4. 興味
「……あれ、もしかして寝てた?」
グレイは机に突っ伏した状態から顔を上げる。
気付いたら眠っていたようで、口の端から垂れかけていた涎を雑に拭った。
机の周りには薬草が入った小瓶や手書きの書類が乱雑に置かれている。
何冊も積まれた分厚い書物はどれも研究の参考資料であり、皺のついた付箋がいくつも挟められている。
グレイは魔法薬学研究者であり、現在は施設などには所属せず個人的に活動している。
以前は様々な研究施設で活動していたが、癖が強い傾向にある研究者が集う中でもグレイは特に癖が強く、周りから浮きやすい存在であった。
そのことも含めて意見がぶつかることも多々あり、最終的には個人で活動する方が向いていると開き直って現在に至る。
グレイと共にこのアパートで暮らしている二人は研究者希望の学生だ。
時には呆れられたり小言を言われたりするが、これまでの施設での扱いに比べれば可愛いものだとグレイは気を許している。
寧ろ二人を可愛がっており、立派な研究者として成長させたい気持ちもある為、時間に余裕がある時はグレイが指導を担当することもある。
学生二人は現在研修期間の為不在であるが、明後日には戻ってくる予定だ。
グレイは一人で研究に没頭できると始めは意気込んでいたのだが、日が経つにつれて行き詰まっている状態であった。
好き勝手な研究生活を送っていることもあり、食事は簡素なもので済ませている。
睡眠時間は平気で削り、本人はまだ動けるものだと思っていても、身体は正直で体力の限界を訴えていた。
目元には薄っすらと隈ができており、集中力は途切れやすい状態だ。
そんな状態が続く中、此処のアパートに新たに入居者が来るという知らせが入る。
これまでも入居についての話が来たことはあるが、いつもなら先に内見の知らせから来て、その後希望者が内見しては見送りになる、というのがこれまでの流れだった。
しかし今回は内見せずに入居確定で来るという知らせが入り、最初はどんな奴だとグレイは怪しんだ。
人里離れた場所だがそれを好んでやって来る者もいる。そのような場所じゃないと生活できない者も世の中にはいるものだ。
ここではグレイの奇行を察して皆見送っていったが、流石に内見無しとなると相当行き詰っている者なのか、下調べが下手で後々後悔する事になる者なのか、自分に負けず相当癖の強い者なのか。
どのような者が来るのかと聞いてみたが、素性についてはこちらでも説明し難いと言われ、寧ろ面白い者なのではないかと、怪しむどころか好奇心が沸き上がっていた。
結局はどのような者なのかは、実際に会ってみないと分からない。
最終的にはそう結論付けて入居者を迎えることにした。
そうして出会ったのは、黒いローブのフードを深く被り狐面をつけ、更に口元から首にかけてを黒いストールでぐるぐる巻きに覆った不思議な人物。
(これはまたぶっ飛んだ人が来たようだねぇ)
自分で言うのもあれだが、この人も絶対癖が強い。
そして何より…只者では無い魔力を感じた。
グレイも魔力を宿しており、研究中に魔法を扱うことも多々ある。
それなりに魔力量は多い方だと自負しているが、シルクから感じられる魔力を察知した瞬間、とある気持ちが込み上げる。
何か面白いことが起こりそうな、未知の高揚感というべきだろうか。
それは研究に行き詰まり、多少の焦りと困惑が渦巻いていた心への安定剤として作用された気がした。
広間に案内し座るよう促したところで初めて声を聞く。高過ぎず低過ぎず、落ち着いた声の中性的な印象であった。
初めは背丈もあることから男性かと思っていたが、フードと狐面を外してもらうとグレイは目を丸くする。
黒い髪に黒い瞳、隠しているのが勿体ないと思える程の整えられた顔。
無表情に近く感情を読み取るのが難しいが、逆にきりっとした美しさを感じられた。
再び狐面で顔を隠されたが、素性をよく知る為にも素顔でいてもらわないと困る。
大人気ないかもしれないが、仮面を外さないと建物内を案内しないと言ってみたところ、渋々とではあるが了承してくれた。
視線だけでも何となく感情を知れて、少し嬉しく感じたグレイであった。
研究室前まで案内したところで、グレイのシルクに対する興味は増していく。
これまでは玄関前、頑張って広間まで案内したところで入居希望者に断りを入れられていた。
それなのに今回は断りが入ることなく、素直に案内を受け入れている。
薬品の臭いがするからかストールで鼻元をぐいと覆われたが、逃げるような素振りが全く無い為安心して案内できる。
何より、素直に博士と呼んでくれた事が嬉しくて堪らなかった。
これまでは苗字や君付けで呼ばれるのが多く、博士と呼んでくれる者はいなかった。
同居している二人からは先生と呼ばれているが、先生よりは博士の方がしっくりくるという個人的な拘りがある。
偶に先生ではなく「おいグレイ」と生意気にも呼び捨てされる時もあるが、気を許しているのもあってそこまで気にならない。
兎に角、そんな素直なシルクへの案内を一通り終えた後、グレイは研究室に籠って研究を再開していた。
しかし再び行き詰まり、蓄積している疲労に抗えず寝落ちしてしまって現在に至る。
「少し気分転換してから再開しよっと」
少し歩けば何かアイデアを思いつくだろう。
そう考えながら研究室を出て一階へと向かおうと階段付近へと足を進める。
ふと、違和感を感じた。
「……あれ?」
すんすん、と辺りの匂いを嗅ぐ。
普段と違って空気が変わったような気がする。
視線を下に向けると、三階へと上る階段付近に小瓶が置かれていた。
小瓶の蓋には小さな穴が数個あけられており、中には大きめの黒い葉が一枚入れられている。
その植物について、グレイは知っている。
知っているからこそ、目を丸くさせて驚いた。
この小瓶を置いたのは誰なのか、一人しか見当がつかない。
グレイは急いで三階へと向かった。




