207. 御熱心
シルクは普段通りの無表情のまま、この場をどう切り抜こうか考えを巡らせる。
挙動を確認する為にわざと使役魔法という言葉を使用しているのか、本当に気付いているが故の言葉なのか、それは後者だろうとシルクは推測する。
わざとにしては的確に魔法を当てているし、蜘蛛視点から見ていた光景を振り返れば、静かにしていたにも関わらず潜ませていた蜘蛛の位置を瞬時に把握していたのだ。
しまいには書類作業をしていた部屋の窓からシルク達のいるお茶会の光景を見ていた。
タイミングを考慮すれば偶然で片付けるのは難しいだろう。
そして何より、魔法を扱うとなれば避けられない現象がある。
「先程、屋敷内にて特有の魔力を感知致しました。その魔力はシルク様のもので間違いないかと」
「…素晴らしい察知能力ですね」
「えぇ、私も魔法使いとして日々鍛えている身ではありますから」
使役魔法によって使役されている生物には、魔法を扱う指示者の魔力がまとわりつく。
シルクの場合は周りに気付かれないよう魔力量を最小限に調整し使役しており、その甲斐あってこれまでの潜入捜査では気付かれることが滅多に無かった。
相当手練れな魔法使い相手には厳重に警戒し魔法を扱うのだが、それすらも見事に突破してきていた。
それにも関わらず、今回は瞬時に気配を察知され特定されてしまった。
自分もまだまだだな、と反省するように小さく溜息をつく。
「身勝手な振る舞いをし不快な思いをさせてしまったこと、深くお詫び申し上げます」
シルクが頭を下げながら謝罪する様子を、ロゼットは真剣な表情のまま見つめていた。
――
――
「…そのような潜入捜査があるのですか。何でも屋とはとても忙しい立場ですね」
「これまでに何度も潜入捜査をしてきましたが、今後引き受けるものは初めての立場になります。生憎その知識が乏しい状態でしたので…いつものように使役魔法を使っていたんです」
シルクとロゼットは言葉を交わしながらゆっくりと薔薇園の中を歩いて行く。
ロゼットは真剣な表情を崩さず、大して咎めるような言葉を向けること無く静かに理由を聞いていた。
それをシルクは逆に怪しく感じつい警戒してしまうが、下手な言い訳をして信頼関係が破断するよりはマシである。
「いつものように…何でも屋として、何もかも御一人だけで動いてきたのですか」
「……仕事ですから」
長い間、仕事に必要なものや知識は全て一人で調べ、一人で現場に向かい、一人でこなしてきた。
なるべく他人は頼らず、自分でできることは全て自分でやる。
その考えと行動力がすっかり身に染みている。
資料だけに留まらず、実際にこの目で見ることで知識を固めていく。
その手段として使役魔法も重宝しているのだ。
「そうだったのですね。となればミュールさん…メイド長も対象として見ていたのでしょう。彼女は昆虫類が苦手ですので、お勧めできませんね」
ロゼットはそう言いながらシルクのフード辺りに視線を移す。
フードの中に隠れている蜘蛛達が怯えるように小さく身を震わせるが、既に存在がバレているのもあってか慎重に姿を露わにさせてシルクの肩に乗った。
『この執事何者だよ…』
『さぁね。真面目でお嬢様に対して御熱心ってことくらいは聞いてたけどね』
(…御熱心?)
異言語魔法で聞き取れた言葉にシルクは一瞬眉を顰めさせる。
「差し支えなければ、私達使用人の業務内容を詳しく説明いたしますよ」
「良いのですか?」
「はい。フレイス様を救って下さった恩もありますし、シルク様自身の目で見られた方が理解もしやすいでしょう。ミュールさんにもお伝えしても宜しいでしょうか?」
「…では、お願いします」
正直ありがたいことではあるのだが、違和感を感じては頭上に疑問符が浮かぶ。
そこで、向かう先の方からフレイスの元気な声が響いて来た。
「シルク様、ロゼット、こっちですわよー!」
大きく手を振りながら向ける笑顔はまるで太陽のようで、シルクは小さく笑みを零す。
しかしロゼットへと視線を向けた瞬間、笑みは消えて驚愕するように目を丸くさせた。
ずっと真面目な表情であったロゼットだが、たった今、眩しいものを見るかのように目を細めさせ、薄っすらと笑みを浮かべている。
その笑みには恍惚さが含まれているようで、愛おしむような表情とも言えるだろう。
「……フレイスさん、とても元気になって良かったです」
「えぇ、本当に…感謝してもしきれません」
シルクに視線を向けられているのに気付いたのか、ロゼットは再び真剣な表情へと戻りそう呟く。
そこにフレイスが頬を膨らませながらシルク達の方へ駆け寄ってきた。
「フレイス様、そう慌てずとも薔薇は逃げませんよ」
「分かっていますわ、でもあまりにもゆっくりと来られるので私は待ちきれません!それに、お話しするなら私も一緒に聞きたいですわ!」
「それは大変失礼いたしました。丁度、シルク様の魔法についてお聞きしていたのです」
突然の不意打ちにシルクは目を丸くさせる。
無断で監視するようなことをしたのだから、その仕返しのようなものだろうと小さく肩を落としてしまう。
シルクの魔法と聞き、フレイスはこれもまた瞳をきらきらと輝かせてからロゼットに向けてわざとらしく不機嫌そうな表情を向けた。
「それは尚更私抜きで話しちゃ駄目ですわ!私もシルク様の魔法のこともっと知りたいですわ!…ちなみに、何の魔法についてですの?」
「生き物と交流する魔法でございます」
「まぁ!先程も使われていましたわよね、異言語魔法!」
この執事絶対わざとだろう。
シルクはついロゼットに対しジト目を向けるが、何のことやらとロゼットは真剣な表情のまま視線を無視した。
「鳥だけでなく、虫の言葉も聞けるなんてすごいですわ。薔薇園にも沢山虫がいますのよ、どんなお話をしているのか私も聞いてみたいですわ」
フレイスは薔薇園の辺りを飛んでいる蝶を見つけ、丁度向かう先へと飛んでいくのもあって小走りでかけていく。
数歩かけたところでくるりと振り返り、「もう直ぐ其処ですわよ!」とこれもまた笑顔で宣言してから再び駆け出して行った。
「色んなことに興味津々ですね」
「えぇ、とても喜ばしいことです。私も執事として、フレイス様の好きなもの、興味を持つものは可能な範囲でお応えしていかなければ」
「…フレイスさんのこと、大切に思っていらっしゃるんですね」
「勿論でございます」
さり気なく聞いたことに対し若干食い気味に返答され、シルクはこれもま目を丸くさせる。
使用人の皆がフレイスのことを気にかけているのは以前から知ってはいたが、ロゼットの場合は他の使用人とは何かが違っているように伺えられる。
「私にとっても、フレイス様は特別な存在ですから」
シルクは口をきゅっと閉じ、数秒ジト目を向けてから敢えて視線を逸らした。
ロゼットの真剣な表情は僅かながらも再び恍惚なものに変化している。
成程、御熱心とはそういうことか。
これも一つの愛情…と言うより、寧ろ信仰心が強いという方がしっくりくるのかもしれない。
そう考えながらシルクはフレイスの元へと足を運んだのであった。




