42. 論争
「いやぁ〜、スッキリして満足だよ」
グレイは晴れ晴れとした笑顔で満足そうに天井を見上げる。
隣ではシャロンが呆れた表情でグレイを見上げていた。
先程まで移動式の魔法植物店にて、並べられている植物の質や育て方について質問攻めしていたグレイだが、言いたいことを言い切った為か満足気にしている。
代わりに店員はげっそりとした表情で店内に籠ってしまった。
「先生は相変わらず容赦ねぇよな」
「流石にあんな粗末な育て方をされてたらねぇ。特に気になるものは無かったし、やっぱりいつもの花屋が信頼できるね。…ところでシルクとミュスカは何処に行ったんだい?」
別行動をとっていることを知らないグレイは周りをぐるりと見渡す。
「先生が寄り道してる間に別行動とってるんだよ、今回はあくまでもシルクの買い物がメインだからな…確かあっちのファッションフロアに行ったっきりだけど」
シャロンはスマホを確認するも、何も連絡は来ていない。
別行動をとってからそれなりに時間は経っている為、何かしら連絡があってもおかしくは無いのにな、とシャロンは首を傾げる。
こちらからミュスカに連絡を送信してみるも、返信が来るどころか既読もつかない状態。
こまめに連絡は見過ごさないミュスカにしては珍しいと思いつつ、まさか何かあったのだろうかとファッションフロアの方へと視線を向けた。
「連絡がつかないのかい?珍しいね」
「そう遠くは行ってないだろうし、別の階に行くなら連絡がある筈…何かあったか?」
「とりあえず、僕達もファッションフロアに行ってみようか」
2人は魔法植物店を後にして歩き出す。
そうしてファッションフロアへと足を踏み入れると、何やら言い合いをしているような声が遠くから聞こえてくる。
ビジネススーツ売り場の方からだ。
しかも聞き覚えのある声が混ざっているではないか。
まさかと思い、シャロンが早足気味にビジネススーツ売り場へと向かう。
そこではミュスカとスーツ姿の女性が商品を手に持ちながら睨み合っては言葉を互いにぶつけていた。
傍ではシルクが現実逃避するかのように視線を遠くに向けており、少し離れたところで店員が困惑した表情を浮かべている。
「シルク様は赤系統の商品がダントツで似合うのです。よりはっきりとした色合いがシルク様を引き立たせて輝かせるのですよ!」
「派手さで拘っては逆に色だけが目立ちます、それではシルクさん本人の魅力を発揮できませんよ。それに色にばかり目を向けてデザインに関しては微妙に感じます。僕はこの商品をお勧めしますね」
「あらぁ、確かにフリルのついた上品なタイですこと。ですが色が地味ですね却下です、私はこちらをお勧めします」
「貴方は赤以外に選択肢は無いんですか?」
「赤ではありません、茜色です」
互いに睨み合い、火花が散るような勢いである。
シャロンは目の前の情報が追い付かず固まり、後から到着したグレイも驚きの表情を見せるも、シルクの諦めたような表情が面白いのか吹き出しそうになるのを堪えた。
「あの…お客様、何かお探しでしょうか?」
「あ、いえ…大丈夫です」
店員に声をかけられたシルクは挙動不審気味に答えて視線を逸らす。
そんなシルクの様子に気付いたスーツ姿の女性、ウィンは店員を睨む勢いで振り向いた。
「現在こちらで取り込み中ですので結構でございます!」
「は、はいぃ!!」
店員はウィンの圧に負けて後ずさってしまう。
ウィンはシルクの前に立ち、手元にある茜色のネクタイをかざした。
負けじとミュスカも手元にあるグレーのフリルタイをかざして対抗する。
2つのタイをかざされたシルクは無表情を貫いていた。
「何やってんだよミュスカ…てか、隣の奴は誰だ?店員か?」
「違いそうな気がするけどねぇ。流石にシルクが可哀想だ、止めてやならないとね」
グレイはシルク達に近付き、丁度対面するような位置にいるシルクは直ぐにグレイの存在に気付いた。
そして同時に、グレイの隣にいる存在にも気付いて目を見開く。
「ミュスカその辺にしときなよ、シルクが困ってるよ?」
「ウィン君、少々落ち着きたまえよ」
ミュスカとウィンそれぞれの肩に別々の手がぽんと置かれた。
2人は一瞬ぴたりと止まり、ゆっくり振り返る。
ミュスカの肩にはグレイの手が、ウィンの肩にはスーツ姿の男性の手が置かれている。
「……誰?」
少し間が開き、ミュスカとウィン、そしてグレイの声も一緒になって同じ言葉を呟いた。
ウィンはグレイに対して、ミュスカとグレイはスーツの男性に対して発言している状態である。
突然新たに現れたスーツ姿の男性に、後ろから見ていたシャロンまでもが驚いていた。
先程までは確かにその男性の姿は見えなかったはずなのに、突然その場に現れたかのように登場したことに戸惑う。
困惑した空気の中、静かにしていたシルクが声を出した。
「…ティピックさんもいらしてたんですね」
「あら社長、要件は終わりました?」
「終わったよ〜。全く、急にウィン君が居なくなったと思ったら、『シルクがいたかもしれない』って連絡だけ残して何処かに行っちゃうんだもの、シルク君の事になると相変わらずだねぇ」
スーツ姿の男性、ティピックは困ったような表情を浮かべながらもへらりと笑う。
そしてシルクの方へと視線を移すと、顎に手を当てて珍しそうに見つめた。
「それにしてもシルク君が街にいるなんてね、しかも素顔を出してだなんて珍しいじゃないか…で、君達はシルク君とどういった関係で?」
ティピックはミュスカとグレイ、背後にいるシャロンにまで視線をぐるりと向けて語りかけた。




