201. 魔法薬作成手段
シルクは藁の箒に乗って帰路につきながら、裏魔法協会で話した内容を振り返っていた。
一つは魔法薬作成についての依頼、もう一つは王家からの依頼。
魔法薬作成は以前からティピックから伝えられていた内容であり、こちらにまわってくることは覚悟できていた。
しかし王家からの依頼については予想外中の予想外である。
しかも”万能屋”という言葉を添えられて。
ティピックの口から聞いた時につい「また言い出した」と不機嫌な空気を出してしまったが、手紙にもしっかりと書かれており、これに対しては相手が王家というのもあって何とも複雑な気持ちである。
万能だなんて、自分はそれほど大層な存在ではない。
自分は只の魔法使いなのだから。
何度も自身に言い聞かせている言葉を心の中で呪文のように呟き、深呼吸してはゆっくりと吐いた息が空中に消えていく。
『王家からの依頼については一応まだ先のことだから、一旦その魔法薬作成の依頼に集中してくれたまえ。まぁ、何も準備せずに挑むわけにはいかないような内容でもあるからねぇ…私の方でも対策は考えておくが、シルク君もそれなりに考えてもらえるとありがたい』
ティピックから言われたことも思い出し、シルクは真剣な表情で前を向く。
何でも屋として恥じの無いよう、全力でやらなければ。
そう考えているうちにシルクの住むアパートが見えてくる。
高度と速度を下げ、緩やかな風が頬を撫でた。
――
――
夕食時、シルクは強い視線を浴びながら黙々と食事をとっていた。
視線の正体はグレイであり、無邪気な子どものように瞳をきらきらと輝かせていて眩しく思えてしまう。
二人の様子を見かねたミュスカが呆れたように溜息をついてからグレイに指摘する。
「先生、シルクさんを見過ぎですよ」
「…どうかされました?」
流石に視線が気になって仕方が無くなり、シルクも無表情のままグレイに話しかけた。
すると今度はグレイのかけている伊達眼鏡がきらりと光る。
更に眩しくなった、とシルクは心の中でそう呟きながらサラダを一口頬張る。
「ふふ…ねぇシルク、例の依頼はいつ頃に引き受けられそうなんだい?」
「例の…」
シルクは軽く首を傾げさせてから、あぁそうかと思い出すように目をぱちくりと瞬きさせる。
「魔法薬作成の依頼ですね。引き受けることになりましたよ」
「本当かい!?」
グレイはぱぁと明るい表情になり、辺りに花が舞うような雰囲気を醸し出す。
何とも嬉しそうな表情であり、シャロンとミュスカはまた始まったかと覚悟を決めるかのように苦笑いを浮かべた。
以前グレイはクイチェの街で運良く購入できた魔法植物、クレセントフューシャを一株持っている。
それは蕾の状態であるが、開花するには難しい条件が必要となり、一つは自然開花であるが快晴の月光を数週間継続して浴びながらの環境下であること且つ、それでも確率は非常に低いという極めて稀な現象となる。
もう一つは魔法薬使用による強制開花であるが、その魔法薬を作成するにあたっても希少な素材や膨大な時間を要する。
魔法薬が完成したとしても、毎日一滴ずつ地道に滴下していかないと開花しない。
更には一滴の量も厳密で、少しでも量が多すぎたり少なすぎたりすれば開花の効果は薄まってしまうのだ。
そんな魔法薬を作成する為の材料をシルクは一通り揃えている。
それらをグレイは欲しているのだが、どれも希少で高額なものばかり。
簡単にまけたりはできない代物である。
しかしシルクは今後引き受ける予定である魔法薬作成依頼にて、グレイが助言といった協力を行った場合はまけることを考慮しようと提案した。
どれ程まけてもらえるかは不明だが、その話にグレイは希望を抱いては依頼を待ち望んでいたのだ。
もし魔法薬作成の依頼が暫く自分にまわってこなかったら、毎日グレイから眩しい視線を向けられ続けていたのだろうか。
そう思うとシルクは直ぐに依頼を提供してくれたティピックに静かに感謝する。
「今回の依頼は以前言っていた通り、複雑な工程と専門的な知識を必要とするものになっています。私は専門の研究者ではないのでこれまでは地道に調べながら依頼を進めていましたが、博士が知識を提供して下さればその分早く依頼達成に近付くかと。よろしくお願いします」
「ふふん、僕の知識を何なりと使ってくれたまえ」
「調子に乗った顔しやがって。…シルクも魔法植物の知識は豊富だけど、地道に調べたりするんだな」
「依頼となれば間違いは基本的に許されませんから。印象的なものは覚えていても、滅多に扱わないものはやはり記憶が曖昧になってしまいますので…資料を見たり実物をこの目で見たりを何回も重ねています。知識の復習のようなものです」
「確かに復習は大切ですからね。資料は街の図書館のものを使ってるんですか?」
「いいえ、裏魔法協会の資料室を利用することが多いです。街の図書館は人通りが多いので、あまり利用しません」
人目を避けながら過ごしてきたシルクのことである為、成程とグレイ達は納得してしまう。
同時にティピックはやはりシルクに甘いなとも考えるのであった。
「…さて、引き受けている依頼について詳しく聞いても良いかい?」
「はい。今回のものは簡単に言えば”美容効果のある魔法薬”の作成です。これまでに何度も色んな方が挑戦してきましたが、どれも依頼主の希望には沿わないものだったようです。余程美容に関心のある依頼主なのでしょうね」
「美容系かぁ…大方使用するであろう魔法薬がいくつか頭の中で浮かんでるけど、主体となる植物は何か指定があるの?」
「薔薇です。どのくらいの量の薔薇を使用するかは指定されていませんが、依頼主を納得させるものを作るとなれば、それなりに上質なものを多く使用する必要があるかもしれませんね」
「成程薔薇かぁ、定番中の定番だね」
グレイは既に脳内でイメージトレーニングをしているようで、にやけ顔が止まらなくなっている。
話を聞いているシャロンはグラタンを頬張っていたが、何かを思い出したのか口を閉じた状態で声を上げようとする。
急ぐように咀嚼して飲み込んでからようやく口が開いた。
「もしかして、最近街の花屋で薔薇が品薄になってるのはその依頼が原因じゃね?」
「…確かに、学校帰りに花屋に寄った時も薔薇がまったくありませんでした」
「え、そうなの!?」
流石にシルクも驚いているのか目を軽く見開かせている。
今回の依頼は元々魔法協会に提示されていたものであり、魔法薬作成となればそれなりの時間を要する。
更には依頼主がこれまでに何度も不採用を叩きつけてきたわけだ。
量が指定されていない且つ何人もの挑戦者がいたとなれば、使用されてきた薔薇の消費量は膨大なものとなるだろう。
「じゃあクイチェの花屋も品薄ってことか…種を購入して魔法で一気に開花させるかい?」
「残念ながらその種も品薄状態だよ。学校でちらっと聞いた噂で本当のことかは分からねぇけど、薔薇園が荒らされたとか、庭で育てていた薔薇が盗まれたとか…それはもう色々と話が飛び交ってたぜ」
「もし本当だとしたら、そのような罪を犯してまで作られた魔法薬なんて、例え上質なものでも僕は受け取りたくないですね」
シャロンに続いてミュスカも呆れたように肩を竦めさせ、残りのパンを一口大に千切って咀嚼する。
シルクは無表情のままグラタンを咀嚼し、何かを考えるように視線を斜め上に向けさせる。
もし市場に出回ったとしても数が少なければ価値が高くなる。
上質な薔薇のみを使用するとなれば、花屋の提携している仕入先も考慮すると数は限られてくるだろう。
種を購入し魔法薬を使用しながら急成長させる手段は早速難航状態だ。
さて、どうしようか。
無表情のまま咀嚼し続け、ごくりと飲み込み口内が空になったところで小さく溜息をついた。
「薔薇と言えば、クロテッド社長の邸宅に大量に植えられてましたよね。あくまで噂だとしても、被害に遭っていなければいいんですけど…」
「あそこの庭園凄かったよなぁ、種類も沢山あったし」
そこでシルクはぴたりと身体の動きを止めた。
その後数秒程思考を巡らせ、シャロンとミュスカを交互に見てはぽつりと呟く。
「それです」
「え…それって?」
「クロテッド社長の邸宅にある薔薇園です。もし噂のような被害に遭っていなければ、交渉してみる価値はあります」
クロテッド社長とは魔道具製造会社を設立した現役社長で、彼の邸宅にある庭園には大量の薔薇が育てられている薔薇園がある。
孫娘であるフレイスが薔薇が好きだからという理由で薔薇園が造られたらしいが、フレイスは勿論のことクロテッド社長も薔薇園を気に入っている。
パナシアンベリー栽培の件で関わって以来、シルク自身は仕事の日々を送っていて交流できていないものの、可能性があるならば行動したいところである。
「早速手紙を認めて送ってみます」
「流石だねぇ、思い立てば直ぐ行動だ。でも手紙より直接訪問した方が早いんじゃないの?」
「クロテッド社長が不在の場合もあるでしょうし、いきなり訪問して「薔薇を大量にください」と言うのも失礼にあたるかと」
それに、とシルクは淡々とした様子でありながらも、落ち着いた声色で言葉を続けた。
「フレイスさんが、またお茶会をしましょうと言って下さっていましたから」
薔薇に囲まれた庭園でお茶会をした光景を脳裏に蘇らせる。
明るい笑顔でお茶会を楽しむフレイスの姿もそこにはあった。
「よし!それじゃあシルクはまず薔薇を調達する必要があるわけだ。魔法薬作成の準備も必要だろうけど、そこは大丈夫なのかい?」
「そうですね…いくつかの抽出方法を考えてみましたが、その中でも溶解抽出法を用いようかと考えています。その為の専用の魔法薬も同時進行で作っていく必要がありますね」
「溶解抽出法!確かに複雑な工程が必要となるけど、デリケートな上質な薔薇を使うとなればうってつけかもねぇ…確か研究室にそれ関連の道具が仕舞われていた筈だよ」
「それ雑に奥に突っ込んだりしてません?」
「まーた壊れたとか騒いだりしないだろうな?」
ミュスカとシャロンのジト目交じりの指摘にグレイは冷や汗を流すが、直ぐ顔を横に振って大丈夫な筈だと宣言する。
整理整頓ができないグレイのことである為、流石にシルクも心配になってしまう。
「物品が壊れていなければ借りても宜しいでしょうか?」
「勿論だとも。…ちなみに、その魔法薬作成は僕も見ても良いかい?」
「良いですよ」
シルクが縦に頷くと、またもやグレイは嬉しそうに笑みを浮かべる。
その笑みは直ぐに怪しい笑みへと変わっていくのだが、もはや通常運転である。
「夕食が終わってから具体的な作成方法を整理しますので、後程確認して貰っても良いでしょうか」
「あぁ、任せてくれたまえ!」
グレイは待ち遠しそうにうっとりと幸せそうな表情を浮かべる。
夕食後に、と指定したお陰でこのまま話が続行されるのを防いだことになり、シャロンとミュスカはほっと息をついてから残りの夕食に手を付けたのであった。




