90. 可能性
「あー…まさかとは思っていたけど、仕事着のままで対面しちゃったんだね」
『やっぱりグレイもあの姿の事は知っていたんだな』
「そりゃあね、何なら初対面があの姿だったし」
研究室にて、グレイは作業机にスマートフォンを置いたままカネルと通話を再開していた。
スピーカー機能に切り替えている為、カネルの声がよく通って聞こえる。
シルクはカネル達の前で宣言した後、そのまま玄関口まで真っ直ぐ向かい、藁の箒に跨って一瞬でその場を去ってしまった。
去る前に狐面をつけ、存在感を消す魔法薬を振りかける動作をしていたのも、急いでシルクの後を追ったカネル達は目撃している。
シルクが去ってからも数秒間はつい固まってしまっていたのだが、カネル達はこのまま静かに大人しくしてはいられない。
クロテッド社長と話をした後に直ぐ魔法防衛省へと戻り、一段落ついたところでグレイに連絡を取ったのだ。
グレイは苦笑いを浮かべながらスマートフォンに向かって言葉を続ける。
「まさかシルクが堂々と宣言するとはねぇ。シルクも言う時はきっぱりと言うところがあるけど、素性については探られたくないって思ってる筈なのに。まぁ、カネル達がやたらと探りを入れている事に困っている感じもあったし、今回は半ば諦めの部分もあったのかな?」
『困らせていたのは申し訳ないと思っているが、何にせよシルクさんには気になる点が多すぎる』
『隊長も気になる事はとことん追求したくなるところがありますもんねぇ』
電話越しでペーシェの声がしたのにグレイはぴくりと反応する。
どうやら向こうもスピーカー機能に切り替えていて、会話の流れは掴めているようだ。
『それにしても、今回シルクさんが向かっている討伐とパナシアンベリーについて、何か関係があるんでしょうか。可能性に賭けるとも言っていましたけど』
やはり部下も一緒にいるよな、と思いながらスマートフォンを眺めていると、今度はレザンの声が聞こえてくる。
「シルクの今回の討伐内容は知ってるのかい?」
『あぁ、異常発生されたホワイトウルフの討伐だ。場所はミルティーユ山山麓になる』
これはまた凶暴性のある魔物だな、とグレイは静かに考える。
そして同時に、ミルティーユ山という言葉に反応した。
「ミルティーユ山ってパナシアンベリーの生息地だね」
『え!まさかシルクさん、パナシアンベリーも入手しようと考えちゃったりしてる!?』
電話越しでペーシェの驚く声が響く。
グレイがふむと考える中、次々と部下達の声が聞こえてくる。
『いくら入手困難なものと言えど…そもそも栽培を目的としているのに、実物を手に入れたら研究の意味が無くなってしまうじゃないですか』
『一体何を考えてるんでしょうか』
『でも、あの施設長が種の使用許可を渋っているくらいですし…』
部下達が次々と言葉を交わしていく中、グレイは考え続ける。
そして、ふと一つの考えに辿り着いた。
「もしかしたら、パナシアンベリーの実自体が目的では無いのかも」
数年に一度実るか実らないかと言われている代物である為、実際現場に向かったとしても実っていない確率の方が圧倒的に高い。
しかしシルクは「可能性に賭ける」と宣言した。
グレイは考えを巡らせていくと、段々自分の中で好奇心が高まっていくのを感じ取る。
口角は上がって頬が紅潮し、思わず笑みが零れる。
『…おいグレイ、その怪しい笑い声を言ったん止めろ。皆が怯えるだろうが』
どうやら怪しい声も漏れ出ていたようで、カネルの指摘によりグレイははっとして咳払いをする。
それでも笑みは止められず、そのままグレイなりの考えを言葉にした。
「シルクは栽培に取り組むって言ったんだろう。それならシルクはその通りに行動する筈だ。例え目の前に実が生っていたとしても、それは持ち帰らないだろうね」
『それはそれでどうなんだとも思いますけど…』
「シルクは真面目だからねぇ。その分芯があるし、誰かを思いやる気持ちも十分持ってる。そんなシルクが賭けようとしている可能性ってのに、本当物凄く興味が湧いてくるよ」
『グレイにそこまで言わせるとはな…あ、そろそろ到着しそうだな』
到着するという言葉にグレイは疑問符を浮かべる。
周りには部下達が揃っている為、てっきり会議室にいるのかと思っていたのだが、どうやらそうではないらしい。
『すまないグレイ、この後しばらくは連絡できなくなる。明け方頃にはできるようになるとは思うが、あくまでも予定だ』
『お待ちしておりました、ビジネスジェットの準備は整っています』
電話越しで別の人物の声が聞こえる。
グレイは笑顔が引き攣り、まさかと思いながらカネルに尋ねる。
「切る前に聞きたいんだけど、カネル達って何処に向かおうとしてる?」
『ミルティーユ山山麓。元々こちらが裏魔法協会に提出した依頼だし、シルクさんにあんな堂々と宣言されてはな…居ても立っても居られないだろ』
カネルが好奇心を含めた笑みを浮かべているのを、グレイは容易く想像できた。
―――
―――
同時刻。
シルクは右手の中指にはめている指輪を光らせ、手にしていた刀は指輪に吸い込まれるように消えていった。
辺りには何体ものホワイトウルフが倒れており、ぴくりとも動こうとしない。
静けさの中、シルクは狐面を外して視線を上へと移す。
星が輝く夜空の中、大きくそびえ立っているミルティーユ山。
山頂は白く染まっており、標高が高くなればなる程気温が下がっているのが伺える。
ポシェットから依頼書を取り出し、依頼書の中心に描かれた文様が色濃く浮かび上がったのを確認してから、ティピックに依頼完了のメッセージを送る。
その後スマートフォンと依頼書をしまい、ミルティーユ山中腹辺りに視線を向けながら足を進めた。
山麓でも気温は十分低くなっており、白い吐息が空中に浮かんでは消えていった。




