200. 万能屋への依頼
深い深い森の奥。
辺りは無造作に濃い緑が生い茂り、如何にも大自然と言えるような空間。
そんな空間に蠢く魔物の集団。
それらに立ち向かうは、真っ黒なローブを身にまとう狐面の者。
狐面の目元から伺えられる瞳は黒く、且つ獲物を狩る鋭い眼光を放っている。
「目標を確認」
ストールで覆われた口元から落ち着いた声が小さく零れる。
狐面越しに視覚魔法の魔法陣が浮かび上がった瞬間、魔物達は動き出す。
同時に狐面の者、シルクも動き出す。
その後、森の中で凄まじい音が鳴り響いた。
―――
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「今日の討伐もお疲れ様」
裏魔法協会にて、ティピックは笑顔を浮かべながら依頼達成の印が描かれた書類を手にしながら目の前の人物、シルクに語り掛ける。
狐面は外された状態で、無表情且つ淡々とした様子でシルクは小さくお辞儀する。
今回シルクが引き受けた魔物討伐も高難易度なものであったが、シルク自身は傷一つ負わず的確に急所を狙ってすべての魔物を討伐した。
更には素材となり得る身体の一部までもを採取し、それらを入れた布袋をウィンの前に差し出す。
いつもの如く期待以上の成果を成し遂げて帰って来るシルクの様子にティピックは満足しているのだが、シルクのちょっとした表情の変化に気付いては首を傾げさせた。
「何やら納得いかなさそうな様子だねぇ。どうかしたのかい?」
シルクは目をぱちくりとさせてから、申し訳なさそうに軽く眉を下げてぽつりと呟く。
「…採れた素材が予定より少なくなってしまいました」
シルクの返答に今度はティピックが目をぱちくりとさせる。
一緒に話を聞いているウィンもきょとんとした表情になり、手渡された布袋に視線を移し中身を確認する。
魔物の素材が詰められた布袋はそれなりの大きさであり、魔物の大きさからすれば十分な量である筈だ。
「始めに銃を使っていたのですが、勢いが出過ぎてしまって…数体程粉々になってしまったんです。その分素材が採れませんでした」
「それはまた調子が良かったんだねぇ、素晴らしいことじゃないか。素材の数は十分だし問題無いよ」
「左様でございます。シルク様の魔法はどれも美しいですし、木端微塵となった魔物は幸せなことでしょう」
「そうでしょうか…?」
あまりにも肯定的な返答にシルクは無表情のまま首を傾げさせ、討伐時の様子を脳内で振り返らせる。
銃は刀に続いて使い慣れているものであるのだが、手入れしたことで銃の状態が更に良くなりつい普段より多めに魔力を込めてしまったのである。
流石は銃専門の者が絶賛するだけはあるなと思うと同時に、普段より多めに込められた魔力の銃弾を喰らった魔物の惨状を見ては静かに反省する。
次は気をつけようと自身に言い聞かせたところで、「あぁそうだ」とティピックが声を上げる。
仕事机に積まれている書類の中から二つの封筒を取り出し、一つは浮遊魔法でシルクの前に浮かび上がらせた。
「シルク君にはまた追加の依頼を頼みたくてね。一つは以前言っていた魔法薬の作成依頼だ。複雑な材料や工程を有するもので、数日は時間をかける必要があるだろう。お願いしても良いかい?」
「承知しました」
渡された封筒の内容を一読し、ポシェットに仕舞い込む。
続いてティピックの手元にある封筒に視線を移すが、普段から見慣れている封筒とは違った物であることに疑問を浮かべる。
真っ黒な封筒ではなく、真っ白で所々に金箔が縁どられている如何にも豪華そうな封筒だ。
ティピックは小さくも怪しい笑みを浮かべてから口を動かす。
「そしてこれはシルク君に…”万能屋”に向けての依頼だよ」
「……」
万能屋という言葉を耳にした瞬間、シルクの表情はほんの数秒だけ怪訝そうなものに変化する。
変化と言っても微細なものではあるのだが、長い付き合いであるティピックとウィンにとっては分かりやすく感じる変化であった。
そんな変化を目の当たりにした嬉しさと申し訳なさが複雑に絡み合い、ティピックは苦笑いを浮かべる。
「それは本当に私宛ですか?」
「あぁ。正真正銘、万能屋に向けてのものだよ」
「私は何でも屋です。そのような大層な存在ではありません」
むっとした表情を浮かべるシルクの前に純白の豪華な封筒が届く。
渋々と封筒を受け取り、封を開けると不機嫌な表情は驚きの表情へと変化した。
中から何かが飛び出してきたのだ。
その何かはシルクの頭上を飛び回り、ばさばさと音を立てては白い羽根が辺りに舞っていく。
「…鳥?」
シルクが呟くように、一羽の白い鳥が大きく翼を広げて頭上を瞬く。
白い鳥はシルクの姿を確認すると、ばさりと大きく瞬いてからシルクの肩に足を着ける。
長い尾を小さなくちばしで一枚丁寧に抜き取ったと思えば、その大きな一枚の羽根は形状を変化させて一枚の手紙となる。
白い鳥はご機嫌そうに小さく鳴き声を零しながらシルクの肩に留まった。
「やはり本人がいないと内容が分からない仕様になっているんだねぇ」
「辺りに羽が舞うことは以前と同様ですけどね。また掃除が増えました」
辺りに羽根が舞い散る中、シルクは手紙の内容を静かに一読する。
一読し終えてから差出人の名を確認し、シルクは無表情のままその名を口に出す。
「…ダージリン」
直後、脳内に何かの映像のようなものが雑音交じりに浮かび上がる。
『私はいずれ、お母さまの後を継ぎこの国を治める者となるだろう。そう簡単なことではないのは承知の上だが、私はやり遂げてみせる』
『これでも魔力には自信があるんだ。…どうやら君は、周りとは違った魔力を持っているようだね』
『…君、まるで時が止まっているみたいじゃないか』
建設途中の城が見える景色。
その景色を眺めながら、一人の少女から話しかけられる光景。
少女の顔はぼやけていて表情が分からない。
遠い過去の、懐かしいような記憶。
「シルク様、どうかされましたか?」
ウィンの声掛けによりシルクははっとする。
数回瞬きしてから軽く視線を伏せさせ、手紙からティピック達の方へと視線を向けた。
「いえ、少し驚いただけです。これは本物と受け取ってもよろしいのでしょうか」
「あぁ、紛れもなく本物だよ。封筒に描かれている印も王家のもので間違いない」
「…まさか王女様直々の依頼が来るとは、思ってもいませんでした」
シルクはちらと肩に乗っている白い鳥に視線を移す。
鳥は小さく鳴き声を囁き、再び翼を広げて飛び立ったと思えば光の粒となってその場から溶けるように消えてしまった。
「魔法によって創りだされた生物ですね」
「これもまた珍しい魔法だよねぇ」
「はい…異言語魔法が効きませんでした」
普段から自然界の動物に対し異言語魔法を発動しコミュニケーションをとっているシルクにとって、魔法が効かなかったことが残念でならなかったようだ。
軽く眉を下げてしょぼんとさせている様子に対し、ティピックは笑いを堪えるように小さく肩を震わせた。




