206. 種の増やし方
倉庫前でシルクは一つの植木鉢の前に立ち、メラーシェから薔薇の種を一つ受け取っては植木鉢の中心に置いて優しく土を覆わせる。
普段なら緊張することは無いのだが、何人からも見守られる中でやるのはやはり緊張してしまう。
それでもシルクは無表情を貫き通し、植木鉢に両手を掲げては意識を集中させた。
シルクから僅かに漂う魔力がぐんと上がるのを感じ取り、目を丸くさせる者やごくりと息を呑む者、期待の眼差しを向け続ける者と様々である。
そして、数秒後には植木鉢からぽんと芽が出たことに皆が小さくも感嘆の声を上げる。
シルクは浮遊魔法でじょうろを浮かばせ、植木鉢に少しずつ水を足しては意識を集中させ続ける。
植物の成長過程を早送りで見ているかのような勢いで芽はぐんぐん伸びていき、中心の茎から幾つも枝分かれしては葉が大きく広がっていく。
三十秒も経たずに蕾が出来上がったと思えば、ふわりと花弁が開き見事に大きな薔薇が咲いた。
「凄い!とっても凄いですわ!」
「こんな一瞬で咲かせるなんて…」
フレイスは興奮するように声を上げ、咲いた薔薇とシルクを交互に見ながら両手を激しく上下に振る。
メラーシェは驚愕の表情になり、咲き誇る一輪の薔薇を凝視しては目を細めてじっくりと観察しだした。
庭師としての観察眼を働かせているのだろう。
「特別な肥料を使わず、魔力でここまでしっかりとした薔薇を咲かせる人はなかなかいないぞ」
「魔力で成長させるとしても、加減次第では魔力過多となって枯らせてしまう場合もありますからね。シルク様は本当に魔力の扱い方が器用です、私も見習いたいところですね」
ロゼットも興味深そうに薔薇を見つめながらそう呟く。
真剣な眼差しには蜘蛛達までもが敏感になってしまい、静かながらもびくびくとさせながらフードの中で身を潜めさせていた。
『もしかして、メイド長よりもこの執事の方が怖かったりするのか?』
『どうでしょうねぇ…貴方、後で執事から問い詰められるんじゃない?覚悟しといた方が良いかもよ』
(…やっぱり避けられないかぁ)
今はフレイス達がいる為か大人しくしているが、ふとした時に指摘されてはどう説明しようかと考えを巡らせる。
今後の仕事の為に必要なことなので観察していましたと言ったところで、怪しい行動をしたことには変わりないのだ。
潜入捜査感覚で動いたことがまさか直ぐに気付かれるとは、この執事は手強いぞと軽く視線を伏せてしまう。
そこで、メラーシェは眉を潜ませながらとある提案を持ち掛ける。
「どこから見ても立派な薔薇だ…が、香りが足りないかもしれないな。並大抵のものじゃ満足しない、拘りの強い依頼者なんだ。肥料を使えばもっと強い香りを出せると思うぞ」
シルク達は改めて薔薇に注目する。
素直に薔薇の香りを確認すると、確かに庭園のものよりも香りが弱く感じられた。
「メラーシェ君は自ら肥料を調合して薔薇を育てているからね。肥料についてとても詳しいんだよ」
「あはは、齧ったくらいの知識で専門家とまではいかないけどな。あくまでも長年庭師としてやってきた経験からの意見だ」
「…自ら調合しているということは、やはり市販のものでは効果が弱いのでしょうか」
「…あまり大きな声では言えないことだけどな」
メラーシェは苦笑いを浮かべながら自身の頬を軽く掻く。
それでも長年の経験があってこその発言であり、結果は育てられている薔薇の状態が物語っていた。
「僕からアドバイスできることは此処までだ。肥料の調合内容までは流石に企業秘密だなぁ」
「貴重な意見をありがとうございます。肥料は此方で何とかします」
肥料についてはシルクも知識を持っているが、身近には専門家のグレイがいるのだ。
頼ることが増える分、グレイが欲している魔法植物を相応の報酬としてまけることができるだろう。
肥料作成に必要となる材料を脳内で大まかに整理させたところで、再び植木鉢に向き直る。
そのまま魔力を注がせることに集中し、咲いていた薔薇の花弁がはらりと落ちていくとフレイスは目を丸くさせてから悲しそうに眉を下げさせた。
「そんな、枯れてしまいましたわよ…!?」
「種を採取するのに必要な工程なんです。この膨らんだところに種が詰まっています」
花弁がすべて落ち切ると、ローズヒップと呼ばれる丸く膨らんだ果実が露わになる。
中に詰まっている種を採取し、それらを再び咲かせ、またローズヒップを実らせ、種を採取する。
それを繰り返していくことで薔薇の量を増やしていくのである。
「種によって性質は異なっていくからな。質の良い薔薇をそのまま確実に増やすとなれば挿し木の方法で増やすと効率が良いぞ」
「挿し木の方が一株あたりに咲く薔薇の数も多くなりますからね。用途は異なりますが、パナシアンベリー栽培の際にもお世話になった方法です」
「フレイス嬢を救った魔法植物の栽培…その報道新聞は見させてもらったぞ。僕も栽培過程をこの目で見てみたかったなぁ」
メラーシェは純粋な気持ちで活き活きとそう語るが、もしパナシアンベリー栽培の場にいたらグレイとアンジェの奇行に確実に巻き込まれていただろう。
流石にあの二人に挟まった状態でいさせるのは厳しいな、とシルクは無表情のままさり気なく分析していた。
――
――
無事出来上がったローズヒップから幾つかの種を採取してから、シルク達は再び薔薇園内に入っていく。
必要としている品種の種をメラーシェが追加で持ってくるまでの間、シルクはフレイスに手を引かれながら薔薇園探索を続けた。
フレイスが楽しそうに薔薇を紹介していくのを静かに頷きながら聞いていく中、背後から感じる視線も感じ取っては僅かに警戒心を抱かせていた。
あまりにも気になってしまいシルクはつい軽く眉を潜ませてしまうが、フレイスが笑顔で振り返ったことで瞬時に普段の無表情へと戻る。
「この先に私のお気に入りの薔薇がありますのよ、こっちですわ!」
元気に走っていくフレイスをメイドが必死に追いかけ、クロテッド社長も小走りになって追いかけて行く。
その後ろ姿を見ながらシルクも素直に追いかける筈だった。
しかし、背後からの声によってぴたりと足を止める。
「シルク様。少々宜しいでしょうか」
「……はい、何でしょう」
振り返れば、視線の主である執事ロゼットの真剣な表情が視界に映り込む。
シルク程では無いが、ロゼットもあまり表情を崩さない為感情が読み取りにくい。
『やべぇよ、遂に来ちまったよ』
(君達は一旦私から離れる…わけにはいかないか)
『そうね。今私達の姿を見られてしまってはしらばっくれができなくなる』
フードの中に蜘蛛達を潜ませたまま、シルクは無表情でロゼットと向き直る。
「シルク様は魔法使いとしてとても優秀な御方であると存じております。実際この目で魔力を扱う様子を見たことで、確信させて頂きました」
「確信…ですか」
シルクの頬に一筋の冷や汗が流れ落ちる。
「…使役魔法で私達を見張っていた理由、お聞きしても宜しいでしょうか」
これまで潜入してきた場面の中でも上位に入るのではないだろうか。
そう思う程の緊張感がその場に走った。




