96. 願い
シルクはクロテッド社長の邸宅に到着すると、メイド達の案内によりフレイスの部屋へと案内された。
メイド達も事情をクロテッド社長から聞いている為、シルクの姿を見つけると直ぐに準備に取り掛かり、案内した後には茶の準備をする為に部屋を後にする。
「シルク様!今日も来てくださったのですね、嬉しいですわ!」
ベッドの上で起き上がった状態でいるフレイスは、シルクの姿を見ると笑顔を浮かべる。
そんな様子にシルクは安堵しながら近付き、ベッドの傍に置かれている椅子に座った。
クロテッド社長は仕事の為不在であり、邸宅にいるのはフレイスと使用人達だ。
シルクが回復魔法を施した後にメイドが部屋の扉を数回優しく叩き、ティーカップとティーポットを運んで入って来る。
ふわりと薔薇の良い香りが鼻腔を通り抜けた。
「ありがとうございます、私この紅茶がとても好きですわ。シルク様もお味はどうですか?」
「はい…私も好きです。薔薇の香りがして、何だか落ち着きます」
「でしょう!他にも薔薇の香りがするデザートも美味しいんですわよ。特に薔薇のクッキーはとても美味しくて!」
フレイスは回復魔法を施された直後というのもあり、元気に腕を軽く振りながら笑顔で語っていく。
「薔薇のクッキーは私も以前頂きました。とても美味しかったです」
「喜んで頂けて何よりですわ。私も早く食べられるようになりたいですわ…」
分かりやすくしょんぼりとした様子に、シルクはふと茶話会での光景を思い出す。
茶話会では薔薇のクッキーも出されていたのだが、フレイスの前に出されたのはゼリーやプリンといった消化に良いものばかりであった。
闘病生活を送る中、消化の良いものしか身体が受け付けなくなったのだろう。
明らかに痩せ細っている姿にシルクは軽く眉を下げるも、瞬きと同時にいつも通りの表情に戻る。
長い間食事をとらずに過ごしてきたシルクにとっても、フレイスの気持ちに少し賛同できるところがあった。
食べる事が好きであるのを思い出してからは、思い出す前と比べると食事に対する意識が変わったのだ。
しかし思い出してから間もない頃は、消化の良い食事や少量の食事しか身体が受け付けず、半人前よりも少ない状態で食事を終える事もあった。
今ではミュスカの積極的な提案や努力もあり、平均的な一人前の量は食べられる。
しかし脂っこい食事やお肉中心の食事は完食する自信はまだない。
それに長年の癖によるのか、油断すると食事を忘れてしまいそうになる時もある。
ミュスカ達の声掛けで今は何とか食事をとられているが、数日かけての仕事が入れば一人となる為、食事をとるようにと指摘する人が周りにいない状態となる。
仕事から帰って来てからミュスカに何か食べたいものはありますか、と聞かれた時にようやく「あ、そういえば…」と思い出す事もあった。
一日で終わる仕事ならそのような心配は無いのだが、長期となればもう仕方が無い。
複雑な気持ちになりながらも、自身にそう言い聞かせている。
しばらくフレイスと何気ない会話を続けていく中、フレイスは窓から見える景色を見つめながらぽつりと呟いた。
「ねぇシルク様。私…本当に病気が治るのでしょうか」
シルクは目をぱちくりとさせ、静かにフレイスの言葉の続きを待つ。
「パナシアンベリーを食べれば、どのような病も治ってしまうという話は私も聞きました。ですが…こんなことを言うのは失礼にあたるのは分かっているんです。でも…不安ですわ。本当に治るのかなって…」
フレイスは手をぎゅっと握りしめながら、窓の外の景色を見つめ続ける。
窓の反射で見えたフレイスの表情には、不安が入り混じっていた。
これまで長い期間病と闘い続けてきたフレイスにとって、不安はそう簡単に拭われない。
「治るかどうかは、やってみないと分かりません。…確かに、絶対治ると言う根拠が100%とは言い切れないかもしれません」
シルクの言葉にフレイスは静かに耳を傾ける。
表情に暗い影が落ち、ゆっくりと顔が下へと向いていく。
「ですが、行動しなければそれまでです。行動するからこそ、可能性が生まれますから」
シルクも同様に窓の景色を見つめる。
庭園に咲いている沢山の薔薇が、太陽に照らされている。
「私は博士達を信じています。そして、フレイスさんの病が治って元気になるという事も信じています」
フレイスは顔を上げ、シルクの方へと視線を向ける。
シルクの真っ直ぐな瞳に釘付けになるように、顔を向き合わせる。
「クロテッド社長も、御両親も、使用人の皆さんも。皆さんがフレイスさんの病が治るのを、信じています」
フレイスの瞳が一瞬歪み、光が反射する。
瞳の中に映っているシルクの表情は、とても優しく柔らかい表情だ。
「…ありがとうございます。私も、皆様を信じますわ!」
「はい。元気になった姿を是非見せてください」
「勿論ですわ!私、元気になったらやりたい事がいーっぱいありますの!美味しいクッキーをまた食べたいですし、庭園の散歩もしたいですし…あと街に出てお買い物をしてみたいですわ!それと…」
フレイスが指を折りながら一つずつやりたい事を述べていく。
シルクは一つ一つを頷きながら聞いていき、部屋の外ではメイドや執事達が目元にハンカチを当てながら話を聞いていた。
そして最後に、フレイスはシルクの顔を見ながら興味津々な様子で宣言した。
「それと、シルク様から魔法を教えてほしいですわ!」
「…私からですか?」
「はい!シルク様の回復魔法はとても暖かくて優しくて、ふわ~って感じがして気持ち良かったんですの。それに、難しい魔法を使っている話を聞いたときは何だかわくわくしました。シルク様のような素晴らしい魔法使いの方から、色んな魔法を学びたいですわ!」
素晴らしいという言葉にシルクは心の中で苦笑いを浮かべる。
あくまでも私は只の魔法使いだ、そう言い聞かせ続けてきては身に染みてしまった言葉。
「…誰かに魔法を教える事は、あまり得意ではありません」
「うぅ…ではせめて、魔法を使っているところを見たいですわ。動物と話せるという異言語魔法をこの目で見てみたいです!」
教えるのは難しいが、見てもらうだけなら大丈夫だろう。
そう考えたシルクは縦に頷き、フレイスは嬉しそうに笑顔を浮かべた。




