202. 優雅なお茶会
晴れ渡る空の下、辺りに漂う薔薇の香り。
色とりどりの薔薇がどれも綺麗に咲き誇っており、それらに囲まれながらシルクは普段通りの無表情でゆっくりと歩を進めていた。
そこに、可愛らしい元気な声がシルクの耳に届く。
「シルク様!」
振り返ると、手を振りながら明るい笑顔で駆け寄って来るフレイスの姿が瞳に映る。
「フレイスさん、お久しぶりです…あれから体調の方は如何ですか?」
「はい!健康体そのものだとお医者様からも言われていますわ!」
ふと視線を上げると、一人のメイドが焦るように小走りでこちらにやって来ていた。
相当走り回ったようで、「お待ちくださいフレイス様!」と息を切らせながら口を動かしている。
メイドを振り回してしまうほど天真爛漫に過ごしているであろうフレイスに視線を移し、改めてパナシアンベリーの効果を思い知る。
「今日のお茶会、とっても楽しみにしておりましたの!そろそろ準備が整いますので、席の方へ行きましょう!」
フレイスにぎゅっと手を握られ、温かい体温が伝わる。
病に苦しんでいる時の冷たい体温とは違った健康的な体温だ。
手を繋いだまま薔薇の庭園の中を歩き、席に辿り着くまでにフレイスは色んな話をシルクに語り掛けた。
クロテッド社長と散歩をしたこと、両親と一緒に街に出掛ける約束をしていること、勉強している魔法のこと、昨日食べた料理が美味しかったこと等…どれも嬉しそうに話すのをシルクは静かに頷きながら耳を傾けさせた。
無意識ではあるが、この時のシルクは普段の無表情とは違い優しく微笑んでいた。
その様子をメイドは安心するように、後ろから温かい表情で見つめていた。
薔薇で彩られる庭園の道が開けていき、お茶会の準備が整えられた空間が視界に広がる。
テーブルには紅茶と焼き菓子が綺麗に並べられており、整列しているメイド達がシルクとフレイスの姿を見ては丁寧にお辞儀する。
そこにクロテッド社長も姿を現し、今度はシルクが静かにお辞儀した。
「お久しぶりです、クロテッド社長。今回は私の我儘に応えて頂きありがとうございます」
「いやいやそんな我儘だなんて。お茶会は何度あっても良いものですし、何よりフレイスの体調を気にかけて下さったことが嬉しくて…勿論、”例のもの”も準備してありますのでご安心下さい」
「ありがとうございます」
今回のお茶会はシルクの発案であり、且つ例のもの、薔薇の種を依頼の為にいくつか提供してほしいと手紙を送っていた。
フレイスの容態についても確認しておきたかったのもあり、その旨も含めた上で速達で送ったところ、直ぐに了承の返事が届いたのである。
日程は返事が届いた翌日となっていたが、直ぐ行動に移せるとシルクは安堵していた。
各自席に着くと、メイドの一人が紅茶を手際よくティーカップに注いでいく。
薔薇だけでなくほのかに甘い果物の香りがふわりと漂い、シルクはつい目を閉じて嗅覚に集中する。
「今日の茶葉は私が選んでみましたの。おじい様とシルク様も気に入って下されば良いのですが…」
「そうか、フレイスが選んだのか!これは楽しみだねぇ」
クロテッド社長も仕事で忙しい日々を送っているのは変わりないが、フレイスが病に伏している時期と比べれば表情は明るく活き活きとしている。
フレイスが笑顔で話しかけると、クロテッド社長も嬉しそうに頬を緩ませる。
二人の様子を見てはシルクは安堵の息を小さく漏らし、そっとティーカップに口をつけた。
「…とても美味しいです。香りも良いですね」
「喜んで頂けて何よりですわ!この苺のケーキもお勧めですわよ、美味しくてほっぺが落ちそうになりますの!」
フレイスは嬉しそうに明るい笑顔を浮かべ、その様子をクロテッド社長達が微笑ましそうに見守る。
シルクも僅かに口角を上げ、再び紅茶を飲んでは視線を軽く伏せさせた。
そのままさり気なく、視線だけを動かして周囲を確認する。
(メイド長と執事は…此処にはいないな)
庭園にいる複数名のメイドの中にはメイド長の姿は見当たらず、執事の姿も同様である。
この場にいるメイド達は皆背筋を伸ばした凛とした佇まいで、テキパキと目の前の業務をこなしている。
そんな姿を、シルクはひっそりと観察していた。
「…おや、お茶会に更にお客様がやってきたようだね」
クロテッド社長は微笑ましそうに笑みを零しながら、シルクの頭上で舞っている一頭の蝶に視線を移す。
蝶はそのままシルクの頭に髪留めのように留まり、フレイスは目を丸くさせてから瞳をきらきらと輝かせた。
「もしかして虫にも異言語魔法が使えるのですか?」
「はい、使えますよ。…どうやら散歩に来たようです」
シルクは静かにティーカップを置き、数秒だけ目を閉じる。
蝶はその間に再び宙へと瞬いてはその場を去ってしまう。
ただ一つ、シルクにだけ伝わる言葉を添えてから。
『メイド長らしき者は二階で見かけた。執事は一階だ。どちらも窓から確認できた』
(二階と一階…どちらも室内となれば、”あの子達”だな)
シルクは目を開くも軽く視線は伏せた状態になり、傍から見れば紅茶の水面を見つめているようにも伺えられる。
実際は紅茶ではなく別の場所の光景を目にしているのだが、それはシルク以外には分かる筈もない。
ふわりと、シルクから離れた場所でほんの僅かな魔力が動く。
その魔力は正真正銘シルクのものであり、その場所の光景がシルクの脳内に映し出される。
(……いた)
シルクの脳内には二人のメイドとメイド長の後ろ姿。
天井から見下ろすような角度で、長い廊下を歩いて行く様子が映し出されている。
そして、時々長い脚のようなものも映り込んだ。
『他のメイドに指示を出しているな。これから掃除か?』
(…そのまま一定の距離を保った状態で観察してて)
『はいよ~っと』
脳内に流れて来る声の正体、蜘蛛は天井から壁へと移動しメイド長達の後を追う。
シルクは脳内で言葉を交わすように意識を集中させており、実際に口は動いていない。
「シルク様のお話を沢山聞きたいですわ!シルク様の得意な属性魔法は何ですの?」
「そうですね…仕事で万遍なく使ってはいますが、強いて言えば光と氷でしょうか」
「とってもきらきらしそうですわね…!」
目の前ではフレイスとの会話を続けていき、同時に脳内では別の映像が映し出される。
シルクは今、蝶や蜘蛛等に使役魔法を発動しているのだ。
何故そのようなことをする必要があるのか。
後ろめたい理由があるのではなく、純粋に知りたいのである。
(今後引き受ける依頼の内容に潜入捜査も含まれていた…今のうちにメイドや執事の業務の流れを把握しよう)
こうして、シルクにとって穏やかなようで騒がしいお茶会が幕を開けた。




