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欠落万能屋は記憶を探求する  作者: 多津身 光
第三章:波乱な依頼
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95. 秘められた心境

 アパート裏に設置されているビニールハウス内で、グレイとランジェが言葉を交わしながら準備を進めていく。

 ビニールハウスの外ではカネルが心配そうに中の様子を伺っており、そんなカネルに向かってシャロンが興味あり気に問いかけた。



「やけに心配そうじゃん。確かに相手があの癖が強い先生と言えど、一回対面して話してるんだろ?」


「あの時の先生は余計に不機嫌でしたけど、ランジェさんに対しては不信感を抱いていませんでしたし、今も見た感じは大丈夫そうだと思いますが…」


「あぁ…ランジェも魔法薬学研究者の一員として誇りを持っているし、熱心な奴だ。それに優秀だし、グレイの話も真剣に聞くくらい真面目だから、グレイとの相性については今のところ大丈夫だと思っている」



 しかしカネルは不安を拭えないような表情を浮かべたままであり、シャロンとミュスカは疑問符を浮かべる。

 近くで話を聞いていたシルクはビニールハウス内の二人の様子を静かに観察した。


 数秒間じっとランジェの様子を観察しては、成程とカネルの心配している点について理解した。

 そのままビニールハウス内に入り、話し合っているグレイとランジェに声をかける。



「あ、シルク!丁度良いタイミングで入ってきてくれたね。さっき言ってた魔力貯蔵機についてだけど、魔力を補充してくれたのはシルクなんだよ」


「そうなんですね…!こ、この量をすべてですか?」



 ランジェは作業台の上に積み上げられている魔力貯蔵機を見上げる。

 そのままシルクの方へと視線を移したところで、ランジェはぴしりと固まった。


 目の前までずいと近付いてきたシルクに驚いたのである。

 ランジェの長めの前髪にシルクは軽く触れ、目元が露わになる。

 目の下には薄っすらと隈が残っており、疲労が溜まっている様子が伺えられた。



「博士、栽培を始める前に少し時間をください。ランジェさんを回復させないと、このままでは倒れてしまいます」


「え、え、あの!私は大丈夫で…」


「倒れてしまったら元も子もありません。是非万全な状態で栽培に取り組んでください」



 慌てるランジェの肩を優しく押して椅子に座るよう促し、グレイは眉を下げつつ笑顔でシルクの要望に同意した。



「シルクの観察眼は確かだからねぇ、このままシルクに甘えちゃいなよ。どうせなら近くで見てても良いかな?」


「はい」


「え、見るとは…え?何をなさるんですか?」



 いまいちピンときていないランジェは困惑の表情を浮かべる。

 突然の事にカネル達も気になったのか、ビニールハウス内に入って来る。


 シルクはランジェの背後から両肩に手をのせ、意識を集中させる。

 魔力が上昇していくのを感じ取り、グレイは感嘆の声を上げて瞳をきらきらと輝かせる。

 回復魔法が発動された事により、ランジェは肩から流れて来る魔力の優しく温かな感覚につい目を閉じ、強張っていた肩の緊張は解れていった。



「…どうでしょうか」


「はい…何だか身体が軽い気がします」



 先程より顔色が良くなっている事にカネルは安堵の息を漏らす。

 やはりランジェの体調面を心配していたのだな、とシルクは心の中で頷いた。


 パナシアンベリーの依頼を引き受けてからは気を張り続けてきたのだ。

 休憩時間、睡眠時間を削ってまで熱心に研究を続けてきた分疲労が蓄積していき、体力面と精神面は限界に近い状態であった筈だ。


 それでもランジェは心配をかけさせまいと、頑張って笑顔をつくったりもしていたのだろう。

 初めて会った時の、緊張しながらも笑顔を見せようとしていた表情をシルクは思い出し、ランジェに向き合うように移動しながら声をかける。



「今は回復魔法で何とかなりましたが、これからは休む時はしっかりと休むようにしてください。体調を崩しかねない生活リズムを送れば、研究も思うように進められなくなりますから」


「そうだよ、先生なんて生活リズムが狂っては判断力が鈍って、研究室を爆発させたくらいだし」


「あの時期の先生は本当無茶苦茶な生活リズムでしたよね…睡眠を削って食事を削って、奇行に走っては奇声のような笑い声をあげて」


「グレイ…また爆発騒ぎを起こしてたのかよ」


「その節はごめんって!ミュスカ、そんな目で僕を見ないでくれ給えよ!!」



 話しを聞きながらランジェはぽかんとした表情を浮かべるも、緊張感は解れている為か安心したように薄っすらと笑みを浮かべた。



「…ありがとうございます。本当に、助かりました」



 グレイがシャロンとミュスカにちょっかいをかけるように騒ぐ中、ランジェはぽつりとそう呟く。

 その言葉はシルクには勿論の事、傍にいたカネルにも向けられた言葉であった。



「最初に依頼を受けてしまった時は、私、本当にどうすればいいんだろうって分からなくなっちゃって。何とか資料を集めたり、色んな魔法植物で実験したり、もう無我夢中で…一人でも頑張らなきゃって思ってしまってて」



 ランジェの目元に薄っすらと涙が滲む。

 当初周りに助けを求めたものの、難題である事や責任を負いたくないという身勝手さによって協力を得られず、ランジェは一人で頑張るしかないと背負い込んでしまっていた。



「でも、カネル先輩が声をかけてくださったお陰で、グレイ博士や、皆さんが協力してくださったお陰で、私は本当に救われました。何とお礼をすれば良いのやら…」


「おやおやぁ?お礼はパナシアンベリーの栽培が完了した後にとっておかないと」



 途中から話を聞いていたグレイはにやりと笑みを浮かべながらランジェに語り掛ける。

 それに、と続きを含んだ言葉をぽつりと零しながら胸を張って宣言した。



「君は色んな魔法植物を使って栽培実験してたんでしょ。中には僕もまだ扱っていない魔法植物の名前も出てきたりしてたし、一通り聞いた内容量でも栽培の経験は豊富な訳だ。今回は是非その栽培知識を発揮してもらうからね!」


「…は、はい!頑張ります!」




 ランジェはすくっと立ち上がり、グレイを見上げながら彼女なりの自信満々の笑みを浮かべた。



 こうして栽培実験が始まろうとする中、シルクは作業台に置かれている置時計に視線を移す。

 そのままグレイ達に向かって軽く手を挙げながら、淡々と言葉を述べた。



「それでは、私は一旦此処を離れます。魔力補充が無くなりそうになった時はまた連絡をください」


「了解、ところでシルクはこの後何処かに行く予定があるのかい?」


「はい、フレイスさんの容態確認の為にクロテッド社長の邸宅に行ってきます」




 以前フレイスが急変した際に回復魔法を施した事により、一旦フレイスの容態は落ち着いた。

 しかしいつまた急変しても可笑しくない状態である為、シルクは魔法薬学会を出た後にカネルに一つの提案を持ち掛けた。


 パナシアンベリーの実が生るまでの期間、定期的にフレイスの容態を確認しに行っても良いだろうかと。


 カネルは驚きながらもクロテッド社長にその旨の連絡を伝えると、クロテッド社長は勿論だと即答する。

 シルクの回復魔法に対する信頼が大きいのと、フレイスを気にかけている事への感謝の念がある為であった。


 カネルにとっても最悪の事態は避けたい為、シルクの提案には賛同する気持ちがあった。

 しかし一つの疑念を抱き、シルクに向かって心配の表情を向ける。




「いくら魔力量が多いと言えど、そう何度も魔法を使用してはシルクさんの体力が持たないんじゃないか。ホワイトウルフを討伐してから今まで、ちゃんと休めていないだろう」



 ビジネスジェット内でいる時は勿論の事、ティピック達と共に魔法薬学会へ向かう際もシルクは移動中ずっと睡眠をとらずに過ごしている。

 討伐の際には更に魔力を消費している筈なのにも関わらず、平然と回復魔法を使用しては更に別件で回復魔法を使おうとしている。


 それでも尽きる事の無い魔力にカネルは驚きを隠せずにはいられないのだ。




「私は慣れていますので、大丈夫です」



 やはりシルクは無表情のまま、淡々とそう告げる。

 そのまま藁の箒に跨り、「では、行ってきます」と挨拶して飛んで行ってしまった。


 カネルとの話を近くで聞いていたミュスカとシャロンが互いに顔を見合わせ、複雑そうな表情を浮かべる。



「…なぁミュスカ、シャロン。シルクさんはいつもあんな感じなのか?」


「えぇ、そうですね…シルクさんと初めて会ってからは本当、驚かされてばかりです」


「確かにそうなんだけど…なぁ」



 何か含みのありそうな様子にカネルは眉をひそめる。

 そのままビニールハウス内にいるグレイの方に視線を移した。




(…もしかして、あの時の質問と何か関係があるのか?)




 今日までばたばたと忙しい日々を送っていた事もあり、忘れていた事をここでふと思い出す。


 それはグレイから電話が来た時…パナシアンベリーの栽培に必要な高濃度の酸素を放出する実験の進捗状況を報告された時の事。




『それと最後に、一つ聞きたい事があるんだけど…カネルの周りで古代魔法について詳しい人っていたりする?』


『古代魔法?…残念ながらそういう伝手は僕の周りにはいないな』


『そっかー…じゃあいいや、突然ごめんね』


『今回の実験で何か関係があるのか?必要な資料があるなら探して送るが…』


『いいや、今回の実験とは関係ないよ…息抜きで色んな魔法植物を扱ってる際に気になるものがあったからさ、何か関連性があるかなーと思って好奇心で聞いてみただけ』




 その後は問題なく電話は終わり、当時はカネルも深く追究せずに流してしまった。

 しかし今思えば疑問が浮かび上がる。


 グレイは気になる事があれば納得するまでとことんしつこく追究する質だ。

 それが専門分野である魔法植物に関する事ならば尚更、違う分野が絡んできてもそれを巻き込んででも追究しようとするのが目に見えている。


 それにも関わらず、あの時の電話ではグレイの方からさらっと流してしまった。



 カネルは考えを巡らせる。

 あの時グレイは魔法植物を扱っている際にと言っていたが、それは嘘なのではないだろうか。

 だとすれば何故グレイはそんな嘘をついたのか。

 現代では滅多に扱われていない古代魔法について、何故グレイの口からその言葉が出てきたのか。



 …グレイがそのような質問を投げかけてきたのは、シルクがアパートに越してきてからだ。


 ピュアポトスの実験が成功したのはシルクのお陰でもあると、グレイが誇らしげに言っていたのを思い出す。




 明らかに何かがある。

 詳しい事は不明だが、明らかにシルクには何かがある。



 カネルはシルクの姿が見えなくなってからも、そのまま視線を一点に集中させていた。

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