小話6. 行きつけの店での零れ話
クイチェにひっそりと存在するお店が一つ。
そこは昼間は喫茶店として、夜間はバーとして経営されており、どちらの時間も同じ店員が店内を仕切っている。
昼間の喫茶店営業では客は少ないが、逆に夜間のバーでは多くの客で賑わいやすい傾向にある。
その為昼間は比較的ゆったりとした時間を過ごしているのだが、だからと言って手を抜くことはしない。
喫茶店メニューの内容も評判が良く、よく店を出入りする者にとっては無くてはならないものだと評価する程だ。
それならば喫茶店営業でも客入りが多くなるよう宣伝すれば良いものなのだが、店員はあえて宣伝をしていない。
理由は単純、昼間はゆっくりしたいから。
「君らしい考えだねぇ、私は嫌いじゃないよ」
「やはり静かな時間も大切にしたいですから。勿論、昼間にお客様が来られるのは嬉しいことですよ?珈琲や紅茶をお出しする時間も好きですし」
「君の淹れる珈琲は美味しいからねぇ」
店員はにこりと爽やかな笑顔を浮かべ、カウンター席に座りながらカクテルを嗜んでいるティピックと目を合わせる。
現在ティピックは変身薬を服用しておらず、耳先は普段通り尖ったまま。
対して店員も昼間とは違って耳先が尖っている。
このお店、喫茶店兼バーを営んでいる店員は全員妖精族だ。
そして、バーに来る者の多くが妖精族である。
中には耳先の尖っていない者、つまり人間も出入りしているのだが、それはごく少数且つ妖精族を物珍しい目では見ない者達である。
大通りから外れた場所というのもあるが、夜になると辺りは一気に暗くなる為バーを経営しているとは初見では気付かない。
まさに隠れ家的存在と言える。
「社長という立場の苦労がどれ程のものか僕にはわかりませんが、やはり大変ですか?」
「そりゃあ勿論大変だとも。大量の書類整理、依頼の振り分け、厄介なクレーム対応、予定外の掃除、面倒な会合…言い出すとキリが無いよ」
「毎日お疲れ様です。秘書さんも苦労しているでしょうね」
「はは、ウィン君にも沢山迷惑をかけちゃってるよ。今では文句を言いつつも迅速に対応してくれるし、頭が上がらないねぇ」
ティピックは澄ました表情で空になったカクテルグラスを静かに差し出す。
店員は直ぐにカクテルグラスを回収し、そのまま手を動かしながら声だけをティピックの方へ向けた。
「それにしてもティピックさん、最近良いことでもありましたか?」
「おや、そう見えるのかい?」
「はい。雰囲気で分かります」
ティピックはくすりと笑みを浮かべ、カウンターテーブルに片肘をのせては頬杖をつく。
軽く目を伏せた状態でぽつりと呟いた。
「とても気に入っている人がいてね。最近その人とちょっとしたお茶会をしたんだけど、一つ一つの反応がどれも可愛くて仕方が無いんだよ」
「おやおや、その様子だと相当ですね。…もしや、以前此処に連れてきていた黒髪の女性ですか?」
「…さて、どうだろうねぇ」
ティピックはふわりと笑みを浮かべてははぐらかすように答え、店員は変わらず爽やかな笑顔のまま作業を続けながら耳を傾けさせる。
既に何杯ものアルコールを取り込んでいる身であるが、一見酔っているようには伺えられない。
しかし普段よりも本音が零れやすい状態になっているようだ。
「…昔その人にチョコレートを渡したことがあってね。当時は食べてくれていたのか分からずじまいだったんだけど、お茶会でその時のことの話題が出たんだよ。ちゃんと覚えてくれててさ…しかも全部食べてくれてたみたいでね。心のつっかえが取れて安心したし、何より物凄く嬉しかった」
「ティピックさんはチョコレートがお好きでしたね。カクテルと一緒にお出ししましょうか?」
「お願いしようかなぁ。あ、カクテルはアレキサンダーで宜しく」
「はい、少々お待ちください」
店員は慣れた手付きでカクテルを作り出していき、ティピックの前に差し出す。
アレキサンダーと共に一口サイズのブラウニーが添えられ、ティピックは一瞬目を丸くさせてからうっとりと目を細めさせた。
「君は相変わらず良いものを選んでくれるよね」
「ありがとうございます。そちらもティピックさんのお口に合うと思いまして」
店員はティピックの様子を静かに伺い続ける。
相手のことをはぐらかされたものの、店員は確信していた。
ティピックが以前喫茶店開店中に連れてきていた者達のうちの一人…シルクがそうであると。
普段からティピックが店に来る際は基本的に一人のことが多い。
偶に仕事環境の気分転換と称してウィンと来ることもあるのだが、その時は決まって仕事の話しかせずどちらも完全に仕事モードである。
そんなティピックがグレイ達を連れてやって来た時は店員は静かに驚いていた。
そしてシルクを見つめる時のティピックの優しい表情を見た時、おやおやこれはとつい笑みを浮かべさせていた。
様々な女性から声をかけられては営業スマイルでばっさりと断りを入れ続けているあのティピックに、このような甘い表情をさせるとは。
不思議な魔力をまとっていることについても勿論ではあるが、店員はそう考えてはシルクを一目置いているのだ。
「その御方とは知り合って長いんですか?」
「あぁ、それはもう長~くね。…最近、その彼女について気がかりなことが起こっているんだよ」
具体的な期間は不明だが、言い方からすると相当長い期間想い続けているのだと察する。
心に決めている人がいるからこそ他の女性は眼中にないのだろう、何とも一途で素晴らしいことなのか。
店員は浮遊魔法を扱いながらグラスを洗い、耳はしっかりティピックの声に傾けさせ続ける。
ティピックはカクテルグラスを静かに置き、視線を虚空に留めてはぽつりと呟いた。
「彼女の魅力に周りが気付き始めてしまってね。ちょっとした環境の変化が大きく影響を与えてしまったようで…最初は私も嬉しく思っていたけど、今では嫉妬してるよ。彼女は気付いていない様子だけど、周りは彼女のことを相当気に入っていると見てとれた…本当気に食わない」
「おやおや、ティピックさんがそこまで仰るとは…」
「これまでは彼女の方から他人との深い関りを遠ざけていたから、私は安心しきっていたんだよ。でもそうはいかなくなってしまった。このまま彼女が遠くへ離れてしまうのかと思うと……あぁ駄目だ、嫉妬で狂いそうになる」
「ティピックさんが暴れたら大変なことになっちゃいますねぇ、それは困ります」
そこに、水の入ったグラスがことんとカウンターテーブルに置かれる。
グラスを置いたのは無表情で物静かな店員で、爽やかな笑顔の店員と同様に店を営んでいる者の一人だ。
無表情で物静かとは言ったものの、今は眉間に皺を寄せて不機嫌そうにも伺えられる。
「…その漏れ出ている魔力をどうにかしろ」
ティピックはぱっと営業スマイルを浮かべてからグラスに入った水を飲み干す。
無表情な店員は静かに溜息をつき、ティピックだけでなく爽やかな店員に向かってもジト目をぶつけた。
「…今は遅い時間で他の客が少なくなっていると言えど、アンタの強い魔力は相当なものなんだ。他の客を怯えさせるようなことはするな」
「はは、つい感情が昂っちゃってたみたいだ。ごめんごめん」
「…お前も呑気にしていないでさっさと止めろ」
「話に集中しちゃってたよ。ごめんねぇ」
二人のへらりとした謝罪に、無表情な店員は再び眉間に皺を寄せる。
「話の続きにはなりますが、そこまで思い悩むのであれば先手を打ってはどうです?ティピックさんの手にかかれば閉じ込めるなり容易いでしょう」
「うーん、あまり嫌がりそうなことはしたくないんだよねぇ。彼女は一人でふらりと行動することを好んでいるし、それにつかまえたとしてもするりと抜け出してしまいそうだ。それはそれでつかまえ甲斐があるけど」
「……さらっと物騒なことを言うな」
「あ、追加のカクテル良いかな?」
「は~い」
「…何杯目だそれ」
「さぁ?数えてないから分からないや」
「だいぶ飲んでますよねぇ。ふふ、気に入って貰えて嬉しい限りです」
無表情な店員は呆れるように小さく溜息を零し、空になったカクテルグラスを回収する。
ティピックは子どものような悪戯っぽい笑みを浮かべてから、残りのブラウニーをぱくりと食べ咀嚼しながら目を閉じる。
ごくりと飲み込んだ後に開いた瞳は虚空を見つめているが、まるで特定の誰かを見つめているような視線である。
あぁ、これはしっかり酔っていますね、と爽やかな店員は薄っすらと微笑みながら追加のカクテルと一緒に追加の水も差し出した。
「仕事上の立場として長年彼女のことを見てきたけど、いつまで経っても想いは続くものだねぇ。薄まること無く、寧ろ膨れ上がっていく一方だよ」
「それは素晴らしいことです。その想いをお伝えにはならないのですか?」
「それが実は困難極まりないんだよねぇ。ガードが固いというか、そういうことに一切興味を示さないんだ。そんなところも魅力的なんだけど…いや、最近の傾向を考えればもしかしたら可能性はあるか?」
「可能性があるのであれば是非行動に示しましょう。骨は拾いますよ」
「失敗前提で話を進めないでくれないかい?」
「ふふ、冗談ですよ」
爽やかな店員はくすりと笑い、対してティピックはむっとした表情を浮かべては追加のカクテルをくいと飲んでしまう。
普段は澄ました表情で酒を嗜むのに、今日は珍しいものを見れている。
想いを寄せている相手が周りと関わっていくことに対し嫉妬心を燃やすとは、何と情熱的で素晴らしいことなのか。
店員の内に秘められた好奇心はうずうずと蠢く。
「言葉で伝えるのが難しいのであれば、相手の好きな物を贈るといった行動で示すのはどうでしょう」
「好きな物…そうだねぇ」
ティピックは考えるように目を閉じ、数秒間沈黙する。
近くで作業をしている無表情な店員も、普段とは違ったティピックの様子が気になっている為かさり気なく耳を傾けさせている。
「薔薇百本はどうだろう」
「花が好きなんですか、良いですねぇ」
ティピックは軽く頬を紅潮させながら頬杖をつき、爽やかな店員は変わらず嬉しそうに笑みを浮かべる。
無表情な店員の「うわ、重…」という小さな呟きは二人には届いていない。
「もしくは食べ物…甘い物がいいかな。幸せそうに食べているところを間近で見たい」
「甘味もお好きなんですね。…ブランド物、装飾品とかどうです?結構定番だと思いますが」
「うーん…例外を除いてはそういうものにはまったく興味を示さないんだよねぇ」
「おや、例外とは?」
爽やかな店員は手の動きを止めて興味深そうに視線を向ける。
ティピックは当時のことを思い出すかのように軽く目を伏せさせた。
「一度だけ、特注で作って貰った収納用の指輪を贈ったことがあるんだよ。それは今でも大切に使い続けてくれているんだけど、収納機能が無かったら多分受け取ってすらなかっただろうね」
「へぇ、指輪ですか」
爽やかな店員はまたもや嬉しそうに微笑む。
無表情な店員は眉間に指先を当ててから「マジかよ此奴」とでも言わんばかりの視線をティピックの背中に向けていた。
「それほどお慕いしているんですね」
「ふふ…それはもう物凄くね」
最初はお気に入りだと言っていたのに、酔いが回っているからか本音が出てしまっている。
もしこの場にその彼女がいればどうなっていただろうか、と爽やかな店員は想像しては悪戯っぽくくすりと笑みを零した。
「…閉店時間が迫っている。そろそろラストオーダーだ」
「おや、もうそんな時間かい?」
無表情な店員が腕時計を確認しながら指摘し、ティピックは軽く残念そうな表情を浮かべる。
空になったカクテルグラスをちらと見てから水の入ったグラスを一気に飲み干し、ごくりと喉が鳴った。
「じゃあ最後はマンハッタンでよろしく」
「…また度数の高いものを」
「ふふ、今日は酔いたい日なんですね」
見た目は頬と耳先を軽く紅潮させているくらいで、泥酔しているようには伺えられない。
それでも普段よりは飲むペースが速く酔いが回ってきている。
仕事のストレスのせいではなく、明らかに想いを寄せている相手のことで酔ってしまっているなと店員は静かに考えていた。
「ティピックさんは素敵な御方ですから。そのお慕いしている御方も、きっとティピックさんのことを尊敬しているでしょう」
「そうかなぁ。それはそれで嬉しいけど…」
ティピックは数秒沈黙し、小さくぽつりと呟いた。
またもや妖精族特有の魔力をじんわりと滲み出しながら。
「……私だけを見てくれないかなぁ」
一途で、情熱的で、嫉妬深くて独占欲が強くて。あぁ何と素晴らしいことなのか。
爽やかな店員は微笑みを崩さないまま、ラストオーダーのカクテルをティピックの前に差し出す。
「その切なさ、いつか晴れ晴れしくなると良いですね」
ティピックは軽く目を見開かせてから同様に小さく微笑み、カクテルを口に含む。
アルコールによるものなのか、はたまた慕っている者を脳裏に浮かばせているからか。
帯びている熱は暫く治まりそうにない。




