品な笑い声をあげ、周囲に聞こえるような大きな声で吐き捨てた。


「なんだお前、あの頃と一緒でしけてるよなあ!サラリーマンなんかやってるから、いつまで経っても稼げないんだよ。俺みたいに独立してドカンと儲けようとか思わないわけ?」

トモヒロは自分の成功体験を自慢したくてたまらない様子で笑い転げる。


増岡は眉をひそめ、冷めた目で見つめた。

「……トモヒロ、もう相当酔っ払っとんのか?あんまし飲み過ぎんなや?」


心配する振りを装いながら、増岡は釘を刺す。

しかしトモヒロは、増岡の言葉をハナで笑い飛ばした。


「ハハッ、こんなんじゃ全然酔わないよ!いやさあ、男なら独立して自分の力で大金稼ぐとか考えないわけ?いつまでも会社にぶら下がってて楽しいか?」

トモヒロはニヤニヤと嫌味な笑みを浮かべ、さらに煽り立ててくる。


増岡は溜息をつき、ふと、周囲のテーブルから聞こえてくる会話にも耳を傾けてみた。


あちこちの席から聞こえてくるのは、やれ起業だのビジネスだの、そして月収何十万だの何百万だのといったお金の話ばかり。

客も講師も、志や高尚な理念など何一つ持ち合わせていない。

ただ楽をして金を稼ぎたいだけの、典型的な金の亡者の集まりだと確信する増岡。

こいつらはまさに、予想通りの人間ばかりだと察した。


増岡は肉をトングでひっくり返しながら、静かに言う。

「別に俺は、独立とかは考えてへんよ。今の生活で十分満足しとるしな。コンサル受けた理由は、まあ、趣味の延長線や。」


そう答えると、トモヒロは心底バカにしたように肩をすくめてみせた。

「冒険心が無い奴だなあ、相変わらず。だからお前はダメなんだよ。あ、そうそう、お前が提出してきた同人誌の原稿だけどさ、全然ダメ。俺の言った通りに全然出来てないじゃないか。もっと売れ線に寄せて過激に書けって言っただろ?」


トモヒロはいきなり、大勢の参加者がいる前で増岡の作品に対して高圧的なダメ出しを始めた。

増岡はグラスをテーブルに置き、トモヒロの顔を静かに見据える。


「今日は、そういうコンサルみたいな話無しで、みんなで一緒に食事を楽しむ会やろ?少しは場を考えたらどうや。」


増岡は冷静な口調でトモヒロを嗜める。

だが、トモヒロは表情を硬くすると、増岡の肩をバンバンと力任せに小突き始めた。


「おいおい、俺に偉そうに出来る立場か?俺はここで教えてやってる講師様だぞ?お前みたいな受講生の分際で、この俺に意見する気か?調子に乗るなよ。」

トモヒロはニヤニヤとした嫌みな笑みを浮かべながら、身体的な威圧を加えてくる。


増岡は拳を固く握り締め、深く息を吐き出した。

「……トモヒロ、俺らはもう、ええ大人や。いい加減、学生気分のくだらんイジリはやめて、少しは態度改めた方がええんとちゃうか?そもそも、このコミュニティもコンサル企画自体も、学生サークルのノリよりも幼稚で酷いっちゅうんが、俺の正直な感想や。もっと態度とか、そいうとこを改めるべきちゃうやろか?」

増岡は最後の忠告として、静かに諭すように言った。


しかし、傲慢の塊と化したトモヒロには、全くその言葉が届かない。

酒の勢いも手伝って、横柄で攻撃的な態度を崩すことは一切なかった。


そんなトモヒロの様子を見てため息をつき、増岡は鞄の奥底に大切にしまってある、阿修羅から預かったあの黒い布袋の存在を静かに意識した。

胸の内で熱く渦巻く激しい憎悪を噛み殺しながら、静かに思考を巡らせる。

増岡は、あの怪しげな7枚の呪符が、本物であってくれれば良いのにと、心から強く願った。


そして同時に、冷酷な決意を胸に秘める。

阿修羅は、3日は様子を観るように言っていたが、もしも4日後になっても効果が無ければ、阿修羅の言葉など関係なく、今度こそ自分のこの手で、この腐れ外道の息の根を止めてやると、固い誓いを立てていた。


---


##撒かれた呪符と惨劇の幕開け


焼肉屋の店内に響いていた宴の喧騒がようやく落ち着きを見せ、一次会はお開きとなった。

満腹になった参加者達がゾロゾロと店外へ出てくると、夜風が火照った顔を優しく撫でていく。

参加者達は満足そうな笑みを浮かべながら、二次会へと繰り出すグループと、そのまま帰路に就くグループに分かれ始めていた。


二次会組の先頭に立ったトモヒロは、酒の勢いも手伝って大声を張り上げる。

「おいおいみんな!まだまだ夜はこれからだぞ!一次会だけで帰るなんてノリが悪いやつはいないよな?二次会もガッツリ飲んで、ビジネスの熱い話で盛り上がろうぜ!」


トモヒロ達講師陣は当然のように気勢を上げ、歓楽街へ繰り出す二次会参加組の中心で威張っていた。

一方で増岡は、この泥沼のようなバカ騒ぎにこれ以上付き合う気など毛頭なく、ここで静かに別れることにする。


荷物を整理し、雑踏に紛れながら、増岡はターゲットであるトモヒロの動きを鋭い目で見定めていた。


そして……。


二次会の店へ向かおうとするトモヒロに対し、増岡は静かな、だが通る声で呼びかけた。

「トモヒロ、ちょっとええか?」


不機嫌そうに振り返ったトモヒロは、眉をひそめて鼻を鳴らした。

「あん?なんだよ増岡。お前も二次会に来たくなったのか?しょうがねえなあ、講師の俺に頭下げるなら、一杯くらい奢ってやってもいいぞ?」

トモヒロは下品なニヤニヤ顔を浮かべて手招きする。


増岡は冷ややかな視線を向けたまま、静かに言った。

「ちゃうわ。お前に、二人きりで話したい事があるんや。ちょっとこっち来い。」


そう言って増岡はトモヒロを促し、賑やかな店の前から少し離れた薄暗い路地の陰へと誘い出した。

そして、街灯の光が届きにくい物陰で、二人は向き合う。


トモヒロはポケットに手を突っ込み、だるそうに体を揺らした。

「なんだよ、思わせぶりに連れ出してさ。手短にしろよな。俺はこれから二次会で忙しいんだからさ。」


増岡は腕を組み、かつての同級生の顔をまっすぐに見つめる。

「……俺はな、学生時代から、お前のその人を小馬鹿にした態度、他人様を値踏みして、こいつやったら勝てるとか勘違いした相手を、平気で見下して馬鹿にする態度がずっと気に入らへんかってん。今日も大勢の御客さんの前で、俺を散々嘲笑いよってからに。それに、作業者交流チャットでも、いっつも阿修羅さんに対する態度、あれは特に酷いぞ。『恐縮です』なんて言葉を物真似して煽りやがって。あのお方は大人の対応をしてくれとるから笑って流してくれてるけど、見てるこっちが不快でたまらんくらい目も当てられへん無礼さや。俺がこうして言っとる間に、その腐った態度を改める気はないんか?」


増岡は胸の中で渦巻く怒りを必死に抑え込み、これが本当に最後となる説教めいた忠告を静かに叩きつけた。


しかし……。

トモヒロは反省するどころか、大げさに肩をすくめてゲラゲラと笑い出す。


「はあ?お前、俺に説教できる立場じゃないだろ?何様のつもりだよお前!俺は月収100万稼いで、ここでは先生として教える側の人間なんだよ!お前みたいな冴えないサラリーマンに上から目線で説教される筋合いなんてねえんだよ!なんだよ、せっかくの美味い酒が不味くなるじゃねえか。気分悪いなあ!悔しかったら俺より稼いでみろよ!偉そうな事は俺より稼いでからにしろ!金稼げる方がえらいんだよ!この貧乏人が!」

トモヒロは増岡の忠告に一切耳を貸そうとせず、ペッと唾を吐き捨てると、さっさと二次会組の輪へと合流するために背を向けて立ち去ろうとした。


増岡はその惨めな背中を見送りながら、深く、重い一つ大きなため息を吐く。


そして……。


増岡は冷徹な殺意を声に込め、ぽつりと呟いた。


「……最後の忠告やったんやけどなあ……お前が地獄に行かへんための。」


増岡は、鞄の奥底から阿修羅から受け取った黒い布袋を取り出すと、中の呪符をファサっと、トモヒロの足元から背中へ向けて投げつけた。

朱色の恐ろしい文字が刻まれた7枚の薄紙が、夜風に乗って舞い上がり、トモヒロの身体に触れてそのまま暗闇へと散っていく。


紙が触れた気配に気づいて振り向いたトモヒロは、足元に舞い落ちた紙切れを見て、破顔して下品な大笑いを声をあげた。

「なんだこれ?おいおい、俺に面と向かって逆らえないからって、お札か何かで呪いでもかけようってのか?マジで馬鹿じゃねえの?小学生レベルの陰湿な嫌がらせかよ、ウケるんだけど!」


トモヒロは手を叩いてゲラゲラと腹を抱えて笑い転げると、完全に増岡の相手をするのをやめて二次会グループの待つ場所へと走って合流してしまう。

そしてトモヒロは、周囲の受講生や仲間達に向かい、わざと大声で聞こえるように嘲笑った。


「おいみんな、聞いてくれよ!増岡の奴、俺に言い返せないからって気味悪い紙撒いて逃げやがったぞ!増岡の奴に呪われちまったー!恐ろしいねえ、呪いマスマスってつもりかよ、ギャハハハ!」

トモヒロは周りの奴らと一緒にゲラゲラと嘲笑いながら、夜の歓楽街の闇へと消えて行った。


一人路地に残された増岡は、立ち去った男の背影を殺気に満ちた目で見つめる。

「……ほんまに、これで呪われて死んだらええのに……。苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて地獄へ落ちろ……。」


増岡は悔しさと憎悪で唇をぎゅっと強く噛み締めると、この日は東京に宿泊する予定のホテルへ向かって、一人静かに歩き出した。


---


増岡が東京の路地裏で呪符を放ったのと、まさに同時刻。


京都の静寂に包まれた山裾、阿修羅の自宅敷地内にある暗い神殿の中。

室内中央では赤々とした火が激しく揺らめき、その神秘的な空間に阿修羅が静かに佇んでいた。


護摩を焚くような設備の中で燃える火の前に置かれた、重厚な祭壇の上。

そこに並べられていた阿修羅お手製の呪符、それこそが、阿修羅によって作り出された式神である。

そして、式神達が突如として、かさかさと不気味な音を立てて動き始める。

紙切れであるはずのそれが、まるで意志を持った独立した生命体の如く、ゆっくりと自立して立ち上がっていった。


阿修羅は遠く離れた東京での感応を確かに受け取り、狂おしく口角を歪めた。

「ほう、繋がりよったか。増岡はん、ちゃんとばらまいてくれはったみたいやなあ。上出来上出来、ようやってくれたわ。ほな、遠慮なく始めさせてもらおか。」


阿修羅は静かに囁くと、素早い手つきで複雑な印を組む。


そして……。


「『我が式よ、滅せ。』」


阿修羅は威厳に満ちた冷徹な声で命じた。


その瞬間、立ち上がった紙の式神達が、祭壇中央に置かれたトモヒロの真名が書かれた藁人形へ一斉に群がった。

そして、鋭い霊力の爪が藁を容赦なく引き裂き、ズタボロにし始めて、最後には原型を留めぬほどバラバラに引きちぎってしまう。


「フハハハ!ええ音立てて破れていきよるわ。トモヒロ、お前が撒散らした悪業の報いや。身を割られる苦痛を味わいながら、悶え死に続けるがええぞ。」


そして、トモヒロの藁人形を無惨に破壊しつくした式神達は、今度はその隣に鎮座していた首謀者・石井駿太朗の藁人形へとぞろぞろとまとわりついていく。

阿修羅は赤く揺れる火に照らされながら、冷酷な瞳でその光景を見つめた。


「次はお前や、石井駿太朗。コンサルタント気取りで無知な人間を食い物にしてきたツケを、その人生、その命で支払ってもらおか。それにしても、紙で作る形代の呪符も手軽でええけど、やっぱり藁人形はごっつやりやすいわ。魂の縛り付けが段違いやさかいな。さて、時間差で顕現するように仕掛けたさかい、速けりゃ今夜、遅うても明日の夜には地獄行や。ほんま、簡単過ぎるで。」

阿修羅は満足そうに顎を鳴らして笑う。


そして阿修羅は、狂気と冷血を孕んだ瞳を輝かせ、高らかに声をあげる。

「人間やめるか、我利我利亡者やめるかってな。まあ、亡者は読んで字の如く、既に死んどる者から既に人間やないし、ワイが戻るべきとこに戻したるだけやからなあ、むしろ感謝して欲しいくらいやで、フハハハハ!」


静まり返った神殿の中に、阿修羅の高らかな不吉な笑い声がどこまでも響き渡っていた。


---


##忍び寄る七つの影と破滅の足音


阿修羅が、京都の地で呪殺の術式を完成させた頃。


東京の歓楽街で繰り広げられた二次会もようやくお開きとなり、都内の自宅マンションへと帰宅したトモヒロ。

酒の酔いが程よく回り、頭をフワフワとさせながらも自室のデスクに向かうと、PCの電源を立ち上げた。

モニターが青白く発光し、デスクトップ画面が表示されると、慣れた手つきでマウスを操作してコミュニティサイトに入り、誰でも参加できる作業者チャットに入ってみる。


チャットルームのログを確認すると、そこには先程まで一緒にOFF会で酒を汲み交わし、大騒ぎしていた受講生が2人程、既に先に入室していた。

トモヒロはヘッドセットを装着し、音声通話モードに切り替えて会話に参加する。

「おう、みんな早いな。もう作業やってんのか?」


トモヒロが声をかけると、画面の向こうから受講生たちの弾んだ声が返ってくる。

「あ、トモヒロ先生!お疲れ様です!いやあ、今日は本当にいいOFF会でしたねえ!先生のリアルな稼ぎ方の話、めちゃくちゃ勉強になりましたよ!」

「本当ですよ!先生の話を聞いたら居ても立っても居られなくなっちゃって。やっぱりOFF会が終わった直後にすぐPCに向かって作業するなんて、俺達やっぱマインドが違いますよねえ!」


客達のゴマすり発言を聞き、トモヒロは鼻を高くして満足げに酒臭い息を吐き出した。

「まあな!普通の奴らは飲んで帰ったらそのまま泥のように寝て終わりだろ?でも俺たちは違う。稼げる奴ってのは行動力と基準値が違うんだよな!」


憐れな受講生達も、それに合わせるように大声をあげる。

「間違いないです!作業量の基準値が異常だからこそ成長するし、だからこそ爆発的に成功して稼げるんすよ!先生の背中を見てたら、俺たちも月収100万なんてすぐ行ける気がしてきました!」


「ハハハ!そうだろうそうだろう!俺の教え通りにやってれば、お前らもすぐ俺の領域まで来られるからな!」


画面越しに「OFF会終わった直後に作業するなんて、やっぱマインドが違いますよねえ」「作業量の基準値が異常だからこそ成長するし成功するんすよ、稼げるんすよ」等々、下品な自画自賛を含めた褒め合戦をして、皆で更に気分を良くしていた。


---


こうして、居心地の良い称賛の言葉にどっぷりと浸かり、等しき話をたっぷりと楽しんだ後。

時計の針はすでに深夜を大きく回っていた。


深夜になって、そろそろ寝る時間となり、トモヒロは満足感に浸りながら作業者チャットを終える事にした。

「よし、じゃあ俺はそろそろ寝るわ。お前らは明日もしっかり作業しろよ!」


トモヒロがそう言うと、受講生達もそれに応じる。

「はい!トモヒロ先生、今日はお時間いただき本当にありがとうございました!おやすみなさい!」


そうしてトモヒロはヘッドセットをデスクの上に放り投げ、ふと画面上のユーザー一覧を見つめた。

そこで、先ほど二次会の前に生意気な口を叩いて気味の悪い紙を投げて行った、同級生の増岡の事が急に気になり出す。

どのような愚かな言い訳をしてくるのか確かめてやろうと、トモヒロは増岡のダイレクトメッセージページを観ようとしたが……。


画面にはエラーメッセージが表示され、増岡のアカウントが見つからない。

よく確認してみると、増岡は既にコミュニティサイトを退会している事と、トモヒロのアカウントが完全にブロックされている事に気づく。


「なんだよあいつ、マジで使えねえな!あのヘタレ野郎、俺のアドバイスを素直に聞けないで逃げ出しやがって。だからいつまで経っても稼げないんだよ、一生サラリーマンで底辺を這い回ってろ!」

トモヒロは画面に向かって唾を吐き捨てるように悪態をついた。


そして、マウスを乱暴に動かしながら、トモヒロは増岡が先ほど言っていた内容を、ふと思い出した。


「確か増岡の奴、『作業者交流チャットでも、いっつも阿修羅さんに対する態度は特に酷い』とか何とか言ってたっけ。」

そう言って、阿修羅との最後のコンサルティングが終わって以降、一度も作業者チャットにも来ていない事にようやく気が付く。


トモヒロは椅子の背もたれに深く体を預け、あざ笑うように呟いた。

「もしかして、あのおっさんもかよ。ちょっと俺が厳しい事言っただけで嫌になってやめたのか?ったく、マインドが低いんだよマインドが、だから稼げないんだよ。でもまあ、後からクレームになるのも面倒だし、一応、『厳しい事言ってすんません』ってメッセージだけでも送っておくか。」


トモヒロは上から目線の不快な笑みを浮かべ、阿修羅のダイレクトメッセージページにも行こうとした。

だが、検索窓に名前を打ち込んでも一切引っかからない。

確認してみると、阿修羅もまたすでに退会して、トモヒロをブロックしている事を知る。


「こいつもかよ。どいつもこいつも、楽して稼げなくて厳しい現実突きつけられたからってすぐやめる、ついてこれない奴の方が多いよなあ!負け犬どもが!」


トモヒロは自分を正当化し、姿を消した受講生たちを徹底的に馬鹿にしてゲラゲラと大声で笑った。


すると……。


静まり返った室内で、ふと、ぞくりと嫌な寒気が背筋を駆け抜けた。

首筋の毛穴が一斉に立ち上がり、部屋の温度が急激に下がったかのように、骨の芯まで冷え込む恐ろしい寒気が襲いかかる。


「うわ、なんだ?急にすげえ寒くなってきたぞ……。飲みすぎたかな?酒飲んで、一緒に他の冷たいものも飲んだから、冷えちまったか。」


トモヒロは鳥肌の立った自分の腕を擦りながら、必死に自分を納得させようとして、台所へ行って温かい飲み物でも飲もうと、椅子から立ち上がる。


そして、振り返ると。


「ヒッ……!?」

トモヒロの喉から、蛙がつぶれたような情けない悲鳴が漏れ出た。


部屋の入り口付近、閉ざされた扉の前。

そこには、黒ずくめの、どう見ても人間とは思えない黒い煙のようなものが7体、人の形をして立っていた。


---


##漆黒の炎と消え去りし男


トモヒロの自室に、異形なる七体の黒ずくめの煙が立ち現れた、まさにその同時刻。


京都の山裾に佇む暗い神殿の中。

護摩の赤々とした火の前に佇む阿修羅の目の前で、恐ろしい変異が起こっていた。


先ほど式神達の爪によって容赦なく引き裂かれ、観るも無残にバラバラに粉砕されたトモヒロの藁人形。

その散らばった藁の欠片の一つ一つが、まるで内側からどす黒い血液が溢れ出してくるかのように、みるみるうちに赤く染まっていく。


ジュクジュクと音を立てながら、不気味に赤黒く変色していく藁人形の残骸。

阿修羅は、その凄惨な光景を冷徹な瞳で見つめながら、口角を凶悪に釣り上げた。


「おうおう、始まったなあ。向こうで式神どもが暴れとる証拠や。身も心も引き裂かれる激痛を、たっぷりと味わうとる最中やろな。」

阿修羅はニヤリと邪悪な笑みを浮かべ、愉悦に浸るように呟く。


そして、散らばった藁人形の欠片が残らず完全に真っ赤に染まり切ったのを確認すると、阿修羅は作務衣の懐から新たな呪符を一枚静かに取り出した。

そして。


「『吸いつけ』」


阿修羅が低い声で術を吐き捨てると、呪符が妖しい紫色の光を放ち始める。

すると、祭壇や床の上に散らばっていた赤く染まった藁人形の欠片が、吸い寄せられる磁石のように一斉に宙を舞い、吸い付いていく。


すべての欠片を吸着し、禍々しい塊となった呪符を手に取ると、阿修羅はそれを目の前で燃え盛る火の中へと躊躇なく放り投げた。


呪いの燃料をとされた火は、ジュウッと嫌な音が響く。

そして次の瞬間、まるで生き物のように一気に巨大な黒い炎が吹き上がった。

部屋全体を暗黒の光で呑み込み、異臭を漂わせた黒い炎は、藁人形の存在を灰すら残さず焼き尽くすと、やがて静かに鎮火した。


こうして、何一つとして抜かりなく、最後まで術式をやり終えた阿修羅。


静まり返った室内で、ちらりと七枚の御札がガチガチに貼り付いている駿太朗の藁人形を一瞥すると、阿修羅の口元から、冷酷な吐息が漏れ出る。

「術者に来る呪いの跳ね返りも、全部お前さんが引き受けることになるさかいなあ、似非コンサルの社長さんよう。ほな、『逆凪』の受け皿として、精々、死んだ方がましやって思うレベルの生き地獄味わって苦しんどきや、くそ企画の総大将さん。フハハハハ!」


阿修羅は満足そうに高らかに笑い声を響かせると、静寂に包まれた深夜の神殿を後にした。


---


こうして、阿修羅が京都の地で術式を完全な形でやり終えた、その直後……。


東京にあるトモヒロのマンションの一室。

静まり返った自室には、一切の痕跡なく静かになっていた。

そして、デスクの上では、PCの電源がつけっぱなしのまま青白い光を放ち続けており、誰もいなくなった無人の部屋を冷たく照らしている。


PCのファンの音が虚しく響く部屋、先程まで確かにそこに居たはずのトモヒロの姿はどこにもなく、影も形もなく消え去っていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。