91. ミルティーユ山山麓にて
時刻は深夜をまわり、日付が変更された頃。
ビジネスジェットが着地し、カネル達は次々と降りて地面に足を着ける。
「覚悟はしていましたけど、やっぱり寒すぎますよ此処!」
ペーシェは身震いし、その後軽くくしゃみをする。
山の麓と言えど気温は低くなっており、王都にいた時より断然寒い環境である。
軍服の上から防寒着を着用した状態でも、素肌が晒されている顔に冷たい風が当たっては身震いさせる。
静けさの中、カネル達はビジネスジェットが下りた地点から少し歩いたところで足を止めた。
目の前に広がるは、何十体ものホワイトウルフの屍。
どれも急所で仕留められており、最小限の攻撃で留められている。
「まじかよ…この数を本当に一人でやったのか?」
レザンはホワイトウルフの屍を見ながらぽつりとそう呟く。
各自がそこら中に横たわっているホワイトウルフの状態を確認する中、アベルは致命傷となった切り傷をじっと見つめる。
「…あの時の切り付け方と似ている」
「あぁ、例のブラックリザードマンの時の?」
ペーシェが隣にやって来て、アベルと同様にしゃがんでは目の前の屍を観察する。
近くに転がっている屍を見るも、どれも似たような切り方で仕留められていた。
しかし遠くの方で転がっている屍は少々違うようで、レザンとプラットがそちらを観察していた。
「これらは銃で仕留められたみたいだな、どれも急所に一発でとは…」
「何て命中率だ…」
ホワイトウルフは動きが機敏である為、狙いを定めて急所で仕留めるのは至難の業になる。
それにも関わらず最小限の攻撃で仕留められている事に、その場の者達は驚きを隠せずにはいられなかった。
「で、シルクさんはもしかして山を登っちゃった?」
皆が目の前に立ちはだかるミルティーユ山を見上げた時だった。
何処からか、ガサガサと大きな音が聞こえてくる。
それはミルティーユ山の方から聞こえるが、各自手にしている手持ちの小型ランプが唯一の明かりであり、明かりが照らされる範囲でしか辺りの様子を伺えない。
それでもカネル達は音が聞こえた場所に視線を移し、警戒態勢をとる。
いざという時は明かりを消して身を隠そう、そう考えていると再び大きな音が響き渡った。
先程聞こえた時より音が大きい。どうやらこちら側に近付いてきているようだ。
各自が武器を手にし、戦闘準備が整う。
その直後、ガサガサと大きな音と共に山の木々から巨大な物体が飛び出して姿を現した。
大きな翼を羽ばたかせ、白い羽毛が飛び出した衝撃で舞っている。
巨大な物体の正体はスノーコンドルであり、極寒地帯で生息している魔物だ。
スノーコンドルが翼を大きく羽ばたかせながら着陸しようとするのをカネル達は警戒しながら見守るが、スノーコンドルの背に別の何かがいることに気が付いては目を丸くさせた。
真っ白な姿のスノーコンドルとは対照的に、真っ黒なローブをなびかせている者。
狐面をつけ、口元はストールで覆っていて素顔が分からない。
だがカネルはその者が誰なのかを知っている。
「…ここまで送ってくれてありがとう」
スノーコンドルから飛び降りたシルクが地面に着地すると、スノーコンドルに向かってお礼の言葉を呟いた。
スノーコンドルはシルクに向かって小さく鳴き声を上げ、時折ご機嫌そうに毛づくろいをしている。
「シルクさん」
カネルが声をかけると、シルクは静かにカネル達の方へ視線を移した。
狐面をつけているが、シルクは驚いた表情を浮かべていた。
「…お疲れ様です」
邸宅で会った時のように淡々とした様子でお辞儀をする。
「え、本当にあのシルクさん?」
「はい、シルクです」
狐面をつけている状態のシルクを見るのは初めてであるペーシェは困惑し、同様にプラットも驚いた表情のまま固まっている。
一度邸宅でその姿を見ているカネル達でも、一度だけである為慣れていない。
しかし聞こえてくる声は正真正銘シルクの声である。
「討伐の後処理でしょうか?」
「いいや、僕達が独断で来ただけだ」
「…そうですか」
シルクはついジト目を向けてしまうが、狐面をつけている為カネル達には分からないだろう。
しかし呆れている様子を感じ取ったのか、カネルは苦笑いしながら肩を竦めた。
「討伐は無事完了しましたので、この後裏魔法協会へ報告に向かいます。それでは…」
失礼します、と言葉を続けようとするもシルクは固まった。
目の前までずいと近付いてきたペーシェが眉をひそめ、手持ちの小型ランプでシルクの姿を照らす。
「シルクさんその恰好のままで山を登ったの!?絶対寒いでしょ!」
「うわ、確かによく見たら薄着なんじゃ」
突然服装について言及され、狐面の中で目をぱちくりとさせる。
シルクが普段から着用しているローブの生地は薄めであり、中に着ている白シャツや黒いズボンも厚手とは言えないものだ。
ローブの所々には薄い氷の膜が貼られていて、ストールの隙間から漏れ出る呼気が白く宙に舞ってる事から、その場の気温の低さを表している。
しかも手元は素手であり、地肌にも薄っすらと氷の膜が貼ってあるのを見ては近くにいたプラットが代わりに寒がるように身体を震えさせた。
そこでカネルが先手を打たれる前に、とシルクに向かって声をかけた。
「裏魔法協会まで送ろう、ついてきてくれ」
「え…」
「ほら早く入ろうよ、風邪ひいたら大変だからさ」
結構ですと言葉にする前に、ペーシェに手を引かれてそのままビジネスジェットへと向かって行く。
「あの、箒で帰れま…」
「遠慮しないの。討伐後なんだしこの寒さだし、一旦ジェット機内で休憩しときなって」
半ば強引にビジネスジェットへと入り込む事となり、シルクは静かに溜息を零した。




