205. 必要な薔薇の量
紅茶とお茶菓子を堪能した後、シルク達は庭師メラーシェの案内に沿って薔薇園内を探索していた。
フレイスは既に何度か薔薇園を探索している身ではあるが、大好きな薔薇はいつ見ても心が躍るようで、嬉しそうに周りの咲き誇っている薔薇を見つめている。
メラーシェは丁度薔薇の種類の分岐点となる位置に立ち止まり、薔薇についての説明を始めた。
「事前に聞いていた薔薇の要望では、花弁が多いものが良いんだったな。それならこの花弁が多く重なり合っている品種はどうだろう。香りも強くて、香水として活用するにもお勧めのものだ」
目の前にある薔薇は一般的にみられる薔薇よりも明らかにぎっしりと花弁が敷き詰められており、その分大きさもあって迫力がある。
シルクの中で計画立てている必要量の花弁をざっと計算し、必須な部類だと即座に判断した。
「沢山の花弁を使って魔法薬を作ると聞いていますわ。どのような魔法薬を御作りになりますの?」
「美容効果のある魔法薬です。一般的に知れ渡っている作成方法ではどうやら薔薇の数が足りないようで、できるだけ多くの花弁が必要になりますので…この種類の薔薇は必須ですね」
「一般的な方法でもそれなりの花弁を使われるからな。街で薔薇が無くなっていく程消費されていると聞いた時は僕も驚いたよ。あまり薔薇を粗末に扱ってほしくないし、事の発端となっている依頼には本当困ってるよ」
メラーシェは困り顔になりながら近くの薔薇を優しく撫でる。
触れ方からも優しさが伝わってくるようで、メラーシェは本当に薔薇を大切にしているのだなとシルクは静かに観察する。
「薔薇の被害は一時期とても酷かったと聞いています。此処は何とか死守できていますが、油断はできませんからね」
続けて発せられた声の主に、シルクはちらりと視線を移す。
執事のロゼットも同様に薔薇園に来ており、フレイスの斜め後ろで背筋を真っ直ぐに真剣な様子で立っている。
先程蜘蛛を使役し観察していたときの光景を思い出しては、シルクは静かに警戒心を抱き続けていた。
「ロゼットとミュールのお陰で守られているようなもんだからなぁ。本当助かってるよ」
「メラーシェさんも十分御活躍なさっていますよ」
「ふふ、皆様とっても大活躍なのです!」
フレイスはまるで自分のことのように得意げな表情になり、ロゼットの隣に立っては小さな手でぎゅっと彼の手を握る。
その瞬間クロテッド社長の笑顔が引き攣ったように見えたのだが、敢えて気にしないでおこうとシルクは視線を逸らす。
流石にメラーシェもクロテッド社長の様子に気付いており、つい引き攣った笑顔を浮かべるが直ぐに話を戻そうと薔薇に視線を向け直した。
「美容効果のある魔法薬となれば、確か花弁だけでなく蕾も必要になるな…蕾についてはどのようなご要望で?」
「小振りのものではなく、大きめの蕾ができるものが良いです」
「となれば大輪の種類になるな。ハイブリットティー系統のものにしよう」
いくつかの質問を重ねて、必要となる薔薇の品種は絞られていく。
結果的には花弁が多く香りが強い品種、ハイブリットティー系統と呼ばれる大きな蕾をつくり出す品種をそれぞれ数種類ずつ使うことが決まり、それらの種を分け与えてもらうこととなった。
「では、各種類の種を二つずつお願いします」
「え…二つずつで良いのか?」
シルクの発言にメラーシェはつい首を傾げさせる。
クロテッド社長やロゼットもはてと疑問符を浮かべさせ、フレイスはきょとんとした表情である。
「宜しいのですか?一般的な魔法薬でも相当な数が必要となりますし、それよりも更に多く消費するとなれば…」
「私が育てて増やしていきますので、二つずつで大丈夫です」
「シルク様自ら育てるのですわね!ちなみに、どれだけの薔薇を使うことになりますの?」
フレイスは興味津々な様子で問い掛ける。
対してシルクは淡々とした様子で素直に答えた。
「薔薇の蕾を100個、花弁は100㎏程使う予定ですので…一輪の花弁がおよそ30枚あるとしたら…」
フレイスは笑顔のまま目をぱちくりとさせ、クロテッド社長はつい固まってしまう。
ロゼットは真顔で、メラーシェは開いた口が塞がらない状態でシルクに注目している。
「約13000個は必要になるでしょうね。一輪の花弁がもっと多くなればその分余裕を持てますが、今回は多い程良いかと」
シルクは無表情のまま淡々とそう答える。
魔力を用いて通常の植物の成長を早めることも可能であり、シルクの場合は膨大な魔力を必要とするヘリオスフラワーをものの数分で開花させるくらいだ。
シルクにとってどうということ無い状況は、大半の一般人には理解が難しいものである。
しかし、実際に魔力を扱う様子をこの目で見ているクロテッド社長は大きく笑い声を上げた。
「あっははは!流石はシルクさんだ、メラーシェ君の前で堂々と宣言するところもまた度胸がある!」
シルクは目をぱちくりとさせ、申し訳なさそうに苦笑いを浮かべているメラーシェに視線を移してからはっとする。
メラーシェは邸宅の薔薇園を管理している庭師であり、どの薔薇も丹精込めて育てる程の熱心な者だと伺えられる。
地道な努力を積み重ねる者の前で魔力で大量生産させますと宣言したのだ、捉え方次第では失礼にあたるだろう。
「…すみません、流石に無神経でした」
「気にしないでくれよ、早急に大量の薔薇が必要なんだから。ただ…そんな量を直ぐに育てられるのかって驚いてな」
「シルク様はとっても凄い魔法使いですから!」
フレイスが無邪気に且つ興奮するように両手を上下に振りながら宣言し、シルクは困ったように軽く眉を下げては、只の魔法使いです…と心の中で呟く。
そして一瞬逸らした視線を直ぐに戻すと、シルクは驚くように瞬きする。
皆が期待の眼差しを向けるようにシルクに注目しているのだ。
眩しいほどキラキラと瞳を輝かせているフレイスは勿論のこと、クロテッド社長とロゼットは静かながらもうずうずとしている。
メラーシェがとある場所に視線を誘導させるように右手を動かし、シルクはつられてそちらに視線を移す。
視線の先には倉庫のような建物があり、開いている入口付近からは庭園用の道具が並べられているのが見て取れた。
この後何をすべきかシルクは察してしまい、複雑な気持ちになりながらメラーシェに確認をとった。
「…宜しいのですか?」
「勿論。僕は庭師であると同時に魔法使いでもあるんだ、興味が無いなんてことは無いんだよ」
「私も大変興味深くあります。是非ご一緒に見学させて下さい」
メラーシェに続いてロゼットの真剣な訴えが加わる。
近くにいる数人のメイド達もそわそわと落ち着かない様子でシルクを見ており、注目される中でシルクは無表情のまま覚悟を決めた。
「では、早速一つ使わせて頂きます」
「シルク様の魔法をまたこの目で見られるのですわね、とっても楽しみですわ!早く行きましょう!」
フレイスは今度はシルクの手を握り、倉庫に向かって引っ張るように誘導する。
元気一杯な子どもの力強さに驚くと同時に、完全に病が治ったことの安心さが改めて込み上げては、自然と小さな笑みが零れていた。
『あの執事、やっぱり私達のこと気付いてるんじゃない?』
『やたらと俺達のことを見てる気がする…あのメイド長よりはまだマシだけどな』
ふとシルクの着ているローブのフードから小さく声が響いては、先程偵察させていた二匹の蜘蛛がこっそりと顔を出す。
二匹の声はシルクにしか分からないのだが、ロゼットの静かな視線を背後から浴びてはシルクは冷や汗を流した。




