5. 魔法植物
一通り掃除を終えたシルクは新しく設置した椅子に腰かけ、窓から見える景色をぼんやりと眺める。
置いている物が少ない分早く掃除を進められたが、長期間放置されていた汚れを落とすのは大変であった。特に水周りはカビが発生しやすく手強いものとなる。
即興で手持ちのものを使用し、頑固な汚れを取り除くことができた時は少し満足気に息を漏らした。
やはり汚れた環境は好まない。放置するなんて尚更。
掃除中にもやもやと考えては手を止めてを繰り返していた為、下手したら夜までかかるのではと覚悟する時もあったが、余計な心配であったようだ。
ごみをまとめた大袋を外へ出しに行く為に、椅子から立ち上がろうとした時だった。
扉の向こうから誰かが走ってくる足音が近付いて来る。
途中で大きな音と共に「あだぁっ!」という声が響いたが、その後直ぐに扉が開かれた。
「ねぇシルク!これってもしかして君が置いたのかい!」
焦った様子で扉を開けたのは、眼鏡を斜めにずらしながら鼻先を赤くさせ、若干涙目になっているグレイ。右手には小瓶が握られていた。
「…大丈夫ですか?」
「ちょっとだけ痛い…じゃなくて、これだよこれ!」
途中で転んだことよりも小瓶の事が気になるようで、シルクの前にずいと小瓶を差し出す。黒い葉が入れられた小瓶だ。
それはシルクにとって見覚えのある物で、何ならシルク本人が設置したものであった。
「私が置いたものですが…迷惑でしたか?」
「迷惑だなんて!そんなことないさ!」
シルクは若干眉を下げて申し訳なさそうにするが、グレイに怒っている様子は無く、寧ろ瞳を爛々とさせて良い意味で興奮気味になっている。
小瓶の中に入っているのは、大炭草と呼ばれている魔法植物。
消臭効果があり、火をおこす際の燃料や作物を育てる際の肥料にもなる為、重宝されやすい植物だ。
日常的に取り扱われることが多く、それほど珍しいものではない。
なのにどうしてそこまで興奮しているんだとシルクは疑問に思う。
「こんな大きな葉は初めて見たよ、一体何処で見つけたんだい!」
あぁ成程、とシルクは納得する。
通常の大炭草の葉は小振りで長細く、一枚だけでは効果が発揮されにくい。
それにも関わらず、小瓶に入っている大炭草の葉は大きく丸い形をしており、一枚だけで広範囲の消臭効果を発揮していた。
「自生していたのを拝借したんです。随分と前に見つけたもので…すみません、場所はあまり覚えていません」
「覚えてない…だと」
グレイはがくんと膝をつき、続いて小瓶を握っていない左手を床について絶望を表現させる。声色からも相当残念がっているようだ。
シルクは本当に覚えていないのである。
記憶が曖昧であると言うべきか。
今手元にある大炭草は旅をしている途中で偶然見つけた物、尚且つ数十年前に調達したものだった。
「せめて自生していた環境の特徴が分かればなんだけど…」
グレイは膝をついたまま顔を上げると、ぴたりと視線をある場所に留めた。
その視線の先を辿るようにシルクは振り返る。
何処から出てきたんだと言いたくなる一つのテーブル。その上には擂鉢と薬研が置かれており、それぞれの中に潰された薬草が入っていた。
潰された薬草の汁には汚れを落とす効果があり、掃除中にシルクが即興で作成したものだった。
「君も魔法薬学の知識があるのかい」
「博士程ではないと思いますが、それなりに?」
グレイは直ぐに立ち上がってシルクに近付くが、突然距離を縮められた事にシルクは驚いて反射的に一歩後ろへと下がってしまう。
「この後時間はあるかい?」
「あ、あるにはありますが…」
「なら是非!今僕が取り組んでいる研究についての意見を頂きたくてね!丁度行き詰まっているところだったから、もしかしたら何かしらのヒントが得られるかもしれない!それに君についても――」
興奮気味に話すのを制するかのように、シルクはグレイの目の前に自身の掌を向ける。
同時に眉間に皺を寄せているような表情にグレイは目をぱちくりとさせた。
「時間はありますが、それよりも先に聞きたい事があります」
「な、なんだい?」
「最後にシャワーを浴びたのはいつですか?」
シルクからの質問にグレイは虚空を見つめて考える素振りをする。
そして自信満々に答えを出した。
「忘れた。でも明日には必ず入るから大丈夫だよ」
「大丈夫ではありません。今すぐシャワーを浴びてきてください」
「えぇ~、別に良いじゃないか明日で、も…」
面倒くさいと言わんばかりに気だるげな態度をとるも、シルクの顔を見た瞬間に肩をぴくりと揺らした。
「不潔な人に話すことはありません」
「は、はい…行ってきます」
ごみを見るような視線を向けられたのに少しショックを受け、素直にシャワーを浴びに自室に戻ったグレイであった。




