199. いつもの朝食
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椅子に座り、目の前に置かれているテーブルの上の光景に釘付けになる。
普段から食べている食事とは形態が異なっており、カトラリーではなく二本の細い棒状のものが手前に置かれている。
焼き魚らしきもの、少量の野菜、黄色い四角形のもの、汁物、白い粒がぎっしり且つふっくらと詰められたものがそれぞれ個別の食器に収まっている。
食事の前で両手を合わせ、口から勝手に「いただきます」と言葉が零れる。
二本の棒状のものを両手で触れ、流れるような手つきで右手に持ち替えては器用に焼き魚らしきものをほぐしていく。
一口大にほぐしたものを口に運び、ゆっくりと咀嚼する。
味と匂いは感じられない。
しかし何処か懐かしい。
これは焼き魚で、この黄色い物は確か…卵を焼いたものだ。
茶色い汁物は何だっただろうか。白くて柔らかい固形物と海藻のようなものが入っている。
白い粒が沢山詰まっているものは…あぁそうだ、これはお米だ。
そう考えながら慣れた手付きでそれらを口に運んでいく。
しかし味は感じられない。
とても妙な気持ちになる、でもやはり懐かしい。
ふと視線を上げると、目の前にはぼやけた表情の人物が一人。
隣に視線を向ければまた別の顔がぼやけた人物が一人。
「今日はお父さんの帰りが遅くなるらしいの。夕食はどうしようかしら…偶には外食でもしちゃう?」
「俺は部活があるから。母さんと”――”で行ってきなよ」
「あらそう…”――”はそれでも良い?」
目の前の人物から話を振られ、ぴくりと肩が動く。
するとまたもや勝手に口が動いた。
「良いよ。兄さんは大会近いし忙しいもんね、頑張って」
「おう」
目の前の人物に続いて、隣に座っている人物にも語るような口調が自然と零れていく。
隣の人物はそのまま食事を食べ終え、先に席を立っては近くに置かれていた鞄を背負う。
「んじゃ行ってきます」
「行ってらっしゃい。ほら、”――”もそろそろ出ないと遅刻するわよ」
「はーい」
少し慌てるように食事をかき込んでいき、最後には再び両手を合わせてから「御馳走様でした」と、これもまた勝手に口から言葉が零れる。
鞄を背負い、とたとたと廊下を通っては途中で振り返る。
顔がぼやけた人物に向かって「行ってきます」と言葉を交わすと、「行ってらっしゃい」と言葉が返ってきた。
外に出る扉に向かう途中で、全身が映る縦長の鏡に視線を移す。
そこに映るのは、学生服を身にまとった女の子の姿。
黒髪に黒い瞳、懐かしさを感じる昔の自分の顔。
ふと、違和感を覚える。
鏡には確かに昔の自分が映っている。
しかしこちらが鏡の姿を軽く見下ろしているような、妙な感覚があった。
鏡ではなく自身の足元に視線を向けると、つい目を丸くさせる。
学生服ではなく、白いシャツに黒いズボン、真っ黒なローブ、ストールを身に付けているのだ。
再び鏡に視線を向けるも、鏡にはやはり学生服の昔の自分が立っている。
鏡に映る昔の自分は口を動かす。
困ったように眉を軽く下げつつ、何処か諦めたようなへらりとした笑顔で。
「…なるようにしかならないもんだよね」
瞬間、鏡に大きく亀裂が走る。
ぴきりと甲高い音が響き渡り、その後大きく弾け飛ぶように粉砕した。
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はっと大きく目を見開かせる。
窓から差し込む朝の光を浴びながら、シルクはゆっくりと身体を起き上がらせる。
ぐっと腕を上に伸ばし、息を吐くと同時に力を抜いた。
「…久しぶりに夢を見れた」
シルクは過去の記憶が無い。
何処で生まれたのか、何者であったのかを思い出せない状態で長い年月を過ごしてきている。
今暮らしているアパートに越してくるまでは睡眠をとらずに気絶を繰り返す日々を送っており、気絶の際は夢を見ることは無かった。
まさか過去の記憶を夢として思い出すことになろうとは、当時は考えもしていなかったことである。
シルクは身支度を整えながら、夢の内容を頭の中で整理させる。
夢の中に出てきた人物のうち、一人は何度も夢の中で聞いてきた声であり、それは紛れもなく母親だ。
別の人物は初めて聞く声であったが、昔の自分が”兄さん”と言っていたことから、自動的に兄であると判断する。
自分には両親と祖父母、兄がいるのか。
今回の夢は日常の一部を切り取ったような、比較的平穏なものだったな。
家族全員が揃う夢はまだ見ていない…そもそも全員が揃うことがあったのだろうか。
これまで見てきた夢の内容を踏まえ、シルクは無表情のままそう淡々と考える。
相変わらず相手の顔がぼやけたままであったが、それは情報が少ないことによる代償なのだろうか。
しかし祖母の顔は直ぐにくっきりと判明したのに対し、何度も夢に出てきている母親の顔が未だにぼやけたままというのが気になる。
やはり情報量の差によるものなのか、はたまた別の要因があるのか。
無表情のままもやもやと考えていくうちに身支度は終わり、シルクは鏡に映る自分の顔を見つめる。
夢の中に出てきた自分には表情があった。
対して今の自分は無表情である。
以前と比べれば表情が豊かになった方だとは言われているが、シルク自身はあまり実感が湧かない。
一体いつから表情を出さなくなったのだろうか。
そう考えるも、気が遠くなる程の昔の記憶を今此処で思い出すことはできない。
夢も一部を切り取ったようなものばかりで、やはり記憶のピースは空きだらけである。
完全にピースが埋まるまで、まだまだ時間はかかるのだろう。
「…なるようにしかならない、か」
夢の中で呟いていた言葉を口にするも、その言葉の意味は深く考えずに終わる。
自室を出て階段を下りていき、一階の食卓へと足を運ぶ。
丁度朝食の準備を終えたミュスカが振り返り、ふわりと笑みを浮かべてから挨拶の言葉を口にした。
「シルクさん、おはようございます。丁度朝食の準備ができたところです」
「おはようございます…博士とシャロンさんはまだ自室ですか?」
「二度寝していなければもうそろそろ来ると思いますが…どうしましょう、先に食べますか?」
「…一緒に食べたいので待ちます」
シルクはそう言ってから椅子に座り、目の前の準備されている朝食にふと視線を落とす。
オムレツ、生野菜のサラダ、クリームスープ、クロワッサン、ジャム、そして珈琲。
見慣れた朝食の光景と匂いにシルクは安心感を覚える。
その後グレイとシャロンが無事食卓に来たことで、いつもの朝食が始まる。
カトラリーを慣れた手付きで動かし、クリームスープを口に含めば優しい味が口の中で広がる。
味がするとは素晴らしいことなんだな、と心の中で静かに呟いた。
ふと視線を感じ、顔を上げるとグレイが珈琲を飲みながらじっとシルクを見ていた。
「どうかされましたか?」
「いやぁ、今日は何だかいつもより嬉しそうに食べてるなぁと思ってね」
シルクはつい表情を確認するように自身の頬に手を当てる。
この時点では既に無表情に戻っているのだが、数秒考えるように黙ってから再び口角は軽く上がった。
「…美味しいですから」
そんなシルクの簡潔且つ素直な言葉はミュスカの心にしっかりと刻まれる。
ミュスカは照れるのを誤魔化すように珈琲を飲み、そんな様子をグレイとシャロンは揶揄うような笑みで見守っていた。




