98. パナシアンベリーの効果
栽培が開始されて、更に3日経過した。
先程まで大雨が降り注いでいたが、今は雨は止んで曇り空となっている。
地面は雨水でぬかるんでおり、水溜まりがまだらに出来上がっていた。
ビニールハウス内ではグレイとランジェは勿論の事、ミュスカとシャロン、シルクも一緒になっては同じ方向へ視線を向けている。
この場にいる者全員遮光眼鏡はつけておらず、防護用のマスクも装着していない。
それらはもう、現時点ではもうつけなくても大丈夫なのだ。
皆の視線の先にあるのはパナシアンベリーの株が二つ。
それぞれの株には、鮮やかな赤色で艶のある小振りな果実が三つずつ生っている。
「これが、あのパナシアンベリーですか?」
「すげぇ…目の前に本当にある」
ミュスカとシャロンは息を呑みながらパナシアンベリーを見つめる。
シルクは実だけでなく、周りの枝や葉の様子をじっくりと観察しては縦に頷いた。
ミルティーユ山で見つけた株とほとんど同じ状態であり、栄養不足は無さそうであるのを確信する。
「はははは!どうだい、僕達の研究の成果が実ったんだよ!大成功だ!あーっはっはっは!!」
「はい!やりましたね!!あはははは!!」
グレイとランジェは飛び跳ねながら大喜びする。
そんなハイテンションな様子にシルク達は静かに悟った。あぁ、これは明らかな深夜テンションだなと。
休憩時間を交代で設けていたとしても、その時間も資料をまとめたりと何かしら作業をしていたのだ。
それを3日間通して、睡眠時間をほとんどとらずに過ごした事にもなる。
お陰で二人の目の下には濃い隈が出来上がってしまっていた。
「俺達も研究者になったら、こんな感じになるのかな」
「止めてください、考えさせないでください」
シャロンとミュスカは遠くに視線を向けては現実逃避するように真顔になる。
そんな中、ビニールハウスの外から声をかけて来る者が。
シルクが振り返ると、カネルとレザンの姿があった。
「大きな怪しい声が聞こえてくるから何事かと思ったが…これは大丈夫なのか?」
「安心してください、歓喜ですので」
シルクが真顔で淡々とそう告げるので、カネルは苦笑いを浮かべる。
その後パナシアンベリーの実が生っているのに気付くと、カネルも安心したのか大きく息を吐いた。
「無事実ったんだな、良かった…本当、どうなるかと思ったよ」
「本当に実らせるなんて…」
レザンは驚愕するも、グレイとランジェの様子を横目で見ては冷や汗を流した。
その後何とか気持ちを落ち着かせたランジェはパナシアンベリーを慎重に収穫し、小さな籠の中に六つの実を収める。
そのままシルクの方へと差し出すと、シルクは籠の前で手をかざし、意識を集中させた。
籠を包むように透明の膜が貼られ、一部始終をカネル達はじっと見つめている。
「簡易的にですが保存魔法をかけました」
「簡易的とは言うけど、これもなかなか丈夫な保存魔法じゃないか?」
レザンが興味深そうに籠に貼られている膜を見つめるも、その後シルクと視線が合うと直ぐに視線を逸らした。
女性と関わるのが慣れていないと言えど、ここまでくればもはや嫌われているのではないかとシルクは肩を竦める。
「この中から一つはフレイスさんに使用するとして、後の五つは魔法薬学会に提出するんですよね?」
「あぁ、それと成長させた二株も一旦魔法薬学会に持っていかなければならない。その後は規則に従って今後の扱いが定められる」
「うぐぐ…折角僕達が丹精込めて成長させたって言うのにねぇ」
「規則となれば仕方がありませんよね…」
グレイは口をへの字にして不貞腐れ、ランジェも残念そうに肩を竦める。
それでも二人はやり切ったとでも言うように、その後顔を見合わせては笑顔を浮かべた。
その後カネルの計らいによってクロテッド社長に連絡が送られると、すぐさま自家用車を向かわせると返事が返ってくる。
アパート前にまでやって来た自家用車からクロテッド社長が現れ、パナシアンベリーの実を見ては涙を流しながらランジェ達にお礼の言葉を述べた。
まずは魔法薬学会に提出する必要がある為、実と株をシルクのポシェット内へと収めてから自家用車にて魔法薬学会本部へと向かった。
自家用車内は広々としていた為、大人数にも関わらず全員乗り込む事ができた。
魔法薬学会本部に到着し、報告をした際には会長達も驚きの表情を浮かべていた。
そんな表情を見てはグレイは自信満々な笑みを浮かべ、カネルは失礼の無いようにと静かに注意するように横からグレイの脇腹を軽く突いた。
ランジェは緊張した様子であったが、グレイと同様に誇らしく胸を張って会長達と対面していた為、ミュスカ達は後ろから様子を伺っては安心するように笑みを零した。
そして、一つの実の使用についてはクロテッド社長も名乗り出て、無事使用許可が下されては深々とお辞儀をした。
こうして手順を確実に踏まえていき、ようやく邸宅へと到着する。
邸宅に着くや否や、シルク達は真っ先にある場所へと向かった。
フレイスの部屋ではなく、厨房へと辿り着くと料理長が驚きながら挨拶の言葉を口にする。
「突然押しかけるようにしてすまないね、料理長に今すぐ作ってほしいものがある」
クロテッド社長は料理長にとある料理を提案し、料理長は二つ返事で作業に取り掛かろうとする。
そこでシルクがパナシアンベリーを差し出すと、料理長は目をまん丸とさせては固まった。
「このような貴重な食材を、私が扱ってもよろしいのでしょうか」
「フレイスさんは料理長の…貴方の料理が好きだと仰ってましたから。自信作をお願いします」
そう告げられた料理長は緊張を浮かべながらも、分かりましたとしっかり頷いてパナシアンベリーを受け取った。
そうして調理が開始され、シルク達は一旦厨房から離れて広間で待機する事となった。
それから約1時間は経っただろうか。
皆がそわそわとしている中、広間の扉が開いて料理長が顔を出す。
料理長が作り上げた一品を見ては皆が頷き、そのままフレイスの部屋へと向かって行く。
部屋の扉を優しく叩き、中からフレイスの声が聞こえる。
再び急変が起こっていない事にシルクは安堵し、扉が開いてから中へと進んだ。
「おじい様!それにシルク様と…今日はお客様が大勢いらっしゃいますのね!」
フレイスは驚きながらも嬉しそうに、僅かに緊張を入り混ぜながら挨拶をする。
クロテッド社長がフレイスの傍に寄り添い、優しい笑顔で語り掛けた。
「フレイス、今日はプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
フレイスは首を傾げながらも、プレゼントという言葉に興味を示して表情が明るくなる。
クロテッド社長は料理長に合図を送ると、フレイスのベッド脇に置かれているサイドテーブルに静かに一つの料理が置かれた。
透明のグラスの中にはピンク色のムースが綺麗に納まっており、上には薔薇のように飾り切りされた苺が添えられている。
パナシアンベリーは細かくすり潰され、ムースの中に練り込まれている状態だ。
「可愛らしいムースですわね…これを食べて良いんですの?」
フレイスは瞳を輝かせながらそう尋ねる。
クロテッド社長はこくりと頷き、フレイスは添えられたスプーンを手に取って静かにムースを一口分掬い上げる。
そのまま一口ぱくりと食し、ゆっくりと咀嚼して飲み込むまで、シルク達は息を呑みながら見守った。
途中でフレイスがきゅっと目を細めて口をつぐんだ事に一瞬慌てそうになるも、その後フレイスは笑顔を浮かべた。
「このムース、とても美味しいですわ!最初は甘酸っぱいのですが、後からきゅーっと酸っぱさが強くなって驚きました。でもその酸っぱさがアクセントになっていて、私は好きな味ですわ!」
その後もフレイスは一口ずつ味わいながらムースを食べ進めていく。
明らかに肌の血色が良くなっていき、弱々しく感じていた魔力が段々上がっていくのを感じとられる。
近くにいたクロテッド社長はより強くその様子を感じとり、目元に涙を浮かばせる。
ムースは完食され、空になった透明のグラスとスプーンはサイドテーブルに置かれた。
「とても美味しかったですわ……おじい様?どうされましたの?」
「フレイス…身体は今、どのような感じだい。重だるいとか、痛いところがあるとか…」
フレイスは体調面を指摘され、自身の手を見つめながら握って開いてを繰り返す。
肌の血色が良くなっている事にフレイスも驚き、目をぱちくりとさせている。
「あら?私、もっと肌が白っぽかったような気がするのですが…それに、いつもよりも身体がぽかぽかして、全く寒くないですわ!」
「これが、パナシアンベリーの効果…」
カネルが驚きながらそう呟くと、フレイスは再び目をぱちくりとさせてシルクの方へ向く。
「…皆さん、信じていましたから」
シルクはそう言いながら、ふんわりと優しい笑みを浮かべる。
その直後、フレイスの瞳から大粒の涙が次々と零れ出し、皆が一斉に驚きの表情を浮かべた。
「私…外に出ても、大丈夫なんですの?」
「…あぁ」
「…っ、私、またクッキーを食べられるようになったんですの?」
「あぁ…あぁそうだフレイス!」
これまで我慢していた感情が溢れてくるように、フレイスは大きく声を上げながらクロテッド社長に抱き着いて涙を流した。
クロテッド社長もしっかりとフレイスを抱き締め、一緒に涙を流した。
後ろから見守っていた料理長は目元を腕で隠しながら肩を震わせ、近くにいたメイド長も嬉しそうに涙を流している。
温かい空間の中で、シルクは安堵しながら窓の外に視線を向ける。
窓から見える庭園の薔薇は、太陽の光が反射している雨の雫できらきらと輝いていた。




